6.脳裏に焼き付いて

 ***


 スナキア邸。一階、共用ダイニングのテーブル。

 朝食を食べ終えて三時間もの間────。


「ど、どうします……?」


 キティアはまだ席を立てずにいた。そして、


「どうしようねぇ……」


 フラムも同様である。


 二人はジルーナの勝負下着を見てしまった。絶対に布が必要な部分に大穴が空いていて布の部分も布というより網になっているという半端じゃない意気込みのヤツだ。


「ジルさんもう気付いてますかね?」

「どうかしらぁ? さっきはそんな様子はなかったと思うけどぉ……でもジルちゃんって慌てていても上手に隠せそうだから……」


 まあ時間の問題であろうとキティアは思う。今後彼女が下着を棚から出す際に「あれ、そういえば……!」と気づく時は必ずやってくる。


「ジルさん……夜は大胆なんですね……! そりゃそうですよね⁉︎ あの人すっごく尽くす人だし、結婚歴も長いし、きっとヴァンさんを悦ばせるためにえげつないスキルを数々身につけて毎晩ヴァンさんをヒーヒー言わせ──あー! 止まってあたしの想像力!!」

「ティアちゃん、あのね! わたしも想像しちゃうから声に出さないでぇ!」


 二人揃って頭を抱える。とにかく居た堪れなかった。ジルーナのプライベート過ぎる物を見てしまったのはただただ申し訳なかったし、夫と他の女性のに思いを馳せてしまうのは流石にダメージがある。これだけ一夫多妻生活に馴染み、楽しんですらいる彼女たちでもだ。そう考えるとその光景からむしろ興奮を得るというエルリアの性癖の異質さが分かる。


「あ、謝った方がいいでしょうかね……?」


 キティアはフラムの顔色を伺った。


 フラムはぎゅっと目を瞑ってしばらく考え込んだ後、何かを決意したように首を横に振った。


「……あのねぇ、頑張って忘れましょう?」

「……!」

「ジルちゃんはねぇ、見られちゃったことも嫌だと思うけど、わたしたちに見せちゃったことも気にすると思うの。その、を想像させちゃったからって」

「……」


 確かに彼女はそういう人だ。一夫多妻という特殊な環境の中でも気持ち良く生活できるように、いつもみんなに気を回してくれている。一夫多妻はヴァンではなく彼女の発案だったと聞いている。責任のようなものを感じているのかもしれない。


「だからねぇ、お互い見たことも見られたことも気づいていたとしても、誰もそれを言葉にしないで、少しずつなかったことにしていくのが一番いいんじゃないかしらぁ。ど、どう?」

「そう……ですね。そうだと思います」


 キティアがこっくりと首を縦に振ると、フラムは満足そうに微笑んだ。妻の中ではちびっ子のキティアが今まで何度もお世話になってきた、優しいお姉さんの表情だ。今日も結局お世話になってしまった。


「で、でも、あれだけインパクトのある物を忘れるって大変ですね……何年かかるか……」

「そ、それでも頑張ろうねぇ! もう考えないようにしましょう!」


 二人なりの結論に辿り着き、二人はようやく腰を上げた。結局この午前中何もせずに過ごしてしまった。自室の家事を済ませねばなるまい。


 ────そこに、シュリルワとヒューネットが現れた。


「ありゃ? まだお茶してたです?」


 シュリルワの質問に首肯しつつ、キティアはヒューネットを見つめていた。いつもと雰囲気が違うのだ。


「ヒュー、その髪どうしたの?」


 ヒューネットは普段真っ直ぐに下ろしている長い髪を二つに結び、後頭部でそれらを編み込むヘアアレンジをしていた。


「えへへっ! シュリにやってもらったのっ! 可愛いっ?」

「うん。まあまあじゃん」

「まあまあって、ティア、もうちょっと褒めてやるです」

「いいのいいのっ! ティアが他の人に言う『まあまあ』は滅茶苦茶褒めてるんだよっ!」

「あー……自己評価ばっかり高い奴ですからね……」


 シュリルワから揶揄うように視線が飛んできて、キティアは自己評価が高いのは良いことだと訴えるため唇を尖らせた。


「どしたのヒュー? 今日は何かの日?」

「ううん。特に何もないんだけどさっ!」

「気分を変えたい時ってあるです」

「き、気分を変えたい時……」

「やっぱやるからには大胆にやらないとねっ!」

「大胆に……」

「毎日同じじゃマンネリですしね」

「マンネリ打破……!」


 何だろう。そんなはずないのに、────勝負下着の話に聞こえる。ふと隣のフラムに目をやると、彼女も彼女で悪いものでも食べたかのように顔を青白くさせていた。


「いっそのこともっと何かつけよっかなっ? お姫様が付けてるみたいなゴージャスなヘッドドレスとかさっ!」

「あーあのアミアミのです?」

「網……!」

「でも頭に付ける系のアクセってみんなあんま持ってないです」

「猫耳隠れちゃうとヴァンがねーっ……。あ、でもヒュー帽子なら持ってるよっ! ちゃんと耳を出せる大っきい穴が空いてるのっ!」

「穴……!」

「また変な物持ってるですね。帽子なんて頭隠す物なのにそこに穴が空いてるですか?」

「隠すべきところに穴が空いている……!」


 この二人、わざとやってるのか……? こっちは必死であの勝負下着を忘れようとしているのに、もう脳内に映像がチラついて仕方がない。


「わ、わざとやってるの⁉︎」


 隣でフラムがついにパンクし、口に出した。まあ気持ちは分かる。とはいえシュリルワとヒューネットからすればちんぷんかんぷんな発言である。


「な、何言ってんのフラムっ……?」

「また変な映画でも観たですか……?」


 キティアはどうカバーしようかと少し悩んだが、フラムの発言が頓珍漢なのはいつものことだったので、二人はさっさと流したようだ。


「シュリっ! 次はミオに見せに行こっ! ミオは何でもすっごく褒めてくれるしっ!」

「アイツ性根が歪んでるけど可愛がるのは好きですからね」


 二人はこっちの気も知らずに楽しそうにおしゃべりしながらこの場を立ち去っていった。キティアとフラムはどっと疲れてしまい、せーので大きな大きなため息を漏らした。


「わ、忘れるって大変ですね……!」

「本当にねぇ……もう……っ!」

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