5.苦労をされたので

 ***


「ん! 美味しい!」


 ジルーナは初めて食べるワックのハンバーガーを咀嚼し、そのまますぐに二口目に突入した。


「だろ⁉︎ へへへ」


 気に入ってもらえたのが嬉しくて、ユウノの頬が緩む。なんとあのユウノが、食べることよりジルーナを観察することを優先していた。


 二人は世界有数のファストフードチェーン、ワックに来ていた。二階の窓際の席に座り、駅前の景色を眺めている。ジルーナはしみじみと声を絞った。


「なんだか新鮮だよ。味もだけど、この景色も。私ずっとこの街で育ったし外からこのお店は見てたけど、こうして中から見るのは初めてだもん」


 どこにでもあるチェーン店。二人がやってきたのは自宅の最寄り駅付近にある店舗だ。ジルーナは子どもの頃からスナキア家に住んでいたとユウノは聞いている。よってこんな疑問も湧く。


「本当に来たことなかったのか? 学生の頃に友達と来たりとかは?」

「あー……。私もう働いてたからさ。学校が終わったらすぐ家に帰ってたんだ」

「えー? 人使い荒いなヴァンの奴……」

「ハハ、ヴァンはいっつも『もっと遊んで来い』ってうるさかったよ。それで何回喧嘩したことか」


 ジルーナは視線を窓の外に向けたまま、


「……私がそうしたかったんだよ」


 感慨深げに息混じりの声を出す。


 ミオとシュリルワが「ジルも連れてけ」と提案した意味がようやく分かってきた。当時ジルーナができなかったことをなるべくやらせてあげたかったのだ。それにはユウノも完全同意であった。


「絶対忙しかったよな……? 一人であの家のこと全部やってたんだろ? 今は八人がかりでやってるってのに……」

「まあねぇ。あの頃ヴァンはずーっと修行してていつもお腹減らしてたし、結婚してからもヴァン・ネットワークっていうの始めたから分身しっぱなしでね」

「あの国中監視するやつか」

「そうそう。最近はあんまりやってないみたいだけどね。それに皆がいるし、随分暇になっちゃった」


 夫が分身を増やせば増やすほど妻が作る料理の量も増やさねばならない。きっとジルーナは四六時中ご飯を作っていたのではないかと思う。


 さらに、当時は今以上にヴァンの結婚への反発が強く、その苦労もあったはずだ。今は自由にお出かけできるが、出入りに使っている秘密通路だって最初はなかったと聞いている。


「色々大変だったんだろうな……」

「ハハ、ユウノのパパとも戦ったしね」

「そ、その件はお騒がせを……!」

「わ、私もね。ちょっと自分で言うのは恥ずかしいけど、あの頃はまだ尖ってたんだよ……」


 ユウノの父はマフィアのボスである。その風貌から誰もが恐れる父を、ジルーナはタイマンで言い負かし撃退したらしい。健気で甲斐甲斐しい上に信じられないほど芯が強い。そんな彼女だからこそヴァンと結婚するという無茶をやり通すことができ、それゆえに後輩たちもヴァンと結婚することができたのだ。


「本当……ジル姉に迷惑かけちゃいけねえな……」


 ユウノはボソッと呟き、同時に今朝の失態を思い出した。


「あ、せ、洗濯の件は本当にごめんなさい……」

「もういいってば。そんなに困ってないもん。……それにしても最近ユウノは家のこと頑張ってるみたいじゃない?」

「うん! なんかさ、楽しさが分かってきたんだ! アイツにパリッとしたシャツ着せてやりたいとか、アイツが帰ってきたとき部屋が綺麗だったら喜ぶかなとか、考えてると楽しくてさ」


 結婚前は家庭的という言葉からは程遠い生活を送ってきたユウノだったが、慣れてくるととても充実感がある。早く先輩たちのように色んなことができるようになりたいと前向きに取り組んでいる。


 ジルーナが真顔でじーっとユウノの顔を見据えていた。


「……本当、あの人って可愛い子見つけてくるのが上手いよ」

「な、なんだよ。アタシは可愛くなんてねえよ……」


 急に予想外に褒められて顔が熱くなるのを感じる。ジルーナは相変わらずユウノの顔を見つめ続け、揶揄うように笑っていた。ちょっと居心地が悪かったので、ユウノは話を変える。


「ジル姉、せっかくだからこの後ちょっと遊んでいかねえか? カラオケとかゲーセンとか、学生が行きそうなとこ連れてってやるよ」


 ユウノの本日の役目はそれだと確信していた。以前、「お姉さんに遊んでもらいたい」と思って誰にせっつくか迷ったとき、生真面目なジルーナはユウノが好んで行くような場所はあまり好きではないだろうと予想して、結果ミオを選んだ。しかし、実はジルーナの方が喜んでもらえるかもしれないと気づいたのだ。


「え⁉︎ 本当⁉︎」


 案の定、ジルーナは興味を示してくれた。ユウノはドーンと胸を張る。


「アタシそういうの詳しいから任せときな!」


 いっそちょっと悪い遊びを教えるくらいの気持ちで臨もう。その方がミオやシュリルワも「よくやった」と褒めてくれそうな気がした。


「ミオがさ、ユウノとバッティングセンターに行ったとき超かっこよかったって自慢してくるんだよ。何回も」

「そ、そうなのか」

「私にもかっこいいところ見せてね。ハハ」

「す、すげぇプレッシャーだぜ……」


 何だか、緊張してきた。こうしてジルーナとの初デートが本格的に始まった。

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