20.衝撃の表明

 ***


 スナキア暦三百十六年、九月十九日。ヴァンが十六歳になって二日後、ヴァンは婚姻手続きのために役所を訪れた。


 本当は一日でも早く籍を入れたかったのだが、「いつか他の奥さんも迎えるなら誕生日は空けておいた方がいい」と主張するジルーナに根負けした。すでにそこまで想定し、覚悟を決めている彼女には頭が下がる。本当に死ぬほど幸せにしてあげなければならないとヴァンは息巻いていた。


「ご用件は……って、ヴァン様⁉︎」


 入り口付近にいた案内員が素っ頓狂な声を放つ。おかげで所内にいた全員がヴァンの存在に気がついた。これは好都合。ヴァンは目立つ必要があった。こちらも周囲に聴こえるように堂々と伝える。


「結婚するんです。手続きをお願いします」


 ヴァンの言葉を聞き、案内人の女性は胸に手を当てて感嘆の声を漏らした。目には涙すら浮かべている。後々この顔が絶望に染まると思うと少し心苦しい。


「おめでとうございます……!」


 案内人がやっと絞り出すと、周囲の人々も同様に叫び、拍手が巻き起こった。


「それで、スナキア家専用の申請制度があるはずなのでご案内いただけると。あ、分かります?」


「もちろんです! ヴァン様の十六歳のお誕生日に備えて全国の役所で研修がありました!」


 国民たちはヴァンの結婚を待ち構えていた。国家体制を考えれば当然。ただでさえスナキア家はヴァン一人しかいないのだ。待望も待望だったことだろう。


 スナキア家の情報は一般国民たちとは違う形で保持されている。父が暗殺された原因が主治医からカルテを盗まれたことだったため、あらゆる個人情報を国家機密レベルで厳重に管理することになったのだ。一夫多妻法成立時に、身内を人質として利用されるのを防ぐために結婚相手が誰か分からないようにするという対策も取られることにまでなった。おかげでジルーナの名前は世間に漏れずに済む。


 案内人に引き連れられ、ヴァンは別のフロアまでやってきた。ネットワークを切り離された専用の端末の前に座らされ、使用方法の説明を受ける。


「職員も奥様の情報を知ることはできませんので、お手数ですがデータ入力をヴァン様の方でお願いする形になります」


「分かりました」


「ヴァン様のIDカードをお借りしなければ今後も職員は閲覧できません。また、電子パスワードと指紋認証も設定していただきます。いずれもマスターキーのようなものはございませんのでご安心ください」


 実に徹底されている。早くも一夫多妻法を悪用しているなとヴァンはほくそ笑んだ。


 ヴァンは説明通りに必要な情報を入れていく。この国では結婚するとき互いの姓を組み合わせることになっている。どちらかを主姓とし、子どもはそちらだけを背負う仕組みだ。


 ヴァン・スナキア・ハンゼル。


 ジルーナ・スナキア・ハンゼル。


 その文字列を目の当たりにして結婚するという実感が湧いてきた。しかし目にしたのは初めてではなかった。実は必死こいて勉学に励んでいた時期にノートの隅に書いたことがある。なんだ元々自分は変態の素養があるじゃないかとヴァンは再びほくそ笑んだ。


 一通り記入を終えた後、ヴァンは仕上げにジルーナの種族欄でビースティアを選択した。一応その選択肢が用意されていたあたり、ヴァンが大勢の妻の中にビースティアを紛れ込ませるくらいの想定はあったのかもしれない。残念ながら、ヴァンにとっては他の選択肢が不要だ。


 これにて手続き完了。────晴れて二人は夫婦になった。


 険しい道のりだった。そしてこれからはさらに険しくなるだろう。それでも一緒に居ればどんなことだって乗り越えられるという確信を抱いていた。


 ヴァンが席を立って職員に会釈をすると、


「本当におめでとうございます……! どうかお幸せにお過ごしください!」


 彼女は改まって祝辞を述べた。今のうちに味わっておこうとヴァンは思う。どうせすぐにこの言葉は聞けなくなるのだ。


 出入り口のある一階のフロアに戻ると、そこには早くも噂を聞きつけた報道陣が集まっていた。遠慮もなく無数のシャッター音が響き、眩しさに目を覆う。あっという間にヴァンは複数のテレビカメラに囲まれた。


「ヴァン様! ご結婚されたというのは本当でしょうか⁉︎」


「今のお気持ちは⁉︎」


「お相手はどのような方でしょうか⁉︎」


 矢継ぎ早に質問が降り注ぐ。ヴァンはアナウンサーと思しき人にマイクを向けられた。作戦上、ヴァンは結婚相手の種族を包み隠さず発表する必要がある。ヴァンは努めて朗らかに宣告した。


「ビースティアの女性です」


 一瞬の間の後に一気にざわめきに包まれる。おそらく全国のお茶の間でも同じ現象が起きているはずだ。


「ビ、ビースティアと……? そ、それはどういうことですかヴァン様⁉︎」


 慌てふためきながらどうにか最初に声を絞り出したアナウンサーに、ヴァンは温和な眼差しを送りつける。


「実は、僕はビースティアフェチなんですよ。今後もビースティア以外の方との結婚は考えておりませんので」


 天地がひっくり返ったかのように驚く人々。口から漏れているものはもはや悲鳴に近い、事実上、ヴァンは後継を作るつもりはないという表明だった。


 最後にヴァンは言っておかねばならないことがある。ジルーナの安全確保をしなければ。厳重に管理されているといえど、政府なら情報を抜き取ることが可能かもしれない。


「妻の正体を探るような動きがあれば僕はすぐにでもこの国を捨てますので。では!」


 この国に対してこれ以上の脅し文句はない。ヴァンは自宅にテレポートした。


 今日がヴァンの英雄卒業の日だ。そして、国を揺るがす変態としての人生が始まる。

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