18.決断
***
「アハハハハ!」
スナキア邸ダイニング。ヴァンがテーブルに突っ伏して大いに落ち込んでいるのを見て、ジルーナは大いに笑った。
「わ、笑うな……!」
「ご、ごめんね! でもこんな姿見たの初めてなんだもん!」
ヴァンはテレビで失言をしてしまった。それだけでも凹むのに、きっちりジルーナに目撃されていた。
「ずっと『やっちまった』って顔してたね」
「え……⁉︎ そこまでバレてるのか?」
「大丈夫だよ。私しか分かんないと思う。な、なんか騒ぎにはなってるみたいだけど……」
ヴァンのあの発言は切り取られて他のメディアでも紹介され、多少の物議を醸していた。今後は「生真面目さ故かギャグセンスは皆無」というイメージがまとわりつくことになりそうだった。
まあ、それも甘んじて受け止めよう。ジルーナがこんなに明るいのは一週間ぶりに見た。それで良かったことにする。近頃二人の間に漂っていた気まずさが若干ながら解消されていた。
「女の子たちみんなヴァンをチラチラ見てたのに。これじゃ報われないね」
「そ、そんなことないだろ」
「ううん、私見てたもん。全員ヴァンのことすっごく意識してた。……アナウンサーの人も朝のニュースよりメイク濃かったし」
「よく見てるな……」
女性の勘というやつなのだろうか。ヴァンの所感としては英雄としてチヤホヤされることはあってもモテたことなんてない気がするのだが。
「みんな何にも分かってないけどね。ヴァンだってだたの男の子なのにさ。きのこが食べられなくて、押されると弱くて、あと変なフェチだったりして」
ジルーナは不満そうに呟きながら、それでもどこか勝ち誇っているように見えた。本当のヴァンを知っているのは自分だけだと訴えるように。その通りだ。ジルーナだけは自分をただの人間として扱ってくれる。ヴァンはそれが嬉しかった。
「にしてもヴァン、本当に重症なんだね。そこは本当に心配でした……」
「あ、ああ」
性癖から逃れるという道は完全に断たれた。もう間違いなくスナキア家は滅ぶ。だが国の方を変えるのも難しい。他に手立てがあるとすれば────。
「……ねえ、ヴァン。聞きたいんだけど」
ジルーナが改まって尋ねる。
「ファクターとビースティアって、どうして子どもができないの? 性癖が無理ならそっちを解決できない?」
確かにそれができれば本当に何の障害もないのだ。ヴァンもすでに動き始めていた。
「研究はしてるよ。一応学者だからな」
ヴァンが大学や研究機関で大っぴらにその研究に従事することはできないため、大枚を叩いて研究施設の建造に取り掛かっていた。予算はいくらでもある。人手だって分身を使えば二百以上の博士号を持つ学者を大量に配置できる。さらにヴァンは分身を利用して自ら実験動物になることすら可能だ。
だが、ヴァンの力をもってしても難航が予想されていた。
「今のところ皆目検討がつかない。えっと、人類にはファクターとビースティアの他に、プレーン、いわゆる普通の人間がいるだろ?」
「うん」
魔力の種族・ファクター。猫の種族・ビースティア。それらの特徴を持たないプレーン。人類はこの三種から成っており、同じ世界で共存している。
「プレーンとビースティアは問題なく交配できるんだ。遺伝子の仕組み上、子どもには必ず猫耳と尻尾が発現するけど」
「私のパパはプレーンだったしね」
ジルーナの父・リネルには猫耳がなかった。彼女の母親側がビースティアだったのだ。プレーン-ビースティア間は何の問題もなく子どもが生まれる。それが不可解な点である。
「ファクターもベースはプレーンなんだ。最初のファクターであるルーダス様はプレーンとして生まれて、後天的にファクターになった」
「ど、どうやって?」
「それが、分からないんだ。ルーダス様は経緯を明らかにしなかったし記録も残さなかった」
ファクターの発生は謎に包まれていた。分かっているのは三百十五年前の世界大戦においてルーダスが突如として魔力に覚醒したということだけだ。
「ファクターはプレーンにはない魔力を持っていて、ビースティアとは交配不可能という特徴もあり、プレーンとは別種扱いになってる。ただ、プレーンとファクターは遺伝子的に同一という説が根強い」
ヴァンはこれを確かめるためファクターのゲノム解析を計画していた。しかしまだ数年かかりそうな上、見通しはあまりよくない。通説通り、ファクターとプレーンは同じ生き物である可能性が高い。
「なぜファクターだけビースティアとの子どもができないのか、今のところ科学的には説明がつかない。違いがあるとしたら魔力の有無だけだ。それが何らかの作用を及ぼして阻害しているのかもしれないが、魔力自体も解析はお手上げ状態だからな……」
「そっか……」
とにかく謎だらけという状況。しかし、
「それでも、子どもができたケースは一応あるはあるらしい」
「え……⁉︎」
「あ、いや。でも全然当てにできる確率じゃないんだけどな。ファクターが発生してからの三百十六年でたった六例」
通常の何億分の一、何十億分の一という超低確率。奇跡としか言いようのない。
「でも、ゼロじゃないんだね……?」
ジルーナは一瞬だけ目を輝かせ、すぐに恥ずかしそうにこめかみに垂れる毛束をくるくるとねじった。
残念ながらゼロみたいなものだ。そんな可能性に六百万人の命を賭けようなんて国民が受け入れるはずがない。後継を作る気がないと言っているのと同じようなもの────。
その時、ヴァンの心臓がドクンと脈打つ。全身が硬直する。
「……ヴァン? どうしたの?」
────見つけた。探していたもの。
国民を大いに焦らせ、死ぬ気で改革を進めさせる方法。
その方法はヴァンが今抱えている課題を一挙に解決できるもので、手をこまねいていては滅亡が確定している現状、使わない選択肢はない劇的なものだ。ただ一つ懸念があるとすれば、その手段を取ればヴァンは英雄の地位を失うということだけだ。まあ、そんなことは大した話じゃない。
「……ジル、明日仕事頼んでいいか?」
「ん? 何してほしいの?」
まずは彼女に伝えなければ。ずっと言いたかった言葉を。できれば雰囲気の良い、二人に縁がある場所で。
「あの別荘の掃除をお願いしたい」
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