17.容赦なく発達する性癖

 ***


 あの日以来、ジルーナとはぎくしゃくしていた。会話は減り、食事を共にすることも無くなった。だが悲しんだり寂しがったりしている暇はない。後継ができないという問題に対処するため、ヴァンはさらに熱を入れて改革に取り組んでいた。


 本日ヴァンは政治に関する討論番組に呼ばれていた。政治家が集結するお堅いものではなく、一般大衆向けのバラエティー寄りの番組のようだった。司会は大御所の芸人で、周囲には俳優、スポーツ選手、アイドルなど、さまざまなジャンルの人気者が並ぶ。政治に興味のない一般層の目に触れるだろう。理解者を増やすアピールの場としては絶好だ。


「本日のゲストはなんとあの英雄、ヴァン・スナキア様です!」


 司会者から紹介を受けるとスタジオは割れんばかりの拍手に包まれた。平和を訴え、先陣を切って行動しているヴァンの愛され具合は日に日に増していた。


「えー、ヴァン様といえば数ヶ月前の卒業スピーチで大きな注目を集めましたね。世間の反応を受けてヴァン様はどう思われましたか?」


 司会がヴァンに尋ねると、ヴァンは少し緊張気味に口を開いて表向きのトークを始める。


「そうですね。当初は否定的な意見が多く戸惑いはしました。ただ、選挙の結果には良い意味で裏切られました。国民の皆さんに感謝すると共に、困難な道に挑むという勇敢な決断を讃えたいと思っています」

「あの日以来、『ヴァン様を一人にしない』はこの国のスローガンになっていますからね! では、ヴァン様を一人にしないためにも他のゲストも紹介していきましょう────」


 次々と他の出演者が紹介されていく。少し申し訳なく思いつつも、ヴァンは誰の話もあまり聞いていなかった。自分の考えをまとめるのに必死だったのだ。


 ヴァンが生きている内に改革を完遂する。それがこの国が生き残る唯一の道。しかしヴァン自身百年以上かかると予想していた計画だ。これを五十年程度まで縮めるためには余程大胆な手立てが要る。


 だが後継を作れないなんて事情は説明できない。他に国民を急かす方法を探さなければ。


「────では、本題に入りましょう! ホットなニュースがあります。ヴァン様、輸入減免法が可決されましたね。旧経済派の安穏党も賛成したことで改革が一気に進みそうな雰囲気になって参りました」


 再びトークの中心に戻され、ヴァンは慌てて口を開く。


「え、ええ。なんと言いますか、最近のこの国は居心地が良いです。皆さんが僕の声を聞いて、ついてきてくれようとしていますから」


 発した言葉は真実でもあり嘘でもあった。国民は改革を目指す意思を示してくれてはいるし、行動も始めている。ヴァンを一人にしたくないというのはきっと本心だ。だが、あくまでそれは達成困難な理想論だという認識もしているらしい。その証拠に、彼らのスローガンとは逆行するはずの法律も成立してしまった。


「そしてもう一つ、何と言っても話題になったのは一夫多妻法ですね! 全会一致でした!」


 スタジオ内に盛大な拍手が巻き起こる。彼らは依然としてスナキア家の繁栄を熱望していた。現実問題まだまだスナキア家には甘えざるを得ないと考えているのだ。


 後継が難しくなった今、彼らの意思はヴァンにとって物足りないものになった。もし彼らが甘えを断ち切り、スナキア家の滅亡を前提に、一丸となり、死ぬ気で、改革に取り組めば所要年数はグッと縮まるはずなのだ。七十年、あるいは五十年。ヴァンが生きている内に実現する芽も出てくる。


 彼らをそこまで追い込む方法が見つからない。となればやはり、ヴァンがどうにかして性癖を治すしかないのだろうか。


「ヴァン様、ズバリお聞きしますが結婚のご予定は?」


 司会者は嬉々として尋ねる。まもなく十六歳を迎えるヴァンの結婚を誰もが期待していた。


「いえ、まだ……」

「複数の奥様を迎えるお気持ちはあるんでしょうか?」


 何人迎えようが無駄だ。それどころか「きっと後継ができるんだし焦らなくていいや」と国民を油断させることになる。現状ヴァンは誰とも結婚するわけにはいかないのだ。だが総理との口約束もあるし、メディア向けの回答をしておく。


「僕個人としては一人の方とと思いますが……。個人なんて言ってられない立場ですからね。責務として受け止めるべきとも思っています」

「いやー、真面目でいらっしゃる。私だったら何にも考えず飛び跳ねて喜びますけどね。このスタジオの女性全員と結婚したっていいわけでしょう?」


 司会はスタジオ内を見回した。ヴァンは女性の数を数える。


「四人もですか」


 ────スタジオの空気が凍った。……なぜ?


「だ、誰を外したんですかー! 十三人いますよ!」

「⁉︎」


 司会がツッコミを入れたことでヴァンは事態を把握した。


 ヴァンの目からすると、女性は確かに四人なのだ。猫耳と尻尾のついた女性が四人居る。それ以外の人々の性別をヴァンは見誤った。


 もはや、ヴァンにはビースティア以外の性別が判別できなくなっていた。声でも聞けば分かるだろうが、彼らの話は全く耳に入っていなかった。見た目だけでは女性かどうかも分からない。────ヴァンの性癖はいよいよ本物だ。


 女性を女性としてカウントしないなんて類のジョークは好まれない。品行方正な印象のあるヴァンが放っただけに、その後も異様な雰囲気が漂い続けた。支持者を増やしたい状況なのにこれはイメージダウンだ。ヴァンは内心やっちまったと思いながらも懸命にポーカーフェイスを保つ。


 ヴァンは確信した。やはりこの性癖を克服するなんて不可能だ。

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