2.みんなのご予定は

 ***


「……ただいま」


 総理大臣執務室に派遣した分身が苦い顔でスナキア家ダイニングに舞い戻る。そこで朝食を続けていたヴァンを核に合体し、顔を顰めながらサンドイッチにかぶりついた。目線は愛らしい妻を追う。とにかく癒されたかった。すでに食べ終えたヒューネットと寝坊しているユウノが居ないのが悔やまれる。


「な、何のお話だったんですか? あの古狸……」


 夫の異様さに慄いた第五夫人のキティアが不思議そうに問いかける。


「厄介な仕事を頼まれてな。あー……でも君たちには言わない方がいいな。別に危ない目に遭うわけじゃないから心配しないでくれ。……って説明で納得してもらえるか?」


 ヴァンの結婚への抗議デモが行われる。こんな話は妻に伝えられない。


「……まあ、いいですけど。なんだ、聞こうと思って待ってたのに」

「あ、悪いなティア」

「いいえ。別に急いでませんし」


 キティアはすでに完食していた朝食のトレーを持って立ち上がった。そして他の妻たちに尋ねる。


「あ、そうだ。あたし午前中近くの本屋さんに行くんですけど、誰か何か買って来てほしいものあります?」


 第一夫人・ジルーナの猫耳がスッとキティアに向く。


「ティア、じゃあえーっと、……ついてっていい?」

「え⁉︎ もちろんです! やった〜ジルさんとお出かけだ〜!」


 二人は出発時間の約束を取り付け、キティアの方は準備のためにスキップで部屋に戻っていった。ヴァンは未練がましくその背中を見つめていた。もっと妻の姿を目に焼き付けたかった。こっちに残っていたヴァンが散々見てはいたのだが、それと並行して総理にこの時間を邪魔されていた記憶もある。


「ごちそうさまです」


 第三夫人・シュリルワが胸の前で手を合わせる。彼女もいなくなってしまうようだ。


「シュリも出かけてくるです」

「あらぁ? シュリちゃんはどこ行くのぉ?」


 シュリルワはトレーを片付けながら第二夫人・ミオの質問に答える。


「映画観てくるです。『ダブル』ってやつ」

「え⁉︎ あれお姉さんも気になってたの! 一緒に行っていーい?♡」


 ミオは尋ねつつもすでに随行することは決めているようで、シュリルワを追いかけるようにトレーを持って流し台に向かっていった。しかしシュリルワはそんなミオを怪訝な瞳でお迎えする。


「えー? ミオと?」

「な、何で嫌がるのよぉ! ティアちゃんみたいに喜んでよそこは!」

「……まあいいですけど。ちょろちょろすんなですよ」

「こ、子どもじゃないもん!」


 ふふんと笑って颯爽とダイニングを去るシュリルワを、ミオがキーキーと文句を垂れながら追い縋っていった。遠くから「はぐれないようにお姉さんがお手々繋いであげよっか?♡」とミオが挑発し返す声が届いたが、シュリルワの返事は聞こえなかったことから無視されたと推測される。


「……何だか、あのお二人だけでお出かけって珍しいですわね。私初めて見たかもしれません」


 第七夫人のエルリアがダイニングの出口をぼーっと見つめながらこぼした。その隣でジルーナがクスクスと笑みを浮かべる。


「いっつも変にやり合ってるからねあの二人。お互い大好きなくせに素直じゃなくてさ」


 第四夫人・フラムも同調し、困り眉を象った。


「ミーちゃんがねぇ、その、……言い方が悪くなっちゃうけど、ペットを可愛がりすぎてノイローゼにさせてしまうタイプというか……」

「ハハ、充分良く言ってるよそれ。ミオはさ、好きな子に意地悪しちゃうんだよ」

「く、クソガキの所作ですわね……」

「昔はシュリってミオにすっごく懐いてたんだけどさ、構われすぎて段々反発するようになって、それにミオもムキーってなって、それで今って感じ」


 黙って会話を聞いていたヴァンもジルーナの説明に頷いていた。ミオは本当に厄介なお姉さんだ。ただあの二人の間の奥底に漂う信頼関係は感じているので心配はしていない。


「あ、そういえばフラムいいの? シュリ取られちゃったよ?」


 ジルーナはフラムの顔色を伺う。先日シュリルワがヒューネットを誘って服を買いに行こうとした際にフラムが嫉妬したという件は、ヴァンもフラムから聞いている。フラムはシュリルワを信奉するあまり彼女を第二の夫とでも思っている節があり、ヴァンは日頃からシュリルワに若干のライバル心を抱いている。


「いいの。あのねぇ、シュリちゃんはね、結局わたしのところに帰ってきてくれるの」

「そ、そうなんだ……」


 ヴァンの嫉妬心が燃え上がり、思わずサンドイッチを一気に口に詰め込んだ。その様子を見たフラムがヴァンに投げかける。


「あ、ヴァンくん。足りなかったらわたしの食べる? 食べかけでごめんねなんだけど……」

「ん?」


 食べかけであることは全くもって微塵も問題ないしむしろ嬉しいのだが、


「体調でも悪いのか?」


 心配になって尋ねてみる。フラムは結構よく食べる方だ。本人は体型を気にしているらしいが、異様にグラマラスなだけで痩せている。


「大丈夫、元気だよ。けど、う〜ん、何か食欲がなくて……。ジルちゃん、作ってくれたのに残してごめんねぇ」

「い、いいけど……。ヴァンが有り難がって食べるだろうし」


 言わんといてくれ、ジル。キモいのがバレる。


「本当に平気なの?」

「うん。あのね、本当にすっごく元気なの」


 フラムは起立して両拳をぎゅっと握ってファイティングポーズを取った。全然強そうには見えなかったが彼女はアピールに大成功といったご様子で満足げにトレーを片付けた。残った面々にゆらゆらと手を振ってダイニングを後にする。


 その間にヴァンはすでにフラムが残したサンドイッチを平らげていた。急いでいた。多分このままでは一人ぼっちになると思ったのだ。そんなの心が折れてしまう。いっそこちらが先んじて出勤してしまおう。


「ごちそうさま、ジル」


 朝食当番のジルーナにご挨拶。「今日も美味しかったでしょ」と言わんばかりのドヤ顔が向けられたので首を思いっきり縦に振っておく。


「あ、そうだ。俺今日は家にも分身残すんだ。何かあったら呼んでくれ」

「え? 何するの?」

「ヒューが『この国の政治のことを教えてほしい』って言うんだ。選挙も近いしな。俺がやってることをもっと知りたいって」

「そっか。それはいい心がけだね」


 ジルーナがわざとらしく腕を組んで感心してみせる。


「総理に関してはあることないこと吹き込んでおくつもりだ……!」

「ほ、ほどほどにね」


 今日も今日とてやるべきことが沢山ある。複雑な一日になりそうだ。 

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