第07話「陰謀には妻を連れて」
1.政敵との再会
***
ヴァンは朝からある人物に呼び出しを喰らっていた。
「……何の御用ですか? 朝食の時間だったんですけどね……」
妻がせっかく作ってくれた朝ごはんを楽しんでいる最中に届いた緊急出動要請。分身を割いて赴いたのは総理大臣執務室だ。
「俺を呼びつけたということは余程の緊急事態ってことでいいんですよね? 総理」
ヴァンはため息まじりに問いかけた。
「ハハ、もちろん緊急事態だよ。まあかけてくれたまえ。コーヒーでも飲むかね?」
緊張感のない声と共にソファーを指し示すのはアシュノット総理大臣。このウィルクトリアの最高権力者である。先日は総理の企てた終末の雨再現計画を阻止してやった。しかしどうやら次の策を思いついたらしい。
「結構です。コーヒーなら家で妻が淹れてくれるので、どうか手短にお話を」
ヴァンは冷淡に拒絶する。総理の態度はどう見ても非常時とは思えない。どうせ嫌がらせのために大した話でもないのに呼んだのだ。しかしこの老人は軍の指揮監督権を握っており、軍属であるヴァンは一応断ることができない。
「ヴァン君、そんなにツンケンしないでくれ。ちょっとくらい朗らかに世間話でもしようじゃないか」
「総理もお忙しいのでは? 選挙も近づいてきましたし」
「いや? 案外暇なものだよ。先日は君にしてやられたが、まだまだ私の方が有利な状況だ。勝つと決まっている選挙に大した労力は要らないよ」
アシュノット総理はヴァンを挑発するように含み笑いを浮かべた。ヴァンは乗せられてはマズいと頭では理解していながら、眉がピクリと動くのを止められなかった。
「ハハハ、ヴァン君。今度の選挙こそ君の支持者が議席を増やせるといいな。陰ながら応援しているよ」
「……総理こそ、今度こそ単独過半数を取り戻せるといいですね。俺が動き出してからは遠のいておいでですから」
今度は総理の眉が痙攣した。二人とも笑顔のようなものを顔に貼り付けてはいたが、空気はピリついていた。
アシュノット総理はウィルクトリア国会最大派閥である安穏党の党首であり、
「スナキア家の力を背景に他国から財産を搾取する」という経済の推進者だ。自立経済を訴えるヴァンとは真っ向から衝突する。────ヴァンにとって最大の政敵である。
長年に渡って他国を虐げているこの国は、スナキア家を失えば確実に報復を受ける。ヴァンに後継が期待できない以上、他国への横暴な振る舞いを続けようとする総理はヴァンにとって打倒すべき相手だ。これまでヴァンはあらゆる手段で国民の自立を促し、総理率いる安穏党を単独では過半数の議席を獲得できないほどに弱体化させてきた。
しかし、依然として安穏党が国会の最大勢力であることは変わらない。ヴァンの理想とする社会になるまでにはまだ長い道のりがある。
「君は律儀な男だな。君ほどの力があれば政治なんぞ無視して何もかも思いのままだろうに」
「自立を目指すという判断は国民が自発的にしてこそです」
ヴァンはあくまで決断を国民に託していた。第一ヴァンが「他国からはもうお金を貰いませんから!」と無理矢理決定しても、その金を当てにして生きている国民が野垂れ死ぬだけだ。まずは国民に自活の手段を与え、自力で生きていけるかもと思わせるところからだ。ヴァンとしてはその道に賛同してくれる政治家が政権を取ってほしい。ヴァン自身にはまだ被選挙権がなく、そもそも人気がない。
「総理、雑談はこれくらいにして要件を教えていただけませんか?」
「つれないねぇ……まだまだ話したいことがあるのに」
アシュノット総理は肩をすくめる。彼にとってもヴァンは最大の政敵。ヴァンが妻との優雅な朝食を楽しみたいならそれを邪魔したいとのことらしい。
「ヴァン君、君に治安維持のための協力を求める」
「治安維持……?」
「実はね、今日これから二時間後に、首都アラムの市街地にて市民による大規模なデモが行われる。君の結婚に反対する人たちが集結するそうだ」
「……」
ご苦労なことだ。本日は平日である。そんな時間があるならぜひお仕事でもしていただきたいところだ。
「所轄の警察署には申請済み。ルートも事前に策定してある。法的には何ら問題ないデモだ。しかし今朝になって恐ろしい情報が入った。……そのデモを妨害しようと計画している連中がいるんだ。君の支持者たちだよ」
「何ですって?」
ヴァンには少数ながら支持者がいる。彼らには妻の生活をサポートする支援団体を結成してもらい、さまざまな面で助けられている。デモを妨害するような無法を働く人々ではないし、万が一そんな計画があるにしてもヴァンの耳に入っていないのはおかしい。
「何かの間違いでは? 一体どこからそんな情報が?」
「ハハ、秘密だよ。総理ともなると色んな情報源を持っていてね」
総理は得意げに右の口角を上げ、仔細の説明を避けた。いまいち信用ならない。
「と、いうわけでだ。市民同士の対立から暴動に発展することを私は危惧している。君にはぜひ警備に当たってほしいんだ」
「警察で充分では?」
「もちろん警察も出動させるがね。現場から『そんなバカらしい仕事はやる気が出ない』という声が上がってきている。警官だって国民なんだ。皆君の結婚には納得していない」
「……」
元はと言えばヴァンの結婚が端緒。であればヴァンが責任を取れ、ということだろう。
「総理、俺としてももちろん国民に暴動で傷ついてほしくないとは思っていますが……。俺がその場に居合わせるのは火に油を注ぐようなものでは?」
「ふむ。まあそうだろうね」
「であれば────」
「君の力ならそれでもなお平穏無事に制圧できるだろう。だが市民に怪我をさせたりしたら困るぞ? 主に君が」
「クッ……!」
自分の結婚を発端に巻き起こった暴動を暴力で止めたとあれば選挙に響きかねない。性癖で嫌われるのとは質も深刻さも違う。
「ハハ、大変だろうが頑張ってくれ。じゃ、帰っていいよ!」
ヴァンは大ぴっらに舌打ちを残し、自宅にテレポートした。いつか絶対にアシュノット氏を総理の椅子から引きずり下ろすと心に誓いながら────。
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