16.もう怖いものなど

 ***


「そんでな! ミオ姉が言ったんだ! 『さあ、早く行って!』って!」


 スナキア家共用キッチン。

 忙しなく働いているシュリルワとヒューネットに構いもせず、ユウノはミオの勇姿を嬉々として語っていた。食べ放題でお腹が満たされているため、料理の匂いを間近で受けてもビーストモードの心配はない。


「財布をグッて押し付けてさ! すっげえピンチなのにずっと冷静でさ! 格好良かったんだぜ!」


 お姉ちゃんに守ってもらい、お腹いっぱい食べさせてもらい、ユウノにとって大満足の一日となったらしい。


 シュリルワは手際良くにんじんを千切りしながらユウノの話を聞いていた。


「アイツは修羅場くぐってるですからね。ピンチのときだけは頼りになるです」


 シュリルワはまるで自分のことのように誇らしげに微笑み、ミオが秘密通路で死ぬほど凹んでいた姿を思い出してさらに笑った。無事名誉挽回できたようで何よりだ。


「元スパイなんだもんな。そんなの格好良すぎるぜ……!」


 ヒューネットがお鍋を取り出しながら頷いて同意を示す。


「ミオすっごい似合うよねっ。”元スパイ”って言葉っ。やっぱピチピチの黒いスーツ着てたのかなっ?」

「フフ、かえって目立つですそんなの。アイツエッロい身体してるですし」

「へへっ、明日スパイだったときの話いっぱい教えてもらうんだ!」


 笑顔いっぱいのユウノ。シュリルワは調理を進めながら顎で二階を指す。


「明日と言わず今聞きに行ったらどうです? ちやほやしてやったら喜ぶですよ?」


 見せ場を作れて大喜びしているはずだ。きっと今後二週間くらいはドヤ顔し続けるだろう。シュリルワに対して「私の方がお姉さんだからね」としつこく主張してくるだろうが、今回ばかりは素直に肯定するつもりだ。


「んー、それが『今日はやることがある』って言われちゃってさ」

「やること?」

「よくわかんねぇんだけど、『まずはレポートから片付けてから』とかなんとか……。車で迎えに来てくれたときから様子がおかしかったんだよな。ずーっとぶつぶつ何か言ってたし」

「んー……?」


 ────噂をすれば、廊下からヒタヒタと弱々しい足音。ミオ本人がキッチンに現れた。


「あ、ミオ。お疲れです。話聞いたですよ」


 シュリルワはどうぞ自慢話をしてくれとパスを出してみる。しかしミオの表情は曇っており、髪がぐしゃぐしゃになっていた。


「レポート……終わったわ……ヴァンさんに悪いからかなり加減しておいてあげたわぁ……」

「な、何言ってるです……?」


 訳のわからないことを掠れた声で漏らす。どうも様子がおかしい。きっと余程のピンチで疲れたのだろうと思い、シュリルワはユウノに提言してみる。


「ユウノ。やっぱりデステニーランドはミオを連れてったらどうです? シュリとはまた今度行くです」

「あ、いいか? でもミオ姉絶叫系ダメなんだよな……」


 ユウノは困ったように後頭部をかいた。終わり良しとはいえ今日は趣味が合わないばかりにお互い損をしてしまったのだ。同じことは繰り返したくないだろう。


 しかし遠慮がちなユウノをよそに、ミオはユウノの両肩を力強く掴み、血走った目を真っ直ぐ向けて宣言した。


「絶叫系くらい平気よ……! もう何も怖いものなんてないわぁ……!」

「お、おう……?」


 決死の形相にユウノは眉根を寄せて困惑していた。

 ミオは静々とシンクに近寄り、か細い声でシュリルワに尋ねた。


「シュリちゃん。……エルちゃんがどこにいるか知らない? お部屋にいなかったのよ」

「エル……? あぁ……!」


 エルリアの名前を聞き、シュリルワの中で全てが繋がった。車、検問、エルリアが車の中に隠していたという恐ろしい物品。


「……そりゃあとんでもないピンチなはずです」

「あ、聞いてるの? ちびっ子たちには絶対内緒よ……!」

「も、もちろんです。口が裂けても言えんです」


 二人が小声で確認し合うのを、横でヒューネットが不思議そうに聞いていた。きっと真相を知ったらひっくり返って数日寝込むくらいのショックを受けるだろう。


 そして、さりげなくシュリルワを「ちびっ子たち」から外したミオの言葉に、シュリルワはようやく分かったかと鼻を鳴らした。お姉さんチームの一員として、チームメイトに密告する。


「エルはさっき作業着着てたです。お部屋をリフォームするとか何とか」


 ぜひあの変態にはお灸を据えてもらわねばならない。「怒ると超怖い」と噂のミオの力、存分に発揮してもらおう。


「リフォーム……じゃあ……床下ね……!」


 ミオは目当てをつけ、よろよろとキッチンを去っていった。


 ────一分後、エルリアの悲鳴がキッチンにも届いた。




(第04話 完)

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