13.お姉さん(とても良い例)
***
「ミオ姉! 次右だ!」
「はーい♡」
ミオはハンドルを回し、快調に飛ばした。
「ホントにこっちにあるのぉ?」
「任せろって! アタシ勘には自信あるんだ!」
二人は地図も何も見ずに食べ放題のシステムがあるレストランを探し当てるという遊びに興じていた。ドライブには目的があった方が楽しいし、次一緒にご飯を食べるときに使える店が見つかれば一石二鳥だ。
「あっ! ほら! あったぞ!」
「え? どこ?」
「えっと、六個先の信号のとこ!」
「えぇ……? 見えないわよそんなのぉ。どんな視力してるのぉ?」
「視力検査のとき『∞』って書かれたぜ」
「えぇ……?」
車を進めていくと、ミオの目にも「食べ放題」という文字が映った。ユウノの視力には脱帽。そして本当に野生の勘だけで店を見つけてしまったことにも驚いだ。
「やったなミオ姉!」
ユウノは助手席から手を伸ばし、ミオの二の腕を叩いた。ちょっと、というか、かなり痛かったがユウノが楽しそうだったのでミオも満足した。
「今度デートするときは真っ先にここねぇ♡ あ、でも道全然覚えてないからまた案内してくれるぅ?」
「任せろ! アタシも覚えてないけどな!」
ユウノは自慢げに胸を叩いた。よく考えると不思議な発言だが、安心して任せられるだろう。
「せっかくなら食べて行くぅ? あ、でも夕飯カレンダーに『外食』って書いてないから、もう私たちの分も作ってくれちゃってるわねぇ。シュリちゃん、あ、シュリお姉ちゃんが……!」
ミオは自分を完膚なきまでに打ち負かしたシュリルワの顔を思い出す。心の中で悔しさが再燃し始めた。
「拗ねんなってミオ姉。ミオ姉がお姉ちゃんなのは分かったからさ!」
「そ、そう?♡」
確か免許を持っているのは自分以外だとエルリアだけのはずだ。シュリルワに対して一つアドバンテージである。今日のところはそれで良しとしよう。
「じゃ、そろそろ帰りましょうか。あ、でもお姉さんもうここがどこだか分かんないんだけどぉ……。そろそろナビ付けよっか?」
「いや、大丈夫だぜ。アタシがいるだろ」
「帰り道も野生の勘で分かるのぉ?」
「んー、今度は帰巣本能ってやつかな」
「ど、どっちにしろねぇ……」
ユウノの道案内のもと、ミオは車を走らせた。五分も経てば見覚えのある道に辿り着き、またしてもユウノの能力に驚いた。
「……あれぇ? 渋滞かしらぁ」
前方に車の群れが見えてきた。信号があるわけでもない道で、どの車もほとんど動けず停滞している。分かれ道はなく、自分たちも巻き込まれるのは避けられなかった。ユウノが窓から顔を出して先を確認する。
「警察がいるぜ……。一台一台止めて中の人と喋ってるみたいだ」
「え⁉︎ 検問かしらぁ⁉︎」
ミオはナビの電源を入れてニュース番組を流す。強盗をしでかした男が逃走しているという事件が特集されており、おそらくこれのせいだという予想がついた。
「……マズイわねぇ。免許を見せることになっちゃうかもぉ。下手したら同乗してるユウノちゃんも他の身分証明書を……」
「あっ! た、大変じゃねぇか!」
免許証には「ミオ・スナキア」と書かれている。間違いなくヴァンの妻であることがバレてしまう。渋滞から逃れようにもこの先はずっと一本道で、やり過ごせるような駐車場もなかったはずだ。後ろも既にたくさんの車が連なっている。
「で、でも相手は警察だろ……? 悪いことしないよな?」
「んー、微妙なところね。政府は私たちを全力で保護する方針だけどヴァンさんが無理やりそうさせてるだけだしぃ。実際現場で働いてる人の信条までは分からないからぁ」
ヴァンだけではなくヴァンの妻も国民に快く思われていない。仮に検問を担当している警察官が猛烈なアンチだった場合、名前を知られてしまうのは怖い。ヴァンが「妻に危害を加えたらこの国を出ていく」と宣言しているおかげで直接危険な目に遭うことはないだろうが、悪意を持って名前を流出させるくらいのことはされるかもしれない。
「ヴァ、ヴァンを呼ぼうぜ。こりゃ緊急事態だ……!」
「でもデート中だしねぇ」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ⁉︎」
あたふたするユウノをよそに、ミオは冷静に状況を分析していた。
「ヴァンさんを呼べば絶対に逃げられるわぁ。でもだからこそ一回落ち着いて慎重に考えましょう?」
ヴァンはテレポートができる。さらに魔法で透明にもなれる。こっそり彼女たちを別の場所に移動させることは可能だ。
────だが内密で済ませられるのは一時的かもしれない。
「人を乗せた車ごと長距離のテレポートをするなんて、相当なファクターじゃないと無理なの。軍のすごい人とか、それこそヴァンさんとかね。しかも検問から逃れるなんて無茶をやらかしそうな人って考えると、きっと真っ先に有名人でイメージも悪いヴァンさんの名前が上がるでしょうね」
テレポートで突然消えれば、周囲の車に乗っている人たちが不審に思う。疑われるのはヴァンだ。そしてヴァンがそんな無茶をするなら妻のためだと推測される。ヴァンは過去に何度も、妻を守るために大暴れして国民を混乱させた前科がある。
ミオはバックミラーで後ろの車を確認する。
「考え過ぎかもしれないけどね。この車がスナキア家のものって事実に辿り着くのは不可能じゃないわぁ。だから気をつけないと。周りの車のドライブレコーダーに私たちの顔も写ってるかもしれないしぃ……」
「そ、そっか……! どうすんだよ⁉︎」
大ピンチだった。このまま検問を受ければ名前が、テレポートで逃れれば顔が流出する可能性がある。杞憂で済めばいいが、用心に越したことはない。
あえてユウノには言わないが、もし顔や名前が世間に知られればもうこの国で暮らすことは難しい。海外の別荘に移住することになるだろう。きっとみんな一緒に行くと言ってくれるだろうが、迷惑はかけたくない。
まずは自力でこの窮地から抜け出す方法を考える。ヴァンを呼ぶのはもうどうしようもなくなってからだ。
「……ユウノちゃん、降りなさい」
「え?」
「さっきのレストランで待ってて。ちょっと遠くなっちゃったけどぉ、ユウノちゃんの足ならすぐでしょう?」
「で、でも!」
「あ、お金の心配?♡ 大丈夫よ、食べ放題なら奢ってあげられるから♡」
「違うよ! ミオ姉だけ残すなんて……!」
ユウノは眉を八の字にして、縋るような目を向けてきた。ミオはよしよしと頭を撫でてあげる。
「大丈夫よ。お姉さんが結婚前何してたか教えたでしょう?」
「……!」
「お姉さん元スパイよ♡ もっと大変なこともいっぱい乗り越えてきたの。だから何とかするわぁ♡」
ミオは財布を取り出してユウノの胸に押し付けた。
このまま検問を受けるケースも考えて、ユウノだけでも逃がしておいた方がいい。それに一人の方が動きやすい。
「さあ、早く行って!」
ミオが声量を上げると、ユウノは躊躇いながらも財布を受け取り、シートベルトを外した。
「ごめん……ミオ姉……!」
ユウノは車を降りて走り出した。ミオはミラーでその姿を見届け、深く深呼吸する。
────さて、どうしたものか。正直言って策はない。
できるとすれば、顔はなるべく手で隠し、免許証の「スナキア」という部分だけを見せるくらいか。スナキア家の妻であることは伝わるし、顔と名前を知られたくないという意思も示せる。それを無理やり暴こうとはしてこないだろう。その後ヴァンがどれだけ怒るかわからないからだ。
いっそ警察手帳でも見せてもらって名前を控えておけばより緊迫感を与えることができる。夫の威を借りて脅すなんて情けないし申し訳ないが、背に腹は変えられない。
それに警察が今やりたいことはあくまで強盗犯の捜索。犯人は男だ。ミオの個人情報を聴取する必要性は薄いはず。むしろ捜査に関しては積極的に協力して車の中は見せてあげよう。できるだけ平穏無事に見逃してもらう形を目指して。
ミオは振り返り、後部座席をチェックする。もちろん犯人が潜んでいるわけはないが────。
「……何かしらこれ?」
使わない後列は気にしていなかったが、足を置くスペースに黒い布に覆われた謎の小山を発見した。ミオはシートベルトを一旦外して手を伸ばす。布の端をつまみ、中を改めた。
「……………………はい?」
そこには無数の、大人向けウハウハ映像パッケージが積まれていた。
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