12.この家では常に様々な事件が起きている
***
「ジル、大根買ってきたですよ」
第一夫人・ジルーナの部屋。
シュリルワは頼まれていた買い物を届けに来た。ジルーナに笑顔で出迎えられる。
「あ、ありがとシュリ」
「無農薬の上物が売ってたです。ちょっと形は悪いけど美味しそうです」
シュリルワはビニール袋を手渡した。ジルーナが早速中から大根を取り出す。先端が二股に分かれており、まるで女性の太股のようないやらしい形だった。
「ヒィっ……!」
ジルーナは悲鳴を上げ、慌てて大根を袋に戻す。そのうぶな反応にシュリルワは戸惑った。
「じ、ジル? アンタ大人なんだから大根なんかで照れるんじゃないです」
「い、色々あるんだよ……!」
ジルーナは取り繕って髪を撫でつける。事情はわからないが、まあ、何かあったのだろう。この家では常に様々な事件が起きている。彼女が詳しく説明しないということは、多分知らない方がいい。
「あ、お金渡すね。いくらだった?」
ジルーナは壁にかけてある鞄に近寄り、財布を取り出した。当番が作る全員用の料理は全体の予算から出るが、個人の買い物は個人の財布から。シュリルワは覚えておいた大根の値段を告げ、小銭を受け取った。
「家計簿ややこしくなっちゃうけどごめんね」
「構わんです。シュリは昔レストランのお金を管理してたですよ」
シュリルワが胸を張ると、ジルーナがホッとしたように顔を綻ばせた。
「シュリが一番頼りになるよ。ホントに困った子ばっかでさ……」
「本当です⁉︎ えへへ……」
シュリルワはジルーナに頼りにされると無性に嬉しくなる。ボサボサ頭&ジャージの件に限らず、ジルーナは妻がたくさんいるという状況でもみんなが心地よく過ごせるように尽力してくれている。それで今までどれだけ救われたことか。シュリルワにとってジルーナがお姉さんのモデルだった。
ふと、あまりモデルにならない方の年上の顔が思い浮かぶ。
「……あ、でも今日はそれミオに言っちゃダメです。あいつ凹むです」
「え? 何かあったの?」
「いや……その……」
多分ミオからすれば知られたくないことだろうと思い、詳しい説明を避けた。シュリルワが言い淀むのを見て、ジルーナはそれ以上追求しなかった。この家では常に様々な事件が起きている。いちいち気にしていたらキリがないと思ったらしい。
「じゃ、シュリはご飯作ってくるです」
「手伝おっか? 本当はやることあったんだけど暇になっちゃって」
「それは越権ですキャプテン。当番は当番がやり切るもんです」
「ハハ、分かった。楽しみにしてるね。ヴァンいないし一緒に食べようね」
「そうするです」
シュリルワはバイバイと手を振って廊下に出る。午前中は遊びに行ったがここからはお仕事。張り切って腕を捲った。
「シュリルワさん!」
────背後から飛び込んできた悲鳴のような叫び。
「車を! 車を知りませんか⁉︎」
エルリアが血相を変えてやってきた。髪を振り乱し、冷や汗をかいているようだ。シュリルワの両肩を掴んで身体を荒っぽく揺さぶった。
「車がないんです! どこに行ったんですか⁉︎ あれがないと困るんです!」
「な、何ですそんなに慌てて? 車ならミオが使ってるです」
「ミオさんが⁉︎」
「ユウノとドライブに行くって。あいつ免許持ってるです」
「……!」
エルリアは安堵したような表情でその場にしゃがみ込んだ。何やらブツブツ呟いている。
「ってことはコレクションが盗まれたんじゃないんですね……。はあ〜良かっ────」
かと思いきや頭を抱えて突然大声を出した。
「いや、全然良くないですよ! た、大変! どうしましょう⁉︎」
顔からは血の気が引き、唇がわなないている。余程の大事件らしかった。
「な、なんか知らんけど落ち着くです! 車がどうかしたですか? あの車危ないです?」
シュリルワはエルリア以外が車を使っているのを見たことがなかった。そのエルリアだってごくたまにだ。整備不良になっていてもおかしくない。
「いえ、車自体は問題ないです。私『花嫁修行・その3854』で車のメンテナンスを身につけているので……」
「あ、相変わらずです。ホントにアンタは変態じゃなければ……」
「変態じゃありませんよ! 性欲が尊厳より大事なだけです!」
「それを変態って言うんです!」
シュリルワは顔をしかめた。そして思い当たる。この子が慌てているということは、多分何かしらの変態的トラブルが起きている。おそらくジルーナの様子がおかしかったのもそのせいだ。
「……アンタ何したです?」
事情聴取を始める。ジルーナに迷惑をかけたというのなら捨て置けない。エルリアはギョッと固まり、震えた声を絞り出した。
「あ、あの、私これに関しては本当に深く反省しておりますし、もうたっぷり叱られたあとでして……」
「わ、分かったから言うです」
エルリアはそっとシュリルワの耳に口を寄せる。あのエルリアが小声でしか言えない内容なのかとビビりながらあらましを聞くと、案の定口に出すのも恐ろしい事件だった。
「あ、アンタ……! 最悪です……!」
「ご、ごめんなさい! ちゃんと自分の部屋に隠せるように対策しておりますから!」
よく見ればエルリアは作業着を着ていた。木屑をそこら中に付けているのを見る限り、リフォームしてまで収納場所を確保しようとしているらしい。そうまでして持っておきたい気持ちはてんで理解できないが、自分の管理できる範囲に収めるなら好きにすればいい。
「あの……ミオさんって怒るとどうなります?」
「アイツは怒られることはあっても怒ることはないと思うです。シュリは見たことないです」
「そ、そうですか」
エルリアはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「あ、でもジルは見たことあるっぽいです。たまに『怒ると超怖い』っていじってるです」
「ジルーナさんでも恐れるほどの……⁉︎」
もたらされた追加情報によって反転。エルリアはガタガタと震え出した。珍しく反省はしているようだし、シュリルワは軽くフォローしてあげることにした。
「……でもアイツ自称・大人です。多分そんなに動じないです」
「そ、そうですよね! ミオさん私がえげつないことを言っても結構笑ってくださいますし」
ミオは下ネタ・十八禁には耐性がある。ジルーナのように大根に怯えるほどの事態にはならないだろう。
「しかもアイツ今日は色々あってお姉さんぶるのに必死です。多分サラッと流してドヤ顔するです」
「ま、まあ。事情は存じませんがタイミングが良かったみたいですね……」
エルリアは安堵して額の汗を拭った。
────しかし、タイミングという意味では今日こそ最悪の日だったと、彼女は後に思い知ることになる。
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