14.そりゃあパニックにもなる

「……え? え? えぇ⁉︎」


 流石のミオも冷静さを失い、這うようにして後部座席に移動する。一番上にあったケースを手に取り、そのタイトルを心の中で読み上げる。完全にだ。


「どういうことなの⁉︎ 何なのこれ⁉︎」


 パニックだ。とんでもない枚数の。これは全くの予想外である。


「ヴァンさん⁉︎ ヴァンさんなのね⁉︎」


 咄嗟に思い浮かべたのはスナキア家唯一の男性である夫。


(ヴァ、ヴァンさん……! え⁉︎ 性欲えげつないわねあの人! しかも待って! どれもこれも多人数戦じゃない! 変態ではあるけど、こっちのフェチではないと思ってたわ! 本当はそうだったのね⁉︎)


 パニックなりにミオの脳は高速回転する。


(ど、どうしよう! 警察に正体がバレるだけでも困るのにこんなものまで見つかったら最悪よぉ! せ、せめて私のものとは思われたくないわね。トランクにしまっておけば知らない間に旦那が隠してた風に装えるかしら……? あ、待って! 落ち着いて私! 私の旦那ヴァン・スナキアよ⁉︎ 大スキャンダルよこんなの! ヴァンさんの評判はもっと酷いことに……!)


 ミオは咄嗟にヴァンを庇うにはどうすればいいか考える。しかし、そんな必要はないのではと思い当たる。


(じ、自業自得だわ! 別にちょっとくらいならかわいいもんだけど、この量は引く! 何なの⁉︎ 八人も妻がいて何がそんなに足りないっていうのよ! ぶっ飛ばすわよ⁉︎)


 ミオは前方を確認。相変わらず渋滞中。前の車が進む気配は全くない。これらをトランクに移すべく、一旦蓋を開けに行きたい。転がるように車から飛び出してトランクに駆け寄った。冷や汗をダラダラ流しながら蓋をそっと持ち上げる。


「い、いやぁ……!」


 瞬時に閉める。トランクの中にも大人の男性がとっても喜ぶ魅惑のパッケージがギッチギチに詰まっていた。まるで本棚にしまうかのように綺麗に整列されている。多分そうでもしないと入りきらないのだ。


 ミオはもはや怒りを通り越し、情けなくなってきた。夫にこんなコレクションをさせてしまった自分を恥じた。いや、絶対自分は悪くないのだけれど!


「ヴァンさん……お姉さんもっと頑張るから……」


 泣きそうな目を手で覆う。目を閉じてもさっき車内で見たパッケージの表紙が瞼の裏に焼き付いていた。


「……あれ?」


 ふと、違和感に気づく。あの表紙にはとても捨ておけない不審な点があった。ミオは自分の記憶は確かかチェックするため、後部座席に飛び込んで、パッケージをまじまじと見つめた。


 ────写っている女性たちには猫耳がない……!


「絶対ヴァンさんじゃないわ!」


 ミオは確信した。


(あの人は重度のビースティアフェチ……。それ以外の人類は別の生物だとすら思ってる。つまりこれはヴァンさんにとって無価値! 全く興奮を感じられないもの! 興奮度は動物系のドキュメンタリーとどっこいよ! 猫科の動物が出てくるならそっちの方が上って可能性まであるわ! 何それ結局ド変態じゃない!)


 ヴァンの性癖に対しては絶対の信頼を持っていた。これはヴァンの持ち物ではない。となれば────。


「エルちゃんなのね⁉︎」


 なぜ気づかなかったのだろうか。ハーレムはエルリアの方のフェチだ。そして車を使うのは基本エルリアだけ。


(……エルちゃんも本当は自分の部屋に隠したかった。でもヴァンさんは結構掃除を念入りにやる人だから隠せる場所がなかったのね? いえ、あるにはあるけどそこはもうギッチギチ! それでこの車に目を付けた。大量にしまえる場所を見つけて浮かれたエルちゃんはさらに買い漁ってあっという間にトランクもギッチギチ! ついに後部座席にまで侵食したってところかしら。もう! どうせリフォームとかもできるんでしょう⁉︎ フローリング剥がして床下に隠しなさいよ!)


 エルリアの行動を推理していると前の車が動き出した。ミオは慌てて運転席に戻り車を少し進める。そして冷静さが少しだけ戻ってきた。よく考えればエルリアのコレクションをどうこうするのではなく、この場を逃れる方法を考えるのが先決だった。


「あっ! ていうか私ドライブレコーダーに映っちゃったわぁ!」


 トランクに移動したことで後ろの車にミオの顔が記録されたことは確定してしまった。何たるミス。ヴァンに救出してもらうルートの危険度が高まってしまった。


「で、でも後ろの人には積荷までは見られてないだろうしぃ……。テレポートならエルちゃんのコレクションの件は世間にバレずに済むわね……」


 テレポートパターンなら情報流出の可能性があるのはミオの顔だけ。一方検問を受けるパターンでは────。


「私は名前を伏せて、顔もある程度は隠せるけどぉ……。ヴァンさんは……。一夫多妻を繰り広げているだけでは飽き足らず、このジャンルの大人向け映像を大量に購入して、あろうことかそれを積んだ車を妻に運転させているってことに……! もう完全に変態じゃない! 私どんなプレイさせられてるのよ……⁉︎ そんなの惨めすぎる!」


 ミオは、決断する。


「テレポートね……!」


 夫の名誉を守るのも妻の役目。お金の使い方の件だってそうだし今回もそうだ。というか、今回に関しては妻の名誉の方も全力で守らせていただきたい……!


「ヴァンさん助けて!」


 ミオは大慌てで携帯電話を取り出した。デート中のキティアには悪いが、こんなピンチはなかなかない。


「……え?」


 携帯の画面に表示されていたのはキティアからの着信履歴四件。さらに、今まさにもう一度着信が入った。


「ティアちゃん⁉︎ どうしたの⁉︎」


 ミオは疑問に思いつつもすぐさま電話に出る。


『あ、ミオさん? 何度もごめんなさい。急いで伺いたいことがありまして」

「な、何?」

『ヴァンさんから昔はファッション誌のハウトゥー丸出し男だったって話を聞いたんですけど〜、そのときのこと詳しく教えてもらえませんか〜?』

「お、教えるわ! 詳細にまとめたレポートをお届けする!」

『え? そ、そこまでしなくても……』

「だからお願いティアちゃん! 今すぐヴァンさんを貸して! とんでもないことになってるのぉ! 今車に乗ってるんだけど、検問に引っかかっちゃいそうなのよ!」


 ミオは肝心な部分は伏せる。歳の割りにしっかりしているキティアとはいえ、数字だけ見ればちびっ子ヒューネットと同学年の最年少。お姉さんとしてはあんなことを伝えるわけにはいかない。


『え⁉︎ 大変! すぐ向かわせます! でもヴァンさん今……あ、戻ってきた! 今どこですか⁉︎』


 ミオは場所を伝える。すると数秒も経たずに助手席から夫の声。


「来たぞ、ミオ」


 デート用に変装しているヴァンが居た。顔が見たいのに残念だ。ミオはキティアに礼を告げ、電話を切る。そして即座にヴァンに抱きついた。


「ありがとうヴァンさん……! お姉さんこんなに怖い思いしたの久しぶりよぉ……」


 ミオは全力で身を投げ出してヴァンにくっつく。姉さん女房なのに、なんて言ってられない。子どもみたいに縋りついた。

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