8.のんびり組の発見

 ***


「あらぁ、エルちゃん?♡」


 スナキア邸の庭。倉庫に向かうジルーナ、ミオ、キティア、ヒューネットの四名。その道中で第七夫人・エルリアと遭遇した。


「あ、みなさんこんにちは。お揃いで<検閲されました>ですか?」


 エルリアはまるで舞踏会で上流階級同士がするようにお上品に頭を下げた。だが、そのいで立ちは舞踏会とはかけ離れていた。


 彼女は芝刈り機に乗り、無骨な作業着を身に纏っていた。いつもは毛先を遊ばせている小洒落たミディアムヘアーは後頭部で雑に一つに括り、メイクにもほとんど力を入れていない。むしろ鼻に泥をつけているくらいだ。


「ほ、本気ですね、エルさん……」


 その本腰の入れっぷりにキティアはたじろいだ。自分と同じく家の中でもある程度着飾る派のエルリアが、こんなにもなりふり構わない姿で家事に参加している。一生懸命さが見て取れてこれはこれでカワイイというのは非常に勉強になった。さらに、


「っていうか、芝刈りもできるんですね……」


 キティアは唸る。自分は呑気に麻雀をやっている間にもエルリアはスキルを活かして働いていたのだ。


 エルリアは少しはにかみながらも、意気揚々と答える。


「はい! わたくし、『花嫁修行・その8133』にて芝刈りの技術を身につけておりますので!」

「さすが嫁サイボーグだねっ……」


 エルリアは一体どんな場面を想定していたのかわからない無数の技術を身につけている。花嫁修行シリーズの番号がどこまで続いているのかは本人以外知らない。少なくとも五桁の数字に達していることは確認されている。


「エル、今日はお休みだったよね?」


 ジルーナが問いかける。人手余りのこの家では、主婦という仕事にしっかりと休日が付帯する。


「ええ。ですから普段手が回らないことをやってしまおうかと思いまして!」

「うーん……偉いんだよこの子は……」


 ジルーナはひたすら感心していた。引き出しの多さ以上に、夫のため家のため最善を尽くそうという姿勢が涙ぐましい。────それだけにもったいない。


「変態じゃなければ言うことなしなんだけどね……」


 被ハーレムフェチという異様な性癖を振り回し、放送禁止用語を連発することだけがネックだった。本当に手を焼いているが、ここまで働き者で頼りになると誰も強く注意できないのだった。


「まあ! わたくし変態ではありませんよ! 性欲の多寡が常軌を逸しているだけです!」

「そ、それを変態って言うんだよ……」


 ジルーナは眉を八の字にする。しかしエルリアが「一切間違ったことを言っていない」と言わんばかりの真剣な表情だったので、これ以上触れないでおこうと決めたようだ。


「みなさん、どちらに行かれるんですか? <検閲されました>に適した場所をお探しですか?」

「あたしたち倉庫の掃除をするんです!」


 キティアは張り切って両手を胸の前で握った。エルリアに刺激されてモチベーションを高めていた。エルリアは「素敵ですね」というメッセージを込めるように目を細めていた。そして、


「…… わたくしあの倉庫にヴァン様が<検閲されました>を隠しているのではないかと踏んでいるんです。見つけたら教えてくださいね」


 不穏な依頼をしてきた。エルリアもあの倉庫の掃除を申し出たことがあったのだろう。


「もし見つけたらみなさんで研究会をしましょう! ヴァン様の好みを把握し、全員で! 一斉に! 叩きつけるのです!」


 一瞬で瞳孔が開き、鼻息まで荒くなっている。「全員で一斉に」の部分はとても賛同できない。しかしあの倉庫に何か隠しているという指摘は少し気になった。妻を立ち入り禁止にしている理由はそれなのかもしれない。


 毎日お互い足腰立たなくなるまでお相手しているので性的なソロ活動はしていないと願いたい。しかもそれを八セット同時展開しているのだから余力があったらもう化け物だ。それに妻マニアである彼の思考回路からすると、その手の物は自主的に禁止していそうな気がする。


「……あたしたちに見られたら困るものでも隠してるんですかね?」


 であれば何を隠す? キティアは他の妻たちの知恵を借りる。即座にミオが返答してくれた。


「想像つかないけどぉ、あってもあの倉庫には隠さないんじゃない? 一瞬で世界中飛び回れる人なんだしぃ、わざわざ私たちが手に届くところに置いておくかしらぁ」

「……確かにそうですね」


 言われてみればその通り。海外に無数の別荘を持っているのだし、安全で確実な隠し場所は他にいくらでもある。むしろ妻がいつでもアクセスできる場所なんて最も避けるべきだ。見せたくない何かがあるというなら素直にそれに従ってあげようと思っていが、どうやら心配なさそうだ。


 まだ芝刈りの作業が残っているエルリアに別れを告げ、四人は倉庫へと向かう。高台にあるだだっ広い庭。外壁の向こうには空と雲と太陽しか見えない。同様に外から覗き込まれることもない。開放感のある彼女たちだけの空間だった。


 庭の隅にある倉庫に到着する。周囲に並ぶ木々の影の中、木造二階建てが鬱蒼と佇んでいた。その雰囲気を形容するなら、不気味という言葉がよく似合う。


「お、オバケいるかなっ……」


 ヒューネットはミオの腕に自分の手を絡めた。


「オバケなんてヴァンさんが怖くて出てこないわよぉ。強い上に変態なんだもん♡」


 ミオはとてもにこやかに暴言を放った。しかしキティアもそれは同意だった。全く同じことを言おうと思ったくらいだ。唯一ジルーナだけが別のアプローチでフォローする。


「大丈夫だよ。ほら見て。思ったより綺麗だし古くないでしょ?」


 ジルーナは倉庫を指差した。外壁に砂埃はなく、蜘蛛の巣が張っているわけでもない。ところどころ目新しい木材で補強もしてある。


「ジル、それってそういうことよねぇ……」

「うん。……ヴァンが小まめに手入れしてるみたいだね」


 やはり「古くて危ない」というのは嘘のようだ。きっとどこかが壊れるたびに即座に補修しているのだろう。彼にとってどれほど大事な場所なのかが窺える。この分だと中も清潔で掃除の必要はないかもしれない。


「一応確認しますか」


 キティアは先導し、重い引き戸を開いた。


 がらんどうの棚の数々。半面だけ備えられた二階とそこに続く木製の梯子。高い位置にある小窓からは陽が差していない。空気は外より少し冷えているだけで埃っぽくはなかった。耳が痛くなるような静謐さに包まれ、日々妻たちの声で賑々しい本宅とは一線を画している。


「……綺麗じゃんっ!」


 ヒューネットの鈴の鳴るような声が倉庫内を反響する。隅から隅まで掃除が行き届いており、手をつける隙がない。


「もう、言ってくれたらやるのに……」


 お仕事を欲していたキティアはため息まじりに呟いた。ここまでするくらい大事なら、一緒に大事にさせてほしいのに。


「本当に何にもないわねぇ……。これだけちゃんと管理してるなら使い道ありそうだけどぉ」


 ミオは倉庫内を観察しながら練り歩く。収納可能な量は相当なもので、大小様々な棚や籠を取り揃えている。いくらでも有効活用できそうなものだが、もはや物を置くことすら避けたいくらい強い想いを持って保存しているのかもしれない。


「……ん? あれ何ぃ?」


 ふと、ミオが何かを発見する。長い足で一つの棚に麗かに歩み寄り、そこに置かれていたある物を手に取った。キティアも彼女の元に駆け寄り、残り二人もついてきた。


「……アルバム、よねぇ」


 一冊のフォトアルバム。


 目新しい透明なビニールのカバーで覆われた年季の入った表紙。多少色褪せているものの、保管に最大限気を遣っていることが伺えた。それはこのアルバムがたまたまここに置き忘れられた物ではない証左であり、


「これを私たちに見せたくなかったのかしらぁ……?」


 これこそが妻たちを遠ざけていた理由と推測するに充分な材料だった。ミオは即座に中は確認せず、逡巡していた。


「こ、これがエッチなものだとしたらレベル高そうねぇ……。生写真でしょう?」

「えぇ……⁉︎ あたしたちの<検閲されました>ってことですか⁉︎」

「そ、それは流石に気まずいわぁ……。せめて<検閲されました>くらいで……」


 俄かに慌て始めるミオとキティアの後頭部を、ジルーナが順番に軽く引っ叩く。


「エルみたいなこと言わないの! ほら、ヒューが怯えてるじゃんか!」

「お、オバケより怖いっ……!」


 ヒューネットは小刻みに震え、ジルーナの腕に抱きついていた。この方向で話を広げるのはやめておこう。装丁からいかがわしいものではないことは明らかだ。しかしそれなら中にはどんな写真が収められているか想像がつかない。


 ────ジルーナが、少し寂しそうな声音で告げる。


「……そういうことだったんだ」


 ミオとキティアは少しの間ののち、ジルーナの物憂げな顔を覗いた。


「ジルさん、これが何だか知ってるんですか?」


 彼女は全て理解したとばかりに一つ頷いて、真相を語り始める。

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