第04話「それぞれの休日を重ねて」

1.お出かけ組の出発

 振り返ってみると、バラバラに動いていた家族が気づけば一本の道の上にいた。そんな一日だった────。



 午前十時。


 ヴァンは顔を隠していた。サングラス、帽子、マスク。自分がかのヴァン・スナキアであることを悟られぬよう、徹底的に装備を固める。


 なんせ本日は休日。そして休日といえば、────妻とのデートの日である。


「ヴァン〜……、もうちょっと待っててもらえるです?」


 洗面所から届いたのは第三夫人・シュリルワの申し訳なさそうな声。身支度を整えるのに手間取っているらしい。


「ゆっくりでいいよ。まだ時間余裕あるから」

「ごめんです。シュリ髪が多いから苦戦してて……」

「いいって。待つの好きなんだ」


 彼女はお化粧とヘアセットに勤しんでいる。つまり、待てば待つほど妻が綺麗になっていくということ。何て幸せな時間なのだろう。何を謝ることがあるのか。ヴァンはテーブルに大人しく座り、ご主人の帰還を待ち構える犬のようにワクワクしていた。


「今日はどこ連れてってくれるです?」


 シュリルワの声音が普段より明るい。他の妻が居る場ではツンツンしている彼女も、二人きりのときは随分と柔和になる。結婚して数年。ヴァンはすっかり彼女を手懐けたという手応えを得ていた。


「シュリの喜ぶところだよ」


 彼女を喜ばせるプランは完全に組み上がっている。だがヴァンはあえて曖昧に説明した。行き先を伝えずに連れ回して都度都度驚かせたい。


「えへ、じゃあ安心です」


 シュリルワも深くは問わない。毎回のように趣向を凝らした最高のデートプランを提供し続けてきたのだ。ヴァンは、信頼されていた。


 今日のデートは特別だ。ヴァンは分身を使わず、シュリルワだけのヴァンとなる。


 ヴァンは休日を利用してローテーションで妻の誰かと完全な一対一で過ごしている。一人当たりの頻度は大体月に一度。本来夫婦とは毎日お互いがお互いだけのものなのだから、これは非常に少ない。妻が複数いるという不義理を果たしている身としては、この貴重な一日に全精力を注ぎ込むのがせめてもの贖いだ。


 必然、ヴァンのカレンダーは予定がびっしりになる。家で一人で休む、なんて休日はもう長いこと体験していない。しかしヴァンには無敵の分身魔法がある。そんな日を作りたければ平日に休息用の分身を作ってそいつにやらせればいい。後にそいつと合体すれば記憶と経験が合成される。


 魔法は便利だ。スナキア家という厄介な家に生まれてしまったことは苦しくもあるが、それ以上に得もしている。今日のデートだって、世界最高の魔導師であるヴァンにしかできない魔法を利用したプランが含まれている。ヴァンは妻が喜んでくれる姿を想像し、そのあまりの愛らしさに鳥肌を立てた。


「シュリ、楽しみだな! デートだぞデート!」


 ヴァンは洗面台に向けて問いかけてみる。これは流石に彼女も照れてツンツンしたお答えが返ってくるかと思ったが、


「うん♡」


 シュリルワはわざわざ身支度を中断し、洗面所のドアから顔だけ覗かせて満面の笑みを浮かべた。


「可愛い……! 可愛い……!!!」


 自然と口から叫びが漏れた。二人きりというシチュエーションは遠慮なしに思いの丈を言葉にできるのでありがたい。こいつは良い日になりそうだと、ヴァンはほくそ笑んだ。


 一瞬だけ見えた彼女の姿から、間もなく準備が完了する気配を感じた。ヴァンも最後の準備を整える。リビングの広いスペースに立ち、身体の周囲に一片二メートルほどの立方体状のバリアを張る。ほんのりとうす赤い半透明。光に対する防御性能を調整し、底面を不透明の黒に、側面と上面は完全な透明に変化させた。そして耐熱防御を強化し、火炎魔法を一瞬放つ。中の空気は暖められた。これで完成だ。


「お待たせです!」


 シュリルワが意気揚々と洗面所から現れた。ヴァンはテレポートでバリアから抜け出し、


「こっちに来てくれ」


 彼女の手を取って二人で内部に舞い戻る。


「な、なんです?」


 不思議そうに尋ねるシュリルワに、ヴァンはドヤ顔で発表する。


「まずはオープニングセレモニーだ。オーロラを見に行こう」

「え⁉︎」


 事前に現在オーロラが見られる場所を見つけておいた。世界中のどこにでも一瞬で移動できるヴァンだから成せる技だ。


「ヴァン、そ、そんなのって、何か、嬉しいです!」


 彼女はあまりの唐突さに少し戸惑いながらも、ぎゅっとヴァンの腕に抱きついた。


「ちょっと高いところに行くぞ。一応下は見えないようにしたけど、怖かったらそのまま捕まっててくれ。側面も下半分は不透明にしようか?」

「シュリそういうの平気です! あ、でも寒くないです?」

「この中暖かいだろ? 風も冷えも防御するからこの温度が続くと思っていい。せっかく着飾ってくれたんだから、防寒着で隠したくないしな」

「えへへ、うん。頑張ったから見てほしいです。どうです?」


 シックな色合いのロングスカートと踵の高い黒のショートブーツ。タイトながら柔らかそうなニット。普段は下ろしている二本のお下げは編み込んでアップにし、襟足をスッキリさせている。本人的には歳より幼く見えるお人形のような容姿と小さな背格好がコンプレックスらしく、大人っぽいファッションをチョイスしていた。


「本当に……可愛いし綺麗だし綺麗だし可愛いし、かわ、かわいい、きれ、い、さい、こ……」

「ヴァ、ヴァン! またバグってるです!」


 シュリルワはヴァンの顎に触れて脳みそを揺らした。ヴァンは過剰な愛妻家ゆえに妻を見て錯乱することがままある。彼女もその対応に慣れていた。数秒後、ヴァンはハッと我に帰る。


「あ、危ないところだった……。久しぶりに親の顔を見たよ」

「臨死体験……? アンタ、流石にそれは……」

「この国滅びかけたな今……」


 現在他に分身がいないので本当に完全に死ぬところだった。シュリルワの可憐さは危険だった。


「さ、さあ。行こうか」


 気を取り直し、二人はこの星の極地上空にテレポートする。一瞬で二人の視界は変化した。


「わぁ……!」


 目の前に広がるオーロラ。神々しさすら感じるほど色鮮やかに、二人は示し合わせたかのようにせーので息を飲んだ。周囲は静けさに包まれており、まるで世界を二人占めしたかのような気分だった。


「綺麗です……」

「だな……」


 内心「シュリほどではない」とは思いつつ肯定しておく。このオーロラもまあまあやる方だ。


「えへへ、ヴァン? シュリちょっと怖くなっちゃったです」


 シュリルワは高いところは平気という発言を突如撤回した。その割には口元が緩んでいて、明らかに嘘をついていることが見て取れた。


「だから……抱っこしてほしいです!」

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