14.猫耳を突き合わせて

 ***


「モノマネ……⁉︎」


 ジルーナは衝撃を受けた。自分はあの番組を見てかなりショックを受けていた。他の子たちもさぞ傷ついただろうと心配していた。まさかサリエのモノマネで爆笑しながら観ていたとは。ネタとして昇華するのがあまりに早すぎる。


 ジルーナの部屋。お昼時。シュリルワが作ってくれたきのこたっぷりのドリアを、ジルーナはシュリルワとフラムの三人で囲んでいた。シュリルワは思い出し笑いが抑えきれず、スプーンを持った手が止まる。


「エルの奴、あんなにお化粧してるのに変顔に躊躇がなくて……あーもう面白い……!」


 顔を赤くして小刻みに震え続ける。よほどトンチキなモノマネだったようだ。


「……みんな強いね」


 ジルーナは深く息を漏らした。安心したような、呆れたような。


「そりゃムカついたですし傷ついたですけど、事情を知らなきゃああなるのも無理ないです。……シュリも結婚前は散々文句言ってたクチですし」

「そ、そうだったね」


 それにしたって笑って受け流せるような熱量ではなかったようにジルーナは思う。あちらの立場になって考えるなんて余裕はなかった。同じ番組を観ていたというのに印象や受け取り方がまるで違っていた。


「海外の別荘に引きこもって一人で観てたら、泣いてたかもしらんです。でもみんな居たです」

「……!」

「そのみんな居るっていうのが世間から見たら変なのかもしれんですけど、どう思われようがシュリたちは家族です。だから大丈夫です」


 彼女たちとジルーナに違いがあるとすれば。

 側に同じ立場の妻が居てくれたかどうか。

 同じ痛みを共有できる相手が居たかどうか。


 その違いはこれだけのポジティブさと明るさをもたらす。彼女はお互いを必要とし、支え合うことができる家族なのだ。


「そうだね。……本当にそうだ」


 心強い味方がいる。その場に居合わせなかったジルーナさえ、釣られて元気になってきた。


「ジルは一人で大丈夫だったです?」

「あぁ、えっと……」


 他の妻はいなかったが一人ではなかった。内緒で家に残ってもらったヴァンがいたのだ。ジルーナは答えに窮す。


 突如、フラムが沈黙を破る。


「あらぁ? そうだわぁ、わたしヒューちゃんをお膝に乗せるんだったわぁ。おいでぇ?」


 フラムは何も見えていないような目で手を正面に伸ばした。会話の流れを無視。目の前の相手が誰かもわかっていないようだ。


「……ど、どうなってんの? さっきから変だよフラム」

「今日はずっとこんな調子です。多分昨日映画でも観てやられたです。テツカの部屋の衝撃で目が覚めるかと思ったらあれでも足りなかったみたいで……」

「困ったもんだよ……。でもちょうどいいや」


 ジルーナはスプーンを置き、すらりと立ち上がった。


「……ジル?」


 不思議そうに見つめるシュリルワをよそに、ジルーナはフラムの方に向かっていく。そしてフラムの膝に横向きに座り、上体を捻ってフラムに抱きついた。


「来たよ。ヒューじゃないけど。ついでに頭撫でてくれる?」


 フラムは言われるがままジルーナを撫でた。ジルーナは目を瞑り、フラムの温かみを享受した。


「ジル? どうしたです?」


 動揺するシュリルワに、ジルーナは意を決し、発表する。


「私今日甘えんぼの日なの。恥ずかしいけど、家族ならいいや」


 その声を聞き、フラムの瞳に光が宿る。ジルーナを撫でる手つきが徐々に早まっていく。


「……ジルちゃんが甘えんぼの日? ま、まあ……、それって可愛すぎるわ……! あのねぇ、シュリちゃんも撫でてあげてね?」

「え、えぇ? シュリも?」

「それがいいと思うの。ほらぁ、わかるでしょう? 甘えんぼの日の気持ち」

「お、おお、会話できてるです……」


 ────フラムは覚醒した。


 しっかり者のジルーナが甘えんぼの日。これが彼女にとって今日一番の衝撃だったらしい。フラムは目一杯強くジルーナを抱きしめる。ジルーナはニャァと苦しそうな声を漏らすが、嫌がってはいなかった。


「フフ、ジルもこんな感じになるですね。可愛いもんです」


 シュリルワはニヤニヤと笑う。恥ずかしい姿を見てからかっているのではなく、隙を見せてくれたのが嬉しいとでも言いたげなニュアンスだった。


「今日こんなだからヴァンに残ってもらったんだ。一緒に観たの」

「あ、あいつは大丈夫だったです?」

「う〜ん、……優しくしてあげようね。なんか思ったほど叩かれてはいないらしいんだけど、それでもね……」

「本当です……。あいつだけあんなに背負うことないのに……」


 今日は夫のことも甘やかしてやらねばならない。世間から見たら大魔王でも、妻から見ればヒーローだった。


「アイツ、『お前ら俺に甘えるばっかりで俺に何も返してないだろ?』って言ってたですけど……。シュリたちは何を返せばいいですかね?」

「それさっき聞いたよ」

「何て言ってたです?」

「あー……プライベートなお答えになるよ……」

「へ、変態め……」


 当然のように彼の要求は「猫耳と尻尾を触らせてくれ」だった。ジルーナが「それでいいの?」と顔を顰めても彼は目をキラキラと輝かせていた。別に改まって差し出さなくてもちょこちょこ触られていたような気がするのだが。全然さりげなくなかったし。


「……あ、変態と言えば。ヴァンさ、サリエちゃんのこと男だと思ってたらしいよ」

「は⁉︎」


 シュリルワは硬直する。そして徐々に肩が震え始め、やがて両手で顔を覆った。


「わ、笑っちゃ悪いですけど……」


 夫は変態だ。もはや変態とかそういう次元ですらないのかもしれない。美醜や性別の判断すらつかないとは一体どんな脳みそをしているのか理解し難い。彼を支えられるのは自分たちだけなのだと、妻たちは再確認した。お返しの方法はみんなで猫耳を突き合わせながら探そうではないか。


「みんなにもそれ教えてやるです。食べ終わったらお茶するのはどうです? クク、ジルを可愛がりながら」

「あ、いいね。エルのモノマネ私も見せてもらおっと」


 食後、ジルーナはヴァンに連絡する────。



 ────外で食事を取っていたヴァン[ジル]に、ジルーナからのメッセージが届く。


『私と居たヴァンへ。


 お使い頼む以外で連絡するのって新鮮だね。長くなるけどごめんね。

 今日は大変だったね。私たちを守ってくれてありがとう。ちょっと凹んじゃったけど、みんなと喋ったら元気になったよ。みんなすっごく頼もしくて安心しちゃった。ヴァンをどう労うか話し合うことになったから楽しみにしてるんだよ。


 残ってもらっておいてごめんねだけど、そろそろお仕事に行ってね。何がそんなに嬉しいのか知らないけどさ、他のヴァンは今日大変な目に遭ってるんだから、自分だけ浮かれてたら怒られちゃうよ。分身同士で喧嘩になるなら外で済ませてくること。でもその喧嘩、ナンセンスですわっ!』


 以上。ヴァンはジルーナの代わりに携帯を抱きしめた。多分暗唱できるほど読み返すことになるだろう。


 ヴァン[ジル]の役目は終わったようだ。ちょっと、いや、かなり残念だが、ジルーナが元気になったのなら何よりだ。そして他の妻たちもこの苦境を容易く乗り越えてしまったらしい。本当に強くて愛すべき妻たちだ。


 ヴァン[ジル]は国家緊急対策室のヴァンに連絡する。分身の派遣、魔力の配分、スケジュール管理を取り仕切るハブになっているのだ。どこに合流すればいいか指示を仰ぐ。


 端的な要求、いや、命令が返ってきた。


(即座に記憶を共有しろ。だが合流はしなくていい。俺と代われ)

(え?)

(ドレイクさんが暴れている。お前が代わりに押さえつけろ。さもなくば自分といえど殺してやる)

(は、はい! 状況は……?)

(予想ほどではない。サリエの案が断られてホッとしてるらしい)

(な、なるほど。じゃあ多少マシか……)

(だがそれでも現場は凄惨な状況だ。もう壁も天井もほとんどない。修理もお前がやれよ。死にたくなかったら)

(やります……!)


 ヴァン[ジル]は交信を終える。美味しい立場をやらせてもらった分、ここから挽回せねばならない。今日は帰ったら妻たちに相当優しくしてもらえるようなので、それを体験するとき除け者にされないようにしなければ────。



(第03話 完)

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