第6話
車内には僕と須藤の二人。
須藤に全てを話そうと思ったのに、いざとなると何から話せばいいのか分からず、唾を飲む喉の音だけが何度もリピートされている。
そして………、
「俺は犯人を知ってる。」
僕がしばらく続いた沈黙の後こう切り出すと、
一瞬驚いた表情を見せながらも須藤はいつも以上に冷静だった。
「今からその人の所行くんですよね」
「あぁ。証拠が全て揃ってる以上警察の人間として行かないといけない。」
「それが、大切な人でも…って事ですよね」
その言葉に驚いた僕が須藤の方へと顔を向けると、彼は申し訳なさそうに話してくれた。
「すみません。さっき携帯の画面見ちゃいました。一緒に映ってたの彼女さんですよね。最近の結城さんは、誰が見ても分かるくらい様子が変でした。でもその理由が何となく分かったような気がしました。違ってたらすみません。あの防犯カメラに映ってた女性と結城さんの彼女、同一人物ですよね?」
予期せぬ発言に返す言葉も見つからず、僕は静かにエンジンをかけ車を走らせた。
しばらく続いた沈黙の後、深く息を吸い口を開いた。
「3人目の事件で犯人に近づけたのは偶然見かけた人が彼女に似てたから。声を掛けようとしたけど、小さい子供と一緒なのが分かってやめた。でも後で気付いた。それが斉藤花ちゃんと犯人の姿だったって事に。それからの彼女は見た事もないような怖い目をしてたり、いつも綺麗にされてた部屋が荒れてたり、俺の知らない彼女がいるようなそんな感覚になる時もたまにあって、いつからか疑いの目で見てる事に気付いた。そしてそれが確信に変わったのが彼女の部屋には有るはずのないものを見つけた時。」
「あるはずのないもの?」
「前に彼女に聞いた事がある。どうして黒い服は着ないのかって。そしたら彼女、黒は気分まで暗くなるから着ないようにしてるって言ってた。だから今まで彼女が黒い服を着てるのを見た事がない。なのにクローゼットの中に真っ黒なワンピースがあった。そしてそれが犯人が着てた物によく似てた。だから俺は、一か八か彼女の唾液の付いたガムを持ち帰って鑑識に渡した。DNAを調べてもらうために。間違いであってほしい、全部俺の勘違いだって、これ以上彼女を疑いたくなかったから。だけど一番聞きたくなかった結果が出て、色々と分からなくなった。俺の知ってる彼女は惨虐な殺人を繰り返す犯人で、今まで見てきた姿は全部嘘だったのかなって。彼女と過ごした思い出の全てが偽物で、幻を見てたのかなって。でもさっき防犯カメラに映った彼女の顔を見た時、色々と諦めがついたってゆうか決心がついた。俺は警察官として彼女に会いに行かないといけないって。」
「夢にまで見た犯人逮捕と同時に、愛する恋人を失うのって残酷ですね。俺、最後まで付き合いますから。絶対」
無意識のうちに右頬に流れる涙を気づかれぬようそっと拭うと、そこはもうさくらの家の前だった。
車を降りて確認すると、まだ帰ってきていないのか部屋に明かりはついていなかった。
しばらく玄関先で待っていると一人の女性が僕に声をかけてきた。
「結城さん?お久しぶりですよね。さくらちゃんなら今いないと思いますよ。さっき一緒に二人で外にでたから」
それはさくらの隣の部屋に住む中村さんだった。
会うと挨拶をしたり話をする気さくな人。
さくらとも親しくしてくれていた。
「さくらどこに行くとか言ってませんでしたか?」
「いいえ、何も。でもいつもとは随分雰囲気の違う服着てたし、てっきりディナーに行くのかなぁって思ってましたけど違ったんですね」
「どんな服だったか覚えてますか」
「黒いワンピースです。口紅も真っ赤で、艶っぽくて別人みたいでしたよ」
もしもあの服が犯行の時に着る服だとしたら…
最悪な考えが頭をよぎる。
「また被害者が出る」
口から漏れた心の声は当然二人にも聞こえ、須藤は言葉の意味を理解したのか
「行きましょう、僕車出します」と言い走り出した。
僕は、口を開けフリーズしてしまっている中村さんにお礼を伝え須藤の後を追った。
車に乗り込むとシートベルトをする隙なく、力強く踏まれたアクセルに体をシートに打ちつけた。
「すみません。何も考えなしに車出しましたけど、どこに向かえばいいのか分かりません。」
力強く鋭い目つきで言う須藤が面白くて、緊張感なく笑ってしまった。
闇雲に走らせてもたどり着くはずがない、でも行きそうな場所にも心当たりはない。
そして、ふとある事を思い出した。
「追えるかもしれない」
それは二人で遊びに行った際に立ち寄った、大きめな複合施設で起きた携帯紛失騒動だ。
行った場所を辿って探しても見つからず、GPSを使って探し出した。
あの時のデータが残っていれば追えるはずだ。
携帯をチェックすると、しっかりと生きたままのデータの発信が動いていた。
どうやら携帯は持って家をでたらしい。
不幸中の幸いだ。
須藤に大まかな場所を伝えると、今まで培ってきたドライビングテクニックを活かし、いとも簡単に反対車線へと移る。
緊急走行へと切り替え、まだ少なくもない車を抜き去る。
この瞬間は嫌いじゃない。
少し経つと動いていたはずの発信が一つの場所で止まった。
その場所に近づくとサイレンを止め静かに走行した。
音に気づいた犯人に逃げられる可能性があるからだ。
沢山のコンテナが置いてある港に着いた僕たちは、車を降り急ぐ気持ちを抑え細心の注意をしながら目的の場所となる所へ入った。
沢山のロウソクが焚かれたその中心には、黒いワンピースを着た女の後ろ姿と、横たわる足が見えた。
生きているのか、僕たちのいる位置からは確認する事ができなかった。
ご機嫌に鼻歌を歌い体を左右に揺らすその人に、冷静に声をかけている自分がいた。
「さくら、なにやってんの」
その声に気づいたさくらはゆっくりと振り返り
「遅かったね」と笑いながら挑発的な言葉を口にする。
不自然なまでに口角だけが釣り上がった顔は、僕の知っているさくらではなかった。
そしてさくらの手には糸を垂らした針がしっかりと握られていた。
確認できたのは、目鼻口を縫われた若い女性の遺体。
するとさくらが話し始めた。
「こうなるのも時間の問題だと思ってた。コソコソやってるのも気づいてたし、でもどうして私だと思ったの?」
「俺の知らないさくらの存在に気付いたから。冷たい目をしてたり部屋が荒れてたり、正直違和感しかなかったよ。部屋に落ちてた1枚のカードは、一人目の被害者も通ってたジムの会員証だった。二人目の被害者が怪しい女と出会った場所は、俺たちが付き合うきっかけにもなったカフェ。そして何より、今キミが着てるその服をキミの部屋で見つけた。黒い服は着ないんじゃなかったのか。三人目の被害者の髪の毛から犯人のものと思われる血液が採取された。違うって答えが欲しくて出したキミのDNAは、皮肉にもキミが犯人だって証明する何よりの証拠になった。そしてさくら、キミは決定的なミスを犯した。車を運転しないキミには想像もできなかったはずだよ。証拠となる映像は街に付けられた固定カメラだけじゃない。街を自由に走る車にも車載カメラが付いていて、それも立派な証拠になるってことを。視点を変えて捜査をしたら正面から映るキミの姿がしっかりと捉えられていたよ。悪魔の様なキミの姿が…」
勢いにまかせ、息次ぐ間も無く口から出る言葉は
僕の頭の中の言葉そのままで。
こんなに饒舌な僕は初めてだった。
「へぇー。素晴らしいね、日本の警察は。そんな所から見つけてくるなんて思いもしなかった。拍手を差し上げよう」
「なんでこんなこと!」
「私は必要ない人を殺しただけ。それの何が悪いの」
「狂ってるな。殺された人にも家族や友人がいて必要としてる人がいるんだよ」
「でも私には必要ない。あいつらを必要としてる人は私を必要としない。これは間違ってる」
「…少なくとも俺は、さくらを必要としてたよ。出会った時からキミが必要だった。でも今のキミは俺が必要としてる人じゃない。キミは許されない事をしたんだ」
「やるしかなかったの。あいつらの存在を全部、キレイに消すしかなかったの。魂が出てこられないように目、鼻、口、全部糸を使って封じ込めないといけなかったの」
ヘラヘラと笑みを浮かべながら、淡々と話すさくらは正常な判断ができる状態じゃない事は確かで、僕は須藤に車に戻り応援を呼ぶよう伝えた。
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