第40話 遭遇(裏)

 




 「ねぇ地華。これどうする?」

 「殺っちまえば良んじゃねぇの?」


 小吉が歌とジュウゾウと白い方を連れてクレチンに行ったのが半日ほど前。

 暇をもて余したあたしと地華は、呉の町を散歩していた。

 まあ散歩とは言っても、あたしが松葉杖を突きながらだから大した距離は歩いてないけどね。


 「一応聞くけどよぉ。お前ら、オレらが海軍の関係者だと知ってて喧嘩売ろうってのか?」


 その散歩の折、疲れたからそろそろ戻らない? って話になった途端に、十数人の男たちに囲まれた。

 しかも、人通りが多い大きめの通りのど真ん中で。

 以前のあたしなら、人目があろうが関係なく殺ってただろうけど……。

 

 「地華。殺すのは……」

 「小吉の大将が困るから駄目だ。って、言うんだろ?」

 「うん。あたしが狩場で動けんようにするけぇ……」

 「オレが気絶させる。で、良いな?」

 「うん」


 小吉が困ることはしない。

 そう決めたから、絶対にしない。

 だから、地華に言った通り狩場で……あれ?


 「なん……で?」

 「どうした?」

 「いや、その……」


 おかしい。

 常日頃から溜め込んでるはずの殺意を、胸の内に感じない。

 拘束されてる間もずっと溜め込んでたのに感じない。

 いや、少し違う?

 何か得体の知れない力で、存在を感じられないほど抑え込まれている……ような気がする。


 「お前、まさか術が……」

 「何でかわからんけど、使えんみたい」

 「じゃあ、ぶん殴るしかねぇな。やれるか?」

 「やれんことは……ないと思う」


 幸いと思うべきか、段外の三つは殺意を必要としないから使える。

 韋駄天を使うとまた怪我を理由に拘束されちゃうから使えないけど、厄除けと柳女だけでも、見るからに素人の集まりであるコイツら程度ならどうにでもなる……けど。

 

 「地華。たぶん、あたしの力を封じちょる奴が近くにおる」

 「お前の力を? まさか、瓶落水からみか?」

 「そりゃあわからん。じゃけど、コイツら以外にもそういう奴がおるって思っちょって」

 「了解だ。じゃあお前は、そいつを警戒してろ。有象無象どもはオレの舞でぶっ飛ばしてやるよ」

 

 そう言うなり、地華は槍の穂先に被せていた布を取って、一番手近な男の懐に一足で飛び込んだ。

 でも、その間合いじゃあ近すぎて槍は振れないよね?

 いや、違うか。

 最初の目標はソイツではなく、その後ろにいる……。


 「遠子龍見流、弟遠子の舞。邂逅かいこうの章、龍巻たつまき


 技名を言い終わった地華は、一番近くにいた男を『つ』の字を描くようにすり抜けて、その後ろにいた五人を順番に、文字通り吹っ飛ばした。

 あの技、本来なら蛇が蛇行するように、次から次へと相手を刺しては駆け抜ける技なんでしょうね。

 今は殺しちゃ駄目って制限がついてるから石突きで突いたり、柄で殴ってるけど、本当ならもっと鋭くて速いんだと思う。 

 

 「この調子じゃあ、本当にあたしは気にせんでええっぽいね」


 あの龍巻と言う技は、あたしから見れば隙だらけで危なっかしいけど、この程度の奴らが相手なら問題はなさそう。

 いや、あの隙はわざとなのかしら。

 地華が使う遠子龍見流は、本来なら二人一組で戦うのが大前提の流派だから、あのわざとらしい隙を白い方が埋めて、初めて本当の龍巻と言う技になるのかもしれない。


 「さて、あたしに悪さをしちょる奴は……」


 どこ?

 殺気の類いは、地華と男たちからしか感じない。

 その他に感じる気配は三種類。

 困惑と恐怖。

 そして、好奇。

 前二つは、遠巻きに見てる野次馬ども。

 でも三つ目は、一人からしか発せられていない。

 あたしに何かしらの悪さをして、術を封じている奴がいるとするなら、間違いなくソイツが犯人ね。

 

 「おるんじゃろ? 出てきたらどうなん?」

 「あらぁ、気づいていたのねぇ。さすがは暮石。と、褒めるべきかしらぁ」


 言いながら野次馬の群れから出てきたのは、肩にかかる程度の黒髪の女。

 歳はたぶん、地華よりも上かな。

 着物姿だから自信はないけど、松や歌のお母さんほどはいってないと思う。

 

 「初めましてぇ。いえぇ? 久しぶりと言った方が良いのかしらぁ?」

 「どっちでもええけぇ、その間延びした喋り方をやめてくれん?」

 「どうしてぇ?」

 「いらつく」

 「苛つくぅ? 本当にぃ? じゃあやめなぁい♪」


 殺す。

 だってアンタは、あたしを挑発するためにその喋り方をしてるんでしょう?

 じゃあ殺す。

 小吉に怒られるかもしれないけど、コイツはここで殺す。

 あたしを挑発したことを、後悔させながら殺してやる。


 「あらぁ、ちょっとやり過ぎたかしらぁ。私もぉ、まだまだ未熟ねぇ」

 

 その未熟さも後悔して死ね。

 と、思うあたしの気配だけをその場に残し、あたしは松葉杖を捨てて、短刀を抜きながら着物女の後ろへ移動した。

 まずは、左腿ももを刺してやろう。

 その次は右。

 そして跪くなり両肩を順番に刺して、何もできないようにして……。


 「あらぁ? かくれんぼぉ?」


 どうして、あたしを見てる?

 残して来た気配ではなく、着物女はあたしを見てる。

 もしかして、失敗した?

 いいや、気配はちゃんと残せてる。

 その証拠に、地華と野次馬どもは、あたしに気づいてないもの。


 「それぇ、暮石では柳女って呼んでるんだっけぇ」 

 

 着物女が完全に振り向く前に、あたしは三間ほど距離を取った。

 確信した。

 コイツは瓶落水だ。

 暮石と瓶落水は元が同じ一族なんだから、柳女のことを知っていてもおかしくはない。

 でも、なんでバレた?

 もしかして、殺気が漏れてた?

 気配を消しきれてなかった?


 「不思議そうねぇ。六郎ちゃんからは、感情を顔に出せないって聞いてたんだけどぉ……」

 「六郎? 誰それ」

 「誰って……。あなたのお兄さんじゃなぁい」

 「あたしの兄様は六郎兵衛じゃ。六郎じゃない」

 「愛称って、知ってるぅ?」

 「知らん」


 と、咄嗟に答えたけど本当は知ってる。

 要は、あたしが小吉にナナって呼んでもらってるのと同じで……ん? と、言うことは、コイツと兄様は親しいの?

 だってあたしは、親しくしたい、してもらいたいと思う人にしかナナと呼ばせない。

 あたしがそうなんだから、きっと兄様もそうだと思う。

 だとするなら、コイツは兄様と親しいことになる。


 「アンタ、兄様の何?」

 「私と六郎ちゃん? そうねぇ……。強いて言うなら、恋人かしらぁ♪」


 なん……だと?

 コイ人ってことは、兄様とコイツはコイし合う仲ってことよね?

 え? 瓶落水って、暮石の敵じゃないの?

 逆立ちオジサンも瓶落水が暮石……たぶんじじ様だと思うけど。を、襲ったって言ってたし、地華の家に張ってあった結界はあたしを弱らせた。

 それに実際、あたしは瓶落水と思われるコイツの手下っぽい奴らに襲われた。

 なのに、兄様とコイツがコイ人?

 え? どうしてそうなったの?


 「ねぇ、あなたってぇ、七郎次で合ってるのよねぇ? これでもかってくらい、考えてることが顔に出てるけどぉ?」

 「そ、そんなに出てる?」

 「ええ、気づいてなかったのぉ?」


 あたしが、考えてることが出てると言われるほど表情を作ってる?

 コイツの、何かしらの方法で術を封じられてるせい?

 それとも、小吉と出会ってからたまに感情が制御できなくなることがあるけど、そのせい?


 「で? お前は瓶落水で、ナナの敵ってことで良いんだよな?」

 「あらぁ、もう片付けちゃったのぉ?」

 「ったり前だろうが。オレをどうにかしたきゃ、達人級の奴らを揃えろ」


 あたしと着物女が話しているうちに暴漢どもを文字通り片付けた地華が、着物女を挟んだ反対側で仁王立ちしてる。

 襲ってきた暴漢の人数の割に時間がかかってるなとは頭の片隅で考えてたけど、わざわざ山のように暴漢どもを積み上げてたから時間がかかったのね。

 

 「もうちょっと早ぉ来てぇね」

 「いやぁ、オレもそうしようと思ったんだけどよぉ。話し込んでたから気ぃきかせたんだ」


 あのさ、人間の山を作って暇潰しする理由なんてそんなことくらいしかないでしょうけど、コイツが手練れだったら殺られてたかもしれないのよ?

 まあ、コイツがあたしの術を封じれる以外は一般人と変わらないと身のこなしから判断して、地華はそうしたんでしょうけど。


 「もうちょっとねばって欲しかったなぁ。まあ、普通の人じゃあこれが限界かしらぁ」

 「その言いようだと、ナナを襲ったって言うより、オレが邪魔だったから襲わせたって感じか?」

 「ええ、ちょいちょいっと操ってねぇ♪」


 へぇ、瓶落水は人を、しかも大勢操れるのか。

 暮石が使う暗示も人を操ってると言えなくもないけど、あれは自分を意識から外させたりするだけだしなぁ。

 本当に元は同じ一族なの?

 って、言いたくなるくらい違う術に思えるわ。


 「お前が当代の瓶落水で良いんだよな?」

 「いいえぇ? 確かに私は瓶落水だけど、当主はひいお爺様よぉ。ほらぁ、あなたの家にぃ、結界を張った人ぉ」

 「ちょっと待て。じゃあ、初代瓶落水がまだ生きてるってことか?」

 「そうだけどぉ……。そんなに不思議?」

 「不思議も何も、初代ってことは江戸時代生まれだろ? 下手したら100歳超えてんじゃねぇか?」

 「あぁ~……超えてるかもねぇ。本当かどうかは知らないけどぉ、吉田なんとかさんと一緒に黒船を見たぁとか言ってたからぁ」


 そんな歳の家族が生きてる?

 どうして?

 瓶落水には、家族を皆殺しにするしきたりがないの?


 「まあ立ち話も何だしぃ、小吉って人の所に案内してくれないぃ?」

 「なんで、アンタを小吉のところに連れてかにゃあいけんのん」

 「話があるからよぉ。もちろん、あなたにもねぇ」

 

 こんな得体の知れない奴を小吉と会わす?

 冗談じゃない。

 地華は、何かあっても何とかできると踏んで「まあ、確かに立ち話は疲れるしな」とか言ってるけど、あたしはコイツを小吉と会わせたくない。

 だってあれだけの騒ぎがあったのに、野次馬どもは何事もなかったかのようにいなくなったし、地華に殴られた奴らも、「何でこんなところで寝てたんだ?」とか「何だか体が痛い」って言いながら一人、また一人この場から去って行ってる。

 まるで、あたしたち三人が見えていないように。

 そんなあたしの心配をよそに、地華は「じゃあ行くか」と言ってあたしが投げ捨てた松葉杖を拾って来てくれた。

 そして着物女は……。


 「じゃあ、自己紹介しとくわねぇ。私は瓶落水の四杯目。瓶落水 《からみ》四進 《しず》よぉ。よろしくねぇ♪」


 と、相変わらずあたしを苛つかせる喋り方で、呑気に自己紹介してくれやがったわ。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る