第41話 告白(表)
まずは状況を整理しよう。
現在、僕たちは呉鎮守府庁舎三階にある会議室にいる。
それは良い。
問題は、僕に何かを相談しに来た六郎兵衛が急に行動不能になったことと、それをやったと思われるナナさんと地華君と一緒に来た着物姿の女性だ。
沖田君は、「まさか、油屋ハーレムにまた一人追加が……」などと、頭の心配をしなければならないような馬鹿なことを言ってるけど、僕と彼女は初対面だ。
「君は、瓶落水か?」
「ええ、そうよぉ。六郎ちゃんから聞いたのぉ?」
そうなのぉ。
じゃない。
彼女の、間延びしてるけど何故か安らぎを覚える声音に惑わされるな小吉。
「もぉ、六郎ちゃんったらぁ。広島に来てるなら来てるってぇ、どうして連絡してくれなかったのぉ?」
「そ、それより
「解いてあげなぁい。恋人である私にぃ、寂しい想いをさせた罰よぉ」
恋人とな!?
六郎兵衛とあの着物美人が!?
いやいや、違う違う。
そこは暮石と瓶落水の人間が。だろうが。
いや、羨ましいよ?
ナナさんとも龍見姉妹とも違う系統の美人で、何故かお姉ちゃんと呼びたくなる彼女と恋人同士である六郎兵衛が羨ましいし妬ましいよ?
でも、そこはどうでも良い。
今は、敵対していると思ってるはずのナナさんと、六郎兵衛が会ってしまったことを心配すべき……。
「ねえ小吉。それ、誰?」
「ほ? 誰って……」
君のお兄さんでしょ?
なのになんで、地華君と一緒に僕のそばに来るなり心底不思議そうに聞いたの?
「あ、もしかして……」
「お察しの通りだよ。七郎次が知ってる僕と格好が違うから、僕が誰だかわからないんだ」
「えぇ……」
いくらなんでも、それは呆れてしまうな。
だって肉親でしょ?
それなのに、服装が変わっただけでわからなくなるなんてあり得るの?
何年も会ってないって言うなら、あるかも知れないけど……は、置いといて。
「どうして君たちが、彼女と一緒に?」
「襲われた」
「襲われたって……彼女に?」
「正確に言やぁ、その手下……だよな? ナナ」
「手下っちゅうより、操られちょった」
じゃあ、やっぱり暮石と瓶落水は敵対関係?
でも、彼女は六郎兵衛を恋人だと言った。
なら、彼女が襲ったのは地華君か?
「し、四進さん。ずいぶんと機嫌が良いみたいだけど、食べ過ぎなんじゃない?」
「そうでもないわよぉ♪ だってぇ、ここに来るまでに食べたのを合わせてもぉ、100人程度だものぉ」
今、とんでもないことを言わなかった?
いや、間違いなく言った。
100人食べたって言った。
カニバっちゃったの? 100人も!?
「もぉ、六郎ちゃんの言い方が悪いからぁ、え~っとぉ……あの白い服を着てる人が小吉さんで良いのよねぇ? が、誤解してるじゃなぁい」
「でも、事実だろう?」
「そうだけどぉ……。そんな意地悪を言うならぁ、六郎ちゃんのも全部食べちゃうわよぉ?」
「それはご勘弁を……」
誤解とな?
と言うことは、字面通り人を食べた訳じゃないのか。
なら、何を食べた?
扱う術の詳細を本人が教えてくれるとは思えないから、できれば六郎兵衛に教えてもらいたいんだけど……相変わらずテーブルに突っ伏してるし、体調も悪くなってるようだから無理か……な?
いや待て。
今の彼の状態は、龍見邸でのナナさんと酷似している。そう、まるで体から何かが抜け続けているように、徐々に弱っている。
人間の体から何が抜けたら弱る?
血か?
いや、違う。
そんな常識的なモノじゃない。
だとすると魂?
これも少し違う気がする。
僕の仮説が正しければ、ナナさんが使う術は殺気のようなモノを相手にぶつけて斬られた、もしくは動けないと錯覚させるモノのはず。
要は、違う効果に見えても基本は同じだ。
ならば、元が同じ一族である彼女が扱う術も、原理は違っても一つの効果しか与えないと仮定できる。
故に、魂を食う訳じゃない。
そこまで高尚なモノじゃないはずだ。
それに、ナナさんが言った「操られちょった」と言う言葉を加味すると……。
「君は、人の感情を食うのか」
「あらぁ、どうして知ってるのぉ? 六郎ちゃんから聞いたぁ?」
「いいや、推察しただけだ。ナナさんと地華君を襲わせた人たちも、例えば彼女たちに対する『怒り』以外の感情を食べたんじゃないかい?」
「大正解ぃ♪ 凄い! 凄いわぁこの人!」
良かった! 合ってたよ!
ドヤ顔で言った手前、「不正解ぁ~い♪」とか言われてたら窓から飛び降りてたね。
幸いなことに、ここって三階だから!
「人って単純でぇ、一つの感情を突出させちゃうとぉ、簡単に流されちゃうのよぉ」
「だから、他を食ってナナさんと地華君に対する悪感情を相対的に突出させたのか」
「その通り。特に、田舎者ほど扱いやすいわぁ」
なるほどね。
彼女が言う通り、田舎に住む人は閉鎖的で余所者に警戒心を抱き、時には団結して排除しようとする傾向が強い。
前世でも、それが原因で事件に発展した例がいくつかあったはずだから、まだ情報インフラが無いに等しいこの時代なら余計にでも余所者に敵意を抱くだろう。
ん? ちょっと待てよ?
確か彼女は……。
「地華君、君たちを襲ったのは何人だった?」
「10人以上はいたなぁ。でも、20人はいなかったぜ?」
なら、残りの80人余りの感情はどこで食った?
まさかと思いたいけど……。
「君、鎮守府にいる兵の感情を食ったね?」
「あはぁ♪ バレちゃったぁ♪」
僕に問い詰められた彼女は意外なほどあっさりと、まるでイタズラがバレた子供のように舌を出して白状した。
てへぺろ☆ って言葉がピッタリな開き直りっぷりだ。
それと同時に、窓の外が騒がしくなってきた。
たぶん、僕自身や僕がやってることに対する不満以外の感情を食われた人たちが、ここを襲おうとしているんだろう。
だったら……。
「天音君、地華君。お願いできるかい?」
「かしこまりました。この部屋には、誰一人近づけません」
「任せとけ。ついでに姉ちゃんがやり過ぎないよう、見張っといてやるよ」
「沖田君は、呉司令長官に『これはちょっとした余興だ』と伝えて来て」
「わかりました。じゃあ七郎次。油屋大将のことは任せたぞ」
頼もしい限りだ。
残して行った台詞は三者三様だけど、僕とナナさんへの信頼が感じられた。
じゃあ僕も、その信頼に応えないとな。
「君の目的は何だ? 僕の命か?」
「そんなのいらなぁい」
「じゃあナナさん……七郎次の命か?」
「それもいらなぁい。私が欲しいのはぁ、この人だぁ~け♪」
そう言うなり彼女は、さらに体調が悪くなったのか息も絶え絶えになっている六郎兵衛の帽子を取って額にキスをした。
大変羨ましい。
じゃないな。
彼女が帽子を取ったせいで、ナナさんが「あれ? 兄様がおる」と気づいてしまった。
「ねえ小吉。兄様を殺した方がええ?」
「今は駄目」
「でも、弱ってない兄様にゃあ、あたし勝てんよ?」
おっと?
今サラっと、とんでもないことを言わなかった?
猛君からは同じ当主候補としか聞いてなかったから、てっきり実力は似たり寄ったりなんだと思ってたよ。
なら、今殺すのは有りか?
今の六郎兵衛なら、僕でも殺せそうな気がする。
いやいや、駄目だ。
高が僕の命程度を惜しむだけの理由で……。
「歌ちゃんに、人が死ぬところを見せたくない」
「そう、わかった」
もしかして、ナナさんも同じ気持ちだったのかな?
だから問答無用で殺さず、僕に判断を委ねたのだろうか。
だとしたらナナさんは、出会った頃が嘘のように人間らしくなっている。
それこそ、僕が嬉しくなるくらいに。
それが六郎兵衛の歪んだ目的を叶える手助けだとしても、ナナさんが人らしくなるのは、僕にとっても嬉しいことなんだ。
「さて、じゃあこの騒動を終わらせようか。瓶落水 四進君」
「四進で良いわよぉ?」
「じゃあ四進君。彼に付きまとうのはもうやめろ。彼は、迷惑しているよ」
「ちょっと何言ってるのかわかんなぁい。私と六郎ちゃんはぁ、相思相愛よぉ?」
「いいや、それはないし、君もそうは思ってない」
「あらあらぁ、面白いことを言うのねぇ♪」
彼女は笑顔のまま。
だけど、声にわずかな動揺が見えた。
それは僕が言ったことが、的を射ているからだ。
「君は、僕と彼が商売仲間、もしくは親しいと知っていてここに来た。違うかい?」
「何のことかしらぁ」
「否定するのは構わない。でも、話は続けさせてもらうよ」
「どうぞお好きにぃ」
「じゃあ、遠慮なく。まず第一に、僕が君を六郎兵衛君のストーカーなんじゃないかと疑ったのには、いくつか理由がある。
一つ。
彼は今回、僕に何か頼みごとがあって来たらしい。
瓶落水について云々と言っていたから、まず間違いなく君のことだろう。
そしていざ頼もうとしたところで彼は術にかかり、「遅かった」と言った。
この時点で、君を僕が抱える戦力でどうにかしてくれ。もしくは、
二つ。
彼がそんな頼み事をしようとしたのにもかかわらず、君は彼を恋人だと言った。
おかしな話だ。
何故、恋人をどうにかしてくれ、または匿ってくれと僕に頼もうとした?
そして最後にして最大の理由。
君の彼へ対する仕打ちだ。
いくら会えなくて寂しかったからと言っても、衰弱するほど弱らせるなんてやり過ぎ。
以上を踏まえると、彼に片想いした君が、彼を執拗に追い回していると仮定できるわけさ」
僕が言い終わるなり「どうだ」と言わんばかりにふんぞり返ると、横から「小吉が頭良さそうなことを言うちょる」とか「自分のことには鈍感なのに」なんて失礼な台詞が耳に飛び込んできた。
でも、四進君はそんな失礼な二人とは違って……。
「だって、仕方がないじゃない。やっと巡り会えたのに。やっと、暮石と瓶落水が一つに戻れるのに、彼は私を見てくれないんだもの!」
口調が変わるほど取り乱している。
いや、もしかしたら、こっちが本来の四進君なのかもしれない。
なら、本性を現した彼女に追撃だ。
「今、龍見姉妹が相手をしてくれてる者たちは、彼を連れ去るまでの間、僕たちを足止めするために操ったんだろ?」
「ええ、そうよ。六郎ちゃんが広島に来てるのはわかってたけど、どこに居るのかまではわからなかった。だから、以前聞いたあなたの所にいるんだろうと踏んで、七郎次に接触したの。そしたら、龍見と一緒にいるじゃない。だから限界近くまで食って、あわよくばみんな殺しちゃおうと思ったのよ」
怖いなこの人!
片想いの相手を連れ去るためだけに、邪魔になるかどうかもわからない僕たちを皆殺しにしようとしたの?
ヤンデレまで入ってるんじゃない!?
「小吉。この女をどうにかすりゃあ、丸く収まる?」
「それは……」
「無理ね。私が食った感情は、私が戻そうと思わない限り戻らない。自然に他の感情が戻るまで、今ある感情のまま暴れ続けるわ」
わからないと言う前に、四進君が説明してくれた。
それが本当なら、少々困ったことになる。
外の騒動は三人に任せておけばどうにかなるだろうけど、この場が収まらない。
いっそ、六郎兵衛を連れていって良いよ。と、言うか?
いいや、駄目だ。
そんなことをすれば、取引を僕の方から反故にしたと彼に取られかねない。
どうしても、彼を助ける必要があるな。
「ナナさん。四進君に、なんでも良いから術を」
「術じゃないと……駄目?」
「駄目なんだけど……嫌なの?」
「嫌じゃない。嫌じゃないんよ。ただその……あたし、あの女に術を封じられちょるみたいで……」
え? そうだったの?
あちゃあ、これは予定が狂ったぞ。
彼女が言っていた「限界近くまで食った」という言葉を信じるなら、彼女が溜め込んでいる感情は、悪感情が元だと思われるナナさんの術をいくつか強制的に食わせればパンクするはずだった。
なのに、ナナさんは術を封じられている。
四進君が不思議そうに首を傾げているのが気にはなるけど、だったら違う手を考えないと。
「ナナさん。君の術は、悪感情が元になっていると考えて良いかな?」
「うん、ええよ」
「よし。だったら……」
手はある。
恐らくナナさんは、術を使うのに必要な悪感情を四進君に食われたから使えないんだ。
だったら、補充してやれば良い。
そして幸いなことに、僕は女性にこれでもかと嫌われる言葉を知っている。
普通の人が言えば大抵は好意的に取られる言葉だけど、僕が口にすると真逆になるんだ。
その言葉とは……。
「ナナさん」
「何?」
「僕は、君のことが好きだ」
愛の告白。
僕はこの台詞を口にする度に、死にたくなるほど相手に嫌われた。
まあ、非モテのブ男に好きだって言われて喜ぶ女性は希だよね。
前世で一番酷かったフラれ文句は「ゴキブリに告られた方がまだマシ」だったかな。
とまあ、そんな僕の告白は、ナナさんの悪感情を充填するのにこの場で最も適切な台詞な訳……で?
「ナ、ナナさん?」
どうしたんだろう。
ナナさんは、「カーッ」という擬音が聞こえそうなほど顔を真っ赤にして、両手で口許を押さえて後ずさりしている。
え? 何? その反応。
と、混乱している僕をよそに、ナナさんはそのままの体勢で倒れて気絶してしまった。
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