第四章 夏至
第39話 遭遇(表)
「さて、みんなに集まってもらったのは他でもない」
と、一度は言ってみたい台詞ベスト10に入ってた台詞を、これまた一度はしてみたいポーズベスト10の一つであるゲンドウのポーズを決めながら、呉鎮守府庁舎の会議室で言ったのは僕こと油屋 小吉だ。
「で? なんで私たちだけが集められたの? ナナと地華さんは?」
「地華君には、ナナさんのリハビリを手伝うと言う名目で監視してもらってる」
「つまり、この場に小鬼がいたら困る。と、言うことですね?」
「そう言うこと。この話し合いは、ナナさんに聞かれる訳にはいかないんだ」
ちなみに、集まってるのはナナさんと地華君以外の三人。
「あの二人を放っておいて良いの?」と言ってる歌ちゃんと「ついに小鬼をお役御免に……!」と、変な勘違いをしている天音君。
そしてついでに、「刃こぼれが取れない……」とか言いながらひたすらナナさんの小太刀を磨いでる沖田君だ。
「来月、七月七日についてなんだけど……」
「七夕がどうかしたの?」
「あ、もしかして、近くでお祭りでもあるのですか?」
「まあ、ある意味ではお祭りだね」
事の発端は昨晩。
猛君が暇潰しに電話してきた時のことだ。
まあ、話そのものはたわいもない雑談だったんだけど、猛君は最後の最後にとんでもない爆弾を落として電話を切った。
その爆弾とは……。
「実はその日は、ナナさんの誕生日なんだ」
「それが?」
「誕生日が祭り? はて? 小鬼に誕生日は、何か特別なのですか?」
まあ、この時代の人なら当然の反応だな。
と言うのも、この時代はまだ『数え年』で年齢を数えるのが普通で、正月がくるとみんな一斉に年をとっているんだ。
満年齢の数え方は言わずもがなだけど、数え年の数えた方は生まれた日を1歳と数えて、正月(1月1日)が来ると年を取る。
だからみんな、僕も含めて、満年齢は一歳若くなるんだ。
日本で個人の誕生日が祝われるようになったのは、昭和二十四年に制定される予定になっている『年齢のとなえ方に関する法律』が制定されて以降だから、個人の誕生日を祝う習慣はまだないんだよね。
「なるほど。つまり油屋大将は、七郎次の誕生日を祝いたいと言うことですね?」
「話が早くて助かるよ沖田君。その通りだ」
なんて偉そうに言ってみたけど、要はどうすれば喜んでもらえるかわからないから、三人に相談しようと集まってもらった訳さ。
まあ、パーティー自体はサプライズで開催するので良いとして、問題はプレゼント。
ただでさえ女性に何を贈ったら喜んでもらえるのかわからないのに、普通の女性とは価値観が違いすぎるナナさんが相手だから、僕なんかじゃ余計にでもわからない。
「ぷれぜんと……。えっと、小吉様。それは贈り物で合ってますか」
「うん、合ってる」
「誕生日に贈り物……か。確かに、貰うと嬉しいかも。天音さんだったら、何を貰いたい?」
「私ですか? そうですね……。子だ……もとい。婚姻届でしょうか」
重いよ!
誕生日プレゼントで婚姻届とか重すぎる!
って言うか、言い直す前は何て言おうとした?
まさかとは思うけど子種じゃないよね?
天音君は、例えば全身にリボンを巻いて「僕がプレゼントだ!」とか言ったら喜んでくれるの?
嬉しくないよね!?
だって、そんな奇行に走る奴は控え目に言って変態だもの!
「そう言う歌さんは?」
「私は……。花とか?」
なるほど、花か。
それは無難かつ理想的なチョイスに思える。
まあ、50年以上童貞を続けている僕からすれば。って、但し書きはつくけどね。
だからここは、この場で唯一の既婚者である……。
「沖田君。君の意見も聞きたいんだけど……」
と、話を振ると、刀を磨ぐ手を止めて虚空を見上げた。
どことなく悲壮感も漂ってる気がする。
もしかして、奥さんに贈り物をして失敗した経験でもあるのだろうか。
「わたくしは、家に帰る度に子供が欲しいと言われます」
「ごめん。もう少ししたらまとまった休みをあげるから、それまで我慢して」
そっかぁ。
沖田君は帰る度に求められてるのか。
妬ましい。
君は「毎度毎度、干からびそうになるまで……」とか言ってげんなりしてるけど、50年以上童貞を貫いてる僕からすれば嫌味だからね?
いや待て。
嫌がってるように見えるから、いっそ出涸らしになるまでこき使うのも有りか……。
「油屋大将。七郎次へのプレゼントで提案があります」
「ほう? 聞こうじゃないか」
「では、まずはこちらをご覧ください」
「ナナさんの小太刀じゃないか。それがどうしたんだい?」
「見てわかりませんか? ボロボロですよ!? 名刀村正がたった一回の使用で刃こぼれしまくりですよ!」
「刃こぼれしたなら磨げば良いじゃない」
「どこのアントワネットですか! 良いですか? 近くにこれを任せられそうな研ぎ師がいないのでわたくしが慎重に慎重に、それはもう神経を磨り減らす思いで磨いでいますが、これは紛れもない名刀なんです。間違っても、鋼鉄製の戦艦の壁を斬りつけていい代物じゃないんです。なのに! 七郎次は平気でやるんです!」
そこで台詞を区切った沖田君はぜぇぜぇと肩で息をしながら、磨いでる途中の刀を泣きそうな顔で見つめている。
放っておいたら頬擦りしそうなほどだ。
そして、一度大きく息を吸い込んで……。
「なので! 使い捨てにしても惜しくない刃物を大量に贈るのを提案します!」
と、窓ガラスが振るえるほど馬鹿デカイ声で叫んだ。
あのさぁ。
君の愛しさと切なさと心強さをいつも感じてそうな熱いシャウトにほだされかけて、思わず納得しそうになっちゃったけど……。
「女性に刃物を大量に贈れとか……馬鹿か君は」
と、冷静に返した自分を誉めてあげたい。
でも、女性陣は僕とは逆で、なるほどと言いたそうな顔をしている。
「いや、ナナなら有りかも」
「そうですね。私なら絶対にお断りですが、あの小鬼なら「これでジュウゾウにうるさく言われずに済む」とか言って喜びそうです」
ふむ、そう言われてみると一理ある気がする。
そうすると、歌ちゃんの意見も採用し、大量の刃物を花束のようにしてプレゼント……いや、ないない。
いくらナナさんの考え方が普通の人とズレてるとは言え、刃物の花束を贈るのは無しでしょ。
「僕も有りだと思うよ? 喜びはしないだろうけど、嫌がりもしないはずだ」
「ふむ、君がそう言うんなら一考の余地が……ってぇ! 六郎兵衛君!? いつからそこに!?」
「ついさっきからだけど?」
話しかけられるまで全く気づかなかったけど、いつの間にか六郎兵衛が僕の対面に座ってた。
しかも、天音君が用意した
「油屋大将! お下がりください!」
「おのれ暮石! 小鬼と地華がいない内に、小吉様を手にかけようと言う腹ですか!」
しかも今回は、僕以外の人を眠らせたりしていない。
そのせいで、僕と六郎兵衛がビジネスパートナーの間柄だと言うことを知らない二人が戦闘態勢に入っちゃった。
「まあ、落ち着きなよ。そっちの男はもちろん、龍見の方も片割れがいないんじゃあ、僕をどうこうできないだろう?」
「例え倒せなくても、刺し違えるくらいは可能です!」
「無理だね。僕が小吉に話しかけるまでどれくらいの時間があったと思う? 僕がその気なら10回は殺せてるよ。もちろん、今からでもね」
正に一触即発。
って、感じだな。
天音君はすでに刀を抜いてるし、沖田君も拳銃を構えてる。
その様子を目の当たりにして、歌ちゃんは「何? 誰この人。小吉お兄ちゃんの敵?」と言いながら混乱している。
「二人とも武器をしまってくれ」
「ですが油屋大将!」
「良いんだ。彼は敵だけど、僕と取引をしていてね。あと半年くらいは僕に危害を加えない」
と、言っても納得しきれないのか、二人とも戦闘態勢を解くのを躊躇している。
「六郎兵衛君。君も挑発するのはやめてくれ」
「僕には、挑発してるつもりなんてないんだけど?」
「それでもだ。申し訳ないけど、腰の物を預からせてくれ。じゃないと、この二人が納得しない」
「わかったわかった。だから、そんな怖い顔をしないでくれよ小吉。僕と君の仲だろう?」
と、わざとらしく肩をすくめながら言ってから、六郎兵衛はあっさりと腰の日本刀を投げて寄越した。
それでようやく納得してくれたのか、二人も警戒は解かないものの、戦闘態勢は解いてくれたようだ。
「で、今日は何の用だい?」
「用がないと来ちゃ駄目かい?」
「駄目とは言わないけど、君が来ると他の者が無駄に緊張するんだ。見たらわかるだろう?」
実際、武装解除してお茶を飲みながらくつろいでいる彼を目にしても、沖田君と天音君はすぐ動けるように身構えている。
もし六郎兵衛がおかしな真似をしたら、即座に襲いかかるだろう。
「わかった。次からは自重する」
「お願いするよ。で? 本当に用もないのに来たのかい?」
「まさか。僕はそこまで暇じゃない」
「じゃあ、何か情報を持って来たんだね?」
「そっちはまだ裏取りの最中だけど、君を狙って動いてる奴はいる」
「誰だい?」
「だから、裏取りの最中だって言ったろ? 陸軍のお偉いさんが、僕を待ちきれなくて誰かを雇ったと言う情報は得たけど、誰を雇ったかまでは掴めていない」
「もしかして、僕と君が繋がってるってバレた?」
「バレてたら、僕じゃなくて
ふむ、じゃあ六郎兵衛が言った通り、待ちきれなくなったお偉いさんの一人が先走ったってとこか。
でも、誰を雇った?
僕がナナさんと龍見姉妹を連れていることはわかっているだろうから、雇うなら相当の人数か人物。
しかも、三人は探知能力も戦闘能力も高い。
故に、正面切って戦える者を雇う必要がある。
それこそ、ナナさんと六郎兵衛の父親に比肩するほどの者を。
「あ、もしかして、
「それはない」
「どうしてだい? 瓶落水は、暮石の天敵なんだろう?」
「そうだけど、瓶落水は戦いに関しては素人なんだ」
「暮石の天敵なのに?」
どういうことだ?
山本さんは、暮石を瓶落水が襲ったと言っていた。
龍見邸に張られていた結界は、ナナさんを衰弱させた。
だから、暮石と瓶落水は敵対していると推察できる。
ならば当然、その戦闘能力も暮石に比肩していると考えるべきだ。
なのに、六郎兵衛は弱いとでも言っているようなニュアンスで素人と言った。
それは何故だ?
もしかして……。
「暮石と瓶落水は、敵対しているわけじゃない?」
「そうだよ? 小吉はどうして、うちと瓶落水が敵対してるって思ったんだい?」
「いや、だって……」
「ああ、僕が天敵と言ったからかな?」
「それもあるけど、今まで見聞きした情報を併せて考えると、そうとしか思えなくてさ」
それに、君だって瓶落水がいると言う広島に行きたがらなかったじゃないか。
だから余計にでも、僕は二つの家の事情を誤解してしまったんだよ?
「でも瓶落水が、暮石の天敵と言うのは間違いじゃないんだ」
「瓶落水が使う術が、君たちが使う術のカウンターだからかい?」
「厳密には違うんだけど……まあ、そう思ってもらって問題ないよ」
「ふぅん、だから君は、広島に行きたがらなかったんだね?」
「最初はね」
「最初は?」
じゃあ、今は違うと言うことか。
そもそも、彼が言う広島がどこまでを指すのかがわからない。
広島市なのか、それとも広島県なのかだ。
前者の場合なら、広島市から離れている呉に来ていることに納得できるけど、後者だと納得できない。
いや、ナナさんが自分の住所を県単位でしか把握していなかったの考えると、彼が言った広島も市ではなく県だ。
なのに、彼は今ここにいる。
つまり最初は、瓶落水を文字通り天敵と思っていたけど今はそうじゃないってことだ。
「瓶落水と、会ったのかい?」
「会ったと言うか見つかったと言うか……まあ、そういうことさ」
だから、瓶落水のテリトリーである広島で堂々としているのか。
おそらく、会ったことで長年の誤解が解けるなりしたんだろうな。
「で、だ。今日は、瓶落水の件で君に相談があって来たんだ」
「相談?」
「うん。単刀直入に言うと、助……」
「ん? おい、どうしたんだい?」
何かを言いかけた途端、六郎兵衛がテーブルに突っ伏した。
額に汗までかいてるな。
彼の今の様子は、龍見邸に行ったときのナナさんに似ている気がする。
だと、するなら……。
「お、遅かったみたいだ……」
彼は眼球だけ動かして、僕の視線を会議室の入り口へと誘導した。
それを待っていたかのようにドアが開かれると、そこには見覚えのない二十代半ばの女性が、ナナさんと地華君を伴って立っていた。
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