第38話 束の間(裏)
今日は、あたしの拘束が解かれる日。
と、言ったら大袈裟かしら。
でも、かれこれ二週間近く歩けないほど下半身を添え木と包帯でガチガチに固められていたあたしからすれば、大袈裟でも何でもない。
だって小吉の隣で寝れなくて寂しかったし、歌と地華に下の世話をしてもらう時間は、恥ずかし過ぎて死にたくなったもの。
でも、世話をしてくれた二人は……。
「本当に動かなかったよなぁ、お前。歌なんて呆れてたぞ」
「それは地華さんもでしょ?」
「いやまあ、そりゃあそうだけどよぉ」
呆れてたみたい。
だって、小吉が大人しくしてろって言ったんだからしょうがないじゃない。
だからあたしは、退屈にも恥辱にも屈しなかった。
そして今日、病院で診察してもらって「本当に全治三ヶ月だったんですか?」と、言わせるほど医者を驚かせて解放されるまで、二週間以上動かず我慢したんだから。
まあ、その我慢はもう少し続きそうだけどね。
何故かと言うと……。
「地華、落ちる」
「だったら、もっとしっかりしがみつけよ。っつうか、何でオレがお前をおんぶしなきゃいけねぇんだよ」
二週間以上まったく動かさなかったせいで、筋肉が落ちて立てなくなっちゃった。
だから仕方なく、本当に仕方なく地華におんぶしてもらってるわ。
「地華が嫌なら、小吉にしてもらう」
「いやいや、大将がお前をおんぶした途端、動けなくなったからオレがしてるんじゃねぇか」
「なんで動けんくなったん?」
「そりゃあお前……っちまったんだよ」
「何て?」
「起っちまって動けなくなったんだよ! 言わせんな馬鹿らしい!」
ふむふむ。
つまり、白い方と腕を組んであたしらの前を「ちょっ! 声が大きい!」とか言いながら歩いてる小吉は、あたしをおんぶしたら何故かアレが起っちゃったのね。
でも、なんで起ったんだろ?
「ねえジュウゾウ。男って女をおんぶしたら起つん?」
「俺に聞くな。と言うか、お前には恥じらいってものが無いのか?」
「あるに決まっちょるじゃない」
「だったら、せめて聞く場所を考えろ。こんな、人が行き交う場所で聞いて良い事じゃない」
「そうなん?」
って聞き返したら、ジュウゾウは右手で顔をおおって大きなため息をついた。
あたし、そんなに変なことを聞いた?
歌と地華も同じように呆れてるけど、それってやっぱり、あたしがおかしいってこと?
と、疑問の上にさらに疑問が重なって悩んでいたら、第二の目的地に着いてたみたい。
「ねえ小吉。地華は大丈夫? 本当に大丈夫?」
「大丈夫だから。魂なんて吸われないから」
「で、ですが小吉様。万が一と言うことも……」
「ありません。って言うか、天音君もそっち側だったの?」
そっちってどっち?
は、置いといて、写真屋に着くなり始まった地華の撮影を見てたら心配になっちゃったのよ。
だって何?
あのカメラとか言う、手の平大の箱からガラスがはめられた筒が出てる物をもってカシャカシャ言わせてる人の動き。
奇妙と言うか奇抜と言うか奇怪と言うか、とにかく見たことがない動きだわ。
しかも、無駄が無い。
あたしからすれば無駄としか思えない動きを無駄に洗練された無駄な動きで無駄に続けてるわ。
しかも、台詞が意味不明。
「良いね良いね!」とか「笑顔が素敵だね!」とか「最高!」とか言ってる。
でも、地華はその台詞に気分を良くしたのか「そ、そうか?」と言って照れたり、「誉めすぎだろ」と言って姿勢を変えたり、ついには「当たり前だろ!」と言って満面の笑みを浮かべたりした。
そんな珍事を小一時間続けたあと……。
「よし、じゃあ最後に、みんなで撮ろうか」
とか言い出した。
みんなって、もしかしてあたしも含まれてる?
え? やだ怖い。
散々撮られた地華は平気そうにしてるから、魂を吸われるってのが迷信だってことはわかったけど、それでも怖い。
それはあたしだけじゃなく、白い方も同じみたいだわ。
「さ、さあ、小鬼。今回は譲ってあげますから、遠慮なく小吉様の隣にお行きなさい」
「そりゃあこっちの台詞じゃ。ほれ、遠慮せんと小吉にその無駄にデカイ乳を押し当てに行きんさい」
「いえいえ、小鬼は怪我をしてから小吉様にくっついていないでしょう? ですから、遠慮せずくっつきなさい」
「今晩じっくりと堪能するけぇ今はええ」
「まあ、そうおっしゃらずに」
「そっちこそ」
これは長丁場になりそうだわ。
でも、今のあたしは自分で歩けないから、椅子ごと運ばれたら抵抗する術がない。
術を使えばどうにでもできるけど、こんな場面で使ったら小吉に怒られそうだしなぁ……。
「ナナ、魂なんて吸われねぇから安心しろって。ほら、オレはピンピンしてんだろ?」
「でも……」
「ったく、強情っつうかなんつうか……。ジュウゾウの旦那。ちょいと手伝ってくれ」
そう言いながら、地華はジュウゾウと一緒にあたしが座った椅子ごと持ち上げて、小吉の横に移動させた。
あ、こんなに近くで小吉を見るのって久しぶり……じゃない。
どうしようこれ。
このままじゃあたし……。
「こうすれば、少しは怖さが紛れるかい?」
怖くてうつむいていたら、あたしの横に立っていた小吉が左肩に手を添えてくれた。
あたしと一緒にいる時は必ず着ている真っ白な軍服姿の小吉が、あたしを温かい眼差しで見てくれてた。
その瞳を見つめ返していたら、いつの間にか写真への恐怖は消えてたわ。
「さあ、天音君も早く」
「え、ええ……」
そして、渋る白い方も加わって、あたしたちは写真を撮った。
一番背が低い歌を真ん中にして、その右に小吉。
左に、椅子に座ったあたし。
その後ろにジュウゾウ、地華、白い方の順で並んで、写真を撮ってもらった。
店を出たあとに、小吉が「こう言う写真って、漫画やアニメじゃ最後に撮った唯一の写真になったりするんだよね」って、不吉なことを言ってたけど、あたしはそれでも良いかなって思った。
だって例え最後でも、今あたしが感じてる束の間の幸せは切り取られて、確かに残せたんだもの。
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