第28話 想定外(裏)
今日はなんだか、難しい話が多かった気がする。
まあ、逆立ちオジサンは面白かったし、臆病な龍見の口が悪い方も見れたから良かったけど、退屈で仕方がなかった。
それに……。
「あたしが小吉の悩みの種。っちゅうことがわかった」
『だから、俺に相談か?』
「うん。猛おじ様なら、瓶落水のことも知っちょるかなって思って」
小吉の家に着くなり、電話した。
あたしよりも暮石の事情に詳しい猛おじ様なら、瓶落水のことも知ってるんじゃないかと思ってね。
『タイミングが良いな。ちょうど今日、五郎丸からの返事が届いたところだ』
「父様から?」
『ああ。小吉からも、聞けるなら聞いておいてくれと頼まれていたからな』
さすがは小吉。
場当たり的な行動しかとれないあたしと違って、常に先を見据えて動いてる。
あたしなんて、今日の今日まで気にもしてなかったって言うのに。
『だが、残念な報せだ。五郎丸も、瓶落水が暮石の天敵であり、元が同じ一族の出ということしか知らんらしい』
「そう……」
いや、たぶんそれ、あたしと同じで興味がないだけ。
父様も兄様も、暮石家の悲願を成就させること以外に興味がないもの。
『だから、五郎丸からの返事が届くまでの間に、俺なりに調べてた結果を教えてやる』
「じゃあ、わかったの?」
『それなりに……な』
はて?
なんとも歯切れが悪いわね。
言いたくない……と、言うよりは、何かを疑ってる感じだわ。
『陰陽寮と呼ばれる組織を……知らないよな?』
「うん、知らん」
『だろうな。まあ、そういう組織が大昔からあるんだが、その組織は、有り体に言えば呪術を扱う一族が複数集まったモノだ。だから当然、暮石と瓶落水のことも知っていた』
へえ、そんな集団がいるんだ。
呪術を扱うってことは、あたしと似たようなことができるってこと? は、良いや。
興味ないし。
「それで?」
『そいつらが言うには、暮石と瓶落水はおよそ1000年ほど昔に、大罪を犯して京の都を追放された陰陽師の末裔らしい』
「大罪って?」
『詳細までは教えて貰えなかったが、さる高貴な人物に手をかけたからだそうだ』
「偉い人を殺した。ってこと?」
『そんなところだと思うんだが、それなら死罪でもおかしくはないのに、何故か追放止まりで済んでいるのが気にはなる』
「あたしは気にならん」
何だか、言い回しに違和感を覚えたような気がしたけど、ご先祖様が何をやらかしたかなんて瓶落水の情報以上に興味がない。
だから、あたしが面倒になって電話を切る前に、さっさと本題に入ってちょうだい。
『まあ、そうだろうさ。じゃあ、本題に入るぞ。陰陽寮がお前たちの元となった一族と追放後初めて遭遇したのは、それから300年ほど経った頃だそうなんだが、伝承が残っていた』
「どんな?」
『
「訳がわからん」
『俺にもわからん』
だったら、そんな余計な情報を与えないでよ。
あたしは瓶落水のことが知りたいんであって、ご先祖様のことなんてどうでも良いんだから。
『次に遭遇……と言うより、明治初期に瓶落水と名乗る男が、陰陽寮の者にコンタクトを取ってきたそうだ』
「じゃあ、その男が」
『瓶落水家の初代当主だろう。その男は一言、「暮石の者を見つけたら、居場所を教えてくれ」と言って、去ったそうだ』
ふむふむ。
逆立ちオジサンと龍見姉妹の話と合わせて考えると、瓶落水は暮石を探してる。
その目的は、敵討ちが妥当かしら。
「瓶落水がどんな術を使うかは、わからんかったん?」
『ああ。だが、元が同じなのだから、似たような術なんじゃないか?』
「それはない」
だって、瓶落水の結界。つまり術中にいたあたしは、何かを吸われるように弱っていった。
暮石に、相手から何かを奪うような術はない。
むしろ逆。
暮石の術は、相手に殺意を無理矢理受け取らせるんだもの。
「猛おじ様も、意外と使えんなぁ」
と、電話を切るなり呟いたけど、「それはあたしもか」と、思い直した。
あたしは、いるだけで小吉に迷惑をかけている。
まともに小吉を護れたことなんて一度もない。
毎回、あたしはかすり傷一つ負ってないのに、小吉は意識を数日以上失う大怪我をしている。
「あたし、いらん子なんかなぁ」
壁に背を預けて座り込んで膝を抱えたら、不意にそんな台詞が口をついて出た。
そうしたら、本当にそうなんじゃないかと思えてきた。
いや、そうだ。
あたしはいらない。
龍見姉妹はご先祖様たちと渡り合った者の子孫なんだから兄様が襲ってきたって大丈夫だし、あたしと違って、ちゃんと感情を表現できる。
愛嬌も愛想もないあたしより、あの二人といるほうが小吉も楽しいはず……なのに、嫌な感情が後から後から、止めどなく湧いてくる。
「お……抑えなきゃ」
あの二人を、小吉から遠ざけたい。
それは駄目。
あの二人は、小吉にとって必要なんだから。
あの二人と、話してほしくない。
これも駄目。
小吉は、あの二人と話している時は楽しそうにしてるもの。
あの二人に、触れてほしくない。
それも駄目。
小吉は優しいから、あの二人に詰め寄られたら無下にできない。
「ど、どうし……よう。抑え切れ……」
ない。
龍見姉妹を殺したい。
あたし以外を見てほしくない。
あたし以外の人に触れてほしくない。
小吉を独占したい。
小吉はあたしのモノ。
小吉は誰にも渡さない。
「助けて……小吉。あたし、おかしゅうなりよる」
些細なことで、嫉妬するようになってる。
いや、嫉妬するだけならまだ良い。
殺したいくらい、憎むようになってる。
あたしだけを見てくれない小吉にまで、不満を覚えるようになってる。
一緒にいる時はそうでもないのに、離れると途端に悪感情が膨らみ始める。
全部、壊してしまいたくなる。
「嫌じゃ。こんなあたしは嫌じゃぁ……」
龍見姉妹は小吉にとって必要。
あの二人は悪い奴らじゃない。
龍見の口が悪い方なんかは、あたしを小鬼と呼びつつも、先祖同士の禍根なんて感じさせないほど気さくに話しかけてくれるし、髪が白い方も、なんだかんだ言ってあたしがした粗相の後始末をしてくれる。
あたしとは違って、良い人たちなの。
なのにあたしは、小吉が絡んだ途端にあの二人を殺したいほど憎む。
そんな自分が、嫌でしょうがない。
「こんなところで、どうしたの?」
「あ、小吉……。龍見姉妹と、一緒にいたんじゃ……」
ないの?
なのにどうして、ここにいるの?
どうしてあたしは、小吉がすぐそばに来るまで気づけなかったの?
「ナナさんの電話が長いから、ちょっと気になってね」
「猛おじ様に、余計なことを言うちょるんじゃないか……て?」
「そこは心配してないよ。だってナナさん、腹芸は得意じゃないでしょ?」
「うん……」
だって、殺した方が早いもの。
って、考えるくらいの単純思考だからね。
一応言っておくけど、これが暮石では普通なのよ?
回りから潰して、助けを求める相手がいなくなるような状況を作ってから対象を殺すなんて回りくどい方法を好む兄様の方が、暮石では異常なんだから。
「よっこい……おっと、危ない。よっこいしょって言っちゃうところだった」
「言ったら駄目なん?」
「駄目じゃないけど、なんかオッサン臭いじゃない?」
「別に……」
そうは思わない。
猛おじ様や父様も、立ったり座ったりする時についつい言っちゃうらしいし。
「何か、悲しいことがあったの?」
「何もない」
「でも、泣いた痕が目尻から伸びてるよ?」
「泣いた? あたしが?」
言われて初めて気がついた。
頬に触れただけじゃあわかりにくかったけど、顔を埋めていたスカートの膝部分は、確かに湿っている。
龍見家で初めて経験したあの時と同じように、あたしの目から水が出てたんだ。
「僕って、性格が歪んでるのかなぁ」
「どこが?」
「いやぁ、その。怒らないでね? ナナさんの泣き顔を見てると……何て言うか、綺麗だなって、思っちゃうんだ」
「綺麗? あたしが?」
いやいや、それはないでしょ。
だってあたしは、歌や龍見の口が悪い方みたいに、表情をコロコロ変えることができない。
龍見の髪が白い方みたいに、細やかな気配りもできないし、松みたいに家事もできない。
そもそも、あたしみたいな根っからの人殺しが、綺麗な訳がない。
「あ、もしかして、自覚がなかったの?」
「自覚? あたしって、小吉から見たら綺麗なん?」
「綺麗だよ。僕だけじゃなく、世の大半の男は、ナナさんを見たら綺麗だと感じると思う」
「こんなに、醜いのに?」
「それは、内面の話でしょう?」
そうだけど……。
人って、内面が全てじゃないの?
だって父様や兄様は「人の
だから、あたしは外面よりも、その人がどんな人なのかを言動から読み解くことを心がけてきた。
なのに、小吉は逆のことを言った。
あたしの内面は目を背けたくなるくらい醜いのに、外面だけを誉めた。
綺麗だって、言ってくれた。
あたしのことを何もわかってないと考えつつも、あたしは嬉しくてしかたがない。
「ナナさんってさ、感情を表に出せない以外は、普通の女の子なんだよね」
「ジュウゾウとか龍見の白い方には、おかしいって言われた」
「それは、考え方が普通じゃないだけさ。感じ方は普通だと僕は思うよ」
「感じ方は……普通」
そうなのかな。
普通がわからないあたしじゃあ判断しきれないけど、小吉がそう言うんならそうなんでしょう。
「ナナさんが泣いてたのって……違ったらそう言ってね?」
「うん……」
「僕の迷惑になるのが嫌で泣いてたのかなって、思うんだ」
「違……」
「そっかぁ。違ったかぁ……。恥ずかしすぎて死にたい」
とか言って、両手で顔を覆っちゃったから続きを言い損ねたけど、それが悪感情の起点になったのは間違いじゃあない。
でも、そう言ってあげられる雰囲気じゃなさそう。だって、小吉は「自惚れて何回も失敗したのに、なんで生まれ変わってまでしちゃうかなぁ……」とか言いながら、さっきまでのあたし以上に落ち込んじゃったもの。
そんな小吉を見てたら……。
「小吉って、おかしいね」
と、頬が緩むのを確かに感じながら言っていた。
そんなあたしを見て小吉は……。
「思った通り、君の笑顔は素敵だ」
と、心の底から幸せそうに言っていたわ。
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