第27話 想定外(表)

  



 僕にとって、山本 五十六いそろく元帥は恩師であり、恩人だ。

 僕が転生者だと気づく鋭すぎる洞察力や、半年仕えれば一体感を持つようになり、彼が危険に晒されたら反射的に命を捨てて守るだろう。と、言われるほどのカリスマ性など関係なく、純粋に一個人として尊敬している。 

 そんな彼が、僕たちが歴史を変えたことで住むことになった東京の邸宅に虎屋の羊羹を土産として用意し、関東圏をしばらく離れる旨を伝えるために、絶対について行くと言ってきかないナナさんと龍見姉妹を伴って来たんだけど……。

 

 「絶っっっっっ対に! 粗相はしないでね? 特に、ナナさんと地華君」

 「わかった」

 「おいおい大将。なんでオレまで、小鬼と同じく注意をされなきゃいけねぇんだ?」

 「だって君ら、ところ構わず喧嘩するじゃない」


 本当なら、僕だってこんな注意はしたくないんだ。

 でもさ、東京に戻ってからこっち、さっきも言ったようにところ構わず喧嘩するでしょ。

 まあ槍を振り回す地華君から、ナナさんが逃げ回るだけではあるんだけど、それでも僕の家はかなり破壊されたし、ご近所様に迷惑もかけた。

 そうそう、何度か警察沙汰にもなったっけ。


 「おいおい、小吉の大将よぉ。小鬼が挑発しなけりゃあ、オレだって暴れないんだぜ? だから、小鬼にだけ注意しろよ」

 「素直に小吉の言うことを聞いちょきんさいね。アンタの耳は飾りか?」

 「んだとコラ!」

 「はいストップ。天音君、地華君の槍を取り上げて。ナナさんも、挑発してるつもりはないんだろうけど、もう少し言い方を考えてね?」

 「わかった」


 ナナさんは素直だなぁ。

 返事だけは。

 それに対して地華君は、天音君に槍を取られそうになって慌ててる。

 まあ、慌てるよね。

 これは、彼女たちと暮らし始めて知ったことなんだけど、地華君は槍を取られると……。


 「ちょ、姉ちゃん! 槍返し……てください。それがないと私……」

 「じゃあ、小吉様の言うことを聞きますか?」

 「聞きます! 聞きますから……返してください」


 性格が反転したみたいに激変する。

 一人称が変わるだけでなく、子猫にすら怯えるほど臆病になる。

 雄々しい普段の地華君しか知らなかった頃は、このギャップの凄さに面食らったっけ。

 だって、外見が同じだけの別人なんだもん。

 

 「あなたもスカートにすれば良かったんです。そんな動きやすい格好をしているから、余計にでも暴れるのでは?」

 「だって、足がスースーして落ち着かねぇんだよ。姉ちゃんにしても小鬼にしても、よくそんなのがはけるな」

 

 ちなみに、巫女装束は基本的に実家でしか着ないらしく、今の二人は洋装だ。

 天音君は少し前から増え始めた、ウェストから一気に広がっていくアメリカンルックのAラインワンピース。

 服の水色が彼女のはかなげかつ、涼やかな雰囲気と絶妙にマッチしてるし、長い白髪を三つ編みにして左肩から胸元へたらしている様は、川の流れを見ているかのように癒される。

 対する地華君は白いYシャツと、富岡君が「日本で売れるかもしれない」と言う思い付きで持ち込んだ男性用ジーンズを、松さんが彼女の体型に合わせて仕立て直した物をはいている。

 これがね。

 ヤバイの。

 もっと時代が進めば普通になるんだけど、この時代でジーンズをはいてる女性なんて日本にはほぼいないから目立ちまくる。

 さらに、松さんが仕立て直したジーンズは地華君の健康的で未来のモデルも顔負けな長い脚のラインをこれでもかと強調してるから、露出度なんか無いに等しいのに無駄にエロい。

 ボーイッシュな巨乳モデルが、ピッチピチのジーンズをはいてると言えばわかりやすいかな?

 わかっててやってるのかどうかはわからないけど、時代を先取りしすぎだよ。

 は、置いといて。


 「じゃあ、行くよ」


 迎えてくれた家政婦さんに案内されて、山本さん宅の客間に通されたんだけど……。

 

 「ねえ小吉。このオッサンは何しちょるん?」

 「こ、コラ! オッサン呼ばわりしちゃ駄目!」

 「でもよぉ。客間のテーブルの上で逆立ちしてるオッサンを見たら、オレでも小鬼と同じことを言いたくなるぜ?」

 「だからオッサン呼ばわりしちゃ駄目! 天音君! 槍を取り上げて! 帰るまで返さなくていいから!」


 相変わらず、山本さんは逆立ちが好きだな。

 この人って、昔っから逆立ちで客を迎えたりするのが好きなんだ。

 そりゃあもう、趣味なんじゃ? って、言いたくなるくらい。


 「気にするな。中々、愉快な女性たちじゃないか油屋」

 「し、しかし……」

 「私が良いと言ってるんだから良いんだ。それより座って、その土産を開けようじゃないか」

 

 しかも彼は、この時代の男性にしては珍しく女性に対して細やかな気配りを見せるし、得意の逆立ちで宴席を盛り上げたりするから花柳界ではかなりの人気者だ。

 さらに、下戸げこで甘い物が大好きで、僕が持参した虎屋の羊羹は彼の好物の一つだ。


 「しかしお前、どうして第二種軍装なんだ? 私服で構わんと言っただろうが」

 「プライベートに近いとは言え、上司の家にお邪魔するのに私服では来れませんよ」

 「堅苦しい奴だな」

 「山本元帥の教育の賜物たまものです」

 

 この人って、公私を完全に別けるタイプだからね。

 実際、僕には私服で良いと言っておきながら、自分は大切にしている特製のサージの軍服をキッチリ着ている。

 あ、それと余談だけど、この人って靴の中が熱くなるのが嫌らしくて、一日に五回も靴を履き替えるんだ。


 「それらしい事を言いおって。そこの、暮石の者のためじゃないのか?」

 「山本元帥も、暮石をご存知で?」

 「ご存知も何も、昔、もう20年ほど前か? に、襲われたことがある」

 

 その話は初めて聞いたな。

 20年ほど前ってことは、大正14年前後かな?

 何故、そんな頃に……いや、そう言えば、山本さんは大正13年に砲術科から航空科に転科してたな。

 その翌年には、日本初の空母である鳳翔が完成している。

 山本さんが航空主兵論を本格的に推し進め始めたのは、海軍航空本部技術部長に就任した昭和5年からだったはずだけど、もしかしたらその頃から同僚レベル、もしくは友人レベルに航空主兵論を唱えていたのでは?

 それを聞き付けた者が陸軍を通して、もしくは陸軍が、彼を亡き者にしようとしたんじゃないだろうか。

 だけど、暮石に狙われて……。


 「よく、助かりましたね」

 「タイミングと運が良かった。でなければ、お前たちに助けられる前に死んでいたよ」

 「タイミングと、運?」

 「ああ。私が襲われるのと、瓶落水が暮石を襲うタイミングが被った。それ故に、私は難を逃れることができたんだ」

 「瓶落水が、暮石を?」


 六郎兵衛の話では、瓶落水は広島にいるはず。

 なのに、その当時は茨城県にいたはずの山本さんを襲った暮石を逆に襲ったと言うことは、瓶落水が暮石を追って茨城まで行ったことになる。


 「天音君。瓶落水は、暮石を討とうとしているのかい?」

 「申し訳ありませんが、瓶落水に関しては小吉様にお話ししたこと以外では、暮石と争ったご先祖様が結界を張ってもらったあとに「龍見邸に暮石が来たら教えてくれ」と、言われたくらいしか知りません。なので……」


 暮石を討とうとしているかどうかはわからない。かな。申し訳なさそうにトーンが下がっちゃったけど、そうだと思う。

 それよりも、確認しておくべき事があるな。


 「瓶落水と、連絡を取ったのかい?」

 「いえ、それが……。瓶落水は言うだけ言って、連絡先をご先祖様に伝えなかったそうなのです」

 「教えろと言っておきながら?」

 「はい。なので、連絡は取ってないと言うよりは、取れませんでした」


 なんとも間抜けな話だ。

 暮石と龍見が争ったころは、まだ固定電話が一般まで普及してなかったはずだから住所を教えて手紙なりで連絡を取り合うしかない。

 なのにその連絡先である住所を教えなかったら、直接報告しに行くこともできないじゃないか。

 いや、待てよ?

 天音君はたしか龍見邸で、暮石と瓶落水は元が同じ一族だから似た特徴があると言っていた。

 さらに、暮石は自分にも他人にも興味がないとも言っていた。

 自分にすら興味がない人間が、住所に興味があるだろうか。

 ないんじゃないか?

 だとするなら、瓶落水もそうである可能性が高い。

 自分の住所に興味がないから、覚えてなかったんじゃないだろうか。

 この仮説を確かめるのにうってつけの人がいるから、ちょっと確かめてみるか。

 

 「ナナさん。君の家の住所って、覚えてる?」

 「山口県」

 「続きは?」

 「続き?」


 ほら可愛い。

 じゃない。

 続き? と、言いながら小首を傾げる仕草は可愛いけどそうじゃない。

 やっぱり僕の仮説は正しかったようだ。

 事実、ナナさんは住所を覚えるどころか、県より先があることすら知らなかった。


 「やけに瓶落水を気にしているじゃないか。もしかして、広島に瓶落水がいるのか?」

 「ええ、どうやらそのようでして……」

 

 だから、ナナさんを連れていくべきかどうか悩んでいる。

 いるんだけど、駄目って言ってもついてきそうだし、気配を消して忍ばれたら僕じゃあ見つけられないから、言うだけ無駄なんだよね。

 だったらいっそ、見えるところにいてくれた方が安心できる。

 でもそれだと、瓶落水に見つかってトラブルに発展するかもしれない。


 「油屋。何を恐れている?」

 「恐れている? わたくしがですか?」

 「そうだ。お前は今、暮石と龍見、さらに沖田少佐や元442の精鋭たちも従えている。個人が抱える戦力としては過剰だ。なのに、何かを……いや、ハッキリ言ってやろう。お前は、その娘と瓶落水が争い、その娘が傷つくのを恐れている」

 「そんなことは……!」


 ある。

 龍見邸で弱ったナナさんを見て、僕はナナさんに傷ついてほしくないと思うようになってしまった。

 それは自覚してる。

 でも、少し違うんだ。

 彼女が傷つくのはたしかに怖いけどそれ以上に、ナナさんと瓶落水を会わせちゃいけない気がしてるんだ。

 

 「油屋。お前は私よりはるかに博識で聡明だ」

 「いえ、けしてそんな事は……」

 「まあ聞け。そのお前が、娘一人が傷つくからと言うだけで、目的を忘れるとは思っていない。そんなお前が悩んでいるんだ。その娘が傷つく以上の危惧があるのだろう?」

 「ええ、まあ……」

 「だったら話は簡単だ。その娘も呉に連れて行け」

 「は?」

 「何を間抜けな顔をしておるか。その娘は暮石なのだから、駄目と言ってもついて行くだろうが。なあ、暮石の娘さんや」

 「うん。駄目って言われても行く。あたしは、小吉の護衛じゃけぇ」

 「だ、そうだ」


 いや、まあ予想通りではあるんだけど、困ったなこれは。

 山本さんに背中を押されてしまったら、もう後戻りはできないじゃないか。


 「わかりました。連れて行きます」

 「それで良い。よかったな、暮石の娘さん。これで、龍見姉妹に油屋を独占されることはないぞ」

 「うん。オッサンはええ人じゃね」

 「こ、こら!」

 「良い良い。気にするな油屋。彼女のような美人にオッサン呼ばわりされるなど、私の業界ではご褒美だぞ」

 「海軍がドMの巣窟だと誤解されるからやめてください! それと、それが流行るのはもっと先です!」

 「おっとすまん。時代を先取りしすぎた」

  

 まあ、流行ったかどうかは微妙だけどね。

 それでも、現役の海軍元帥がそんな事を言っちゃ駄目でしょ。

 

 「おっと、忘れるところだった。お前、その三人の誰と所帯を持つ気だ?」

 「所帯? いえ、そんなつもりはまだ……」

 「隠すな隠すな。実は今、黒島と賭けをしててな」

 「わたくしが誰と結婚するか。ですか」

 「そうだ。だから、教えろ」

 「それは、イカサマになるのでは?」


 だって、誰ともそんな関係になっていないもの。

 なのに、僕が誰と結婚しようとしてるかなんて教えたら、それは大きなアドバンテージになる。

 あ、ちなみに黒島とは、山本さんが重用していた首席参謀の黒島亀人大佐のことね。


 「相変わらず、賭け事がお好きなようで」

 「当たり前だ。博打をしない男はろくなものじゃないと、昔から言っているだろう?」


 ええ、知ってます。

 僕のハッタリは山本さんのブラフを参考にしているんですから。


 「モナコのカジノから出禁を食らったのが、未だに未練だ」

 「予備役になったら、移住するつもりだったんでしたっけ?」

 「ああ。今でも、完全には諦めていないぞ?」

 「だったら、ラスベガスをお薦めします。たしか去年あたりから、カジノが盛んになっていたはずですから」

 「ほう! それは興味深い!」

 「ただし、今はまだマフィアで溢れているはずですから、もう14~5年待った方が良いですよ」

 

 と、忠告はしたけど、どうやら僕は変な風に火を点けちゃったみたいだ。

 行くよ? この人。

 絶対に行く。

 もしかしたら、永住するかもしれない。

 でも、そんな未来があっても良いんじゃないかとも思う。

 だって彼は、本当なら生きていない。 

 死んでるはずの人なんだ。

 その人が「戦争では負けたが、カジノでは勝ちまくってやる」と、息巻いている姿を見れたことが嬉しいし、誇らしい。

 ただ……話の終わりに、「だから、さっさと元帥を代われ」と、言われたのが想定外だったけどね。


  

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