第21話 交渉(表)
僕は気が弱い。
ちょっと凄まれただけで萎縮してしまうし、胸倉を掴まれようものなら小便を漏らす生粋のビビリだ。
前世ではその性格を変えることができず、せっかく上京したのに引きこもりになって、間抜けすぎる死に方をしてしまった。
その性格は、転生しても変わることはなかった。
でも今世では、それを隠す術を学んだ。
怯えた顔は表情筋を駆使して笑顔に変え、震える声は腹に力を入れて無理矢理静めた。
僕は、恐怖を克服するのではなく、包み隠す術を身に付けたんだ。
と、良い風に言っても、
だけど僕は、この虚勢とハッタリで戦争を生き抜き、海軍大将にまで昇った。
故に……。
「どうする? 姉ちゃん」
「どうもこうも、ここまで侮辱されて、ただでお帰しするわけにはいきません」
目の前の龍見姉妹に威嚇されても大丈夫。
僕は後の世を、僕が知る歴史よりも良くするために
「沖田君。アレを」
「はい。用意できています」
僕はここに来るにあたり、万が一を考えて色々と準備をしていた。
まあ、ナナさんが動けなくなったのは予想外ではあったけど、龍見家との交渉にナナさんの力は当てにしていなかったから、大した問題はない。
そう、問題はない。
だから、いつも無表情なナナさんが苦悶の表情を浮かべていても、今は気にしない。
いや、するな。小吉。
龍見家との交渉を、僕に有利な形で終わらせなければ、苦しい思いをさせたナナさんに申し訳が立たない。
「そりゃあ、何だ? まさかそんな珍奇な物が、貢ぎ物とか言わねぇよな?」
「貢ぎ物なんかじゃないさ。これは、電話だよ」
「電話? ですが油屋様。電話線が繋がっていませんよ?」
「電話線なんていらないよ。これは、携帯電話だからね」
携帯電話の歴史は意外と古い。
小型化が技術的に無理だっただけで、構想自体は電話機が考案されて間もない頃からあったらしい。
そして沖田君に背負って来てもらった、大型の
その試作品だ。
要は、転生もののラノベで、現代知識を利用して中世レベルの異世界で無双する話がよくあったように、僕たち転生者の中にもそれを実践しようとした者がいたってことさ。
もっとも、他の同士たちに「早すぎる」と忠告されて、一般に普及させるのは諦めたそうだけどね。
「それが電話だとして、この状況で何の役に立つと?」
「姉ちゃんの言う通りだ。オレらなら、お前がどこかに電話をかけるよりも早く、お前をぶっ殺せるぜ?」
「それはやめた方が良い。もし僕を殺すと、君たちも死ぬことになるよ?」
「面白れぇハッタリだなぁ、おい」
「ハッタリじゃないさ。14:00《ひとよん まるまる》までに僕から連絡がなければ、ここを砲撃しろと命じてある」
「砲撃ですと? 弾が届くような場所に大砲を設置していたら、うちの巫女衆が見逃すはずはありませんが?」
「見逃すさ。何故なら、その大砲の最大射程は約42kmだからね」
「はっ! そんな馬鹿げた射程の大砲なんかあるわけ……!」
「あるんだよ。戦争では糞の役にも立たなかった、世界最大の艦砲がね。沖田君、今何時だい?」
「13:59《ひとさん ごおきゅう》です」
あと一分ないか。
大和に搭載されている46cm三連装砲の、最大射程地点への着弾時間は約98秒。
つまり、時間通りに砲撃してから1分38秒後だ。
龍見姉妹はハッタリと決めつけて、「やれるならやってみろ」と言わんばかりにふんぞり返っている。
沖田君は声が若干震えていたから、初弾から命中しないことを祈っているだろう。
もちろん、僕も。
「油屋大将。着弾、30秒前です」
「残り10秒からカウント開始」
「……了解。カウント、始めます。10、9、8、7、6、5、4、3、弾着……今!」
沖田君のカウントダウン終了と同時に、鼓膜どころか大地まで引き裂くような爆発音が、龍見家本邸の両側から響いてきた。
まったく、いくら命中率が低いとは言え、初弾から命中したらどうしようかとハラハラしたよ。
「い、今のは……。いったいどこから……」
「横須賀鎮守府、その沖合い2kmからだ」
「そんな遠距離から!? 戦艦の主砲でもぶっぱなしたって言うのかよ!」
「その通りだよ地華君。横須賀で行われている式典のために呼んだ大和の主砲なら、ここはギリギリで射程内だ。しかも、音で判断するに初弾から
戦艦の主砲には、散布界と呼ばれる数百メートルの楕円形の誤差範囲がある。
挟叉とは、簡単に言えば、この散布界で敵艦を挟んだ状態……おっと、忘れるところだった。
「沖田君、大和に連絡して、第二砲門の砲撃を中止させて。それと、10分後に再び連絡がなければ、目標に向け一斉射。ともね」
「了解しました」
大和に行わせたのは、第一砲門と第三砲門を発射後、照準を調整して第二砲門を発射する交互打方。
つまり、このまま連絡しなかったら、照準を調整した三発目が飛んで来てたわけさ。
「砲撃、中止しました。あと10秒遅かったら撃っていたと、艦長から釘を刺されましたよ」
「ごめんごめん、ウッカリしてた」
「あなたと言う人は……」
「まあ、間に合ったんだから良いじゃないか。さて、これで僕の言葉がハッタリではないと、わかってくれたかな?」
二人とも冷や汗を流しているから、ハッタリではないと理解してくれたようだ。
なら、畳み掛けるか?
「先ほどの連絡で、着弾位置は伝えてなかったようですが、
「簡単さ。僕たちが来た頃から、飛行機が飛んでいるだろう?」
「ええ、たしかにうるさいくらい……まさか」
「そう、あれは偵察機だ。初弾が着弾した位置は、とっくに
その報告を基に照準を調整して再び砲撃するのを、弾着観測射撃って言うんだけど、それは説明しなくても良いか。
時間も押してるし、ここで一気に攻めるとしよう。
「龍見家にはこれから先、僕の手足となって働いてもらう。異存はないね?」
「あるに決まってんだろ! こんなの、ただの脅迫じゃねぇか!」
「脅迫とは心外だな。君は脅迫された程度で、自分より劣る者に従うのか?」
「どういう……ことだ?」
「わからないかい? 天音君は、察してくれているみたいだよ?」
僕が言いながら天音君に視線を移すと、地華君もつられて視線を移した。
双子、しかも見るからに一卵性で育ちも同じはずなのに、ここまで性格に違いが出るとは驚きだ。
いや、そうなるように育てられたのか?
もしかしたら、外見が正反対なように、性格も正反対になるよう育てる
ならば、話すなら天音君だな。
「あなたは、正気ですか? 私たちが首を縦に振らなければ、ただの心中ではありませんか」
「戦艦の主砲が手段とは言え、心中とはロマンチックだね」
「茶化さないでください」
「これは失礼。だけど僕には、君たちより優れているモノがこれしかないんだ」
「自国の戦艦に、本土を砲撃させるほどの権力ですか?」
「違う。そんな大層なモノじゃあない。僕が君たちより優れているのは、度胸さ」
たしかに、天音君が言った程度の権力はある。
でも、それじゃあ足りない。
だから僕は辰見家改め、龍見家の権力を取り込もうとしてるんだ。
なのに、今ある外付けの力で屈服させるのは間違ってる。
彼女たちは、僕自身が持つ力だけで屈服させなければ意味がない。
いや、僕が納得できないんだ。
「勝負だ、龍見姉妹。大和の主砲が火を噴くまで残り数分。君たちが待ったをかければ僕の勝ち。大和の主砲がここに着弾すれば、君たちの勝ちだ」
「その場合、私どもはもちろん、あなたとお連れの二人も死にますが?」
「ああ、そうだったね」
天音君は、二人を引き合いに出せば僕が怖じ気づくとでも考えたのかな。
でも、無駄だ。
僕はとっくに怖じ気づいてる。
無様に許しをこうて逃げ出したい。
二人だけは逃がしたい。
そんな本心を抑えつけて、この行動に出ているんだ。
「沖田君。すまないが、僕と一緒に死んでくれるかい?」
「油屋大将のお供ができるなど、この沖田源蔵、あの世でご先祖様方に自慢ができる最上級の栄誉! 喜んで死なせて頂きます!」
「ありがとう」
沖田君は予想通りだな。
奥さんを未亡人にしてしまうことなど一切考えずに死を受け入れる選択は、平和な世の中ならネットで袋叩きにされるだろう。
だが、武人としてはこれで正しい。
そんな彼だからこそ、僕は背中を任せることができるんだ。
さて、お次は……。
「ナナさん。起きてる?」
「う……ん。起き……ちょる」
「じゃあ僕と一緒に、死んでくれる?」
断られると思った。
だから、ナナさんにこの質問はしないつもりだった。
だけど、僕はした。
しなきゃいけないと思った。
断られないと何故か確信できたから、一緒に死んでくれと言った。
「……ええよ。小吉と一緒なら、死んじゃげる」
「ありがとう、ナナさん」
どうしてだろう。
ナナさんの返事が、今まで聞いたどんな言葉よりも嬉しく感じた。
もしかしたら僕は、恐怖でとち狂うあまり、プロポーズのつもりで言ったのかも知れないな。
だからナナさんの返事が、プロポーズを受けてくれたように思えて嬉しくなったんだろう。
「さあ、こちらの覚悟は決まった。そちらはどうだい?」
天音君は、冷や汗を流しながら無言で僕を睨むだけ。
地華君は判断を天音君に委ねたのか、固唾を呑んで僕と天音君を交互に見ている。
天音君はおそらく、次弾が命中する可能性と、ここで折れるか否かを天秤にかけているんだろう。
だったら、背中を押してあげるよ。
「沖田君、分単位でカウントダウン。残り1分からは秒単位だ」
「了解しました」
この状況に於いて、文字通り刻一刻と迫る時間の制約は、砲撃が当たる可能性なんか度外視で相手を焦らせる。
実際、沖田君が「残り、8分」「残り、7分」とカウントを進めるにつれて、地華君はもちろん天音君も落ち着きを失っている。
「残り……1分です。59…58……」
ついに、秒単位でのカウントに入った。
ここに至って、地華は目に見えて狼狽え、「どうすんだよ姉ちゃん!」と、天音君の焦りに拍車をかけた。
「残り、30秒。28…27…26」
残り時間が30秒を切っても、踏ん切りはつかないか。
だったら、もう少し背中を押してあげよう。
「龍見姉妹。いや、天音、地華。僕には君たちの力が必要だ。だから……」
僕が口を開くと、二人は救いでも求めるかのように僕に視線を固定した。
沖田君はカウントを続けつつ、いつでも大和に連絡ができるようにしてくれている。
次の一言で、勝負は決まるな。
「僕のモノになれ!」
言っといてなんだけど、僕はどうしてあんな言い方をしたんだろう。
もしかしてアレか?
漫画やアニメでの知識でしかないけど、プライドの高い女性は押しに弱いとか、強引な男に惹かれるとか、実は所有されたい欲があるなんて
まあ、仮にそうだとしても……。
「残り10秒。9…8…」
「わかりました! あなた様に従います!」
龍見姉妹が負けを認めたから結果オーライだ。
しかし……怖かったぁ……。
だって沖田君が慌てて大和に連絡をした頃には、カウントは5秒を切っていたんだから。
「ふぅ……。寿命が縮んだよ」
「それはこちらの台詞です! こんな命懸けの勝負を挑まなくとも、私たちはあなた様に協力するつもりでしたのに!」
「僕が龍見家の傘下に入るって形で。だろう?」
「そうですが……。それでも、あなた様が望む通りの結果にはなったはずです!」
「駄目だよ、それじゃあ」
「どうして……ですか?」
「僕が敗けた場合、龍見家に
だから、龍見家を上に立たせる訳にはいかなかった。
あくまで、僕が主導しなければならなかった。
あまり変わらないように聞こえるだろうけど、上下関係をハッキリさせておくのは必要なことなんだ。
責任者は僕。
だから、僕の計画が失敗した時に責任を取るのも僕。
僕の我儘に巻き込むのに、責任まで龍見家に負わせるのは絶対に間違ってるからね。
「あなたは頑固ですね。いえ、我儘と言った方が良いのでしょうか。ね? 地華もそう思わな……地華? どうしたの?」
「姉ちゃん。やべぇよ。コイツはやべぇ」
「ええ、危ない人なのは確かですけど……」
「
「それは私もですが……。ちょっと待ちなさい地華。あなた、まさか……」
「ああ、どうやらオレはコイツに……。この人に惚れちまったみたいだ」
ちょっと何ってるかわからない。
本当にわからない。
僕に惚れた?
誰が?
地華君が?
いやいや、ないでしょ。
地華くんはボーイッシュすぎて、もう少し時代が進まないと需要が少ないかもしれないけどかなり、いや凄い美人だ。
髪型と口調を女性らしくするだけで、相手には絶対に困らない。
そんな地華君が、僕に惚れた?
もう一度言うけど、絶対に有り得ないから!
「姉ちゃん。この人を婿にしよう! な? 姉ちゃんも、この人なら良いだろう?」
「そりゃあ、私も油屋様ならやぶさかではありませんが……」
「ちょ、ちょ、ちょぉぉぉぉっと待ってくれ! 僕を婿に? 地華君の!?」
「オレの。じゃねぇよ。オレたちの、だ」
「龍見家は代々、姉妹のどちらかが認めた殿方を共通の婿とする習慣があるのです」
え? それって、姉妹で僕をシェアするってことで良いのかな?
何それ、天国じゃん。
美人姉妹を相手に姉妹丼とか男の夢じゃん(異論は認める)。
だがしかぁぁぁし!
僕はナナさんに惚れている。
よって、魅力的かつ魅惑的な逆プロポーズを受けるわけには……。
「ああ、そうそう。私たちのどちらかとちゃんと子をもうけてくださるなら、他に何人女を囲おうと、何人子供を産まそうと構いません。幸いなことに、うちも油屋様……小吉様も、金銭には不自由していませんから」
「その話詳しく……じゃない! できないよそんなこと!」
「何でだ? 女を
「いや、そうだけど、法律や倫理的にアウト……」
「別に、お互いが納得してんなら良いんじゃねぇの? なあ、姉ちゃん」
「その通りです。姦通罪はとっくの昔になくなっていますし、他の女に子供を産ませるにしても、本妻である私たちが良いと言っているのだから何の問題もありません」
なるほど、確かに問題……あるよ!
主に、僕の心の問題が!
え? どうしてこうなったの?
なんかすでに、龍見姉妹の中では僕が婿入りするのが決まってるっぽいし、沖田君は沖田君で……ん? 君、何してるの?
どうして受話器片手に「油屋大将が龍見姉妹にまで手を出したぞ! 祝砲だ! 祝砲を上げろ!」なんて言ってるの?
上げちゃ駄目だからね……って、なんだか外が騒がしいな。誰かがこの部屋へ走って来たようだ。
「当主様方! 火急の報せが!」
「んだよ騒々しい!」
「今は、お客様がお見えなのですよ?」
「申し訳ありません! ですが、敷地内に侵入者が!」
報告に来たのは、これまた巫女さん。
かなり焦っているようだから、緊急性は高そうだ。
「侵入者? 確認はしたのですか?」
「はい。巫女数名と確認しに向かったのですが、私以外は……」
「どのような奴だったのですか?」
「服装はバラバラでしたが、米国製と思われる小銃を装備した男が約20人。巫女衆が応戦して時間を稼いでいますが、長くはもちそうにありません」
「そいつは穏やかじゃねぇな。小吉の大将。アンタの手の者か?」
「いいや、違う。でも、心当たりはある」
目的は、間違いなく僕。
侵入者の正体は元442。
それが、先ほどの砲撃は自分たちに向けてのモノだろうとでも誤認して、強襲することにしたんだろう。
さて、どうする? 小吉。
ナナさんが動けない今、彼らに対抗できる手持ちの戦力は沖田君だけ。
大和の砲撃も使えないことはないが、小隊規模とは言えピンポイントで狙うのは不可能。
他に戦力として使えそうなのは……。
「天音君、地華君」
「はい」
「なんだ? 大将」
「最初のお願い……いや、命令だ。巫女衆を使って、敵を玄関前の広場に誘導。後に、僕の準備ができるまで一人も殺さずに足止めしろ。できるな?」
巫女衆はどうかわからないが、彼女たちは暮石の人間と戦い、痛み分けをした者の末裔。
ならば、一人一人がナナさんレベルだと考えても問題ないはず。
さて、偉そうに命令しちゃった僕に、二人は従って……。
「お任せください。未来の婿殿に良いところを一つも見せぬなど、龍見家の恥」
「オレらの舞で惚れさせてやるから、目ん玉ひん剥いてしっかり見てな!」
くれた。
各々の得物を携えた立ち姿は、巫女とは思えないほど雄々しく、勇ましい。
そんな彼女たちに、僕は不覚にも、ナナさんの存在を忘れて見惚れてしまった。
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