第19話 邂逅(表)

 


 両手に花。

 と言う、ことわざをご存じだろうか。

 これは素晴らしいモノや美しいモノを花に例え、それを二つ同時に手に入れることや、一人の男性が二人の女性を独り占めにすることの例えだ。

 まあ、もっぱら後者の意味で使われることが多いかな。

 実際、僕も今の状況がそうだから、身の程知らずにもこのことわざが頭に浮かんだんだし。


 「あのさ、二人とも。そろそろ離してもらえないかい?」

 「だ、そうよ、ナナ。小吉お兄ちゃんを離して」

 「歌はその歳でつんぼか? 小吉は、歌に言うたんぞ?」


 いえ、二人にです。

 ナナさんの言葉を借りるなら二人ともつんぼ。

 つまり、難聴です。

 ああでも、ナナさんが育ったあたりでは方言として定着してるんだろうけど、つんぼはたしか差別表現だから、後々うるさく言われるようになったはずだ。

 今のうちに、注意しといた方が良いかな?

 いや、それよりも先に……。


 「ナナさん……」

 「それより、服を着なさい! 年頃の娘が、はしたないと思わないの!?」

 

 あ、先に言われちゃった。のは、別に問題ないか。

 でもさ、歌ちゃん。

 君はナナさんと違ってちゃんと寝間着姿だし、言ってることも至極真っ当だと思う。

 でもさ、いる場所がおかしいよね?

 どうして君が、いまだに布団の中にいる僕の左腕にしがみついてるの?

 もしかしなくても、潜り込んだの?

 そっかぁ、潜り込んじゃったかぁ。

 ナナさんならともかく、歌ちゃんが布団に潜り込んでも気づかずグッスリな僕の寝首をかくのは簡単そうだなぁ。あは、あはははははは……じゃないよ!

 これ何度目!?

 何度目の寝起きドッキリだよ!

 と、心の中で盛大にツッコミまくった朝の珍事をなんとかくぐり抜けた僕は、沖田君が運転する車で今日の目的地へと向かっている。

 もちろん、ナナさんも一緒にね。

 

 「朝からお盛んでしたね。油屋大将」

 「嫌味を言うなら、満面の笑みをやめてくれない?」

 「嫌味とは心外な。わたくしは心より、油屋大将の春を応援させて頂く所存です。ああ、心配なさらずとも、その対象が二人とも十代の子供でも、わたくしは決して軽蔑いたしません」


 春って何のこと?

 そりゃあ、季節は春だよ?

 でも、僕の心は真冬と言っても過言じゃあない。

 沖田君はを見て、二人が僕を取り合っていたんだと誤解したんだろうけどそんな事はない。

 絶対にない。

 ナナさんは何時も通りだったし、歌ちゃんは小さい頃からイタズラっ子だったから、ああすれば僕を困らせられると思ってああしたんだろう。

 うん、そうに違いない。

 だって僕、モテないし。

 そんな僕を美少女二人が取り合うなんて、前世の分も含めた6回分のモテ期を使っても有り得ない。

 だって僕、マジでモテないから。


 「七郎次、お前も大変だな」

 「何が?」

 「何がって……こっちも大概か」


 沖田君は何を言ってるんだい?

 ナナさんは毎日大変さ。

 だって毎日の僕の護衛に加えて、朝の沖田君への稽古をこなしてるんだよ?

 気の休まる時間なんて、トイレと入浴の時間くらいしかないんじゃなかな。


 「ところで小吉、今日は何処に行くん?」

 「ちょっと、辰見家の人に会いにね」

 「タツミ?」


 ちなみに辰見家とは、日本では珍しい女系一族。

 しかも、双子の女児しか生まれないという、思わず「呪われてるんじゃない?」と、言いたくなるような家系で、明治初期に台頭し始め、前の戦争で一気に勢力を拡大した新興の軍閥だ。

 それ故か、陸海両軍に強い影響力を持ち、政財界にもコネクションがあるらしい。

 当然、僕としては味方につけたい。

 だから六郎兵衛からの連絡を待って、辰見家現当主の父親で、僕の部下として軽巡洋艦 天龍に座乗し、第十八戦隊を率いていた辰見少将を通して、アポイントメントを取ってもらった。

 そして今日、猛君を通して同士の一人に都合してもらった秘密兵器を携えて、辰見家の本拠地に来たんだけど……。


 「……」


 ナナさんが喋らなくなった。

 機嫌も悪い気がする。

 いや、警戒して……違うな。

 スカートの上から短刀を抜いたり納めたりしている様子を見るに、すでに戦闘態勢と言っても過言ではないかもしれない。

 車中ではそうでもなかったのに、降りた途端に母屋がある神社へと続く鳥居と、その先の石畳でできた道を、ずっと見つめている。


 「小吉の嘘つき」

 「嘘つき? 僕は嘘なんて……」


 ついてない。

 どうしてやっと口を開いたと思ったら、僕を嘘つき呼ばわりしたんだろう。


 「あたし、車の中で言ったよね?」

 「車の中で? ああ、もしかして……」


 ナナさんがお父さんから、出来る限り敵対するなって言われている二つの家のこと?

 いや確かに、その内の一つは読みが同じだけど字が違う。

 その話が出たのは、辰見家に助力を仰ぎに行くと言った後。目的地を伝えた直後にナナさんは……。


 「行きとぉない」


 と、即答した。

 この時は、朝から歌ちゃんと口喧嘩してたから、虫の居所が悪いんだろうと思ってたんだけど……。


 「行きたくない? どうして?」

 「だって、龍見じゃろ?」

 「うん、辰見家。知ってるのかい?」


 会話に違和感を覚えて思い直した。

 すぐには気づけなかったけど、この時ナナさんは「辰見」と聞いて「龍見」と誤変換していたんだ。

 それに気づいたのは、行きたくない理由を聞いてからだった。


 「父様から、龍見、瓶落水からみの二つとは、極力争うなと言われちょる」

 「それは、どうしてだい?」

 

 今思うと、暗殺者一族である暮石家が争いを避ける二つの一族に興味が湧いたから、説得を後回しにして聞いてしまったんだろう。

 一週間前に六郎兵衛が言ってた、暮石の天敵も気になっていたしね。

 

 「瓶落水についてはよう知らんけど、うちのご先祖様と龍見は、昔殺し合っちょるらしいんよ」

 「暮石家と? 結果は?」


 聞くんじゃなかったと、すぐに後悔したな。 

 だってナナさんの力を見ている僕からすれば、暮石の人間とまともに戦える者なんて存在しないように思えていたんだ。

 だけど、ナナさんの答えは、僕の貧相な想像力を嘲笑うかのように裏切った。


 「龍見一人の命と引き換えに、当時の当主、弥一郎は利き腕を失い、同行した二人の息子の内、兄の二郎丸が殺された」

 「それ、本当かい?」

 「あたしも父様から聞かされただけじゃけぇ、本当かどうかは知らん。じゃけど、父様は爺様じじさまから「絶対に争うな」って言われたそうじゃけぇ、本当なんじゃろ」


 にわかには信じられなかった。

 だって誰にも気づかれずに侵入し、離れた場所からでも人を斬殺できる暮石の人間が三人がかりで、一人仕留めただけ。

 しかも争うなと言い伝えていると言うことは、敗走したと考えられるんじゃないだろうか。

 と、考えを巡らせながらも……。


 「僕が知ってる辰見少将は普通の人間だったから、たぶん名前が同じだけか字が違うんだよ」

 「小吉が言うちょるタツミは、なんて字?」

 「干支のたつを見ると書いて辰見。ナナさんが言う方は?」

 「難しい方の龍。見は、同じ」

 「じゃあ、タツ違いだ」


 と、ナナさんを説得して、なんとかここまで来たんだけど……。

 

 「ここ、龍見がおる。ほら、そこの看板にも『ここから先、龍見家の所有地』って書いてある」

 「本当だね。でも、僕が会いに来た辰見家も、住所はこの先だ」


 これはどういう事だ?

 字が違う二つの名字を、使い分けているとでも言うのだろうか。

 そうだとしたら、ナナさんを連れて行くのは……。


 「……遅かったか」

 「ええ、少し」


 マズいと思った途端。

 まるで僕が、ナナさんを待たすか帰らせるかと思案し始めたのを見透かしたかのようなタイミングで、鳥居の両端から巫女装束に身を包んだ女性が一人づつ出てきた。

 両者とも、歳は17~8くらい。

 もっといっているかもしれないが、ナナさんと大差ないように見える。

 僕から見て右から出てきた方は、川のせせらぎが聴こえてきそうなほど穏やかな表情で、腰どころか膝裏まで届きそうな白髪を紙製の髪飾りで纏めている。

 髪が長すぎるのと、左手に装飾が施された鞘に納められた太刀を持っている以外は、典型的な巫女姿だ。

 だが左から出てきた方は、燃え盛る炎のように激しい表情で、男のように短い黒髪。

 そして右手には、石突から矛先まで2.5メートルくらいの長さの槍。

 両者は正反対の印象だが、共通点が二つ。

 それは服装と、表情以外は瓜二つの顔。

 もしかしなくても、彼女たちは双子だろう。


 「ようこそおいでくださいました。油屋小吉様。そして……」

 「よく来たな! 暮石の小鬼!」


 両者の口調は外見そのもの。

 前者は穏やかで、後者は激しい。

 そして二人は……。

 

 「私は天音あまね。龍見家当主、龍見天音と申します」

 「オレは地華ちか! 龍見家当主、龍見地華だ!」

 「「我ら龍見姉妹が、誠心誠意おもてなしいたしましょう」」

 

 と、自己紹介のあとに、声を揃えて歓迎してくれた。

 ただし、歓迎しているとは思えないほどの、殺気を撒き散らして。

 

 

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