第二章 春

第17話 修羅場(表)

 




 春と言えば、普通は何を思い浮かべるんだろうか。

 桜か? 花見か? 平成の世なら、花粉症も候補に挙がるのだろうか。

 もしくは、出会いと別れが思い浮かぶのかな。

 ああ、出会いと言えば、今思い出してもナナさんとの出会いは衝撃的だったっけ。

 今と、同じくらい。


 「……」

 「……」


 さて、ここでクエスチョン。

 現在、僕の目の前でセーラー服姿のナナさんと、ツインテールに白のYシャツ、さらに吊りスカートと、真っ赤に塗られたランドセルを背負ってテンプレ小学生風の装いをした歌ちゃんは何をしているんでしょ~か。

 と、某不思議発見風に言ってみたんだけど、この時代じゃあ通じないのが辛いところ。

 悲しいけど今、昭和なのよね。

 

 「どけ、クソガキ。宿に入れんじゃろうが」

 「あら、お客様は小吉お兄ちゃんとお付きが一人と、伺っていますが?」


 なんて、現実逃避をしている場合じゃなかった。

 どうして二人は、顔を合わせるなりにらみ合い(ナナさんは例によって無表情)を始めたんだろう。

 もしかして、沖田君が運転してくれた車から降りた僕を見るなり歌ちゃんが「お帰りなさい! お兄ぃ~ちゃん♪」と、言って出迎えてくれた衝撃が強すぎて、鼻血を逆流させて口から吐いちゃったから?


 「油屋大将、あなたって人は……」


 呆れる気持ちはわかるけど、その「ロリコンが」って言いたげな顔をしたまま、僕を抱き抱えないで。

 死にたくなるから。


 「小吉。このガキは何ね」

 「え~っと、その子は……」

 「ガキガキと失礼でしょ。この、方言丸出しの田舎者が」

 「ガキをガキ呼ばわりして何が悪いんね」

 「またガキって言った! 言っときますけどね、私はこれでも大人なの!」


 いや、どこからどう見ても、完全無欠のロリっ子……もとい。子供だよね?

 ナナさんも意味がわからなかったのか、「どこが?」と、言いたげに小首を傾げてるよ。


 「私は小吉お兄ちゃんと寝たことがあるの。朝まで過ごしたんだから!」


 ないよ?

 沖田君は「マジかコイツ」みたい目をして僕を見てるし、ナナさんは「あの凶悪なモノをこの子に?」って言ってるけど、そんな事実はないから。

 本当だよ?

 歌ちゃんは耳まで真っ赤になった顔を両手で挟んで「あの日のお兄ちゃんは、獣でした」なんて言ってるけど僕は無実。

 言っても信じてもらえないだろうし、もらおうとも思ってないけど、僕はそれでも……。


 「やってない! 僕は無実だ!」


 と、叫ばずにはいられなかった。

 その叫びが天に届いたのか、それとも単に、出迎えに行かせた娘が戻らないから様子を見に来たのか、猛君の今世での母親であり、女将として大和旅館を切り盛りする着物姿の大和 にしきさんが、玄関から出てきた。

 そして……。


 「歌」

 「は、はい!」


 たった一言で、歌ちゃんを大人しくさせてしまった。

 いや、歌ちゃんだけじゃない。

 僕と沖田君ももちろん、ナナさんですら、女将さんが次に何を言うのかと、固唾かたずを呑んで見守っている。

 

 「もっと足を出しなさいと言ったでしょう。そんなんじゃあ、いくら小吉さんが幼女趣味でも落とせませんよ?」

 「すみませんお母様。でも、これ以上短くするには切るしか……」

 「じゃあ切りなさい。いえ、いっそ脱ぎなさい。そうすれば、小吉さんは盛りのついた猿ように飛び付いてくれるでしょう」


 いや、この人何言ってんの?

 そりゃあスカートを脱いでYシャツ、さらにランドセル装備の歌ちゃんを見たら、僕は猿に……もとい。 

 前世の僕なら猿になる自信がある。

 でもアウトでしょ。

 この時代に施行されてたかは覚えてないけど、青少年保護育成条例はもちろん、刑法的にも完全にアウト。

 海軍大将がそんな姿の小学生に飛び付くなんて大スキャンダルだよ!

 錦おばさんは、僕を地獄に叩き落としたいんですか!?


 「ところで、小吉さん」

 「は、はい。なんでしょうか」

 「そこのお嬢さんは、小吉さんとはどういったご関係で? うちの放蕩ほうとう息子は、二人を同部屋にしてくれと言ってましたが?」


 マジで言ったの!?

 まあ部屋を別にしても、ナナさんはどうせ布団に潜り込んで来るだろうから、それならいっそ同部屋にした方が手間は……はぶいちゃ駄目!

 ただでさえ、毎朝猛り狂う息子をなだめて夜まで我慢するのに苦労してるのに、同部屋になったら夜の魔術儀式ができないじゃん!

 それじゃあ、心も身体も暴走しちゃうよ!


 「まあ、千歩譲って同部屋は良いでしょう。小吉さんも男性ですから、摘まみ食いしたくなることもあるでしょうし」


 摘まみ食いって、何を?

 もしかしてナナさんを、性的な意味で?

 無理だよ?

 僕はナナさんに嫌われてるっぽいし、そもそも僕には度胸がない。

 毎朝起きたら全裸のナナさんが隣にいるのに、僕は何もできないヘタレ。

 爆熱してるのは指じゃなくて股間だけの、KING OF HETARE なんだから。


 「歌。あなたを専属の世話係にしますから、これからの一ヶ月で確実に落としなさい。手段は問いません」

 「はい! お母様! 絶対に、お兄ちゃんを落としてみせます!」


 だから、落ちるのは地獄だよね?

 え? 僕、大和家に恨まれるようなことをしたっけ?

 

 「油屋大将に尽くして苦節五年。ようやく、ようやく油屋大将にも本格的に春が……くっ!」


 沖田君は沖田君で、訳わかんない事を言いながら目頭を押さえてるな。

 何が「……くっ!」だよ。

 何に感極まったんだよ。

 と、不満を解消するために、頭の中で沖田君を5回ほど銃殺し終わった頃に部屋へ通されたんだけど……。

 

 「疲れた……」


 部屋に入って襖を閉めた途端、どっと疲れが出た。

 猛君が二人に何を吹き込んだのかは謎だけど、この調子じゃあ一ヶ月も居られないかもしれない。

 主に、僕のメンタルがもたずに。


 「あれ? そう言えば、ナナさんはどこへ行ったんだろう」

 

 案内されて廊下を歩いている間はいたはずだけど、見渡しても姿が見えない。

 いつかのように、気配を消して隠れているんだろうか。


 「七郎次なら、あの子供と一緒に風呂に行ったよ。まったく、僕がその気なら小吉を殺せるって言うのに呑気なものだ」

 「あ、そうなんだ。教えてくれてありが……とぉ!? 六郎兵衛君!? いたの!?」

 「ああ、君の家からずっと一緒だった」

 「あ、そうなんだ」


 さらっと怖いことを言うな。

 ここまでの五時間近く、あの狭い車内に一緒にいたの? 本当に?

 は、ひとまず置いておこう。

 彼が僕の前に現れたと言うことは、何かしらの情報を持って来たって事だから。

 

 「何か、掴めたのかい?」

 「まあ、そういうこと。広島の民間団体が、『元442』と名乗る集団を雇ったらしい」

 「ずいぶんと、曖昧な情報だね」

 「広島には、暮石の天敵と呼べる一族がいるんだ。これだけの情報を得るだけでも、一苦労だったんだよ?」

 

 暮石の天敵とやらについて詳しく……は、後回しにしよう。下手に言及すると、その一族を雇う気なんじゃないかと思われかねないし。

 それよりも今は、六郎兵衛が持って来た情報を吟味するのが先だ。

 まず、僕を殺そうとしている広島の民間団体とは、まず間違いなく『戦艦大和を保全する会』。その過激派だろう。

 二週間後に行われる式典後に、大和は呉海軍工廠へ移動させ、予算の都合が付き次第、記念艦へと改装することになっているけど、それはまだ一般に公表していない。それ故、強行手段に出たんじゃないかな。

 まあ、これは問題ない。

 大和は解体しないと言っても、殺し屋集団を雇うような過激派が信じるとは思えないが、今回予想される襲撃さえ回避できれば、記念艦への改装を公表すると同時に沈静化する。

 問題は、くだんの殺し屋集団だ。


 「六郎兵衛君。雇われたのは、元442と名乗る集団だって、言ったよね?」

 「ああ、それが何か?」

 「その様子だと、彼らに心当たりは……」

 「ない」


 でしょうね。

 まあ、僕も彼らについては詳しくない。

 猛君から聞かされた程度の知識しかないよ。 

 でも、この時代で442と言う数字が絡み、集団とくれば彼らしか思い浮かばない。

 

 「雇われたのは恐らく、『第442連隊戦闘団』。その生き残りの何割かだ」

 「陸軍の部隊かい?」

 「そう。ただし、米国のね」


 第442連隊戦闘団。

 後にパープルハート大隊とも呼ばれることになるこの部隊は、士官などを除くほとんどの隊員が、日系米国人により構成されていた。

 その戦績は凄まじく、投入された欧州戦線で枢軸国相手に勇戦敢闘した。

 なんでも、死傷率は314%だったとか。

 そして約9000人がパープルハート章を獲得し、米国史上もっとも多くの勲章を受けた部隊としても知られることになる。


 「でも、彼らは復員後、ろくな目に遭っていない」

 「どうしてだい? 米国は日本と違って、生きて帰る事を誉れとしていたと聞いた事があるけど?」

 「差別だよ。今も昔も、米国は差別の本場だ」


 後に改善されるとは言え、戦後間もない今は、日系人への人種差別に基づく偏見はなかなか変わっていない。

 そのあたりが史実通りになっているなら、彼らは部隊の解散後、主に南部の白人住民から敵視、蔑視に晒され、仕事につくこともできず財産や家も失われたままのはずだ。

 

 「それが我慢できずに、日本に逃げて来た奴らが雇われた。と、言うことか」

 「元442と名乗る奴らが、本当に442連隊の生き残りなら、そうなる」


 米国の彼らに対する扱いは、同じ民族の血が流れる者として同情するし、彼らの忠誠心は尊敬に値する。

 でも、それはそれだ。

 

 「六郎兵衛君。君に依頼は可能かい?」

 「うちは、陸軍以外の依頼を受けるのは御法度。それくらい……」

 「知っている。だから、猛君を通して依頼するつもりだ」

 「猛おじを? だったらまあ、可能だね。でも小吉、僕に命を狙われてるのを忘れてない?」

 「忘れてないさ。だから、君に頼んでるんだ」

 「どういうことだい?」

 「僕と君は、命を狙い狙われている関係だ。だけど、取引をした間柄でもある」


 故に、自身が設定した期間内は、僕がナナさんを人にするのを阻害することができないし、させるわけにもいかない。

 さらに、他の殺し屋に先を越されたとなれば、暮石の評判も落ちかねない。

 だから、君は僕の依頼を受けるしかないのさ。


 「わかった。で、何をすれば良い?」

 「元442を雇った奴を、殺してほしい。いくらで雇ったかも、聞き出しておいて」

 「おいおい、最初に言っただろう? 広島には、暮石の天敵が……」

 「それでもだ」


 六郎兵衛は顎に手を添えて悩み始めたけど、なんとも嘘臭い悩み方だな。

 もしかして演技?

 まあ演技だとしても、悩むと言うことはできないことはないと取れる。


 「わかった。猛おじから連絡が来たら、仕事にかかるよ。これで小吉は、戦わずして襲撃を回避できる訳だ」

 「いや、元442には襲撃してもらう」

 「何故だい?」

 「彼らを、僕の小飼こがいにするためさ」


 彼らは命懸けで戦った祖国に絶望し、一縷いちるの希望を抱いて捨てた祖国に帰って来たんだろう。

 それがどれほどの苦悩の果てに辿り着いた選択かは、僕程度では想像もつかない。

 僕は傲慢にも同じルーツを持ち、違う祖国のために戦った悲運の英雄たちを救いたいと思ってしまったんだ。

 自己満足だってことはわかってるし、彼らの弱味につけこんで利用しようとしているのもわかってる。

 でも僕なら、使い捨ての殺し屋に身を堕とすよりはマシな待遇をしてあげられる。

 そんな思いに駆られてしまった僕を……。


 「小吉は、見た目からは想像もつかないほどの悪人だね」


 と、六郎兵衛は呆れ顔で褒めてくれた。

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