第11話 困惑(表)

 


 困ったことになった。

 小野一等兵に襲撃され、横鎮の医務室に運び込まれてから早三日、ナナさんが一言も口を利いてくれない。

 いや、僕はあの時失神してから丸二日寝ていたそうだから、ナナさんが口を利いてくれてないのは実質一日なんだけど、それでもキツい。

 だって、ナナさんがトイレに行く時以外は、何も言わずにずぅぅぅ……っと、椅子に座ってベッドで横になってる僕を見続けてるんだよ?

 食事をしている時や沖田君と仕事の話をしている時はもちろん、看護婦さん……この時代は看護婦で良いよね? が、僕の身体を拭いてくれたり尿瓶しびんやおまるで下の世話をしてくれてる時も、じぃぃぃぃぃ……っと、見続けてるんだ。

 何も喋らず、身動きすらせずに!

 

 「あのぉ……ナナさん?」


 当然ながら、話しかけても反応なし。

 どうやらナナさんは、先の襲撃で僕が余計なことをしたことにご立腹らしい。

 そうでないなら、こんな羞恥しゅうちプレイで僕の羞恥心を刺激し続けるわけがない。


 「ん? 誰か……」


 来たのかな?

 無言のナナさんの視線から逃げるように病室のドアへと視線を移すと、待ってましたとばかりにノックされる音がした。

 やっぱり、誰か来たようだ。

 警護してくれている沖田君が、ドア越しに「お客様がお越しになりました」と言っている。

 

 「どうぞ……って、猛君か」

 「随分な物言いだな小吉。せっかく俺が、針のむしろになりながら見舞いに来たと言うのに」

 「いまだに海軍と陸軍は仲が悪いのに、こんな所に来るからだよ。で? お見舞いって言ったくらいだから、何かしら持ってきたんだろう?」

 「ああ、沖田少佐に頼まれていた、小野一等兵と名乗った襲撃者の情報を持ってきた」


 つまらない土産みやげだなぁ。と、思っちゃいけないか。

 将官クラスならともかく、悪い言い方をすれば掃いて捨てるほどいる兵卒クラスを調べたんだ。

 その手間は、相当なものだっただろう。


 「結論から言おう。沖縄守備軍に、小野と言う人物はいなかった」

 「それ、本当かい?」

 「本当さ。史実通り、存在が確認できなかった」


 と、沖田君が用意した椅子に腰掛けながら報告してくれた猛君の顔に、申し訳なさはない。

 会いたいと言っていた一人が存在しないとわかったのに、残念そうでもない。むしろ、当然だと言い出しそうな態度だ。

 これは、僕の胸中に湧いてしまった疑惑を晴らすためにも、単刀直入にいこう。


 「先の襲撃。画策かくさくしたのは君かい?」

 「何故、そう思う?」

 「僕たちの行き先を予想して網を張ることが出来る人物が限られているからさ。横鎮に僕が出向くのは兎も角、プリンアラモードを食べにホテル ニューグランドに行くのは沖田君とナナさん。そして両者の性格を知り、ナナさんにプリンアラモードのことを教えた君にしか予想できない」


 そこまで一気に説明すると、猛君は腕を組んで目をつぶり、虚空を見上げた。

 これは肯定と取って良いのだろうか。

 もしそうなら、冷や汗を流しながら腰の拳銃へと手を伸ばそうとしている沖田君に拘束なりされるし、ナナさんにも……ん?

 ナナさんは何処に行った?

 猛君が入室した時は、まだ椅子に座っていたはずなんだけど……。


 「やられたな」

 「やられた? それはどういう……」

 「どうもこうもない。小野一等兵を雇った奴の目的はお前の暗殺ではなく……」

 「僕たちを仲違いさせるのが目的。かい?」


 猛君の言葉を遮って答えを言うと、猛君は「そういうことだ」と言ってうなずいた。

 確かに有り得る。

 ナナさんが猛君に連絡を取ったのは、傍聴対策なんかしていない僕の家の固定電話からだから、盗聴された可能性は十分にある。

 それで得た情報を基に襲撃場所を選定し、小野一等兵を待ち伏せさせた……と、考えれば一応筋は通る。

 でも、それはギャンブルに近い。

 その理由は二つ。

 一つは、僕たちがホテルニューグランドに向かったのは、ナナさんへの報酬を払うため。

 つまり、ナナさんがプリンアラモードを報酬として要求しなければ、そもそも鎮守府から出ることすらしなかった。

 要は、ナナさんの気まぐれに近い。

 二つ目は、ホテル ニューグランドへの経路が複数あること。

 あんなに目立つ格好をした小野一等兵が追跡していれば沖田君なら気づくから、追跡の過程で経路を絞り込んで先回りして待ち伏せた可能性は低い。

 あらかじめ、最初の狙撃地点で待ち伏せしていたと考えるのが妥当だ。

 ならば当然、ホテルへ向かう経路を知る必要がある。

 が、あの経路は鎮守府を出る直前に、車中で沖田君と決めた経路だ。

 故に、小野一等兵が経路を知ることは困難。


 「小吉。お前の疑問を解消してやろう」

 「できるのかい?」

 「できる。そして、小野一等兵へ依頼した奴にも察しがついた。だが、その前に……」


 そこで言葉を区切って、猛君は視線だけ左……いや、後ろの方へと向けた。

 まるで、すぐ後ろに誰かがいるかのように。


 「俺は敵じゃない。だから、短刀をしまえ。ナナ」

 「あら、気づいちょったんじゃね。さすがは猛おじ様」

 「気づいていた訳じゃあない。病室に入ってもお前の姿が見えなかったから、敵かもしれん俺の首筋をいつでも斬れる準備をしてるんだろうと、カマをかけただけだ」


 これは驚いた。

 東京駅で目の前にナナさんが突然現れた時以上に、度肝を抜かれた。

 だって猛君の後ろとは言え、僕からすれば目の前だ。

 なのに僕は、ナナさんがそこに移動して、今まさに太腿ふとももに着けたハーネスに固定された鞘にしまおうとしている短刀を抜いて猛君の首筋に当てるまでの行動に気づけなかったんだから。

 それは沖田君も同じだったらしく、両目をこれでもかと見開いて驚愕している。


 「そして、これが答えでもある」

 「答え? 僕たちがナナさんに気づけなかったのが、今回の件にどう……」


 関係するんだい?

 と、続けようとしてやめた。

 いや、疑惑をはね除けて覆い被さって来た恐怖に、押し潰された。

 つまり、小野一等兵が僕たちの移動経路を知れたのは、僕と沖田君の会話を車内で聞いていた人物がいたから。

 そう、ナナさんのように、目の前にいても気づかないほど気配を消して、執務室や車の助手席で誰かが聞いていたんだ。

 そしてソイツは、信号待ちなどで車が止まった時にでも車外へ出て、小野一等兵に移動経路を知らせた。

 ドアを開け閉めしたことさえ、僕と沖田君はもちろん、ナナさんにも気づかれずに。

 そんな事ができそうなのは、僕が知る限り一人しかいない。


 「ナナさんの兄。六郎兵衛が、小野一等兵の雇い主か」

 「おそらく、そうだ。暮石家の人間に本気で隠れられたら、例え目の前にいても気づくことはできん。それこそ、殺されてもな」

 「なんとも常識はずれな一族だね。でも、気配を消したくらいで、そんな事ができるのかい?」

 「実際、ナナが俺の後ろにいたのに気づかなかっただろう?」

 「そうだけど、納得ができないんだよ」

 「だったらナナに聞け。俺は暮石の人間が使う術名と効果はある程度知っているが、詳細までは知らないんだ」


 と、言われたから、いつの間にか元々座っていた椅子に戻っていたナナさんに、視線を移したんだけど……。

 

 「あの、ナナさん?」

 「……」

 

 相変わらず、口をきいてくれない。

 しかも、喋ってくれないだけでなく、プイッと言う擬音が聴こえそうなくらい見事に、そっぽを向かれてしまった。

 これは、本格的に嫌われちゃったのかなぁ……。


 「ナナ、お前まさか、照れているのか?」

 「照れちょらん」

 「だがお前……」

 「照れちょらん。小吉の顔を見とぉないだけ」


 そっかぁ。

 顔も視たくないほど嫌われちゃったのかぁ。

 あははははは……はぁ……。

 いや、慣れてるんだよ?

 僕は前世で、特に何をしたわけでもないのに、これでもかと女子に毛嫌いされていたからね。

 だから告白して振られるなんて当たり前だし、告白されたこともない。 

 当然、人生で三回あると言うモテ期を一度も経験しちゃあいない。

 そのモテなさっぷりは今世でも健在。

 そんな非モテのプロフェッショナルである僕にとって、女性に嫌われるなんて呼吸をするが如く自然なことさ。


 「ナナ。小吉がトラウマを刺激されたのか、今にも死にそうな顔をしている。後生だから、面と向かって話をしてやってくれ」

 「……」


 あ、ナナさんが横目でだけど、僕の方を……見たかと思ったらまたプイッっとそっぽを向いた……と思ったら、また僕の方を見てくれた。

 今度は横目ではなく、真っ直ぐに。

 あれ? でもほほが……。


 「ナナ。顔が……」

 「赤ぉなんかなっちょらん」

 「いや、自覚があるんじゃないか」

 「なっちょらん」

 「だが……」

 「なっちょらんって、言うちょるじゃろうがね。ちぃとしつこいんじゃない?」


 このままじゃあ、話が進まないなぁ。

 だったら、薮蛇やぶへびになりかねないけど僕が……。

 

 「OKわかった。ナナさんの顔は赤くなってない。猛君も、それで良いね?」

 「いや、しかしだな小吉。ナナのこれは……」

 「い・い・ね?」

 「う……わかった。今は自重じちょうしよう」


 よし。

 これで話を再開できそうだ。

 できそうだけど……。

 猛君を止めといて何だけど、本当に赤いなぁ。

 頭の天辺から、湯気が出そうなくらい真っ赤だ。風邪でも引いたんだろうか。


 「まずは……え~っと。ああ、そうそう。小吉にも何回か見せた柳女の説明からじゃね」

 「ヤナギメ? それが、さっきのアレかい?」

 「そう。さっきのは、正確には応用じゃね。柳女は本来、気配を囮として残し、逃げたり近づいたりする術なんじゃけど、それに暗示を上乗せするとさっきみたいな事ができる」

 「暗示?」

 「そう、暗示。こう言っちゃあ身も蓋もないんじゃけど、暮石流呪殺法……いや、その元となった、我が家の家名の由来ともなったいにしえの秘法、『呪法・暮れなずむ石の如く』は催眠術なんよ」

 「催眠術だって? それでどうやって、あんなにも常識はずれなことが……」


 できるのか。

 と、言おうとした口を、力尽くで閉じた。

 いつの時代か忘れたし、どこの誰がやったかも覚えてない。本当に行われたかも定かじゃないけど、たしか、被験者に何の変哲もない木の棒を、真っ赤になるまで熱した鉄の棒だと暗示をかけて腕に押し付けると言う実験があった。

 その結果は、被験者が火傷した。

 ただの木の棒を熱した鉄の棒だと思い込んだ被験者は、腕を本当に火傷したんだ。

 要は、精神が肉体を凌駕りょうがする。を、実証した実験だ。

 つまり、暮石流呪殺法とはこれの強化版。

 いや、この実験を実用レベルにまで高め、完成させたモノと言えるんじゃないだろうか。


 「……理解、してくれたようじゃね」

 「大まかに、だけどね。じゃあ、君のお兄さんが僕たちに気づかれずに、僕たちのすぐそばで会話を聞くことは……」

 「できる。特に兄様は、柳女の使い方が抜群に上手い。『自分はここにはいない』と暗示をかけた上で気配を消しゃあ、あたしや父様ですら兄様を見つけることはできん。仮に、今この場に兄様がおってもね」

 「それは……恐ろしすぎるね」

 「ああ、怖い。でも安心せぇ。兄様が柳女の扱いが上手いように、あたしは厄除けの扱いが上手い。あたしの目の届く範囲におりゃあ、兄様が小吉を殺そうとした瞬間に居場所が割れる」


 厄除け?

 それってたしか、僕が狙撃されるのを察知したり、真正面から小野一等兵の銃撃を回避した術だよね?

 それもついでに説明してくれたりは……。


 「……」


 あ、してくれないんですね。

 僕と顔を突き合わすのが限界だったのか、またプイッっとそっぽを向いてしまった。

 そこまで嫌わなくても……。

 

 「小吉」

 「ん? なんだい? 猛君」

 「ようやく、春が来たな」

 「いや、今が何月か知ってる? 末とは言え十一月だよ? まだ、冬になったばかりだよ?」


 と、訳のわからないことを言った猛君に返したんだけど、猛君は「うん、うん」と無駄に頷くばかりだ。

 何故か、沖田君も一緒になって。

 二人と違う反応をしてるのは、ナナさんだけ。

 相変わらず僕から顔をそむけているけど、ポーズが変わっている。

 両手で両膝にかかるスカートのすそを握りしめ、肘をピーンと張って肩をプルプルと奮わせている。

 しかも、さっきまでは頬が染まる程度だったのに、今は耳まで真っ赤だ。

 そんなナナさんに……。


 「ナナさん」

 「な、なに?」

 「今のナナさんは、とても可愛いよ」


 僕は自然と、猛君と沖田君の「やる時はやるんだな」と言う感想を無視して口走っていた。

 


 

 

 

 

 

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