第9話 襲撃(表)



 さて、まずは昨日の、ナナさんと沖田君とで行なわれた決闘の結果から話そうか。 

 結果はナナさんの完勝。

 剣道部五段、柔道三段を誇る沖田君を、ナナさんは僕の執務室から拝借はいしゃくした万年筆で


 「さすがに、あれはやりすぎでは?」


 と、傷心の沖田君が運転する車の後部座席で、隣に座るナナさんに苦言を呈したら……。


 「でも、術は一切使っちょらんぞ?」


 と、返ってきた。

 いやまあ、たしかに術は使ってなかった……ように、僕には見えた。

 でも、素人に毛が生えた程度の腕しかない僕からすれば、ナナさんの動きは魔法のように映ったよ。


 「は術とは別に、暮石家が研鑽けんさんしてきた技術なのかい?」

 「いんや?あたしも兄様も、術に関すること以外は何一つ教わっちょらん」

 

 話が耳に入ったのか、沖田君が運転中なのにも関わらず「そんな馬鹿な!」と、叫んだけど、僕も同じことを言いたい。

 それと言うのも、ナナさんの動きは決闘後に沖田君が「達人級の剣道家でも、あんな動きは無理だ」とこぼしたくらい洗練……いや、完成していたのだから。

 

 「あたしが使う暮石流呪殺法の修行法は、簡単に言えば拷問なんよ。その過程で、兄様は防御がやたらと上手ぉなったし、あたしは避けるんが上手ぉなった。当たらにゃあ、どうっちゅうことないけぇね」

 「いやいやいやいや……」

 

 どこの赤い彗星だよ……と、ツッコンでもこの時代じゃあ通じないか。

 まあ、それは置いといて。

 ナナさんは拷問と言ったけど、沖田君の攻撃をまるで舞い散る木葉を避けるように自然に、かつ振られるよりも前に懐へ飛び込んだ体捌たいさばきを身に付けられたと言うことは、拷問と言うよりは実戦と言った方が良い。

 つまりナナさんは、拷問と呼べるほど無慈悲に降りかかる父親からの暴力から身を守るために、あの体捌きを身に付けたんだろう。


 「それより、ぷりんはまだかいね。アンタが性懲しょうこりもなく何べんも何べんも挑んだせいで昨日は食えんかったんじゃけぇ、はよぉ食わせろ」

 「ちょっ……こら!もうすぐ着くから、シートを蹴るんじゃない!」

 

 本当にやめて。

 この時代の車にはパワーステアリングなんて着いてないし、サスペンションも貧弱な上に道路も大して整備されてないせいで振動が半端ないんだから。

 そりゃあ、沖田君の諦めが悪かったせいで、プリンアラモードを食べに行く時間がなくなったのは確かだよ?

 だから沖田君は自業だどけ、八つ当たりに僕まで巻き込むのはやめて。

 ナナさんがシートを蹴る度に、車が激しく左右に揺れてるから。

 

 「あれ?ナナさん、どうかしたのかい?」


ナナさんが唐突に沖田君を蹴るのをやめたと思ったら、何故か僕の方を向いた。

 でも、僕の顔を見ているわけじゃないように感じる。顔と言うよりは額?の、あたりを凝視している。

 なのに、ナナさんは僕の両頬に手を伸ばして……。 


 「小吉」

 「なんだい?」

 「そこにおったら死ぬ」

 「へ?」


 言うなり、ナナさんは僕の頭を胸に抱き締めて引き寄せた。

 いったい何が起こっている?

 ナナさんが発情して、手近な僕で発散しようと胸に😂を埋めさせ……って、そんなわけないか。

 死ぬとか言っていたから、たぶん……。


 「軍人さん」

 「わかっている!緊張感がなくなるから、もう少し声を張ってくれ!」


 やはり襲撃。

 車が速度を上げ、揺れが激しくなる直前にが何かを貫通するような音が聴こえたから、まず間違いなく銃撃されたんだろう。

 しかも、音が一回だったのを考えると狙撃。


 「軍人さんや、適当なところに逃げてくれんか?」

 「言われなくてもそうしている!お前は黙って、油屋中将の盾になっていろ!」

 「あたしの身体じゃあ、銃弾なんか防げんぞ?」

 「それでも無いよりはマシだ!」


 ここは市街地だ。

 なのに、ここまで直接的な襲撃は初めてだな。

 しかも、僕も沖田君も私服で、車も軍の物ではなく沖田君の私物。さらに、他にも車は走っているのにこの車を狙ってきた。

 これは、陸軍や海軍に雇われた殺し屋じゃない。

 それ以外の者に雇われた殺し屋だろう。

 何故なら、走行中の車を狙撃するなんて目立つ方法を取るなら、前者に雇われた者ならもっと派手にやる。

 それこそ、民間人まで巻き込んで誰を狙ったのかわからなくするために。

 なのに、狙撃手は僕を直接狙った。

 それはおそらく、自分の力量を誇示こじするため。この仕事をスマートに終わらせて、自分を売り込むためなんじゃないだろうか。

 

 「ナナさん。さっきの狙撃がどこからかわかるかい?」

 「さっきの位置から100けんくらいかのぉ。通り過ぎてしもうたが、民家の屋根から死線が伸びちょった」


 1間はたしか、約1·8メートルだから180メートルくらいか。

 死線が伸びてた云々が気にはなるけど、今は置いておこう。

 

 「沖田君。200メートル圏内から、移動する対象の頭を撃ち抜くことができる狙撃手に心当たりは?」

 「わたくしが知っている限りではいません」


 そりゃあそうか。

 じゃあ、元陸軍軍人。

 南方辺りから復員して、職に着くことができなかった元狙撃手が、殺し屋デビューしたと仮定しよう。

 だったら、ナナさんには悪いけど……。


 「ごめん、ナナさん。プリンはまたの機会に」

 「しゃあないねぇ。追って来ちょるみたいじゃし、今回はアイツでさを張らして我慢するわい」 


 追ってきてるのか。

 どうして、僕の頭を抱えたままのナナさんにそんな事がわかるのかは謎だけど、沖田君が身を低く屈めてバックミラーを気にしながら運転しているのを見るに、本当みたいだ。


 「沖田君、敵はどんな奴?」

 「陸軍の物と思われる服装、さらにバイクに乗って、我々を追尾しています。ゴーグルをかけているので顔は見えませんが、油屋中将がおっしゃったように狙撃兵のようです。肩に九九式短小……いや、九九式狙撃銃を担いでいます」


 やはり狙撃兵崩れか。

 う~ん、いったい誰だろう。

 陸軍は今世の戦争でも狙撃戦術を多用していたから、移動する車の後部座席にいるターゲットを仕留められる腕を持つ人はいっぱいいそうだし……あ、狙撃兵と言えば。

 

 「たしか、猛君が……」


 猛君は僕をアニメオタクと馬鹿にするけど、彼も歴としたオタク。リア充だったくせに軍事オタクだ。

 その猛君は、変える前の歴史で有名だった人と会うたびに、本来の戦績を交えて語ってくれた。

 頼んでもいないのに。

 その中に、狙撃兵がいた。

 名前は小野おの

 小野一等兵。

 本来の歴史で、彼は沖縄戦の終盤、米国側の最高司令官だったバックナー中将を狙撃し、殺害したと言われている。

 だけど不思議な事に、彼が現地の部隊に実在した証拠がないらしいのだ。

 当時は各地の部隊が散りじりになって、本来の所属部隊以外に合流することもあったそうなので、小野一等兵もその可能性があるとないとか。


 「存在しないはずの狙撃兵……か」

 

 たしか、猛君も実際に会ったことはないと言っていた。

 小野一等兵の話が出たのは、沖縄戦を回避できたことを二人で祝った時だったかな。

 今、僕たちを追っている狙撃手が小野一等兵かどうかはわからないけど、もしそうなら嫌な予感がしてきたなぁ…·…。


 「まさか不死身の分隊長まで、僕を殺しに来たりは……」


 やめろやめろ!

 口に出したらフラグになりかねない。

 でも、有り得ないとも言い切れないところが怖いなぁ……。

 だって彼はたしか、本来の歴史では1946年、つまり、今年に帰国しているはずだから。


 「うぉぉお!?」

 「ちょ、ちょ、ちょ!どうした沖田君!撃たれたのかい!?」

 「撃たれました!わたくしではなく、タイヤをですが!」


 それで車が回転したのか。

 なんとか回転を制御してクラッシュするのは防げたようだけど、車が完全に停止してしまった。

 もし今、手榴弾でも投げ込まれたら……て、あれ?ナナさんは何処へ?

 僕の頭の先のドアが開いていると言うことは、外に出たのか?


 「あ、いた」


 やっぱり外にいた。

 車内から見える風景を見る限りでは、横浜港だろうか。

 さらに、少しだけ顔を出して周囲を確認してみたら、バイクから降りて狙撃銃を構えている敵の前方、約50メートルで、降りると同時に抜いたと思われる短刀を右手に持って立っている。


 「退け、女。お前にも運転手にも用はない。自分が用があるのは、そこで身を縮めている臆病者だけだ」

 「嫌じゃ。あたしはあん人の護衛なんでね。じゃけぇ、ここを退くわけにゃあいかん」


 口調的にも、やはり陸軍兵か。

 僕のプロファイリングは大方当たっていたようだ。もし陸軍の手の者なら、襲った者が陸軍所属だとわかるような格好をするわけがないし、無関係な者を見逃すような台詞も言わない。

 海軍でも同様だ。

 陸軍に罪をなすり付けるくらいはしそうだけど、僕が横鎮の元司令長官だったこともあって、横須賀では僕のシンパが大半を占める。

 故に、あんなのが横須賀にいるのなら情報はすぐに入る。


 「ならば名乗れ。名も知らぬ者を殺すなど、自分の流儀に反する」

 「あたしの名を聞きたきゃあ、まずは自分から名乗りんさいね。それが礼儀じゃろう?」

 「……確かに、そうだな」


 しかも、これだ。

 名前を知らない者を殺すのは流儀に反する?

 中二病かよ!と、声を大にしてツッコミたいけど、それが許される雰囲気じゃなさそうだ。

 

 「元沖縄守備軍、第32連隊所属。小野一等兵」

 

 おいおい、おいおいおいおい!

 マジで小野一等兵!?

 え?実在してたの?

 それがどうして、殺し屋デビューなんかしちゃったの!?

 もしかして、沖縄戦がなかったから?

 万が一に備えて、沖縄にも守備軍と銘打って部隊は配置していたけど、結局出番はなかった。

 だからか?

 だから、戦いを求めて殺し屋に?


 「……暮石家五代目当主候補。暮石 七郎次」

 「暮石?噂の暗殺者一族か。実在していたとは驚きだ」


 実在したかどうかも怪しい奴がそれを言うか……は、置いといて。

 ナナさんは、どう対抗するつもりなんだろう。

 僕が知っているナナさんの最大射程は50メートル前後。だけど、小野一等兵はすでに銃を構えている。

 例え距離が離れていようと、ナナさんが何かしようとすれば即座に発砲するだろう。

 対するナナさんは、東京駅で使ったアレを使うために短刀を振る必要があるはず。

 じゃないと、東京駅で使った時にわざわざ重い軍刀を使った説明がつかない。

 射程は不明だけど 狩場で拘束してその隙に接近するつもりだろうか。

 

 「そんな玩具おもちゃで、あたしが殺せると思ぉちょるんか?軍人さんっちゅうのは、どいつもこいつも考えが短絡的じゃねぇ」

 「お前こそ、そんな短刀でどうする気だ?その距離では、自分には決して当たらんぞ」


 当たると言うよりは、今の距離でも斬れると言った方が正しいんじゃないだろうか。

 ただし、短刀振ることが出来れば、だけど。

 

 「小吉、よう見とってね」

 

 車内から覗き見している僕にそう言うや否や、ナナさんは無造作に一歩踏み出した。

 本当に無造作に、散歩にでも出かけるような自然体で、小野一等兵へと歩みを始めた。

 当然、小野一等兵は発砲。

 でも銃弾はナナさんに当たることなく、はるか後方へ飛んで行った。

 小野一等兵が、あの近距離で外した?

 ナナさんは避ける動作すらしていないんだぞ?


 「暮石流呪殺法、段外のいち厄除やくよけ」


 厄除け?

 それが、銃弾を回避した術の名前だろうか。

 

 「油屋中将、あの小娘は本当に人間ですか?」

 「どういう事だい?沖田君」

 「どうもこうもありません。あの小娘、小野一等兵が発砲するよりも速く避けています。まるで、弾が何処に飛んで来るかわかっているように、あらかじめ当たらない位置に移動しているんです」


 なるほど、僕と同じく車中で趨勢すうせいを見守る沖田君の解説のおかげで、今も続く小野一等兵の射撃がナナさんに当たらない理由がある程度わかった。

 つまりは先読み。

 ナナさんは厄除けという術を使うことで、自分を害する攻撃の着弾位置がわかるんだ。

 僕を小野一等兵の初撃から守れたのも、その術のおかげだろう。

 僕程度では避ける動作すらないように見えるのは、その動きが最小限かつ自然過ぎるからじゃないかな。

 

 「どんな……手品だ?」

 「種も仕掛けもありゃあせんよ。単に、アンタの攻撃がわかりやすすぎるだけいね」

 

 いやいや、ニュータイプ張りの先読み回避をしといて何言ってるの?

 と、僕が思っている間に、ナナさんと小野一等兵の距離は10メートルまで縮まっていた。

 九九式狙撃銃の装弾数はたしか五発だったはずだから、今も歩を進め続けているナナさんを撃つには装填、もしくは腰の拳銃を抜く必要がある。

 そのタイミングで、ナナさんは仕掛けるつもり……。


 「弾切れかい?ええよ。弾を込めるなり、腰の物を抜くなりしんさい。それまで、待っちゃる」


 じゃない!?

 え?絶好のチャンスなのに、どうして仕掛けない?ナナさんなら、高々10メートル程度の距離なら一足で詰められるでしょう?

 いや、何かおかしい。

 小野一等兵はナナさんの言葉に半信半疑ながら、狙撃銃を投げ捨てつつ右手は腰の拳銃へと伸ばしている。

 たぶん数秒ほどの時間で拳銃へを抜き、ナナさんへと狙いを定めるだろう。

 それは、わかる。

 わからないのはナナさんの行動。

 今もナナさんは、無防備に歩を進めている。

 なのに、小野一等兵の真横、拳銃を抜こうとしている小野一等兵の右腕を斬り落とそうと、短刀を持った右腕を振り上げようとしているナナさんも同時に見える。

 あれは何だ?

 分身?

 いや、分身と呼ぶには、短刀を振り上げようとしとしているナナさんの気配が稀薄きはくだ。

 実際、小野一等兵は真横のナナさんには気づいていない。


 「ば、馬鹿な!いつの間に……!」

 「敵の言うことを信じるなんて、アンタは阿呆か?」


 小野一等兵がナナさんに気づいたのは、右腕が落ちた直後だった。

 叫び声こそ上げなかったけど、血がしたたる傷口を押さえてうずくまった小野一等兵を、ナナさんは身が凍りそうになるほど冷たい瞳で見下ろしている。

 勝負あり……かな。


 「そいつを殺すな小娘!尋問して依頼人を吐かせる!」

 「何であたしがアンタの言うことを聞かにゃあいけんのね。小吉がそうせぇっちゅうならそうしちゃるが、そうでないなら殺す」


 車から飛び出して沖田君がナナさんに注文をつけたけど、尋問したところで吐かないと思うなぁ。

 でもまあ、やらないよりはマシか。

 それに、小野一等兵は元陸軍兵。

 猛君に問いただしてもらえば、あっさりと吐くかもしれないし、小野一等兵に会えると言ったら喜ぶかもしれな……ん?

 彼は何をしている?

 傷口を押さえていた左手で、腰の後ろの方をまさぐっている。

 まさか……。


 「ナナさん!今すぐ殺して!」


 少しだけ遅かった。

 僕が車から出て殺せと言い終わった頃には、小野一等兵は僕へ向かって駆け出し、腰に括っていたと思われる九九式手榴弾を取り出して、僕とナナさんの中間点に至ったところで安全ピンについた紐を口に咥え、一気に引き抜いていた。

 あれの遅延時間はたしか4~5秒。

 僕ごと自爆しようとしているのなら、十分に間に合う距離。

 なのに僕は、きびすを返して逆方向へ逃げるのではなく、小野一等兵へ向かって駆け出していた。

 自分でも、何をしているのかすぐにはわからなかった。

 わかったのは、小野一等兵の動きに反応して彼の左脇、ちょうど、心臓の真横を刺したナナさんを体当たり気味に抱き締めたあとだった。


 「痛たたた……」


 ナナさんに覆い被さるように倒れるなり、背中に熱と衝撃、そして、鼓膜が破れたと錯覚するほどの轟音響いた。

 背中一面が激しく痛むけど、とりあえずは生きている。

 ナナさんも無事みたいだ。

 ただ、僕の行動に怒ったのか、目尻を吊り上げてくちびるをワナワナと震わせて……あれ?怒ってる?ナナさんが?

 明らかに怒っているとわかる表情を浮かべて?

 

 「こん……ド阿呆が!なして、あんな事したんや!」

 「いやその、体が勝手に……」

 「勝手過ぎるわい!あんなに勝手なことされちゃあ、守れるもんも守れん!そんくらい、軍人なんじゃけぇわかるじゃろうが!」

 「ごめん……」


 なんとか謝りはしたものの、それは謝罪と言う皮を被った驚嘆きょうたんだった。

 僕は、僕の下で烈火のごとく怒っているナナさんに驚きすぎて、それ以外の言葉を言えなかったんだ。

 いや、驚いただけじゃないない。

 見惚れている。

 東京駅で初めて彼女を見た時以上に、感情を発露はつろさせた彼女から目が離せない。

 今も僕を罵倒ばとうしている彼女を見続けていたら、どうしようもなく嬉しく、いとおしくなってしまった。

 そして、僕は……。

 

 「ちょっ……!小吉!?」

 

 彼女に覆い被さったまま、彼女の頭を抱き締めていた。

 側で沖田君が「油屋中将!無事……の、ようですね」と、言いながらあきれているのを無視して、僕の胸に顔を埋めて「小吉……。あの、苦しい。苦しいけぇ離して」と、言いながら照れている彼女の反応を、気を失うまで楽しんだ。

 

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