第8話 約束(裏)
家族以外の男は
隙あらば、あたしの身体を欲望のままに
と、小さい頃から兄様に言われ続けて育った。
基本的な性知識を得るまでは、家族以外の男は狼か何かだと思ってたわね。
小学生の頃なんか、「狼も犬も似たようなもんでしょ」ってな乗りで、同学年の男子にお手とか教えてたし。
兄様が言った言葉の意味を理解したのは、戦争やってた頃かな。
どうもあたしは男受けが良いらしく、父様と兄様がいない時間を見計らって同学年の男が数人、あたしの家に押し掛けて来たことがあるの。
目的は金や食い物じゃなくて、あたしの身体。
あの頃は治安が少し乱れてたから、昼間でも女は一人になるなって、回覧板で回されてたわ。
なのに、その日はあたし一人だった。
しかもあたしは、家では服を着ない癖がある。
まあ、男だったら襲うでしょうね。
実際、男どもは我先にとあたしに手を伸ばしてたし。
でも、男どもが欲求を満たすことはできなかった。あたしの肌に触れる前に、ちょうど帰って来た、兄様の狩場で拘束されてね。
そこから先は……。
「柔らかい……」
じゃない。
小吉が起きた気配を感じてあたしも目を開けたら、明らかに挙動が不審な小吉が目に映った。
これは……慌ててる?いや、喜んでる?それとも絶望してる?怒ってる?
表情がコロコロ変わるせいで、小吉の心境が全く理解できないわ。
理解できるのはただ一つ。
小吉が、あたしの左胸をこねくり回してることくらいね。
「どうしてナナさんがここに……」
部屋が広くて落ち着かなかったからよ。
と、言ったところで、小吉の耳に届くかどうかは微妙ね。
混乱しているのか、あたしの胸を揉み続けている右手と、あたしの状態からでも見える不自然に盛り上がった掛け布団を交互に見てるわ。
「これはまずい。非常にまずい」
何が?
あ、もしかしてあの時の男どものように、兄様に「もう、殺して」と言うまで痛ぶられた挙げ句に殺されるのを心配し……てないか、さすがに。
だって、小吉は兄様を知らないはずだもの。
猛おじ様でもあの件は知らないんだから、小吉が兄様に何されるのを心配するなんて有り得な……。
「大有りだよ!」
有るの!?
いやいや、冷静になるのよ七郎次……じゃなくて、ナナ。
今のはおそらく、小吉が脳内で
けっして、あたしの思考が読まれた訳じゃ……ん?微かに足音が聴こえる。
それにこの気配は……。
「坊っちゃん?もう朝ですよ?今日は横須賀に出向く予定じゃ……」
やっぱり家政婦さんだった。
でも、変ね。
小吉を起こしに来たっぽいのに、一瞬だけあたしと目を合わせてからずっと、小吉を見下ろしてる。
怒っては……いないわね。
むしろ、奥底から込み上げてくる喜びを、必死で押さえ付けているように見えるわ。
「坊っちゃん」
「はい……」
何を言うつもりだろう。
起きるのが遅い?
それとも、いつまでも胸を揉んでるの?
あたし的には、減るものじゃないから別に良い。最初は痛かったけど、小吉が揉み方に慣れたのか少し気持ちいし。
「今夜はお赤飯にしましょうね。きっと、ご両親やお兄様方もお喜びになります」
「ちょっと待って。どうしてそうなるの?と言うか、家族に報告する気!?」
「そりゃあ、もちろんしますよ。女っ気もなく、あれだけお見合いを断っていた坊っちゃんが、女を連れ込んだその晩に手篭めにしたんですよ?これを報告ずに、何を報告しろって言うんですか」
ほうほう、なるほどなるほど。
どうやら家政婦さんは、この状況を見てあたしが小吉とまぐわったと誤解したらしい。
これは、誤解を解いておいた方がいい?
だってあたしは、胸を揉まれる以外はされてない。
と言うか、小吉のアレがあたしのアソコにナニされるなんて無理。
だって大きすぎるもの。
あんなのを入れられたら、入る前にあたしの身体が裂けちゃわ。
だから、家政婦さんが誤解している事は有り得ない。有り得ないんだけど……。
揉まれっぱなしじゃあ、あたしが損するだけだから……。
「小吉さん。さすがに人前ではその……恥ずかしいです」
「ナナさん!?起きてたの!?」
「起きた?昨晩は、寝かせてくれなかったじゃないですか」
意地悪しちゃえ。
今の演技は、あたし的には満点ね。
自分でも「棒読みだな~」とか、「相変わらず表情筋が死んでる」なんて感想を抱きながらの演技だったけど、混乱した小吉と何故か有頂天になってる家政婦さんには通じたみたい。
「はぁ……。朝から最悪だ……」
そんな一幕があった一時間後に、あたしは着替えが入ったトランクケースを抱えて、小吉を迎えに来た自動車に乗って横……横なんとかって場所に向かっている。
行き先の名前は、出発前に猛おじ様に電話で報告した時までは覚えてたんだけどなぁ……は、置いといて。
「そうなん?嬉しそうに、あたしの胸を揉んじょったじゃないね」
「起きてたなら、僕をぶん殴るくらいしてくださいよ……」
「どうして?」
「どうしてって、僕は君のオッパ……胸を……」
「べつに気にせんでもええいね。減るもんでもないし」
小吉の心配をしてあげよう。
どうやら小吉は、あたしの胸を揉んで揉んで揉み尽くしたことに、妙な責任を感じているようだからね。
「どうして、僕の布団で寝ていたんですか?」
「実家じゃあ、父様と兄様とあたしとで川の字なって寝ちょったせいか寝付けんでねぇ」
「それで、僕の布団に?全裸だったのは?」
「あたし、家じゃあ服とか着んのよ」
今でこそ癖になっているけど、着ないと言うよりは父様に禁止されていた。が、正しいかな。
それと言うのも、あたしは暮石家始まって以来、初めての女。
だから父様も育て方がいまいちわからなかったらしく、猛おじ様の「女なら、身体を武器としてつかうこともあるしれん」という助言に従って、とりあえずは見られる事に慣れさせようとしたらしい。
さらに、暮石に生まれた子は幼い頃から一通りの拷問を受けて、痛みや精神的苦痛に堪える修行をさせられるんだけど、あたしは身体に傷痕が残らない程度に手加減されていた。
だから、小吉の行動はある意味、父様の目論見通り。
これであたしが父様や兄様のように全身傷だらけだったら、小吉も胸を揉み続けることはなかったでしょうからね。
おっと、そうこうしているうちに……。
「お、着いたようじゃね。小吉はここで何するん?」
「仕事に決まってるでしょ?僕、これでも社会人だよ?」
あたしが小吉に連れてこられたのは……たしか海軍の基地で、ヨコ……ヨコ……ヨコハマ?だったっけ?にあるチン……チン……。
ダメね。思い出せない。
思い出せないから覚えてる部分を……。
「略してヨコチンじゃねぇ」
うん、これなら覚えられる……気がする。
あたしがヨコチンと言ったら小吉が何かを問いたげな顔をしたのが少し気になるけど、とりあえずはヨコチンと覚えておきましょう。
でも、小吉はここに何をしに来たんだろう。
猛おじ様の話では、小吉の普段の勤め先は東京だったはずよね?
なのにどうして、三時間もかけてこんな所へ来たのかしら。
「へぇ、立派な部屋じゃねぇ。ここが小吉の部屋なん?」
「おい小娘。呼び捨てとは失礼ではないか。この方はこれでも、この鎮守府の元司令長官だぞ」
小娘とは失礼な。
あたしはこれでも17歳。
つまり、結婚しててもおかしくない歳だし、子供を生んでても不思議じゃない歳なのよ?
そのあたしに向かって小娘とはなんたる暴言。
小吉の部下か何か知らないけど、訳のわからない文言を並べてないで謝れ。
それと、あたしが小吉を呼び捨てにするのが気にくわないみたいだけど……。
「あたしは小吉の家に住んじょる。つまり家族みたいなもんなんじゃけぇ、呼び捨てにするんは当然じゃろ?」
昔、ほんの気まぐれで、学校の同級生に家族って何?と、聞いてみたことがある。
男か女かも忘れたそいつは、一緒に住めば家族なんじゃない?と、答えたわ。
だから、一緒に住み始めたばかりとは言え一緒に住んでるあたしと小吉は家族なの。
「なっ……!油屋中将と一緒に!?しかも家族!?油屋中将!やっと結婚する気になられたのですか!?」
結婚?
いや、結婚まではしてな……ん?そういえば、同じ布団で寝るのは基本的に夫婦と、兄様に教えられた覚えがある。
じゃあ、あたしと小吉は夫婦?
いやでも、結婚はしてないから夫婦じゃあない。
なのに、あたしが潜り込んだとは言え同じ布団で寝たんだから……。
「ああ……
「ど、ど、ど、同衾!?油屋中将、やっとですか!やっと童貞を卒業されたのですか!?
ちょっと何言ってるかわかんない。
小吉は童貞のままよ?だって、あたしが処女のままだもん。
それに……。
「小吉が男色家?そりゃあないぞ軍人さん。小吉は朝っぱらから、あたしの胸を幸せそうな顔して揉んじょった」
「朝から!?と言うことは何ですか?わたくしが迎えに行く前に、一戦交えたのですか?朝っぱらから砲雷撃戦ですか油屋中将!」
専門用語を混ぜないで。
ホウライゲキセンって何よ。
それと、声がでかい。
ほら、アンタがあまりにも
「二人とも少し黙ろうか」
ちょっと待ってよ小吉。
二人ともってことは、あたしも煩かったの?
声に抑揚がなくて、声量も大して大きくないあたしも?
「誤解があるようだから解いておくけど、彼女は僕の護衛だ。だから一緒に住んでいるだけで、けっしてやましい関係じゃあない」
「じゃけど、裸も見られたし、肌が赤くなるほど揉まれたよ?」
「それは本当にごめんなさい。だから、話の腰を折らないで」
う……。
どうやら本当に怒ってるらしい。
どうして?何が気に入らなかったの?
小吉と仲良くしようと思って名前も覚えたし、顔だって目に焼き付けた。
見たい揉みたいは計らずも叶えてあげられたけど、吸い付きたいはまだだから、今度機会があればさせてやろうとも思ってる。
そんなあたしのどこが、小吉は気に入らないって言うのよ。
「わたくしは油屋中将に忠誠を誓っております。だから軍縮計画にも賛同しましたし、全力でご助力させていただく所存です」
「うん、それは良くわかってる。それでも、ナナさんの件は納得できそうにないかい?」
「当たり前です!こんな女学生に何ができるんですか!」
ほら、この軍人さんの方がよほど煩いじゃない……は、
どうやらこの軍人さんは、あたしの見た目だけで実力を判断し、反対してるようね。
だったら、話は簡単だわ。
このまま反対されたところで小吉の護衛は続けるけど、顔を合わせるたびにこうも煩くされたらわずらわしいから……。
「なあ、軍人さんや。あたしがあんたを叩きのめしゃあ、納得してくれるか?」
「わたくしを……俺を叩きのめすとほざいたか?小娘。俺は剣道五段、柔道三段。合わせて八段だぞ。その俺を、お前ごときが……」
「道に成り下がった武を何段持っちょろうが、あたしには関係ない」
「道に……成り下がっただと?」
父様の受け売りだけどね。
でも、
でも、先に言った通り関係ないし、問題もない。
あたしなら息を切らせることもなく、「道場を押さえておきます」とか言って部屋から出て行ったアイツを殺せる。
「ナナさん、決闘するのは止めないけど、術の使用は禁止するよ。彼に死なれたら僕が困る」
え?駄目なの?
どうして?
小吉がアイツに死なれたら困るって言うなら、仮縫いで拘束して適当に殴るだけで済ませるけど、術の使用を禁止されたらそれもできないじゃない。
「術なし?じゃあ、やりとぉない」
「あ、あれ?」
どうして驚くのよ。
当然でしょう?
確かにアイツは、身のこなしを見た限りではかなりの手練(てだ)れ。禁じ手の多いお遊びでなら、敵は少ないでしょうよ。
でも、あたしの敵じゃあない。
あの程度なら術無しでも簡単に殺せるし、無力化も容易(ようい)だわ。
でも……。
「術なしじゃあ、疲れる」
「あ、そういう……」
こと。
あたしって瞬発力はあるけど、持久力はないのよ。
だから、術無しかつ殺すのも駄目って言うなら相手をしたくない。
だってアイツ、体力とか凄そうじゃない。
「ならやって。もちろん、彼を傷つけずに」
なのに、小吉はやれって言うのね。
しかも新たに、傷つけずになんて制限までつけられちゃった。
いや、できるのよ?
できるし、どうしてもやれって言うならやるんだけど……。
「……そっちの方が、傷つくと思うんじゃけど?」
「それでもだ。君を僕の護衛だと彼に認めさせなければ、仕事に支障が出かねない」
さいですか。
要は、心をへし折れって言うんでしょ?
それはあのプライドの塊みたいな軍人さんにとっては、殺される以上の屈辱のはずよ。
先に言ったように、身体を傷つけられるよりも傷つく。
まあそれでも、小吉がやれって言うならやるわ。
ん?でも、これって依頼の範疇に入らないわよね?
護衛を続けるために必要なことと言えばそうなんだけど、それじゃああたしが疲れるだけじゃない。
だったら……。
「決闘は依頼の範疇に入らん。じゃけぇ……」
「別に報酬を寄越せ、と?」
「うん。平たく言えば」
これでいこう。
悩んではいるようだけど、あれはたぶん、あたしにいくら払えば良いのかわからないって感じでしょう。
じゃあ、あたしの方から……あれ?報酬って、何を要求すればいいのかしら。
報酬関係は父様がやってるから、あたしへの依頼料がいくらかなんて知らないし、金なんか貰っても使い道がないから困る。
あ、だったらアレなんか良いんじゃないかしら。
たしか、ここに来るって報告した時に、猛おじ様が「ヨコ……に行くならヨコ……のホテルニュー……でプリン……を食わせてもらえ」って言ってたアレ。
……の部分は覚えてないけど、ぷりんって言葉は覚えてる。
食わせてもらえって言ったくらいだから食べ物だろうし、ホテルで食べられる物だから安くもないはず。
よし、これにしよう。
「ぷりん……」
「え?今何て?」
「ぷりん。この辺にゃあ、ぷりん……なんちゃらちゅう食べ物があるんじゃろ?それが食べたい」
「もしかして、プリンアラモードのことかい?」
「そう、たぶんソレ」
正直、興味はない。
ないけれど……家政婦さんの料理を食べてから、どうやらあたしの舌は食べ物に味を求めるようになってしまったらしい。
だから、ぷりんなんちゃら自体に興味はないけど、どんな味なのかには興味がある。
「わかった。じゃあ、今日はここに泊まりだから、ついでに夕飯も食べよう。プリンはデザー……」
「いらん」
「へ?プリン、いらないの?」
「ぷりんあ、あ~……なんとかは報酬として貰う。じゃけど、他はいらん」
あたしが食べたいのはぷりんなんちゃらだけ。
他の物にはぷりんなんちゃら以上に興味がないし、提示した報酬以外はいらない。
だいたい、夕飯を食べたあとじゃあ、お腹がいっぱいになってぷりんなんちゃらが食べられなくなるじゃない。
あたし、育ちのせいもあって少食なの。
だから、小吉が忘れて夕飯を食べないように……。
「じゃあ、あたしが勝ったらぷりん……あら……なんとかね。約束よ?」
「わかった。沖田君との決闘が終わったら、食べに行こう」
と、小吉の目を真っ直ぐ見上げて念を押した。
何故か鼓動が早くなった心臓と、脳みそに覚え込ませるように小吉の匂いを嗅いでいる自分に、少しだけ戸惑いながら。
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