第22話

 グラウンドへとやってきた三人が目撃したのは、巨大な魔法陣とその中心に寝かされているシオン――その横にいる一人の白装束だった。


「シオン!!」


「「シオン先輩!!」」


 シュン達が呼びかけるもシオンに反応は無い。一見すると死んでいるようにも見えるが外傷はなく、胸が微かとはいえ上下しているところをみると眠っているだけのようだ。


「貴様らは……この小娘と一緒にいた学生か。いや、一人は《魔導戦士》でもあったかな?」


 くくくっ、と含み笑いを浮かべながら、シュン達に向き直る白装束。ここに来る前に倒したものよりも豪華な装飾が備え付けられていることから考えると、階級は上なのだろう。


「ここまでしておいて覚悟はいいだろうな」


「シオン先輩は返してもらうかなー!」


「なのです!!」


 ――いや、お前らは大人しくしていてくれ。


 やる気に水をさせずに内心でツッコむだけにとどめる。


「ふん!! そこの《魔導戦士》ならともかく、たかが学生に我らの大望を邪魔されてなるものか!!」


「あんたたちの大望ってのは……ようはただの壮大な自殺だろ? そんなものに他人を巻き込むな。死にたいなら勝手に死んでろ!」


「《幻想種》様が醜い戦争を終わらしてくださったのだ! 彼らこそ神が使わしてくださった救世主! この地球を救うための方々なのだ! それを否定させんぞ!!」


「……逝かれてるのです」


「話が滅裂かなー」


「宗教の過激派なんて得てしてこんなものだ。今更不思議がることでもない。いつの時代も変わらないってことだ――そして! そんなご託はいいからさっさとシオンを離してもらうぞ!! 《ストライクリッパー》!」


 シュンが不可視の刃を豪華な白装束――司教に向けて放つが、


「ふん! もう遅いわ!!」


 ゴウッ!! という音と共に光と衝撃があふれ出し《ストライクリッパー》が消滅する。


「な、何が!?」


「眩しいかなー!?」


「見えないのです!?」


 閃光が止んだ先には巨大な影が顕現していた。


 シュン達の目の前に現れたのは、全長十五メートルほどの巨大な蛇とも竜ともいえる化け物だった。


 数多の首と尾を持つのにも関わらず、その躯は一つだけ。鈍く光る紅い目はマグマを連想させるほどドロドロとしている。


 その姿を見て、ヤナがとある《幻想種》の名を叫ぶ。


「ヒュドラです!?」


 だが、それをシュンは即否定した。


「ちがう! ここは関東エリアだ! 生み出される《幻想種》は日本由来のもの……つまりあれは――」


「八岐大蛇かなー!?」


 そう、日本神話において素戔嗚尊スサノオノミコトが退治したとされる化け物。


 一説には山をも越えると言われているが、今ここにいるのはそこまで大きくはない。首を伸ばしきった状態でも校舎よりやや小さい程度だろうか。


 呼び出すための術式が不完全だったのか、それとも、精霊結界の影響を受けているのかは分からないが、まだ人の身で戦えるサイズとはいえるだろう。


 だが、



 ――同じ竜でもここまで違うか!



 八岐大蛇の威圧はそこにいるだけなのにも関わらず、肌がピリつくほどのものだ。これほどの威圧は幾多の《幻想種》を屠ってきたシュンといえども味わったことはない。


 天羽仕官学院に来る前に依頼で倒したドラゴンとはなんと言えばいいのだろう、生命体としての格が違うとでも言えばいいだろうか。


 油断すればそれこそ命が消し飛ぶレベルだろう。


 そんな恐ろしい存在である八岐大蛇を見て司教は歓喜の声を上げる――


「出た! 出たぞ!! これが最強の《幻想種》様だ! さあ、《幻想種》様! こやつらに救済を差し……上げ……て?」


 のだが、高らかに笑った瞬間には司教の身体は上半身と下半身に別れてしまっていた。


 やったのはもちろん呼び出された《幻想種》――八岐大蛇だ。煩わしかったのか首の一本を軽くスイングさせただけで司教を殺してしまった。


「うえ、グロいかなー」


「……見ていたくはないものなのです」


 さすがに全員顔をしかめるが、この状況で目をそらせば八岐大蛇がどうなるかはわからない。


 さらに、シオンが召喚された八岐大蛇の後ろに放置されたままだ。どうにかして救出しなければ戦闘の余波で死んでしまう可能性がある。


「ヒナ、ヤナお前らは離れていろ。コイツはマズい!」


「「分かったかなー(のです)」」


 二人は素直にこの場から撤退していく。鬼よりも遥かに格上の八岐大蛇相手では役に立たないと自覚したのだろう。


 ――まずはシオンの救出を!!


「《ストライクリッパー》!」


 シュンお得意の不可視の刃が八岐大蛇の首めがけ飛んでいく。


「KYUOOOOOOOOOOO!!」


 八岐大蛇はそれを認識できなかったのか、八つの首全てに裂傷がはしる。


 ――意外ともろいか? 体躯はでかいうえに、素早かったから警戒していたが……。


 様子見も兼ねて放った《ストライクリッパー》だが、八岐大蛇相手に中位種のドラゴンと同じような感覚で切り裂けた。


 このまま、《ストライクリッパー》を中心に戦略を組み立てて、早めにシオンを助けようと考えるのだが、その考えはすぐに訂正しなければならなくなった。


「再生しているだと!?」


 見れば八岐大蛇の傷が塞がってきている。再生速度はそこまでではなさそうだが、時間をかければ不利になるのは間違いないだろう。


「KYUKUOOOOOOO!!!」


「っち!?」


 一本の首が簡易的なドラゴンブレスを放ったかと思うと、別の首はスイングするようにシュンを狙ってくる。その場を飛んだり、《魔導》を使って押し返したりしているが、一向に近づける気配がない。


 ――なんか色々とまざっているだろ……この八岐大蛇!?


 《幻想種》である八岐大蛇との戦闘は初めてだが、八岐大蛇ほど有名な存在になればシュンも知識としては知っている。


 それが確かならば、八岐大蛇に再生能力など無かったはずなのだ。それがあるのはむしろヤナが勘違いしたヒュドラの方だ。


 大体、ドラゴンブレスなども無いはずだ。やはり、《幻想種》は神話や逸話そのものではないのだろう……などと、余計なことを思いつつもシュンは《ストライクリッパー》ではない別の《魔導》を発動させる。


「《ノヴァ》! 《ゾディアックバースト》!!」


 高等司祭を名乗る白装束にも使った《ノヴァ》でブレスを吐いている首を消し飛ばすと、胴体や残った首に一二本の剣が突き刺さり小規模な爆発を起こしていく。


「KYUKUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?!?!?」


 あまりの痛みに八岐大蛇が叫び声を上げながら仰け反った。


 その隙にシュンは全力でシオンへと近づき、抱きかかえようとするのだが……。


 ――なんだ!? 動かない!?


 まるで何かに固定されたかのように動かない。


 ――っち! 何がどうなっている!?


 探ろうにもこの状況を生み出した張本人はすでに死んでおり、今は戦闘中だゆっくり考えている暇はない。


 先ほどから《ストライクリッパー》などの《魔導》も試しているのだが、何かが切れたような感覚も無い。魔法陣に至っては八岐大蛇の召喚のせいで破損しているためそれが関係しているとも思えない。


「起きろ! シオン!」


 半ばやけになって抱き起こそうとしながら呼びかけてみる。


 だが、状況は変わらない。


「KYUKUOOOOOOOOOOO!!!」


 それどころか、《ノヴァ》と《ゾディアックバースト》から立ち直った八岐大蛇が今にも二人に襲いかからんとしていた。


「っ!? 《ノヴ――」


 再び《ノヴァ》で牽制しようとしたのが、それよりも先に極光が八岐大蛇の首を貫いて消滅させる。



「「《フォトンレイバースト》!!」」



 見ればヒナとヤナの二人が巨大な魔法陣を生成して大技を放っていた。


「バカっ!? この状況で手を出したら!?」


 首一本を一瞬にして消滅さえた二人の複合魔導には驚くべき事だが、それよりもマズいのは八岐大蛇のターゲットがヒナとヤナへと移ったことだ。


 邪魔されたのに腹が立っているのか、向き直った八岐大蛇は三本の首を束ねたドラゴンブレスを放つ。


「「う……ぁぁ……」」


 反射的に光属性Aランク《魔導》を使ったのまではよかったのだが、そこから先は考えていなかったようである。


 そのまま、三色のブレスに呑み込まれヒナとヤナ、さらにその先にある校舎の一部が吹っ飛んだように見えたのだが――


「ふっふっふー、生徒は死なせないよー」


「え!? 誰なのです!?」


「というか、さっきと場所が違うかなー!?」


 ヒナとヤナが無事な姿で別の場所に出現していた――同じくらいの身長の少女とともに。


 それを見たシュンは思わず声を上げる。


「師匠!?」



「「師匠(なのー)(です)!?」」



 シュンの言葉に驚いたのは二人も同じだ。


 小さい女の子が現れたかと思えば、シュンが師匠と言ったのだ。状況がつかめないのも当然だろう。


「……う、うん? 一体なにが……」


 それと同時にシオンからうめき声が聞こえ、目が半開きになる。


 その瞬間何故かシオンの身体を持ち上げることに成功する。所謂お姫様だっこの形だ。


「!? よく分からんが今がチャンスか」


 シュンはその場を蹴って離脱する。八岐大蛇はまだヒナとヤナを仕留め損なったことに気付いていない。ブレスの先が校舎にあたり、砂煙で見えていないせいだろう。


「え!? シュンさんこれは一体どういうことですか!? お、降ろしてください!?」


「状況を理解してから言え!! このポンコツ姫!!」


「な、なんか言葉遣いが乱暴ですね……それよりもポンコツ姫ってなんですか!?」


 ギャーギャーと騒ぎながらもヒナとヤナそれにミオがいるところまで撤退することに成功する。


「とりあえずなんとかなったか……」


「状況的にはあんまり良くないけどねー」


「それよりもなんでアンタがこんなところに? てっきり生徒の安全の確保をしているものと思っていたんだが?」


「まあまあ、言いじゃない。それにシュン君も含めて生徒だよ!」


 にこにことした笑みで言うミオだが、あまり信用できそうにない笑みだった。


 毒気を抜かれたシュンはミオから視線を外し、八岐大蛇へと向き直る。八岐大蛇もこちらが無事だったことに気付いているらしく、にらみ付けるように見ていた。


「それでー? シュン君はどうするのかなー?」


「どうもしませんよ。俺が倒します。俺のミスですから」


「あの……私も戦ってもいいでしょうか?」


 そのとき、シオンが口を挟む。ヒナとヤナからある程度状況を聞いていたみたいだが、ここで話しかけてくるのは想定外だった。


「な!?」


 その無いようにシュンは閉口する。無茶苦茶なことをいっているからだ。相手は鬼ですらない八岐大蛇だ。学生だろうと戦わせるわけにはいかない、と口を開く。


「いや――」


 だが、シュンの言葉はミオによって遮られた。


「折角だし協力してもらったら? 最上位四属性は貴重で役に立つと思うよー?」


「素人をだすことに問題があると言っているんだ!! ……いや、それもアンタの狙いか?」


「さあー? 生徒は死なせないのが私のモットーだからすこしでも経験を積ませようとしているだけだよー」


 あまりの白々しい台詞にシオンも胡散臭いとは思っているようだが、ここがチャンスとばかりにたたみかける。


「お願いします! 私も守りたいんです!! 力があるって証明したいんです!! ようやく自分だけの力が分かったんです!!」


 ――ヒナとヤナが教えたのか……いや、師匠との話でも理解は出来るか……。


 悩んでいる時間はない。すでに八岐大蛇は動き出している。


「……師匠、後は任ます」


 そう言い残しシュンは八岐大蛇へと向かっていく。


「あ……」


 手を伸ばし反射的に叫ぶもシオンには見向きもしなかった。


「白状かなー」


「でも仕方ないとも言えるのです」


 ヒナとヤナはそんなシュンに納得はしていないようだが理解を示す。一般人の介入は極力防ぐのがいいのは分かっているからだ。


 あたりに漂う陰鬱な空気を吹き飛ばすようにミオが声を張り上げた。


「だいじょーぶ! シュン君は関わるなとは言っていないからねー!!」


「あ!?」


「そういえば……」


「そうかなー?」


 シュンは、『後はまかせます』と言っただけで、手を出すな! とも関わるな! とも言っていない。

 ミオに何を言っても無駄だと思ったのもあるのだろうが、生徒は本当に守る気があるのだろうと分かったためだろう。


 飛び出したのは、自分一人で倒せればよし、最低でも前衛として囮になるためだ。


 それを理解したシオンの顔が輝いた。


「じゃあ、私は!!」


「うんうん! 学生の向上心にこの私が協力してしんぜよーう!」


 シオンはミオの言葉に従っていくのだった。


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