第18話

「ああもう!! 鬱陶しいな!!」


 迫り来る《幻想種》をいなしながらシオンを追いかけるのだが、一向に追いつく気配がない。その理由はシオンの《幻想種》を屠るスピードが速いのもあるのだが、どこかシュンの動きをさえぎるように《幻想種》が襲ってくるのだ。


 そんな中でピーピーと電子音がシュンの耳に届く。


「何だこんな時に!!」


 誰かがシュンに通信を送ってきていた。

 連絡先を交換した人間のほぼ全ては戦闘中のはずなので一瞬、カイトあたりが連絡してきたのかとでも思ったが鳴っているのは仕事用の端末の方だ。


 この状況で掛けてきたことに多少いらつきつつもフレンからの連絡となると出ないデメリットの方が大きくなりそうだと判断した。


『何のようだフレン!!』


『ちょーっとマズい情報が飛び込んできたから連絡したんだけどね、もしかして取り込み中だった?』


 流石に声を荒げたシュンの声を聞けばフレンといえど気付くようだ。普段と違い音声通信のみというのもあるだろう。


『いや、いい!! 構わず――言ってくれ!!』


『じゃあ言うね。一部未確認の情報何だけど、北米エリアの一部で〝救済教団〟が《幻想種》を意図的に召喚したらしいって話が流れてきていてね――『なんだと!?』』


 流石にその言葉にはシュンも驚きを隠せなかった。


 ――厄介な組織とは理解していたが《幻想種》を意図的に召喚なんてどうやったら出来るんだ!?


 《幻想種》をあがめているというある種非常識な組織ではあったが、とうとう手段すら非常識になるとは想像も付かなかった。


『情報が錯綜している上に、今の時代だと距離もあるでしょ? まだ《魔導戦士》の支部には情報がいっていないと思ってね。シュンから〝救済教団〟について調べて欲しいっていわれていたから、取り急ぎ連絡したんだけど……』


 そこで言葉を句切ったフレンは何かに気付いたように少し間を開けてから問いかけてきた。


『もしかして、情報が遅かった感じ?』


『今、まさにそんな目にあっているところだ!!』


 苛立ち混じりに襲いかかってくる子鬼を消滅させながらもフレンとの会話を続ける。当然だが、今は少しでも情報が欲しかったからである。


『あっちゃあ……そうなると本当って事か。シュンがこの間の鬼の件で魔法陣がどうとか言っていたから気になってはいたんだけど……』


『ああ、あの鬼もやつらの仕業とはな……警戒はしていたがそんなことが出来るとは想像すらしていなかった』


『どうやってやっているのかは不明だけどね。それで、今は関東エリアが襲われているって事でいいの?』


『ああ、学生達すら駆り出して迎撃中だ。低位種だけとはいえかなりの量が襲ってきている』


『ん? おかしいね』


『何がだ?』


 〝救済教団〟は《幻想種》を召喚することが出来る。となれば何処もおかしいところはないように思えるのだが。


『大型の《幻想種》はいないのかい?』


『大型? 低位種しか見当たらないが……前線の方では鬼ぐらいは出たらしいが』


『北米エリアでは中位種のドラゴンが暴れたって話らしいよ』


『そんなものどうやって呼び出したんだ?』


『なんか生け贄みたいな手段を使ってってことらしいけどそれも確証はないよ。いかれた集団のいかれた出来事だけに本当に情報が少ないんだ。眉唾みたいなものまであるからね』


『生け贄だ――っ!? フレン通信を切る!! だが、その前に俺の学院用の《魔導発動機》から八幡シオンの行方を探ってくれ!!』


『え!? ちょ――どういうこと!?』


 フレンの動揺する声が聞こえてきていたが、それどころではない。シュンの行く手を塞ぐように二人の人間が立ちふさがっていたからだ。


 両者ともに、白装束に身を包んだ男だった。立ち振る舞いは普通だが、そこから漂う気配は間違いなく強者のそれだ。たやすく屠ることはかなわないだろう。


 シュンが身構えるのと同時に、男達が口を開く。


「A魔導戦士ニルだな?」


「ここから先へはいかせはせん。相手してもらうぞ《アースクエイク》!!」


 ――こいつら俺の情報を!? しかも使った魔導の発動速度や威力を考えればA魔導戦士クラスか!?


 地響きとともに砕かれていく地面から飛び退いたシュンは手をかざして学生として使用している《魔導発動機》ではなく、新たに取り出した黒い環状型の《魔導発動機》をはめると、自らがよく使う《魔導》を発動させる。


「《ストライクリッパー》!」


 出現した不可視の刃が空間を切り裂きながら男達目掛けながら飛んでいく。ドラゴンにさえ傷を付けた《魔導》だ。様子見を含めても効果はあると判断したのだが、


「おっとそれはいただけんな《サンドカーテン》!」


「そして《ウィンドカーテン》」


 辺り一面に砂が巻き上げられ、風によって漂う宙域を固定されたことにより、不可視の刃はそのままにどこから飛んでくるのかを明らかにする。男達はそれを見て、手慣れた動きで回避する。


 ――っち、予め情報を仕入れてきているか。


 それを見てシュンは内心で舌打ちをする。


 《ストライクリッパー》はシュンが好んで使う技だ。全体的にあまり自分の《魔導》を人前では使ったことが無いとはいえ、一番回数を使っている以上対策をとられるのも仕方が無いといえた。現にリカルドあたりには何回も使うところを見られている。


「おっとそのまま付き合ってもらうぞ!! 《フィジカルアップ》、《サンダーソード》!」


「ゆけ!《アイシクルランス》!」


「っち!?」


 雷の剣を持った一人が突っ込んできて、その死角を埋めるようにもう一人が氷の槍を飛ばしてくれる。


「ふふふ、相手の《魔導》を打ち消すアニヒレーションは使わせんぞ?」


「そのために我々、救済教団関東支部高等司祭がやってきているのだからな。無属性の使い手とはいえこうも攻められれば苦戦は必須だろう?」


 ――俺の属性までか……いや、ストライクリッパーとアニヒレーションについて知っていればそれも当然か。


「どうやら少しはやるみたいだな?」


「負け惜しみを!! 《ストレングス》!! 《フレイムソード》!!」


「《ダークショット》!! 《ライトニング》!!」


 雷の剣だけでなく、炎の剣も出現させた男が突進してくる。そこに闇属性の《魔導》と雷も襲いかかってきた。


「………………」


 振り回される剣と《魔導》の波状攻撃にシュンは避けることしか出来ない。


「《幻想種》様のお力を感じられぬまま死んでゆけ《魔導戦士》!!」


「我らが力は全て《幻想種》様のために!!」


「うざいんだよ……《ノヴァ》!!」


 防戦一方だったシュンが一言呟くと空間が爆発した。



「「ぐぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?!?」」



 いきなりの攻撃になすすべもなく吹っ飛ばされ転がって行く二人。すでに全身傷だらけだった。もろに一撃食らったせいか立ち上がる気力さえもなさそうだった。


「バカな……《魔導》を準備させる隙は与えなかったはず……それよりも我らがしらぬ無属性だと……」


 男は呻きながらも疑問を口にする。シュンが放つ無属性の《魔導》は普通の《魔導》よりもより集中力がいるという話だった。


 だからこそ、隙を与えないように戦っていたはずなのだ。しかも《ストライクリッパー》のような軽めの技ならともかく先ほどの爆発を起こすような大技は到底使えるとは思えなかった。


 その疑問に答えたのはシュン本人だ。


「ああ、アレはただ逃げ回っていたんじゃなくて、足下で魔法陣を書いていたんだよ……補助のな」


 倒れ伏した男が視線を周りに向ければ、爆発の影響であまり残っていないが、魔法陣の様なものが確かに描かれてあった。


 《魔導発動機》が行き渡る前まではこのようにして《魔導》の発動を補助していたらしいとは知識としては知っていたが戦闘中にしかも今の時代に行う者がいるとは想定していなかった。自分達も《幻想種》達を呼び出すための術式を使っていたというのに。


「で、質問なんだが? お前らの目的はなんだ? ついでにどうやって《幻想種》を呼び出しているんだ?」


 倒れ伏した〝救済教団〟の男を蹴り飛ばしながら尋問する。すでに虫の息のようだが、これは聞いておかなければならない。


「い、いうと……思っているのか?」


「いや、言えって言ってるんだが?」


 さらに強く蹴るも男は口を割らない。


 すると、もう一人の男が不穏なことを口に出していた。


「せ、せめて我らの屍より生み出される《幻想種》様を……」


 それと同時に魔法陣が生み出される。


 どうなるのか見届けたい気もするが、碌な事にならないのは確定しているので阻止しようと動く。


「させるか《ストライク――」



「「《ホーリーレイ》!!」」



 が、それは先んじた二人の少女の《魔導》によって阻止された。


 そして、こんなことが出来る本人達をシュンはよく知っている。


 当然ながら振り返った先にいたのはヒナとヤナだった。


「ヒナさん、ヤナさんどうしたのですか? こんな所で?」


 どこまでごまかせるか分からないが、普段の演技をしながら話しかける。


 だが、その決意は一瞬にして打ち消された。


「さっきまでの話し方でいいかなー」


「来栖シュンがA魔導戦士なのは知っているのです。ついでにそんな丁寧な話し方をするような人間じゃないこともなのです」


 確信を持っているような言い方だった。


「……ならそうさせてもらおう。そして、なんで俺について知っているのか話してもらおうか?」


 凄みをきかせながらヒナとヤナに詰問する。いつでも《魔導》は発動出来るように身構えてだ。


「素直に言うからその恐い顔は止めて欲しいかなー」


「そもそもA魔導戦士に勝てるわけないのです。私達は身分を偽っているなんてことはなく本当にただの学生なのです」


 《魔導発動機》を構える素振りすら見せない双子の声にシュンは注意はしつつも警戒は解除する。戦う意思が微塵も感じ取れないのは本当だからだ。


「じゃあ、なんで知っているのか素直に話してもらおうか?」


 もう一度、同じ問いかけを二人にするとその答えはあっさりと返ってきた。


「鬼の事件の後、お爺ちゃんに教えてもらったのです」


「何で《魔導戦士》が学生に扮しているのか気になったけど、シュンの動きを見ているとシオンさんが関係しているっぽいかなー」


 あっけからんと言った双子の言葉に一瞬目が点になったシュンだが、次の瞬間には怒り全開で叫んでいた。


「あのクソじじい!! 守秘義務ってもんがあるだろ!! バカじゃねえの!?」


「お爺ちゃんをクソじじい呼び出来るとか本当に知り合いっぽいかなー」


「お爺ちゃんも最初は名前を聞いても同姓同名と思っていたようですが、映像を見せたらポロリとこぼしてしまったのです。その後『やべっ!?』とかも言っていたですが」


 まさかのバレかたにがっくりと肩を落とすシュンだがすぐにヒナとヤナに向き直る。


「お前ら絶対に黙っていろよ? バレると非常にマズいんだ……というよりバラしたらどうなるかわかってんだろうな?」


 度直球な脅しだが、ヒナとヤナはあっさりと約束した。


「そこは分かっているかなー。最上位四属性なんて余所に漏らせないのです」


「それにコッソリと付いてきたのもシュンの側の方が安全な上に、今回のことを良くしれると思ったからなのです」


「お前らなぁ……というかあのじいさん最上位四属性まで話したのかよ……」


 あまりの孫バカぶりに思わず頭を抱えたくなった。


 しかも、この双子、行動力はリカルドの遺伝子をしっかりと受け継いでいるようだった。


 正直、アカリの元へ戻したいのだが、結構距離がある。それにシュンはすぐにシオンを追わなくてはならないのだ。


「……ふぅ、わかった。このまま連れて行くから、大人しくしていろよ?」


「わかったかなー。お爺ちゃんから鬼の後上位者に従うのと、功は焦るなと教えただろうが!と大説教を食らったかなー」


「あれはきつかったのです。口頭のみとはいえ一からたたき直されたのです」


 それで前回と今回の《クラン》活動中の動きが良かったのか納得する。さらに、シュンの正体を教えられていれば鬼の後から態度が変わったのもにも納得がいった。


 こうして、シュンに双子の仲間が加わったのだった。


 だが、根本的な問題はなにも解決できていない。〝救済教団〟の狙いもシオンがどこにいったのかも分かっていないのだ。一応フレンに追跡を依頼したが、どこまで伝わっていることやら。


「いや、まてよ。こいつらなんで俺の足止めをしようとしたんだ?」


 シュンのことを戦力として認識していたとしてなぜここで襲いかかってきたのだろうか。不意打ちではなくわざわざ姿を見せる形で。


 シュンをあわよくば打倒しようとしていたようには感じられたが、どう考えても根本は足止めだった。


 〝救済教団〟の男達は最後の手段として《幻想種》を生み出そうとしていた。あれは何を利用してだ? 自分達の屍と称していたが、肉体を媒介にするとはおもえない。

 

 ならば、何が考えられるか……普通に考えれば魔力だろう。

 

 とそこまで考えたところで、シオンのおかしな適性が頭を過ぎった。

 

 それと同時にシュンの脳内をいろんな仮説が駆け巡る。


「……まさか」


 思い当たる節はそこそこあった。


 具体的に引っかかったのは、アカリとシオンが《クラン》活動の初日に反省会のような会話していたときだ。




『はい。頑張っているんですけど、中々上がらないんですよね。これでも、このペンダント型の《魔導発動機》を使うようになってからは速くなった方なんですけど……』


『上位属性も上手く使えないんだっけ?』


『は、はい。私何故か上位属性が上手く出来なくて。何回練習してもダメなんです。いつか出来るようになるよ、なんて言われていますけどひょっとしたら私才能ないんじゃないかと思っちゃって……』


『いやいやいや!? あの威力の《魔導》が放てて、試験で総合Aもらっておいて才能がないんでしょうか……なんて言っていたらお姉さん本気で怒っちゃうよ?』




 あのときシオンは上位属性が上手く使えないと言っていた。シュン自身それが気になってはいたもののフレンの情報と先ほどの知らない《魔導》、そこから類推できることが一つだけあるではないか。


 もし、自分と同じだったら?


 今までの全ての事に辻褄が合う。


 なぜ、シオンが上位属性を使えず基本四属性――下位属性しかまともに使えないのか、発動速度が遅いのか――……全てが。


「俺と同じ……最上位四属性の使い手か!!」


「「同じかなー(です)?」」


 その可能性が一気に高くなった。


 一般的に知られてはいないが、《魔導》は下位属性の《火》、《風》、《土》、《水》、上位属性の《光》、《雷》、《氷》、《闇》の他に最上位四属性、《時》、《幻》、《空》、《無》が存在している。


 そして、シュン自身属性の使い手だった。


 どういった経緯で最上位四属性が使えるようになるのかは不明なのだが、最上位四属性の使い手には一つ重大なことが共通している。これはシュン自身にも言えることなのだが、下位属性――四属性しか使うことが出来ないのだ。


 しかも、低ランクのものしか使用できないというおまけ付きで。


 もっとも最上位四属性は通常の四属性以上に汎用性と威力に優れているため、使いこなせていれば問題ないのだが、最上位四属性というものをしらないとただの出来損ない……いや、《魔導》が苦手(もしくは不得手)な人だと扱われてしまう。


 だが、シオンは四属性を苦手どころか普通以上――むしろ高ランクの《魔導》まで使用したのとなれば、得意な人と言えるほどだ。


 だが、それが実は本人の資質によるごり押しで成り立っているものだったら?


 そうであるならば、狙われている理由もおおよそとはいえ想像出来る。シオンはシュンが見た中で《魔導》の親和性が高い人間だ。だからこそ、あれ程までのものが使えるし、苦手なはずの下位四属性であれだけのことが出来るのだ。


 つまり、体内に膨大な魔力(エネルギー)をもっているということ……〝救済教団〟が何を狙っているのかは知らないがろくでもないことだけは確かだろう。


 〝救済教団〟の《幻想種》の召喚方法が魔力ならばとんでもないもの呼び出される可能性がある。


 そこまで考えを纏めたシュンはすぐさまフレンへと通信を繋いだ。


『フレン!』


『わわっ!? いきなり大声出さないでよ……いきなり切っておいて調べろなんていってくるしさあ……何があったのさ』


 話している時間も惜しいのだが伝えないことには始まらない。シュンは自分の推論と何があったのかを手短に説明する。


『なるほど、八幡シオンがシュンと同じか……』


『ああ、多分覚醒した事による全能感で突っ走ったんだろうな』


 シュンも無属性を使えたばかりの時は何だって出来るような気がしていた。実際はそうではなかったが。目覚めたてのシオンならばそうなるのも当然だろう。


『なるほど。で、言われて追跡していたんだけどね……なぜか彼女、天羽士官学院のほうへ向かっているよ』


『士官学院!? なぜそんな所に……』


『さあ……あまり言いたくないけど、シュンの話じゃ彼女は街の住人を守ろうと動いていたわけだから自分の意思じゃないんじゃないかな』


『そうなると〝救済教団〟か』


『おそらくね。向かうなら注意して、多分、士官学院内に《幻想種》や〝救済教団〟のメンバーがいるだろうから気をつけてね。』


『誰に物言っているんだか……』


『あはは……そうだよね『だが、今回は感謝しておく……助かった』え!? ちょっともう一回』


 などというフレンの声が聞こえていたが、シュンは端末の電源を落とすとゆっくりと振り返った。


「話は聞いていたな?」


 シュンの言葉にヒナとヤナは頷く。


「じゃあ行くぞ!!」


 その言葉とともに《魔導戦士》としての能力を全開にしたシュンは全速力で走り出す。


「「オーバードライブ!!」」


 速度を上昇させる雷属性の《魔導》を発動させた二人はシュンの動きに必死で食らいついていくのだった。

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