第10話

 やってきたのは結界の外――その南東だ。討伐対象の《幻想種》は子鬼。数体倒してくればいいとのことだったのだが……。


「いませんねえ、子鬼」


「こっちもいないかなー」


「いないのです」


「こちらもいませんよ」


 なぜかみんなで探せど討伐対象である子鬼が見つからないのだ。


 これには黙っているだけの予定だったアカリも首を捻る。


「うーん、ここのあたりに出現したのが二日前だから移動していたとしても《幻想種》がそんなに遠くに行ったとは思えないんだけどね」


 結界の近くに出現する低級幻想種は現れたばかりだと状況の把握に努めるのか数日は移動しない。そのため発見さえしてしまえば処理するのは楽なのだ。だからこそ、学生の練習として何体か残されている。


 だが、今回はそんな《幻想種》が存在していない。全員で探索してこの状態なのだから、件の《幻想種》は本当に存在していないのだろう。


 それにアカリの顔が困惑に満ちていることからイレギュラーな自体が起きていることが分かる。


「とりあえず、学院の方に連絡を取ってみるね……依頼とは別に誰かが倒しちゃったのかもしれないから」


 腕時計型の《魔導発動機》を起動させ、電子モニターを展開すると、学院の《クラン》関連の部署に繋いだのか話はじめた。


「……――ええ、はい、そうです。依頼ナンバーは〇一五の『子鬼の討伐』です。対象がみつからないので――……」


 確認には今しばらくかかりそうだった。向こうとしても予想外なのか、アカリとのやりとりが頻繁に行われているが芳しくない。


 それを見て、


「少し休憩しましょうか」


「そうだねー」


「そうするのです」


 すっかり、空気が緩んでしまっていた。


 いかに討伐対象が発見できないといえどもここは結界の外なのだ。これは良くないだろうと判断したシュンが柔らかく釘を刺す。


「あまり油断しない方が良いかもしれませんよ」


「うん、これでも周りはみて――」




「「「GUGYA!?!?」」」



 

 ますよ。というシオンの言葉が発せられる前に三匹の子鬼が飛び出してきた。


 子鬼達が現れたのは瓦礫の下からだ。見ればそこには空洞があった。


 通路や廃墟の入り口には目を向けていたシオンたちだったが、流石に瓦礫の下から飛び出してくるのは予想外だったらしい。


「わっ!? ここは――」


 脇目も振らずに突っ込んでくる子鬼にまず驚いたのはシオンだ。驚きつつも《魔導》を発動させようと胸元の《魔導発動機》に触れているが、おそらくシオンの発動時間だと《魔導》が間に合わないだろう。どう考えても《魔導》が発動するよりも子鬼の到達の方が早い。


 ヒナとヤナの二人は子鬼達が出現したことによってまき散らされた瓦礫に目がいってしまったようだ。子鬼達に意図してやったとは考えにくいが、大人が放り投げるのに苦労しそうな瓦礫を簡単に吹っ飛ばしてしまうのだから、小型とはいえやはり《幻想種》ということだろう。


 雨のように降り注ぐ瓦礫は双子の少女達の手によって破壊されていく。


 アカリもこの状況に気付いてはいるが、連絡中だったためか反応が鈍い。今からでは彼女であってもどうにかするのは無理だろう。


「っち! 《アースウォール》!」


 となれば、今動けるのはシュンだけだ。


 短く舌打ちをしたシュンは《土》属性の《魔導》――その中でも防御に優れたものを選択する。シュンの声にあわせて出現した土の壁がシオンと子鬼達を一時的に遮る。


 とはいえ、Dランクの《魔導》であるため出現した土の壁は縦横ともに二メートル程度の小さなもの。シオンの身体一つ隠すので精一杯だった。


 あっさり回り込めるような壁であることを考えれば、ほんの僅かな時間稼ぎ程度しか出来ないだろう。


「「「GAGAGYA!!!」」」


 そう思っていたのだが、子鬼達は土の壁を手に持つ棍棒で殴り始めた。端が見えている壁など回り込むと思っていたのだが、なぜかそのまま突っ込むことを選択したらしい。


 一分もかからずに壁は壊され、子鬼達は開けられた穴から突撃するが、


「いってください! 《ファイアボルテックス》!」


「「「GAGYU!?!?!?」」」


 案の定、シオンが発動させた《火》属性の《魔導》によって一瞬にしてその存在を消滅させることになった。


「これでおしまいですかね?」


「そうかなー」


「近くに他の《幻想種》は見受けられないのです。瓦礫もバッチリですので問題ないと思うのです」


 周囲を見渡しつつもホッと息を吐く、シオンとヒナとヤナ。確かに引き受けていた子鬼の討伐はこれで達成したことになる。なにも問題は無いはずだ。


 だが、シュンの顔色は優れない。


 ――嫌な雰囲気だな……子鬼の行動が短絡的過ぎる。どう考えてもおかしい。


 子鬼の知能は余り高くないが、端が見えている土の壁をわざわざ時間をかけて壊すだろうか。明らかに回り込む方が早いというのに。


 それに、壁を破った時の子鬼の態度……どこか浮ついていたというか、覚束ないというか、シュン達を認識していないように――ある種の恐慌状態に陥っていたように感じられたのだ。


 そもそもどんな《幻想種》においても一心不乱に真正面に突撃してくるだけなどそうそうある状況ではない。


 もし、子鬼達をあそこまで震え上がらせる存在がこの近くにいるのだとしたら? 正直、学生では荷が重いレベルであることは間違いないだろう。


 そう判断したシュンはアカリに伝えようとするが、その前にアカリ自身が動いていた。


「先輩――」


「ちょっと待って!! 何かおかしいわ……すぐにこの場を離れることも視野に入れる――いえ、もう警戒しつつ逃げた方がいいわね。みんな学院まで後退よ。ここから先は私の指示に従ってちょうだい」


 やはりグループのリーダーだ。この状況にも冷静に対処している。


 この場において上位者であるアカリの言葉にシオンとヒナとヤナの顔つきも変わる。具体的なことは分からなくとも何か懸念されるものが有ることぐらいは瞬時に理解できているようだ。


 コクリ、と一つ頷くと全員アカリの元へ集まった。


 さて、このアカリの判断は間違っていない……というよりこの状況下においては最適な判断と言えただろう。


 ただ、あえて一言付け加えるのならば、


 全員がアカリの指示に従って学院へ帰還しようとしたのだが、その次の瞬間に聞いてしまったのだ――巨大な咆哮を。




「GUOOOOOOOOOOOOO!!!」




 それと同時にドスン! という短い地響きが聞こえてくる。音は段々と間隔が短くなっており、音の大きさは大きくなってきている。まず、間違いなくこちらに向かって駆けてきているということだろう。


 アカリの顔つきが険しいものへと変化する。


「……認識されちゃったみたいね。多分今からじゃ逃げ切れないかな?」


 それに関してはシュンも同意見だ。


 ――何が来る? 叫び声の威圧からしてドラゴンほどの化け物が来る可能性は低いが、間違いなく子鬼や火車、スケルトンとは格が違うぞ。


 シュンも鳴き声だけで全ての《幻想種》を判断出来るわけではない。


 足音が聞こえていることから、陸戦型の《幻想種》であることは容易に推測出来るが、それだけだ。


「みんな……来るわよ!!」


 アカリが言ったのと同時に廃墟の一角が吹き飛び、一つの《幻想種》が姿を現した。


「GUOOOOOOOOOOOOOOO!!!」


 歓喜のような叫び声を上げながら登場したのは、三~四メートルほどの巨大な体躯を持ち、赤い肌と角を持つ人型――そう、鬼だ。


 鬼にはかなりの種類がいるが、今この場に姿を現したのはある種スタンダードとも言える鬼だった。服と呼べる物は黄色と黒色のストライプで彩られた腰巻きだけ。その他の装備は手に持っている金属製のトゲつき棍棒。


 今も残る行事の一つである節分で良くモデルとなるもの、とでもいえばわかりやすいだろうか。


 ――なんでこんな所に鬼がいる!! コイツは結界周辺で出てくるレベルじゃないだろうが……。


 予想よりも悪い状況にシュンは内心で悪態をつく。鬼は低位種に分類されているが、その中でもかなり上位の存在だ。こんな存在が確認されていたのであれば、呑気に《クラン》活動などを許可されるわけがない。


 つまりこの鬼は、学院側が把握する前――おそらく、ほんの少し前にここにやってきたイレギュラーなのだろう。


 そんな鬼の瞳は完全にシュン達をロックオンしていた


 シュンはこの程度の威圧感溢れる瞳に睨まれるのには慣れているが、他はそうではない。シオンはビクン! と肩を大きくはねさせ、ヒナとヤナも普段よりも呼吸が荒い。一瞬とはいえ間違いなくのまれているだろう。


 アカリでさえもやや手が震えていた。


 だが、そこは先輩という意地があるのだろう。


「いい、私がアイツを引きつけるから、みんな一斉に走って逃げるのよ。ある程度距離をとったら学院へ連絡してちょうだい」


「で、でもみんなで戦えば……」


「ダメよ、シオンちゃん。確かに全員でかかれば倒せるかもしれない」


「な、なら――」


「可能性じゃダメなのよ。絶対じゃないとね」


「…………」


 アカリの真剣な眼差しにシオンはついに黙り込む。しかしながら、その表情は納得したとは到底いえないものだった。


 こうしている間にもいつ鬼が襲ってくるかわからないのだ。すぐに来ないのはこちらの様子を窺っているからだろう。アカリがすでに魔法陣を出現させて牽制しているというのもあるだろうが。


 そのため、シュンは護衛対象であるシオンをなんとかここから脱出させようと手を引き説得を試みる。


「シオンさん。アカリ先輩の言う通りにしましょう。早く学院へ連絡を入れて応援を呼びましょう」


 だが、シオンはシュンの手を強く振り払った。


「嫌です! このままなんて……私達のためになんて絶対ダメです!」


「そうはいっても、アカリ先輩自身が言っているのですから……」


 再びシオンの手を強く握り引っ張る。


「離してください! シュンさんはアカリさんがこのままでいいと思うんですか!!」


「いえ、そうではなく。僕達がここにいてはただ先輩の迷惑に……」


「先輩だけで鬼は危険かなー」


「お爺ちゃんとの特訓の成果を見せるのです」


「二人まで何を言っているんですか!?」


 シュンが手間取っている様にアカリは一つため息を吐いた。


「はぁ……これでもお姉さんは先輩なんだよ? だから、チョロッと相手するくらい余裕、余裕!」


 いつもの調子で軽く言っているがそれが強がりなのは明白だ。その証拠にアカリは目線で唯一冷静なシュンに後は任せる、と訴えかけてきていた。


 アカリの能力は確かに高いだろうが、ただの学生が鬼を単独で退治できるのならば、すでに《魔導戦士》の一員としてやっていけるレベルだ。


 このまま、単独でアカリを鬼と戦わせれば、ある程度は持ちこたえるだろうが、確実に敗北する。


 それが分かっていてなお、シュンはシオンを……ついでにヒナとヤナをこの場から離脱させようとしているのだが、


「シュンさん! いい加減離してください!!」


「いつまでも本人の意思を無視するのは良くないかなー」


「そうなのです」


 シオンだけでなくヒナとヤナまでシュンの手を剥がしにかかる。


 ――面倒な……無理矢理気絶させてでも連れて行くか?


 一瞬、そんな事が過ぎったが、それはそれで新たな面倒ごとになるだろう。少なくとも学院に気絶した三人を運び込めば事情を聞かれるのは間違いない。


 などと考えていたら、


「GUOOO!!!」


 そちらが来ないのならばこちらから行くぞ! とでも言うような咆哮と共に鬼が棍棒を構えたまま駆けだしてくる。我慢の限界というよりは、内輪もめをしている今が好機とみたのだろう。低位種も上位となればその程度の知能は容易にある。


「行かせない! 《ハイドロキャノン》! 続けて《ストーム》!」


 アカリは鬼を少しでもこの場から引き離すべく、火車の時にも使用した衝撃力が強い《魔導》を二つ続けざまに選択する。


「GUUUUUU!!」


 水流と荒れ狂う風をまともに食らった鬼だが、勢いにのまれ身体に傷を付けながら後退するものの依然としてピンピンしている。火車ならば容易に葬り去れる《魔導》であっても二撃では鬼を消滅させるには至らないらしい。


 それと同時に鬼の目に怒りの炎が宿る。アカリのことを獲物ではなく明確な敵と認識したらしい。


「いいわ……こっちよ!!」


 アカリはそんな鬼の思考回路を読んだのか、鬼の身体を回り込むように移動する。戦闘の余波がシュン達へと行かないようにしつつ、別の方向へ鬼を引きつけるつもりなのだろう。


「GUO!!」


 アカリの動きにあわせて鬼も移動する。先ほどよりも速く駆けた鬼は片手で大上段に構えた棍棒をアカリに向かって思いっきり振り下ろした。


 ドグシャァア!!! とたたき付けられた棍棒によって地面がえぐり取られ、砂埃が舞う。


「アカリさん!!」


 アカリの姿が見えなくなったことにシオンが狼狽えるも、


「っ!? あっぶないわね!!」


 次の瞬間にはバックステップで砂埃の中からアカリが飛び出してきた。身体強化の《魔導》を使用しているのかその動きは軽やかだ。


「……よかった」


 安堵しているシオンを余所にシュンは《魔導発動機》を操作する。


 ――とりあえず今のうちに連絡するしかない。


 本来ならば音声もしくは映像通信のほうがいいのだろうが、シオンが飛び出して行かないようにするのに片手を使用しているため、文章を鬼の証拠画像と共に転送する。


 緊急時用の回線を使用しての連絡なので学院側もすぐに動くはずだが、正直、学院からの応援が、アカリが戦っている間に到着するかはわからない。


 やはり、この場からさっさと脱出したいのだが、シオンはてこでも動かない気だ。現に今も必死に抵抗している。

 

 などと意識を余所にさいていたのがいけなかったのだろうか。


「いってください! 《リキッドランス》!」


「「《ライトニング》!」」


「何を!?」


 いつの間にか《魔導》をシオンとヒナとヤナが発動させていた。シュンが止めに入るが手遅れだ。


 シオンが放ったのは《水》属性Bランクの《魔導》。生み出された巨大な水の槍は貫通力を増させるためなのか渦を巻きながら鬼の肩に突き刺さった。アカリとの戦闘に夢中になっていて気付かなかった形だ。そこにヒナとヤナの複合魔導で生み出された雷が襲いかかる。


「GUOOOOOOOO!?!?」


 痛みからか鬼が叫び声を上げるが、消滅させるには至らない。


 それを見てシュンとアカリは表情を焦った物へと変える。


 ――中途半端に威力が高い……これはまずいか?


「《タービュランス》!」


 だが、ここをチャンスとも見たのか、アカリもBランクの《魔導》を発動させて鬼を倒しにかかる。この後に何が起きるのか分かっているゆえだろう。


 逆巻く風が槍の様に纏まり何本も鬼に襲いかかっていくが、鬼は棍棒を振り回すことでそれを迎撃していく。何本かは迎撃されて威力を失いつつも鬼に当たったが、鬼は依然と無事だ。真っ正面からの工夫もない攻撃ではダメだったらしい。


「ああもう!!」


 目論見が外れたことにアカリは思わず苛立った声を上げる。


 手負いの獣というのはそれほどまでに厄介だからだ。傷を付けられ生命の危機に瀕した動物は普段の力以上のものを発揮して、生き残ろうと死にものぐるいで戦う。


 それはあくまで獣――動物についての話だが、《幻想種》にも同じ事がいえる。


 鬼がそこまでのダメージを受けたかは定かではないが、事実として鬼の雰囲気が変わった。


 先ほどよりも荒々しく、重厚な雰囲気を纏わせていた。


「GUOOOO!!!」


 それと同時に吼えた鬼は先ほどとは比べものにならない速度で駆け出すと棍棒を振り回し始めた。大上段のように構えてはおらず、デタラメな軌道ながらコンパクトに振っている。


「っく!?」


 アカリも避けてはいるが、鬼の攻撃が激しくなったせいで反撃の糸口がつかめないらしい。


 ――もって数分といったところか。


 そんなアカリの戦いを眺めながら、シュンは酷ともいえることを考えていた。


 最初の鬼の動きならばおそらくアカリは三〇分前後耐えることができただろう。


 そうなればギリギリだろうと学院の通達を受けた《魔導戦士》や教師陣が来る可能性は零ではない。だが、今はその可能性が零になった。


 原因は勝手に攻撃性の《魔導》を使用したシオン達のせいである。


 事実それによって鬼の攻撃は苛烈さを増し、アカリは防戦一方になってしまった。


 ここまでくるとどうした方がいいのかシュンとしても判断がつかない。


 シオンを戦闘に参加させるのは論外なのだが、本人が戦う気満々……というかすでに一撃加えているうえ、未だ逃げる素振りがないため、このまま全員で戦闘してしまえ、と半ばやけくそな考えまで浮かんでくる始末だ。


 とはいえ、それは《魔導戦士》として却下なのだが、そうなると今度はアカリが死んでしまう。シュンからすれば必要があるならば最悪アカリが死ぬことは構わないが、シオンがこの場から撤退しないうえ、挙げ句アカリが死ぬのではシュンに対するメリットが一つも無い。


 この状況をなんとかする方法があるとすれば一つ。


 ――得策ではないが……で行くしかないか?


 シュン自身が《魔導戦士》として動くことである。


 正直、ここまで人目がある状況で使いたくはないのだが、それしか手はないように思えた。中位種に近い低位種である鬼相手にDランクの《魔導》だけで戦うのは自殺行為だ。


 シュンならばやれなくはないが、その場合でも身体の動きや戦法が学生レベルではないことは一瞬にして看破されてしまうだろう。

 

 だが、そんな風にシュンが僅かな逡巡をしている内に状況が変わってしまう。


「GUOOOOOOOO!」


 アカリ相手では埒があかないと判断したのか、鬼がその動きを変え、棍棒を地面にたたき付け距離をとったかと思うとシュン達の方へ駆けだしてきた。


 どうやら、先にこちらを潰そうという魂胆のようだ。先ほどのシオンたちの一撃(厳密には二撃)は鬼の怒りを買うには十分なようだった。


 シオンたちが迎撃準備に入ろうとするものの、その前にアカリが動いていた。


「行かせない!」


 鬼の背中を追いかけるため焦ったように飛び出す。その手には発動途中の魔法陣が現れていた。近距離から《魔導》をたたき込むつもりなのだろう。


 アカリ自身身体強化の《魔導》を使っているため、追いつくこと自体は出来る。


「《アース――》」


 鬼を射程範囲内に捉え《魔導》を発動させようとするアカリだったが、鬼が唐突に振り返えい、その豪腕を振り払った。


「しまっ――」


 すぐにでも退避しようと体勢を変えるが気づいた時にはすでに手遅れだった。


 アカリの眼前には丸太のような太い赤の腕が迫っていた。


 おそらく鬼のフェイントだったのだろう。アカリがシュン達のいる場所から遠ざけようとしていたのはその戦い方をみれば分かる。ずっとそんな風に戦っていれば鬼に見抜かれたのも当然だろうか。


「……かは!?」


 ドゴォ!! という衝撃音ともにアカリがくの字に飛んでいき廃墟の壁にたたき付けられる。


 そのままズルズルと地面に座って動かなくなったアカリを鬼は一瞥すると、シュン達の方を向いた。


 鬼の視線がシュン達を射貫く。


 その瞳は、次はお前達だと告げているようだった。


 そして、鬼はその足を一歩前に進める――

 




 事はなかった。




 なぜなら、


「《ファイアボルテックス》!」


「GUUO!?」


 シオンが子鬼を仕留めるときに使用した《魔導》が鬼の背後から炎弾が襲いかかったからだ。


「……どこ見ているのかしら? アナタの相手は私でしょ……うぇっほ! えほっ!!」


 肺を含む内蔵にダメージでもあるのかよろめき、咳き込みながらも毅然とアカリは立っていた。


「アカリさん!!」


 その姿を見てシオンが声を張り上げるが、


「いいから行って!! シュン君!! 丁寧にしなくていいわ! その子達を無理矢理にでも連れて行きなさい!! 遠慮は……えほっ、いらないわ!!」


 ここまでの決意を見せられては無理矢理連れて行くしかない、とシュンが力尽くで引っ張ろうとするものの、


 ――こいつら!? まだ抵抗する気か!? さっき先輩のピンチを招いておいて!? くそっ!? やはり予定外だが使うしかないか《ストライク――……


 シュンが頑なな抵抗を続ける三人にしびれを切らし、自身の本来の《魔導》を使用しようとしたところで――鬼が横合いから飛び出してきた何かに吹っ飛ばされた。


「よう、アカリ、無事か?」


「全く……先に行かないでくださいよ。これだから脳筋は困るんですよ」


 現れたのは二人の少年だった。一人は夕焼けのような赤髪を逆立てており、体格もよくシュンよりも大柄だった。


 もう一人は新緑のような髪色をし黒色のメガネを掛けた少年だ。細身だが足取りはしっかりとしており、一人目の少年程でないにせよ鍛えているのだろう。


 いずれもシュン達と同じ学生服を着ており、学院生であることが一目で分かる。そんな二人の胸元に有るのは五つの刺繍。つまりアカリと同学年ということだ。さらに、アカリの名前を呼んだことからも知り合いであると分かる。


 アカリはそんな二人の少年を驚きと怪訝が混ざった顔で見つめながら問いかけた。


「けほっ……ふぅーん? 〝実戦派〟と〝理論派〟の代表が揃ってなんでこんな所に?」


 その言葉で二人の正体がシュン達にも分かった。〝《学院魔導戦士協会》感覚派〟のリーダーとアカリが名乗ったときシュンも多少考えたことだが、他の二つのグループも似たような名前が付いていたらしい。おそらく〝感覚派〟の部分がそれぞれ〝実戦派〟と〝理論派〟なのだろう。


 そんなアカリの態度に対し、二人の少年は口を尖らせた。


「助けたってのにその言い方はねえんじゃねえのか?」


「全くですね。お礼の一言ぐらいは言ってもいいのではありませんか?」


「お前はさっきから〝全く〟しか言わねえな?」


「なっ!?」


 どうやら仲は余りよろしくないようだ。とはいえ、本気で嫌っているというわけでもないらしい。喧嘩仲間ということばしっくりくるだろうか。


「リュウもレイヤも……結局何しに来たわけ?」


 アカリの冷めた瞳に赤髪の少年――豪徳寺リュウと緑髪の少年――周防レイヤは声を合わせて答えた。


「お前(アナタ)の援護だよ(ですよ)」


 聞けば、二人ともアカリと同様それぞれのグループの新人を連れて《クラン》活動をしていたらしいのだが、鬼の咆哮を聞いて駆けつけたらしい。


 あんな風の声を……な、とリュウが指さした先には、


「GUOOOOOAAAAAAAA!!!」


 鬼が吼えていた。怒りに満ちあふれた声だ。肩からは血を流し、一部は《ライトニング》や《ファイアボルテックス》による焼け焦げた後も残っており、大分限界が近いのではないかと推測出来るが、まだ戦う気のようだ。


 ちなみに、二人が一緒に行動していた新人は近くにいた同じグループの人間に任せて学院へ避難させたとのことだった。


 二人は怒り狂った鬼を見ても怯えた様子はない。リュウは好戦的な笑みを浮かべており、レイヤは逆に涼しげな顔つきだ。


 消耗しているとはいえ、倒す自身があるのだろうか。


 ――じゃあ、お手並みに拝見と行こうかな?


 そして、シュンはその光景を見て、かなり失礼なことを考えていたのだった。

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