第9話

「お、二人とも来たねー!」


 二人がやってきたのは前回 《クラン》活動を開始するときにも集まった部屋だ。


「アカリ先輩、こんにちは」


 手を上げて、挨拶するアカリに対してこちらも挨拶をするシュン。だが、シオンには挨拶もそこそこになにやら話があるようで二人で話していた。


 ――これは……今日使うものだろうか。


 それを片目でみつつ、部屋の中にあるモニターなどを確認していたのだが、


「あ、シオンちゃんどうだった? 上手く行った?」


「はい、上手く行きましたアカリ先輩! シュンさんとお友達になれましたよ!」


「おおー! 良かったじゃない! この調子で頑張っていこうー」


「お、おー」


 などという声が聞こえてきたことにより、中断することになった。


「アカリ先輩が原因でしたか……」


 先ほどまでのシオンの態度がややおかしかった理由が発覚した。


「原因とはひどいなぁ。シオンちゃんがお友達の作り方を聞いてきたからお姉さんが的確なアドバイスをしてシュン君と仲良くさせちゃおうとしたのに」


「仲良くするならまだしもさせるのは勘弁願いたいんですが……」


「お? じゃあシオンちゃんとの友達やめちゃう?」


 シュンが困ったように頬をかくと、舌を出しながらそんなことを言うアカリ。目は三日月のようになっておりからかっているのが分かるが、シオンには背中を見せており見えない状態だ。


「え、やめるんですか……」


 そして、アカリの狙い通りと思われる行動をとるシオン。その表情はすでに悲しそうなものへと変わっている。


「別にそれくらいで止めませんよ……アカリ先輩からかうのはいいですけど悲しませるのは本意ではないのでは?」


 意趣返しとばかりにアカリの非道さをわざわざ言う。今度はシュンがにやりと笑う番だ。


 それに気づいたアカリが反論しようとするも、


「え、アカリ先輩わざと言ったんですか?」


「うわわ! ごめんねシオンちゃん!?」


 シオンの言葉に止めざるを得なかった。先ほどとは完全に逆転した形だ。


 そんな風に、がやがやと騒いでいると、


「なんかー」


「楽しそうなのです」


 いつの間にかヒナとヤナの二人も部屋の中に入ってきていた。


「ああ、お二人も来られたんですね」


 目ざとく気づいた……というよりも一番暇な状況であるシュンが二人に話しかける。


「さっき来たばっかかなー」


「そうなのです。それにしてもいったい何がどうなって今の状況が生まれているのですか? 教えて欲しいのです」


「私もかなー」


 ヒナとヤナの視線は未だに、わたわたとしている二人の方へ向けられていた。


 プクッとふぐのように頬を膨らませて怒ってますアピールをするシオンとそれをなだめているアカリの姿た。アカリにしては珍しく、上手く処理できないらしく時間が掛かっている。信頼があった分、落ちたときは大変なのだろうと勝手に納得しているが。


 そんな、彼女達を尻目にシュンは口を開く。すでに興味はないようだ。


「別に大丈夫ですよ。これはですね――……」




「わかったかなー」


「なるほどなのです」


 かいつまんで説明された内容に頷くヒナとヤナ。これであとはあのシオンとアカリの話が纏まれば終わりだと考えていたシュンの目の前に小さな二つの手が差し出された。


「はい? なんですかこれは?」


「私達とも交換かなー?」


「なのです!」


 ――本当になぜ、どいつもこいつも接触通信なんだ? 学校ではこのやり方が一般的なのか? 全く分からん。


 流石に数回目ともなれば手慣れたものだ。シオンのと違って環状型というのもあっただろうが、何事もなくスムーズに終わった。


「お? ヒナちゃん、ヤナちゃんとも交換したの? ならシュン君私とも交換しようよ」


「かまいませんが」


「が、ってなによ。が、って」


 などと言いながらもアカリの腕時計型の《魔導発動機》と接触通信で交換する。

 と、ここで気になったことをシュンが尋ねていた。


「そういえば、なぜ接触通信なのですか?」


「ん? なにが?」


「こういったデータの交換ですよ。僕は基本的に無線で送るようにしているので」


「ああーそれはね、コミュニケーションの一環としても捉えられているって話だったかな。《魔導戦士》になると連携とかも必要になるでしょ?」


「それは、そうですね」


 シュンは基本単独で活動しているため、あまり連携をとることはなかったが、この《クラン》活動のようにチームを組んでいる《魔導戦士》も多数存在している。それに即席の連携をとらざるを得ない状況というのも多々存在する。そのときに、コミュニケーション不足で敗北しましたでは話にならない。


 とはいえ、接触通信で送ることでコミュニケーション力が上がるかどうかは不明だが、やらないよりはマシと言ったところだろうか。


「あと、無線通信に比べて確実に届くっていうのも利点だからね。余裕のあるときは学院じゃ接触通信が基本になってるよ」


「なるほど」


 一応の納得をしたシュンは素直に頷いた。学院ではそれが基本というのならばあわせるべきだろう。無理に無線通信を強要しなくて良かったと内心では少しホッとしていた。


「よーし、じゃあ本日の《クラン》活動やっちゃおうか!」


 アカリが声を上げて全員にモニターを見るように促した。


 モニターに映っていたのは多数の依頼だ。


 これと似たものはシュンも《魔導戦士》と活動している時に見たことがある……というよりも、《魔導戦士》の支部で用意されているものと遜色ない。まさに疑似体験といったところだろうか。


「これって、ひょっとして《魔導戦士》が依頼を受けるときに使うものですか?」


「そう、その通りよ。でもまあ、本物の依頼に比べたら難易度も低いし、今の状態だといけるのは前回私と一緒に行ったところまでよ」


 街よりちょっと先ぐらいね、とモニターの一部に地図を表示して、印を付けた。街の外数キロ地点に大きな赤い円が表示されている。どうやら、これが今シュン達が行くことの出来るエリアらしい。


「この中から好きに依頼を受けて達成するってことでいいんですよね?」


 シュンも確認がてらアカリに質問する。


 システムが本職の《魔導戦士》と同じものならば質問する必要性など皆無なのだが、学院だと見た目は一緒でも多少の違いがあるかもしれないからだ。


「そうよ。どれを受けて、どれを受けないのも完全に個人の自由。ブッキングしないようにすでに受注された依頼は消滅するわ……あらちょうど一個消えたわね」


 確かに一番上にあった、『火車討伐』の依頼がきえている。他のグループかチームが引き受けたのだろう。


「学院で管理されている依頼だから危険性は低いはずだけど、前回同様、相手は本物の《幻想種》だから、気をつけてね。それと、依頼は何個受けてもいいけど達成できなかった場合はペナルティもあるわよ」


 あんまり大きいものではないけど、と付け足されたが受けていいものではないだろう。


 実際の《魔導戦士》においても依頼失敗はペナルティが科せられる。一度や二度では問題ないうえ、失敗したときの状況も加味されるためそこまで重くなることはない。


 しかしながら、たくさん受注しておいて、期限切れで失敗というのは同業者からも《魔導戦士》の支部からも嫌われているため、こちらは相応の処分を受ける。


 つまり、自分達がこなせると思うものだけを確実に受けようというわけだ。


 ――こういった制度はちゃんとしているな……。ここ一週間の授業もそこまで問題があるようには思えなかった。


 緩んでいることは間違いないのだが、学院全体の評価を上方修正する。


「ん? どうしたのシュン君考え事?」


「いえ、随分本格的にやっているんだな、と思いまして」


 これは素直な感想だった。


 やっていることはかなり本職の《魔導戦士》に近い……というよりも難易度や一部を除いてほぼ同じだろう。シュンが知る《学院魔導戦士協会》の制度はここまでではなかったと記憶していた。


 そして、その答えは以外な所にあった。


「ああ、それは理事長のおかげよ」


「理事長……ですか?」


「ええ、そうよ。去年理事長が変わって、その理事長がより実践的に近いシステムを構築した方が《魔導戦士》としての活躍が見込めるって。まあそのせいで《クラン》活動の危険性が少し上がったりして揉めたりもしちゃったんだけど……」


「なるほど」


 ――理事長……つまりは師匠か。何がお飾りだ、きっちり改革できそうなところは改革しているじゃないか。


 ケラケラと笑って適当な感じをだしておきながら、やれるところには手を出していたらしい。だが、これでも物足りなさを感じているのはおそらく出会ったときの言葉から確かだろうと判断している。


「ええと、何を受けましょうか?」


「どれも似たような依頼かなー」


「初心者向けだからそんなものなのです」


 和気藹々とモニターの中をのぞき込んでシオン、ヒナ、ヤナの三人はどの依頼を受けるのか相談していた。


 ヒナの言うとおりどれも戦う《幻想種》は似たようなものなのだが、微妙に条件や場所が違う。


 例としては『結界の北東に火車が数匹存在している。はぐれの用だが油断せずに倒して欲しい』や『結界西より子鬼の部隊を確認しました。三匹セットで活動しているとのことです。注意してください』や『結界南に人型の《幻想種》が確認されました。脅威度は低いものと思われますが、警戒して確認を行ってください』などといったものだ。


 実際の依頼もこれに近い形で出されるが、これほど丁寧ではない。やはりこういったところはあくまで練習ということだろう。


 もっとも、アカリが普段から受けているような少し上の依頼となると書き方が違う可能性も大いにあり得るのだが。


「シュンさんの意見も聞かないとですね。どれがいいと思います?」


 ポンと手をたたいたシオンが一旦話を止めてシュンへと向き直った。


 正直、どれでもいい。心の底からそう思っているシュンは苦笑いしつつ丸投げするという実に最低な行動をとった。


「みなさんで決めていいですよ。ヒナさんが言ったとおりどれも似たような依頼ですからね。このメンバーで協力すれば十分達成可能だと思いますので」


「どれでもいいって言われるのって結構難しいですよね……あの、アカリ先輩は――」


「お姉さんは口を出さないわよー」


 シオンが困ったような顔をして、先輩であるアカリに意見をもらおうとしたのだが先じて遮られてしまった。


「お姉さんがアドバイスしたら意味ないじゃない。付いては行くけど自分達で選びなさい。それも《クラン》活動の一環よ」


 そう言われてしまえばどうしようもない。


 その後、数分はあーだこーだと相談した末。結局、一番上の依頼をとるというなんとも適当な選択となったのだった。

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