第8話

 最後が騒がしくなった《クラン》活動初日も終わり、一週間ほどたった。流石に毎日クラン活動をするわけではないのか、シュンはごく普通に授業を受けては寮に帰るという至って普通の学生のようなことをしていた。


 八幡シオンを狙う何者かが現れることもなく、ついでにフレンからの情報も来ない。


 ――フレンにしてはやけに遅いな……そんなに情報を探るのに難航しているのか?


 一度分かっている範囲だけでもいいから送ってほしいと言っておくべきか。


 シュンが言うのもなんだが、フレンは優秀な《仲介者》だ。必要な情報はかなり早くなおかつ的確に見つけて送ってくる。


 専属契約しているのは、今はシュンだけだと本人も言っていたが、それ以外に短期契約や情報屋のように必要な情報を一つずつ売り買いすることはあるらしい。

 

 重なっていた場合遅れるのも致し方がないとは思うのだが、やはり連絡の一つも無いというのが気になっていた。

 

 そんな風にフレンの動向を気にしていると、


「すいません、来栖シュン君はいらっしゃいますでしょうか?」


 午後が自由時間となっている午前授業で終わった天羽士官学院の放課後。廊下の外では清廉な声によってシュンの名前が呼ばれていた。


 そして、その声の主が誰か分かると教室がざわつき始めた。


「おい、シュン。なんで姫さんがお前のこと呼びに来ているんだ?」


 シュンと特に仲のいいカイトが代表して聞きに来ていた。


「………………同じ《クラン》に入ることになりましたから。おそらく、その活動で呼びに来たのだと思いますよ」


 少し間があったのは答えるかどうか悩んだためだが、すぐに折れた。どうせいつかはバレることなのは間違いない。


 そして、隠せば隠しただけ発覚したときの騒ぎも大きくなるのが予想出来ていたからだ。


 驚いたのはカイトだ。


「《クラン》って……ああ、アカリ先輩のとこか!? あの後、結局入ったのかよ!?」


「カイト君には話していませんでしたっけ? そうです。あの後見学させていただいて、そのまま入ったんですよ」


 あっけからんというシュンにカイトはあんぐりと口を開けた。まさかあのあとすぐに入るとは全くもって想定していなかったからである。


 そしてカイトの声がそこそこ大きかった故にクラス中の人間がなにが起きたのかを知ることとなった。



「マジかよ……おれも《クラン》入ればよかったか!?」


「高等部一年で《クラン》はきついだろ……大体、シオンさんと一緒になれるかも分からないんだぞ?」


「そうだった!?」


「私も興味はあったけどためらっちゃたんだよねー」


「私もー、《魔導戦士》になるなら結局遅かれ早かれ《幻想種》とはたたかうわけだけどさ……度胸が出ないよね」


「そう考えると八幡さんもだけど、来栖君も凄いのかな?」


「でも来栖君って総合適性あまり良くなかったんじゃなかった?」


「あんた他人のまで良く覚えているわね――……」



 などなど、騒ぎが次第に大きくなっていく。


「じゃあ、カイト君僕は行きますね?」


「この状況で行く気かよ!? すげえ度胸だな?」


「だって、行かないとどうにもならないじゃないですか。それに八幡さんも困ってますよ……ほら」


 シュンが指し示した先にはシオンが苦虫を噛みつぶしたかのような表情を浮かべていた。


「俺にはどっちかっつーと、困っているより、怒っているようにも見えるけどな」


「? よく分かりませんが八幡さんの所に行きますね?」


「お、おう《クラン》活動頑張れよ」


 どこか覇気の無いカイトに見送られ、ざわついている教室を後にすると、シオンが駆け寄ってきた。


「遅いですよ、シュンさん」


「それは失礼しました。けど、八幡さんはなんでわざわざ僕の教室に来たんですか?


 連絡をくれれば棟にキチンと向かいましたよ?」


 そう言ってシュンは手に付けている《魔導発動機》をシオンへと見せる。


「アカリ先輩から迎えに行って欲しいって言われたんです。シュンさんにはまだ連絡先を教えていなかったらしいじゃないですか」


「言われてみれば、誰の連絡先も受け取っていませんでしたね……」


 シュンは考え込むようにあごに手を当てる。思い返してみても、アカリからは食堂でゲストキーを受け取っただけだし。


 その後も結界の外に出で《クラン》活動として《幻想種》退治を行っただけで、アカリはもちろん、ヒナ、ヤナ、シオンの誰とでも連絡先の交換など行っていなかった。

 アカリが〝《学院魔導戦士協会》感覚派〟の部屋で言わなかったのは、シュンが見学で《クラン》に入ると決まっていなかったからだろう。

 

 そのまま、今日まで忘れていたというわけだ。基本はちゃんとしている先輩のようだが、ミスもするらしい……いや、この場合はシオンをわざとシュンの元へと行かせた可能性もある。

 

 高等部一年で有名であるシオンがシュンの教室に赴けば大騒ぎになることぐらいすぐに予想出来るだろう。

 

 シュンの脳裏にはイタズラを成功させた子供のような笑みを浮かべるアカリの姿が存在していた。


「じゃあ、シュンさんまずは私と交換してください」


「ああ、はい。分かりまし……た?」


 ――また直接通信か……。


 アカリがゲストキーを発行したとき同様に直接通信を促され、当惑しつつも、『はい』と朗らかな笑顔を浮かべるシオンの意思を帰られそうにないと悟ったシュンは素直に応じる。


 アカリの場合腕時計型の《魔導発動機》だったためそこまで手間ではなかったが、シオンの場合はネックレス型の《魔導発動機》だ。必然的にシュンの手がシオンの胸に近づく。


「なんで疑問形なんですか……もう、ほら早くしてください」


「分かりました。します、しますから、引っ張らないでください」


 諦めて素直に交換しようとするのだが、今の絵面はかなり危ない状態だ。ともすればシオンがシュンの腕を無理矢理捕まえて自分の胸に触らせようとしているようにも見えてしまう。


「? なんでそんなに焦っているんですか?」


「いえ、何でも無いです。では交換しましょうか」


 よく分かっていないシオンを誤魔化しつつ、シュンは自身の《魔導発動機》とシオンの《魔導発動機》を触れさせて、連絡先を交換する。


「やりました!」


 彼女はどこか嬉しそうにペンダント型の《魔導発動機》を指先でもてあそんでいる。


 何が嬉しいのかは分からないが、喜んでいるのならそれでいいだろう、と結論づける。


「では、〝《学院魔導戦士協会》感覚派〟の棟へと移動しましょうか」


 多少は歩いて教室からは離れていたため余り注目されていなかったが、他人に目撃されていれば中々に面倒なことになったのは想像に難くない。


「あ、待ってください」


 先を行くシュンの後を追うシオン。


 そのまま二人でしばらく歩いていたのだが、校舎をでたあたりで、


「そういえばシュンさんは私のこと八幡さんって呼びますよね?」


「はい? ああ、そうですね」


 脈絡もなくいきなり言われて面食らったような顔をするシュンだが、何を言われようとしているのかつかめないまま返事をする。


「何でですか?」


 ――何がだ!? しかも少し怒ってないか?


 頬を軽く膨らませて問い詰められても主語がないため何を言いたいのかさっぱり分からない。


「だから、ヒナちゃんとヤナちゃんは名前で呼んでますよね?」


「ええ、はい。どちらも名字が同じですからね……アカリ先輩もそう呼んでいますし」


 また話が飛んだぞ? と思いながらも答えていく。


「アカリ先輩のこともです」


「先輩に関しては、なぜか最初からそうでしたね。理由はすぐには出てきませんが」


 おそらくカイトがアカリ先輩と呼んでいたからなのだろうが、アカリ自身がシュン君と下の名前で呼んでいるのも一つの要因だろう。最初からその呼び方だったためすでに慣れてしまっているのだ。


「私も名前で呼んでください」


「はい?」


「私もシュンさんって呼びますから、名前で呼んでくださいって言ってるんです!」


「は、はあ。分かりましたでは僕もシオンさんとお呼びしますね」


 小さい声ながらもはっきりとした口調で詰め寄られてしまったため、そのままなし崩しに約束してしまった。


「やりました! これでお友達がまた一人増えました!」


 そして、シオンは先ほど連絡先を交換したときよりも花がほころぶような笑みを浮かべる。


 それとは対照的にシュンの顔は固いものだった。


 ――友達……。友達というのは名前呼びをしたらなるものなのか? わからん。


 学校という場所に慣れていないシュンではそんな感想が出てくるのも仕方が無いことだろうか。


 シュンだけはどこか腑に落ちないようなものを抱えつつも、二人は自分達が《クラン》活動をする場所――〝《学院魔導戦士協会》感覚派〟へとやってきたのだった。

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