第7話

 最初に《幻想種》に戦うように指示されたのはシュンだった。


「この距離なら、《ツイスター》で! さらに、《アクアシュート》!」


 接近したシュンが、風属性の《魔導》で子鬼を浮き上がらせ、身動きがとれなくなったところで、発動する《魔導》を水属性に変更する。

 大きな水の塊が子鬼へと命中すると、


「GU!? …………」


 子鬼は汚い叫び声を上げて消滅していく。


 次はシオン。


「こういうすばしっこい相手にはこれです! 《ストーンバレット》!」


 シオンはペンダント型の《魔導発動機》から茶色の魔法陣を展開して、鋭い礫を呼び出すとショットガンのように狐の様な姿をした《幻想種》――妖弧に向けて放つ。

 

 妖弧は動物じみた素早い動きで避けようとするのだが、面を覆うように放たれた礫は逃げ道をすでに塞いでいた。


「KURUO!?」


 避けきることもできず穿られた妖弧は甲高い声を上げ消滅していく。


 最後はヒナとヤナの二人だった。


 何故、この二人は一緒なのかと気になったのだが、見ていればわかるとのことだった。


「行くよーヤナ!」


「分かったのですヒナ!」



「「《ライトニング》!」」



 ヒナが《風》の魔法陣を、ヤナが《水》の魔法陣を展開して、あわせるという方法で複合属性を生み出していた。


 二人が使っているのは特注品と思われる《魔導発動機》だ。士官学院の支給品である環状型のものと同型だが、見た目が明らかに違う。ヒナとヤナそれぞれの髪の色に合わせているのか、金色に近い黄色と黒色だった。おそらく内部も少女達にあわせてカスタムしているのだろう。


 魔法陣から迸った紫電はカタカタと体中から音を慣らしながら襲いかかってくる骨の《幻想種》――スケルトンを一撃の下に粉砕した。


 その光景を見てシュンは失礼なことを考えつつ気づかれないように眉をひそめる。


 ――実用レベルで《魔導》をそれぞれ融合させるとは……非常識なのはあのじいさんと同類か。やはり親族だな。


 単独で《魔導》を融合させて使うのは珍しくない。というよりも、単独で二種の《魔導》を複合させることで上位属性となるのだ。上位属性は威力が高いものの使用者への負担が大きく連発するようなものではない。

 だが、先ほどヒナとヤナが行ったように二人で分散させれば負担は軽くすることができる。


 ただ、そう考えたものが過去にいなかったわけではない。いずれも成功しなかった……いや、実用にはほど遠かったと言うのが正しいだろうか。別人同士が《魔導》を融合させた場合、威力が致命的に足りなかったのだ。未だに実験は続けられているらしいが、完璧な成功はないとも言われていた。

 

 ヒナとヤナが成功させたのはそんな技術なのだ。シュンが驚くのも当然のことと言えた。

 

 全員の戦闘を見終えたアカリが声をかける。


「よーし! 今日はこれで終わりにしましょー! これ以上遅くなっても困るしね」


 確かに時刻はすでに夕方だ。学院の寮には門限もあることを考えれば、早めに帰ることに越したことはないだろう。


「それにしても、みんなの実力を確認させてもらったけどみんな凄いね。シュン君は使える《魔導》が少ないって話だったけど……」


 《幻想種》と戦う前にシュンは予めアカリ達に。自分は四属性の一部の《魔導》しか使えないと伝えていたのだ。


 だが、それでも誰一人嫌な顔を見せなかった。てっきり一人ぐらいは嫌な顔をするかと予想していたのだが、それよりも戦い方を見せたところ逆に感心されてしまった。


「あ、はい。基本的に四属性Dランクまでの適性しかないので、身体能力と相手を見極めることを重点的に鍛えていました。チームとしてのポジションは《前衛》が向いていると思っています。使える《魔導》少なくても組み合わせれば戦えるので」


「うんうん、自分で弱点も分かっているなら大丈夫かな。それに《補助魔導》もかけながら戦っていたよね?」


 見抜かれていたのか、とシュンは内心でアカリの能力をさらに上方修正した。この先輩は間違いなく優秀だと。


「その通りですね。同じくDランクですけど身体強化の《魔導》を使用してから戦っていました」


「うんうん。シュン君はそのまま適性を伸ばせればきっともっと強くなれるね! いまでもこの辺りの《幻想種》相手なら大丈夫だよ!」


「ありがとうございます。頑張ります」


 適性というのはあくまで計ったときに表示される適性だ。一生伸びないなんて事は無いし、下がる例も存在している。一度伸びるとそうそう落ちないが、伸びる条件はこれまた定かではない。


 今の所有力な説は《魔導》の修練をしていると伸びるとされているが具体的に何がどう作用するのかは不明だ。


 ――そう言ってくれるのは有り難いが、俺は四属性はもう伸びないんだがな。


 アカリが本心から言っているのはその表情から理解できていた。


 癖が強く変な先輩であることは間違いないが、それと同じくらい善人でもあるようだった。


 アカリはシュンからシオンへと向き直って声をかけた。


「シオンちゃんの《魔導》は流石の威力と精度だね。妖弧もすぐに倒しちゃったし」


「ありがとうございます!」


「でも、発動までに時間が掛かっているのが難点かな。このあたりの《幻想種》相手ならシュン君と同じく大丈夫だろうけど、《幻想種》の中位種とかになると速度が上がるものが結構存在しているからね」


 最後に、まあ、私も戦ったことはないから偉そうなことは言えないんだけど、と付け足していた。


 確かに、中位種や高位種となると《幻想種》の強さも跳ね上がる。種類にもよるが、強さが上がれば全体的な能力が高くなるので、必然的に速度も上がるのだ。

 

 この辺りで出現するのは低位種の中でもさらに低いランクの《幻想種》なのでそう言った心配は無縁といえるが、アカリがそう警告するのも当然だろう。


「はい。頑張っているんですけど、中々上がらないんですよね。これでも、このペンダント型の《魔導発動機》を使うようになってからは速くなった方なんですけど……」

 

 アカリに言われたことは自身も分かっているのか、シオンは少し落ち込んでいるようだった。その証拠に、目尻が少し下がっており悲しげな表情になっていた。


 ――あれで、速くなった方だったのか……いや、でもなんであんなに遅いんだ? 総合適性がAランクならば、展開適性は悪くともC前後は有るはず。なら、先輩並とは行かなくても平均的な展開速度にはなりそうなものだが。

 

 シュンは二人の会話を聞いて内心で悩む。

 

 自分の知識とあからさまに食い違っているからだ。

 

 適性というものを何で判断しているのかというと一応、《魔導》を扱う本人の魔力量といわれている。といっても魔力という具体的な物質があるわけではなく、魔導の発動によって、生み出される未知のエネルギーを計っているというのがより正確な表現だろうか。

 

 魔力弾を使って適性を計るのは、《魔導》の属性に左右されずに済むからである。

 

 《魔導》は《幻想種》を駆逐するために使用することを前提に研究を進められていたので、なぜそういったことが起きるのかについてはあまり重視していなかった。

 

 近年は多少人類側に余裕が出来たこともあり、魔力の研究も進み何らかの粒子ではないかと推測して研究しているところもあるというのはシュンも聞いたことがある情報だった。

 

 その間にも会話は続いていく。


「上位属性も上手く使えないんだっけ?」


「は、はい。私何故か上位属性が上手く出来なくて。何回練習してもダメなんです。いつか出来るようになるよ、なんて言われていますけどひょっとしたら私才能ないんじゃないかと思っちゃって……」


「いやいやいや!? あの威力の《魔導》が放てて、試験で総合Aもらっておいて才能がないんでしょうか……なんて言っていたらお姉さん本気で怒っちゃうよ?」


 さらに表情が悲しみにそまったシオンに対して、アカリは食い気味に突っ込んでいく。


 当たり前と言えば当たり前だ。シオンの能力――《魔導》の適性は非常に高いのはアカリの言うとおり事実であり、シュンも素直にそこは感心していた。


 実戦で使い物になるのかどうかは別物として、大多数の人物からうらやましがられるのは間違いない。


 これで才能が無いのでしょうか、などと問いかけるのはただの嫌みだろう。シオンとしてはそんなつもりは一切ないのはその悲観的な顔つきから十分わかるからこそ、冗談気味にアカリがフォローしているといったところか。


 正直、他者ならば殴られていてもおかしくない。


「そ、そうなんですか」


「そうだよ! だから自信を持って! 大丈夫、慣らしていけばきっと使えるから!」


 ――上位属性が上手く使えない……ね。少し気になるな。フレンが調べた情報と照らし合わせれば何か見えてくるかもしれないな。


 流石にこれ見よがしに気にするわけにもいかず、今は心にとどめておくだけにしておいた。一週間以内には調べられたかどうかある程度フレンからの連絡も来るだろう。


 シオンをなだめたアカリは今度はヒナとヤナの二人へと向き直る。


「ヒナちゃんとヤナちゃんも流石の強さだね。もしかしてヨーロッパエリアの方でも《幻想種》を倒したことがあったりとか? 複合属性が得意ってのは聞いていたし、二人であわせて使うっていうのも聞いていたけど手慣れているみたいだったね。スケルトンが一瞬にして消滅するなんてお姉さんも予想外だったから」


「うーん、低位種なら何体か自分達だけで倒したことはあったかなー」


「お爺ちゃんがあまり戦わせてはくれなかったですけどね。スケルトンやゴブリン、コボルトあたりならヒナの言うとおり戦ったことがあるのです」


 アカリの問いかけにさも平然とした態度で答えるヒナとヤナ。この程度は当然なのだろう。


 ――じいさん監修の元で訓練したとなればその程度の《幻想種》は倒しているか……狂骨程度ならば造作も無いだろうな。二人で行う複合属性ならば中位種の鬼とかでも一撃で葬り去れそうだな。


 ちなみに狂骨というのは厳密にはスケルトンのような一般的な骨だけの怪物ではなく、白髪の生えた骸骨が井戸から出てきた物を狂骨と呼んだという話が残っている。

 

 極東エリアで出現する骨の《幻想種》であるゆえに狂骨とも呼ばれているが、一般的にスケルトンと言い切ってしまっていいだろう。どこでもほとんど姿が変わらず、骨の《幻想種》であることに違いはないのだから。


「そうなのね。なら、ヒナちゃんとヤナちゃんはお爺ちゃんであるリカルドさんから詳しくアドバイスをもらった方が良いかもしれないわね。お姉さんにはまねできない技術だし、唯一できるアドバイスと言えば上位属性を二人で放つときの隙だと思うのだけど……そんなのもう嫌というほど聞いたんじゃないかしら?」


「お爺ちゃんから周囲への警戒を怠るな!! って言われてたかなー」


「あと、仲間に警戒を頼ってもいいと言われていたのです」


「やっぱり、A級 《魔導戦士》のリカルドさんってことかしら……私が思いつく程度のことはすでに話しているわね」


 少し残念そうな顔をしたものの、すぐにいつもの飄々とした顔に戻ったアカリはパチン、と手をたたいて締めくくった。


「じゃあ、これで今日の確認も終えたってことで帰るわよ。あと初日だから……ちょっとつまんなかったかもしれないけど基本は大事ってことで。あ、そうそうしばらくは私が一緒にチームを組んで《クラン》活動をするからね。間違っても勝手に四人でいかないでね」


 ――意外とちゃんとしているんだな。


 シュンはわりと本気でこの四人のみで活動するものだと思っていた


 この学校の《学院魔導戦士協会》の制度なのか、〝《学院魔導戦士協会》感覚派〟独自の制度なのかは分からないがいいことだろう。


 いきなり新人だけで組ませると最下級の《幻想種》が相手とはいえ、周囲への警戒がおろそかになったり、唐突な出来事に慌てたりといったことが起きる可能性は十分ある。


 現にアカリは今日の《クラン》活動において、誰よりも周囲の警戒をしていた。あのややふざけたような解説のときや質問のときもだ。


 もちろんシュンも行っていたが、アカリが警戒しているのを見て緩めたのだ。気づかれないようにしたというのもある。


 シオンの護衛でも有ったため気は抜いていないが。


 来たとき同様、アカリを先頭に全員でついて行く。


 すでに周辺の《幻想種》は退治してしまったのか全く見受けられないが警戒を怠らずに結界の内部を目指す。


 帰り際、シオンが結界の外に作られた街の中に入った直後、唐突にこんなことを口にした。


「来たときも思ったのですが、結界の外はこんな風になっていたんですね。見ているのと実際に行ったのでは全然違くてびっくりしました」


「ああそうね。シオンちゃんは結界の外から出たことがなかったんだったわね」

 それに反応したのはアカリだ。やはり、少しシオンの事情を知っているらしい。ここはチャンスとみてシュンも話に加わった。


「どこに驚いたんですか?」


「お、なに? シュン君、シオンちゃんの話に興味があるの?」


「また、からかおうとしても無駄ですよ。帰るあいだ暇なので参加させてもらおうと思っただけですから。嫌なら引っ込みますよ?」


「今日一日ですっかりシュン君私に慣れちゃったなー」


 ややいじけた声を漏らすアカリを見ながらクスクスと笑ったシオンはシュンに許可を出しつつヒナとヤナにも声をかけた。


「いえ、大丈夫ですよ。ヒナちゃんとヤナちゃんも興味があったら参加していいですからね?」


「わかったかなー」


「わかったのです」


 二人の返事を聞いたシオンは少し真剣な顔つきで口を開く。


「結界の外にも街があるのは知っていたんですが、その有様と人の多さにびっくりしたんです。結界の外は《幻想種》が闊歩する危険な世界だって教えられてきましたから」


 それは現代の常識で真理でもある。


 事実、子供に最初に教え込む一つがそれだ。理解できる年齢でなくとも結界の中で生まれた子供ならば結界の外に行ってはならないと必ず教えられることだった。


「そうですね。結界の中に全員住めるわけじゃないですからね。もちろん安全は配慮した上で街を造っているわけですが……」


 そう、結界の外にも人は生きている。結界に入れる人ばかりではないのだ。

 シュンは今自分達が歩く街をざっと見渡す。


 そこにあるのはダウンタウンといった雰囲気の街だ。近代的な造りである結界内部に比べると二~三ランクは落ちる建造物群であるのは間違いない。


 その理由は結界の外だから、ではないのだが、ある意味そうだともいえる難しい状況だった。差を付けたいわけではないのだが、《幻想種》がやってくる可能性を考えると高い金や資材をかけて結界の外に街を作るのは厳しかったのだ。


 結界の内部に各種プラントなどを造って、人類を存続させつつ《幻想種》への対策を! という基本的なことは成功したのだが、結界が安全だと広まった段階で《幻想種》に怯えて暮らしていた結界の外に済んでいた人々が移住し始めたのだ。


 もちろんその道のりは険しく《幻想種》によって殺された人もいた。

 さらに、結界の内部で子供が生まれたりして、次々と人口が増えていったのだ。地下の住居を造ったり可能な限り新たな建物を高層ビルの様にしたりと数少ない面積を生かそうとしたが、やはり限界が来てしまった……というか、むしろ現在は結界の中よりも外の方が人口自体は多い。


 それで幻想種用の装甲を生かして防壁とし、その中に街が造られることになったのだ。

 

 本来は幻想種装甲という名の通り、結界がなくなったときのためなのだが、現在では結界の外の街を守るための扱いとなっており、どこの精霊指定都市でも似たような状況になっている。


「まあ、初めて出たのなら驚くわよね。結界の外と中の違いには。シュン君やヒナちゃん、ヤナちゃんも最初は驚いたんじゃない?」


「そうですね」


「そうかなー」


「そうなのです」


 それぞれ、思い思いに頷く。初めて見た時を思い出しているのだろう。


 事実として結界の中からでも建物に差があるのは理解していたはずなのだが、知識として知っているのと実際に見たのではインパクトが違う。まるで別世界とでもいったような印象を受けるのだ。子供ならばなおさら記憶に残っているだろう。


「それで、不思議に思ったんです。なんでこんな風に街が出来ているのかなって。人口が理由なのは分かっているんですが、それだけじゃないような気がして……」


 シオンはどうやら本当に理由が分かっていないようで首を傾げている。


 アカリは答えを知っているようだが、素直に答えてしまってもいいのか悩んでいるようだった。ヒナとヤナもここまで純粋なシオンに答えていいのか分からないようだった。


 シュンも答えるか少し悩んだのだが、護衛対象の性格や環境をしるいい機会だと判断して答えることとした。


「それはまだここが安全だからですね」


「安・全? 結界の外なのに? ですか?」


 何を言っているのか分からないといった体でなおも首を傾げていた。

 それをみて、本当に知らないのだとシュンは確信する。


「それでも安全なんですよ。《魔導戦士》による見回りもおこなわれていますし、食料を始めとした物資も豊富です。さらに、医療や仕事もありますからね。結界の中で出稼ぎのようなことをしている人もいるはずですよ」


 シュンの言ったことは全て事実である。


 街の外では士官学院を卒業した《魔導戦士》やエリアから雇われている《魔導戦士》が《幻想種》の処理を行っており、必然的に《幻想種》の数は少なくなる。だからこそ、今回の《クラン》活動のように士関学院生が安全に《幻想種》との戦闘訓練が行えるのだ。


「ああ、なるほど。至って普通の考えでしたね」


 新たな知識を加えて喜んでいるシオンにはわるいが重要なのはこの先だ。アカリやヒナやヤナが話しにくかったのもこの先の部分である。


「そのことを考えれば結界の中に入れなくてもみんなこの街を選ぶでしょうね。新参者は防壁のすぐ近く……たとえ死に一番近い場所に配置されたとしても、ですね」


「はい?」


 口を開いて固まるシオン。それでも聞き返したのは無知ではいられないと本能的に判断したからだろう。


「結界の近くならば《幻想種》が侵入してくることはあっても生まれることはないと言われていますから。それに、万が一防壁を越えて《幻想種》に侵入されても襲われる前に《魔導戦士》が駆けつけられる可能性の方が高いですからね」


「え? でもそれって亡くなる人もいますよね。その、間に合わなくて……」


「ええ、そうですね。年にここでも何人も……世界的に見れば結構な数の人が侵入してきた《幻想種》にやられてい――殺されている」


 わざわざより直接的な言葉に言い直したのはここまで言ってしまったのならば、中途半端にぼかしても意味がないからだ。


 シオンの顔は見るまでもなく青くなっている。けれども、倒れたり、立ち止まったりしないのは自身の持つプライドゆえだろうか。それとも、別の理由があるのか。


 余り良くない顔色のまま黙っていたアカリの方へ視線を向ける。


「アカリ……さんは……知っていたんですか?」


「あー、うん。知っていたっていうか常識……かな? お姉さんこの街の出身だし」


 ――この先輩はそうだったのか。妙に飄々としているのもそれが原因か? だが、なんで実力があるのかは理解した。元々の素養が高かったんだな。


 アカリが《魔導戦士》としての能力が高いのは今日の《クラン》活動で見たとおりだ。それは本人の努力ももちろんあっただろうが、才能という言葉も関係しているのかもしれない。


 どういうことかというと、幼少期の時点で《魔導》の適性が高いと青田買いのようなことをされるのだ。結界の外にいる子供達にも検査を行って、その結果家族ごと結界の中へ引っ越すなんてこともある。


 優秀な《魔導戦士》になりそうな子供に対する報酬とも言えるが、〝危険な結界の外に家族を置いておきたくないだろう? だから、キミは《魔導戦士》になってくれないかなあ?(悪意のある意訳)〟というお偉いさんの思惑だ。《幻想種》と戦う《魔導戦士》は何人いても足りないということはないのだから自発的になろうとする人材の他にスカウト的なことをするのも当然だった。


 アカリもそういった子供達の一人なのだろう。

 未だ顔色は回復していない中、シオンの口が震え気味に開かれる。


「私……そんなこと知りませんでした」


 だれも何も言わない。本人が知ろうともしなかったというのもあるかもしれないが、おそらく知らされていなかったのは環境の問題だろうというのは容易に想像出来るからだ。


 ――士官学院生でこうも知らないことにも驚きだが、なんで今になって結界の外に出ることを許可されたんだ?


 そして、シュンが気になったのはそこだった。結界の外について教え込ませてすらいなかったとなれば、外に出る行為自体言語道断のはず。高等部に入ったことで本人の心境以外に変化があったのか。


「だから、私少しでもこの街の人たちの犠牲者が減らせるように……出ないように頑張りたいと思います!」


 小さな声だが、はっきりと言い切った決意の言葉だった。


「じゃあ、今後も《クラン》活動を続けるってこと? その先の《魔導戦士》になることも?」


 優しい目をしたアカリが、そんなシオンの瞳を見つめながら問いかける。


「はい、そのためにもアカリ先輩に言われたこともしっかり意識したいです!」


「うん、漠然と《魔導戦士》になりたい! ってのよりもいいと思うよ。目標がある子は伸びるから。ヒナちゃんとヤナちゃんも何か目標はあるよね? だからわざわざこの学院に来たんでしょ?」


「そうかなー」


「はいです。中身については内緒ですが、ヒナもヤナも目標はあるです」


「あはは、流石にいきなり教えて? なんて言わないわよ。でもそれなら二人も大丈夫ね。リカルドさんのお孫さんって所を除いても優秀な《魔導戦士》に慣れると思うよ」


 満足げに頷いたアカリはシュンの方へとやってきた。


「ありがとね、シュン君」


「何がですか?」


「いや、シオンちゃんにわざと話し振ってくれたんでしょ?」


「バレてましたか」


 誤魔化すことも考えていたが、この状況で否定するのは不可能だろうと判断していた。


「そりゃあね。シオンちゃんには伝えておいた方がいいのは知っていたんだけどね……どうにも言うタイミングがつかめなくって、しかも今日会ったばかりのシュン君に頼っちゃった」


「いえ、気にしないでください。僕も気になって軽い気持ちで聞いてしまっただけですから。先輩が悩んでいたのは気づいていましたよ」


「うーん。シュン君に言っておきながら私が表情に出ていちゃ世話ないね……」


 あかりが言っているのは昼食時にゲストキーを渡すときに言った一言だろう。アカリのことをシュンはミオに近いと思っていたが、根が善人である以上ミオよりも理解しやすい存在だと気づいた。少なくともうさんくさい笑みと態度を常にとっている化け物よりは人間であるから好感が持てる。


「あれでシオンちゃんの所も色々あるから……」


「色々ですか……」


「そう色々……中身が知りたかったら個人的に仲良くなって聞いてね? お姉さんプライバシーには気を遣っているのよ? これでもね?」


「自分で言わないでくださいよ……あと、それくらい理解しているつもりです」


「そっか」


「お二人で何を話しているんですか?」


 話はこれで終わりかと思われたのだが、後ろでヒナとヤナの二人と姦しく話していたシオンがアカリとシュンの距離の近さと話の内容に興味を持ったらしい。顔色は多少良くなったらしく、試験の時に見た大和撫子のような雰囲気に大分近くなっている。


「んー?」


 そんなシオンの質問にアカリは唇の前に人差し指を持ってきて首を傾げる。


「色々……かな?」


 どうみても秘密ありありですと白状しているようなものだが、にっこりと微笑んだアカリに何も言えなくなってしまったらしい。


「もう、アカリ先輩はいっつもそうやって誤魔化しますよね」


「ふふふっ、いい女は秘密が多くないと」


 どこかで聞いたことある一言だな、とシュンが思うのも無理はない。たまにミオが使う一言だった。『ふっふっふー、いい女には秘密があるものなのだよ!』などとのたまっていたことがあった。


 もしかして、何かからの受け売りで流行っているのだろうかとも思うのだが、あいにくとシュンに思い当たる節はなかった。


「あーそうだ。シュン君に聞きたいことがもう一つあったんだった」


「はい? 何でしょうか?」


 まさかここでもう一度、自分に話が振られるとは思っていなかったシュンはほぼ素の状態で驚く。もっとも言葉遣いの方は問題なかったが。


 やや身体を硬くさせるシュンをみて、アカリがクスクスと笑う。


「そんな身構えなくてもいいよ。今日の中で一番重要な事だけど、すっかり聞きそびれていたのを思い出しただけだから……シュン君は内のグループそしてこのチームに入ってくれるのかな?」


「あ、そうでした! シュンさんは見学でしたね!!」


「そうだったかなー」


「そんな話を聞いていたのです」


 全員の視線がシュンへと集まる。


 八つの瞳に見られるシュンは殺気もない視線だというのに一瞬たじろぐ。その理由はシオンの視線のせいだろう。どこか小動物感すら感じさせる瞳だった。


「ああ、そうですね。入らせていただきます。元々、《クラン》活動自体に興味が有ったからこそ来たんですし、せっかく今日皆さんとも知り合えたんですから」


 そこで言葉を句切ってシュンは周りを見渡す。


 ヒナとヤナは先ほど同様興味深そうに見るだけだが、シオンは少し安堵しているようにも見える。


「それにこの状況で入らない……なんて言ったらかなりの薄情者じゃないですか?」

「あーうん。でも本当に嫌なら断ってくれてもいいんだよ? 〝《学院魔導戦士協会》感覚派〟だけじゃなくて他にも二つあるから――……」


 そこまで話したアカリの言葉を遮って、声のトーンを一段階落として真剣な顔つきで話す。


「ここに来て常識的な態度をとらないでくださいよ……先輩はふてぶてしく強引に入れさせるぐらいの方が似合ってますよ」


 最初は何を言われたのか分かっていなかったのか、キョトンとしていたアカリだが、次の瞬間には大笑いしていた。


「あはははははははは!! そうだね!! その方が私らしいね!!」


「はい」


 ひとしきり笑った後、アカリは目尻の涙を拭うと、


「だーかーらー」


「はい?」


「シュン君の《魔導戦士》になりたい理由を教えてもらいたいなー?」


 シュンに対して飛び掛かってきた。


 そのままアカリが肩に手を回す。それと同時に側頭部に柔らかい感触が押しつけられるがシュンとしてはそれどころではない。


「ちょっ、離れてください!? 重い!? あと! 言いませんよ!」


「乙女に重いは失礼じゃないかなー?」


「あ、私も差し支えなければ聞きたいです! 気になります!」


「聞けるのなら聞きたいかなー」


「他人の理由というのもいい勉強になるのです」


 さらに続けてシオン、ヒナ、ヤナまでやってくる。


「その前に先輩を離してくれませんかね!!」



 ――やっぱり学生だの学校だのは嫌いだ!!



 こうしてシュン達の《クラン》活動初日は幕を閉じるのだった。


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