第5話
「はい、では基礎からおさらいしていきます。正面のモニターに注目してください。我々人類の敵である《幻想種》……その中でも最初に確認されたものがこのゴブリンというわけです。ゴブリンという存在は伝承によって描かれかたは様々です。一例を挙げるならば、ゴブリンの種族そのものが精霊であるとも、妖精であるとも、幽霊であるともされています。本当の所はどれだったのか分かりませんが、今私達の目の前に現れたゴブリンはこれらとは違う、というのは皆さんも知っての通りでしょう」
放課後、シュンがアカリに誘われたグループが借りている部屋へ向かう途中。一つの教室の前を通ると廊下にまで初老の教師の声が聞こえてきていた。
「私達がゴブリンと呼ぶ《幻想種》は醜い小人です。ゴブリン=醜い小人という等式が世界中に広がったのは、小説が始まりといわれています。そこから、旧時代のゲームや漫画、アニメといったサブカルチャー的なものへと広がり定着していったわけですね。そして、数々の伝承と現れた《幻想種》とのズレはゴブリンだけに限ったものではありません。そのため、《幻想種》というのは我々人類の集合的無意識によって生み出されているのではないか、という説も出てきています。説との因果関係は不明ですが、ここ関東エリアの周辺で確認される《幻想種》は――……」
補習だろうか。教師の声にやる気も感じられなければ、授業を受けている生徒にもやる気は感じられない。どちらも義務的に行っているという感じだ。
シュンはそんな生徒達を尻目に高等部校舎を抜けて多目的棟へと足を進める。
その理由は《学院魔導戦士協会》は多目的棟に存在するからだ。
カイトの話では、《学院魔導戦士協会》のグループは三つに分かれており、借りている棟も違うとのことだった。
――ここであっているのか? それにしても一つのグループで棟一つとは剛気なことで……。
多目的棟と一括りにされているが、ここには建物が寮以外に一〇数棟は存在している。学院で使う施設を考えると生徒達に割り当てられているのは多くてもその半数程度だろう。《学院魔導戦士協会》がそのうち三つも使用できるというのは、期待の表れなのか、それともただ単に人数が多いだけなのか。
などと考えていると目的地である棟にたどり着いた。
入り口には〝《学院魔導戦士協会》
――この書き方だと他にも〝○○派〟というのがありそうだな。しかし、なぜ〝感覚派〟なのだろうか?
首を傾げながら、《魔導発動機》内にあるゲストキーを使い建物の中へと入ったシュンは内装にまたも驚くことになる。
――ここもまた随分な金のかけようが窺えるな。そこらの《魔導戦士》の公式施設より上じゃないのか?
新型の電子モニターとドリンクサーバーまで配置されているのを見てそう思う。
ここに来てから驚いてばかりのように思えるが、シュンが驚きすぎというよりもこの学院の設備が凄いだけなのだ。余所から誰か連れてくれば似たような反応をすることだろう。
神宮司アカリから渡されたデータを元に内部を進んでいくと一つの部屋にたどり着いた。道中、何人かの生徒とすれ違ったが、シュンを気にした様子はない。アカリから話がいっているだけなのか、他のチームには興味がないのか、それともシュン自体に興味がないか。
いずれにせよ、話しかけられないのは面倒がなくていい、とシュンがノックをしつつドアを開ける。
「失礼します。本日 《学院魔導戦士協会》の見学に来た来栖シュンです。神宮司アカリ先輩はいらっしゃいますでしょうか?」
丁寧な言葉と同時に端的に用件を伝え軽く会釈したのだが、反応がない。まさか、無人だったのだろうか、と視線を慌てて戻す。
「ええと、今アカリ先輩居ないんです。私も待っているだけなので……この場合はどうすれば良いんでしょうか?」
シュンの目に入ってきたのは真珠のような光沢を放つ長い黒髪を携えた美少女――というか、八幡シオンだった。
予想だにしない出会いにシュンの瞳が丸くなるもののすぐに元に戻る。
――このグループが当たりだったか。さて、どうしたものか。
自身の目的である少女とこうもはやく出会えたのは非常に有り難いのだが、心構えが微塵も出来ていなかった。とりあえず悪印象だけはさけて、交流を深めるべきだろう。
「そうですか。では、八幡シオンさん……僕もここで待たせてもらっても良いでしょうか?」
「はい、大丈夫です。私の名前知ってらしたんですね」
「ええ、試験のときにちょうど見てましたから。ああ、来栖シュンといいます。高等部からの編入で同学年です」
「そうなんですか! 大人っぽいので先輩かと思いました。シュンさん、こちらこそよろしくお願いします」
人当たりの良い笑みを浮かべてシオンへ挨拶と同時に自己紹介するシュン。手応えは悪くなさそうだ。少なくとも不快感はみられない。
それどころか、シオンの方からもお辞儀と笑みが出たことを加味すれば上々ともいえるだろう。
問題は、
「………………………………………………」
「………………………………………………」
それ以外の話題がないことだ。
――何を話せば良い? そもそもこういうときにはどうするものなんだ?
シュンの脳内を占めるのはそのような疑問だけだった。ただの学生が話す話題など欠片も思いつかない。この男、ボキャブラリーのないポンコツだった。
一方どうしていいか分からないのはシオンも同じだ。クラスメイトですらない男子と二人っきり……しかも挨拶直後から微動だにせずに視線は此方を向いている存在をどう扱えば良いのだろうか。唯一の救いとしては身体を見られているような不躾な視線は感じられない点だが気休めにしかなっていない。
そうこうしているうちに段々と空気が重くなってくる。
先ほどまでのごく普通の(どちらかといえば打ち解けていたような)会話があったのはなんだったのかという程。
――マズい……本当にどうにかせねば!!
意を決して、口を開く――
「「あ、あの――……」」
が、モロ被りだった。
どうやらシオンも似たような事を考えていたらしい。
またも無言になる二人。
そこには気恥ずかしさからやや頬を赤める少女と困惑する少年という図があった。
「シオンちゃんごめんねー!! 待たせちゃ……って?」
そんなとき、愛嬌のある軽い声と共にドアを開けて入ってきたのは、シュンをここに呼んだ張本人である神宮司アカリだ。
シュンが視線をアカリへと向ければ、ニタニタという言葉が頭に付きそうなほど小憎たらしい笑みを浮かべている。
「さて、二人でナニをしていたのかなー? うん?」
わざわざ〝何〟の発音を変えたのはからかいたいがためなのだろう。おそらく――ではなく、間違いなくそうだろう。
「別に何もしていませんよ。ただ先輩を待っていただけです」
こういう手合いはなにも感じていないように平常心で返せばいいのだ。そうすれば、勝手に飽きてくれる。
シュンはミオで慣れているのもあって、努めて普通に返答できたのだが、
「な、何もしていましぇんよ!?」
こんなことをしてくる人間が居ない環境で育ったのか、それとも、人付き合い自体が少ないのか……昼休みに友人らしき少女達と会話していたことを考えると後者の可能性はなさそうだが、どちらにせよシオンはこういったからかいが不慣れなようだった。
「八幡さん、今のは先輩の冗談ですよ。そんなに焦って反論したら思うつぼです。ほら、落ち着いて」
「あ、そ、そうですよね!」
シュンのいうことを素直に聞いて落ち着きを取り戻していくシオン。
それとは別に唇をとがらせつまらなそうにしているのはアカリだ。
「面白くなーい!」
どこかのだだっ子のような声を上げている。先輩の威厳など欠片もなかった。
「面白いか、面白くないかじゃ無いと思うんですが……だいたい後輩をからかうとか悪趣味ですよ?」
「うーん、そう言われちゃうとねー。善処しますってことで!」
あっけからんと言うアカリだが、おそらくこれからもからかいを止めることはないだろう。いかにもな謝罪文句だからだ。
本気で謝らせようとも思っていなかったシュンは話題を変える。これ以上、続けても生産性のある会話にはならないと判断したためである。
「それで、誘った先輩はどちらに行っていたんですか? 僕もほどほど待たされましたし、八幡さんはそれ以上に待っていたみたいなのですが?」
「いえ、私はそんな私もそれほど待っていないですから……それに、遅れるかもとは予め聞いていたので」
「そうそう、待ってもらっていたのには理由があるのよ。いくら何でもお客さんを何も言わずにただ待たせておくとかあり得ないでしょ。折角入ってくれたシオンちゃんにだって悪いからね! まあシュン君が思っていたより早く来ちゃったのは認めるけど――」
「そうでしたか。それは失礼しました。八幡さん」
「ちょっとまさかのガン無視!?」
「ふふっ」
アカリがツッコミ、シオンが手に口を当てて笑っているが、シュンの目と耳には殆ど入っていない。
それ以上に有り難い情報の方に意識をさいていたからだ。
――八幡シオンはすでにアカリのグループに入っていたのか……さすがに今日決めたとは考えにくいから、前もって伝えていたのか?
アカリのシオンに対するなれなれしさを考えれば知り合い以上であることは間違いないだろう。先ほどシオンが遠慮気味とはいえ笑っていたのもそれを助長しているといえる。
本当なら、シオンの入る《クラン》がアカリの《クラン》だと決まった時点ですぐにでも
だが、ここですぐにでもアカリのグループに入ります! と答えれば十中八九シオンが要因であることはバレるだろう。しかも、どうせ一目惚れか何かだとからかってくることは想像に難くない。ではどうするべきだろうか。
などと、考えていたシュンだったがアカリによって中断された。
というか、目の前でひらひらと手を振られれば流石に気づく……鬱陶しいとも言える。
「おーい、聞いてる?」
「ああ、すいません。ちょっと考え事をしてしまいまして」
アカリがちょっと訝しげな目でシュンを見つめた後、ふーん、まあいっか。と一言いってシュンの目の前から二歩ほど下がった。
「で、シュン君! ……でいいんだよね?」
「え? はい、そうです。来栖シュンといいます」
そういえば、ちゃんとした自己紹介はしていなかったはずである。カイトがシュンと呼んでいたのを聞いただけならば、むしろ良く覚えていたと言える方だろう。
「よかった、あってた! それでシュン君は見学ってことでいいんだよね?」
「その予定です。その後入るか決めさせていただこうかと」
「つまり、今日は《クラン》活動に付き合ってくれると?」
「ええ、そのつもりで来ましたが……」
やけに確認してくるアカリに何かあるのだろうか、とシュンが首を傾げるがその理由はアカリ自身の言葉ですぐに明らかにされた。とはいえ、シュンには良く意味が分からなかったが。
「いやー、よかったこれで人数がちょうど合うよ」
「ひょっとしてアカリ先輩、誰か呼びに行っていたのですか?」
その言葉に反応したのはシオンだった。どうやら彼女にはなにかを悟ったようである。
「そのせいで待たせちゃったのは悪かったけどね……おーい!」
アカリが顔をドアの方へ向け、誰かに呼びかける。
「もういいのかなー?」
「いいと思うのです」
こそばゆいような可愛らしい声と共に部屋の中へ入ってきたのは二人の少女だった。
一人は金糸のようなサラサラの髪を肩にかかるぐらいの位置で整えた色白の少女。瞳の色は青だがどちらかというと空色に近いだろうか。
もう一人はシオンの光を受けて輝く艶やかな黒髪とは違い、光を吸収してしまいそうなほどで髪の色は漆黒と呼ぶのがふさわしい少女。
髪型は一人目の少女と同じ肩ほどで整えてあり肌の色もほぼ同じ。こちらも瞳の色は青なのだが、空色ではなく大海を彷彿とさせる色合いだった。
両者共に体格は華奢で、ミオよりも少し大きい程度の身長だろうか。シュンの胸よりも下だ。
さらに、この二人顔の作りがそっくりだった。
正直、髪と瞳の色の違いが無ければ区別が付かないだろう。
「アカリ先輩その子達が私と一緒に行ってくれるんですか?」
シオンの言葉に一つ頷いたアカリは、
「その通り、この四人でチームを組んでもらいます!」
ビシッ! と指をつきつけてそう宣言した。
「あの先輩、ちょっと質問いいでしょうか?」
「うん? なにかな?」
だが、それにシュンは手を上げて待ったをかける。何故四人でチームを組む必要があるのか、やそもそもこの子達は何者だ、等聞きたいことはあったがそれよりも遥かに気になった事があるからである。
「失礼ながら先輩この二人中等部の生徒に見える……というか、間違いなくそうなんですが《クラン》活動をしてもよろしいので?」
アカリが連れてきたこの少女達の制服に付いている星は三つ――中等部の三年生ということを意味している。《クラン》活動が許されるのは高等部の生徒から、というのはどこの《学院魔導戦士協会》でも共通だったとシュンは記憶していた。予め仕入れてきた知識が役に立った形である。
シオンもそこは気になっていたのかコクコクと頷いていた。
そして、シュンが質問した直後、よくぞ聞いてくれました!! とばかりにアカリの目が輝いた。
逆にシュンの目は輝きを失い濁っている。見事にアカリの策にはまった形だからだろう。たいした内容ではないとはいえ、引っかけられたのはショックだったようだ。
たしかに、アカリの顔を見れば腹が立つのも理解できる気がする。思いっきり得意げな顔だった。
「本来はシュン君の言うとおり、高等部の生徒から何だけどね、この二人は特別なのよ」
「特別?」
「そう、特別。正式には〝《学院魔導戦士協会》特別許可証〟だったかな。学院の判断で出せる《クラン》活動をしてもいいですよーっていう証しなわけね。しかも、彼女達はヨーロッパエリアで有名な《魔導戦士》だったリカルド・カーチスさんのお孫さんなのよ!」
アカリの言葉にシオンとシュン、両者の口からほうっ、と息が漏れ出ていた。
「あの有名なリカルドさんのお孫さんですか!?」
――あいつか……孫バカなじいさんだったな。今は後進の育成を兼ねて指導官をやっているんだったか? 師匠程じゃないがあのじいさんも十分な化け物だったな。
とはいえ、驚いている内容は全くの別だったが。
リカルド・カーチスといえば、シュンも知るA級 《魔導戦士》の一人だ。すでに六〇近い歳なのだが、それより一〇歳以上若々しく見えるほどの風格と筋肉のある大柄な男だった。
その実力は非常に高く、シュンとしても戦闘能力は素直に尊敬出来るものだった。
ただ、《幻想種》ならば、低位種だろうと中位種だろうと高位種だろうと拳や足に纏わせた《魔導》でお構いなしにぶっ飛ばしていく、という強引なやり方は、理解はしても納得は出来なかったが。
ある意味実力に裏打ちされた戦法とでも言えばいいのだろうが、腐ってもシュンはまねしたくないものであることはいうまでもない。
そんなリカルドの孫というこの少女達だが、シュンとしてはあまり似ていないように感じていた。おそらく少女達が華奢なためリカルドの戦闘方法と重ならないせいだろう。
まさか、リカルドのように拳に《魔導》を纏わせたりしないよな、と視線が行くのも仕方の無いことだった。タイミングこそ違えど、シオンとアカリの視線も自然と少女達へと向かう。
計六つの瞳に見つめられた少女達は居心地悪そうに身体をよじる。
「あんまり持ち上げられると非常にやりにくいかなー」
「そうなのです」
「何言ってるの……それだけ実力があるって事なんだから。それにここ極東エリアで学ぶためにわざわざこの学院に来たんでしょ?」
「そうかなー。《幻想種》っていろんな種類がいるから、一つの場所にとどまって学んでいてもあまり意味ないって話を聞いたからねー」
「『娘と孫が居なくなるー!』とか言っておじいちゃんは泣きそうだったです。というか、泣いたです。そう言いつつもここに来るまでの護衛はしっかり努めてくれたですけどね」
元A級 《魔導戦士》の情けない話が聞こえてきたが、なぜこの少女達が天羽士官学院にやってきたのかは理解できた。
――《魔導戦士》になる前の実地訓練の一環と言ったところか。じいさんの護衛が有ったからとはいっても、ヨーロッパエリアからここまで来るのは大変だっただろうに。
現代において、人や物資の移動はそれなりにリスクを伴う。もちろん精霊指定都市を含む主要な都市や重要な拠点は《魔導戦士》達が防衛したり、見回ったりしているが根本的に手が足りていない。
何で来たのかは分からないが、陸路にせよ、空路にせよ、海路にせよ、《幻想種》の脅威から守りつつ無事に送り届けるというのは中々に骨が折れることだとシュンは理解していた。
流石にリカルドが泣いたという事実にはアカリも苦笑いをしていたが、手をパチンとたたいて部屋の空気を変えた。
「じゃあ、二人とも自己紹介よろしくね! お姉さんが言ってもいいけど今日これから一緒に行動するわけだし自分でやった方が良いでしょ?」
「わかったー」
「わかったのです」
少女達は制服を払って整えると、元気よく自己紹介を始めた。
「ヒナは、
「双月ヤナなのです。よろしくなのです」
前者が金髪の少女で、後者が黒髪の少女だ。
カーチスの名前が入っていないのは両親の関係だろうか。
「双月ヒナちゃんとヤナちゃんですね。私は八幡シオンです。よろしくお願いします」
「僕は来栖シュンといいます。ヒナさん、ヤナさん、よろしくお願いします」
ヒナとヤナの自己紹介にあわせるようにシオンとシュンも自己紹介をする。特別なことは何もなくこれで終わりかとおもわれたのだが、アカリが何を思ったのか軽く咳払いをすると口を開く。
「お姉さんも改めて自己紹介しておこうかな〝《学院魔導戦士協会》感覚派〟の代表神宮司アカリ。みんなよろしくね!」
部屋の中がやや微妙な空気になったのはいうまでもない。
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