第3話

 理事長室から出たシュンは校舎裏にて学院で配られた《魔導発動機》とは別の――《ニル》として活動している方の端末を取り出し、とある番号へと音声通信を繋げる。


 流石に、〝誰かに見られるかもしれない〟という可能性を考慮すると、学院内で映像通信を繋ぐのは憚られた。音声通信だけでも誰かに聞かれる危険性があることに変わりは無いが、現状この近辺に人の気配は無い。


 最悪、見つかった場合でも音声だけなら、ある程度誤魔化す方法はあるものだ。


 幾重もの中継地点を通って繋ぐためか、妙に長く感じる電子音が止むと、


『はーい。どしたの《ニル》?』


 出たのはいつもの軽い声。シュンと契約している《仲介者》――フレンだ。


「……お前の報酬を減らす――この先の返答如何では解消も視野にいれている。心当たりはあるよな?」


 開口一番、シュンの口から出たのはそんな言葉だった。


 これに焦ったのはフレンだ。


『――ちょっ!? ちょっと待って!』


 フレンにしてみればシュンがいきなり連絡してきたら、訳の分からない言葉を投げかけられた状況だ。シュンの性格から考えて、後日文句の一つくらいは言ってくるかと予想していたがそんな生易しい状況ではない。


 フレンがここまで焦っているのは理由がある。


 シュンみたいなA級 《魔導戦士》に契約を打ち切られるのは単純に金額としても痛手だが、それ以上にマズいのが、〝A級 《魔導戦士》に契約を打ち切られた〟という話そのものの方だ。


 そんな話が広がればフレンの《仲介者》としてのダメージが尋常でないものとなる。


《傭兵》の中でも完全フリーの《魔導戦士》や《仲介者》という職種は広いようで狭い。独自に情報を集めている《魔導戦士》なら最長で七日、下手すれば三日ほどで多数の《魔導戦士》に話が広がるだろう。


 何がシュンを怒らせたのか、フレンとしても現状では一切予想が付かないが、このままではマズい未来だけは予想出来る。


 そのため、いつもの余裕綽々な態度が消え失せていた。


『いきなりどうしたのさ!? 僕、仕事はキチンとしていたよ!? 確かにシュンを士官学院へ入学させるために嵌めたのは悪かったけど、それはむしろキミの師匠に文句を言うべき案件で――』


「……そこじゃない」


『へ? じゃ、じゃあ何?』


 正直、士官学院に来させられることになったのは腹が立っている。立ってはいるのだが、それは、シュン自身が対象を討伐直後とはいえ油断して返答したのが直接の原因だ。言い換えればある種自業自得だとも言えよう。


 自身に非が全くないわけではないのは理解していた。


 だからこそ、そんなことで腹を立てるほど狭量な人間ではないつもりだ。少なくともシュン自身はと付くが。


「お前が師匠の……九羅真ミオが天羽士官学院の理事長をしているという情報を俺に伝えていなかった件だ」


 シュンとして重要なのはそっちの方だ。師匠が最近あまり《魔導戦士》として積極的に活動しなくなっているのは知っていたが、まさか士官学院の理事長をしているとは予想外だった。


『いやいやいや! そんなこと僕、言われてないからね! ある程度サービスはするけど契約外のことは基本的にしないよ?』


「《幻想種》関連のことは常に教えてくれと言っていたはずだが?」


『だってキミが僕に契約として言ったのは《幻想種》関連だけでしょ? キミの師匠のことは《魔導戦士》関連じゃない? それに極東エリア限定とはいえ一時期ニュースになっていたんだから、わざわざ言うほどのことでも無いじゃないか』


「……ぐっ、屁理屈を! 大体、極東エリア以外はそこまですぐに情報が入る状況じゃないんだ。だからこそ頼んでいたんだが?」


『屁理屈っぽいかもしれないけど十分な理屈だよ? たまたまキミが日本エリアにいないときに起きただけだし、最悪、キミ自身がちょっとでも噂話にでも耳を傾けていたら聞けていた情報じゃない?』


「………………」


『…………………』


 どちらの言い分もそこまで間違いでは無い。


 多数の依頼を受け、極東エリア以外を飛びまわっていたシュンは、ここ一年ほど他の同業者 《魔導戦士》とほとんど話していないからか噂など全く知らなかっただけの話で、フレンの方は、ニュースとして流れている情報を《仲介者》がわざわざ伝える内容だと思わなかっただけの話。


  妙な沈黙から一拍ほどの時間をおいてフレンがポツリと話し始めた。


『でも、まあそうだね……キミが活動しているエリアを考慮していなかった僕の落ち度か……。ごめんね、世界中の情報を集めているとどうにも細かいことに気を配らなくなるみたいだね……』


 素直に謝罪するフレンの声を聞いたシュンは驚くものの、すぐに自身もフレンに対して謝罪の言葉を言う。


「こちらも済まなかった、少し昂ぶっていたみたいだ。報酬の減額は取りやめよう……さらに謝罪分として追加の報酬も後で出す」


『ああ、追加は良いよ。キミからは一般的な《魔導戦士》よりも元から多めにもらっているし、僕に一切非が無かった訳じゃ無いしね。それにしても、ダメだね。ここ三年の付き合いでキミとの活動に慣れすぎたみたいだ。《仲介者》は《魔導戦士》に隙を見せないようにするのが普通だし、僕もそうしてきたつもりだったんだけどね……』


「ああ、そうか……、まだお前と契約して三年程度だったか」


 三年……人によるだろうが、短いようで長く、長いようで短い時間だ。旧時代に比べ、成人年齢が全体的に引き下げられた現在では子供が大人になるには十分な時間でもある。


《魔導戦士》と《仲介者》は人によるが、そのほとんどが単なるビジネスの関係だ。互いを食い物にすることだけ考える利己的な付き合い。


 だが、フレンとシュンは、信頼こそしていないが信用できる関係――よく言えば、気安い、悪く言えば中途半端、といえる関係だった。


 今回はそれが悪い方に転がっただけの話だ。互いの能力の高さは分かっているため問題が解決した状態なら契約をきることもない。


『ねー、驚きだよね。もう十年くらいの付き合いに感じるよ』


「そう……だな」


 フレンの言葉にシュンは少し言いよどむが同意する。本当にそれ位の期間に感じているのは事実だからだ。


『それで? まさかキミの用事がそれだけって事は無いよね?』


「ああ、八幡シオンという生徒について調べてくれ。些細なことから――深いところまで全部だ」


『何、ストーカー? 調べろって言うなら調べるけど、さすがに止めた方が良いと思うかなー。好きな子の個人情報を《仲介者》である僕を使ってまでなんて……』


「そんなわけないだろう!」


 ――調子を取り戻せばすぐこれか!


 シュンは内心で悪態をつく。


『あははっ! やっぱりキミとはこっちのノリの方が好きだね! 〝八幡シオン〟ね、まとまり次第いつもの端末に送っておくよ。それじゃ!』


 からかうようにそう言うとフレンはいつぞやの様に一方的に通信を切る。


 ――これくらいの方が俺達らしいのか?


 答えなど誰にも分からないが、シュンは何故かミオの『友達を作らなきゃね』という声が耳に聞こえた気がした。






「問題はこれからどうするかだな……」


 フレンとの通信を終えた現在の時刻は昼――昼休みが始まったばかりの時間だ。


 本来なら護衛としてすぐにでも八幡シオンの側に行くべきなのだが、いきなり転入生が学院の有名生徒の元へ行けば無駄に注目される。


 護衛というのはなるべく目立たず対象を見守ることが大事だ。


 SSシークレットサービスSPセキュリティポリスのように相手が護衛されていることを理解している場合は別だが、今回、八幡シオンは護衛されていることを知らない。


 ならば、護衛対象八幡シオン護衛来栖シュンが近づくのは下策だろう。


 どんな存在から守るのかは知らないが、あからさまに護衛がいるとなれば相手から警戒されることは間違いない。


 どのみち学院内の女子寮に入ってしまえば、シュンもそこまでは入っていけない。もちろん寮においてもシュンはある程度の備えをするつもりではあるものの、その程度のことで十分だと言える。


 まあ、それ以外の状況でも多少シュンの目から離れるときもあるだろうが、問題ではないだろう。


 なぜなら、シュン自身、学院内ではそこまで大事にもならないだろうと考えているからだ。


 あの師匠がいることもそうだが、今の時代、《幻想種》と戦うための若い世代の育成は非常に重要なのだ。


《魔導》において大事な柔軟な思考力と想像力は大人になってからでは付きにくい。何も考えていないのはダメだが、考えすぎもダメなのだ。だからこそ多感な年頃である、少年少女と呼ばれるこの時期を重視している。


 そのため、士官学院といえども無駄に危険な行為を取らせることはなく、日頃の警備にもかなり気を配っている。


 そんな学院内でどう護衛すべきか、シュンはプランを纏めるために校舎裏をでて中庭に向かう。


 無駄に広い学院内の中には公園規模の中庭があるのだ。


 正直、今の世の中でこんな物を作る暇があれば、別のもの作るべきなのだが、情操教育の一環で作られた、とシュンが手にした士官学院の資料には書いてあった。


 中庭のベンチに座りつつプランを考えていると、少女達の姦しい声が聞こえてきた。



「――……そう言えばさ、シオンは部活とか決めた?」


「いえ、私は《クラン》に登録するつもりですので部活の方は無理ですね」


「えー! 《クラン》ってアレだよね! 擬似的に《魔導戦士》として活動するやつ!」


「凄ーい! 授業とは別に《幻想種》と戦うんだよね!」


「はい、そうですね」 


「怖くないの?」


「いえ、結界の周りは低位種だけですし、それに一人で戦うわけでもありませんから、よかったら一緒にやりませんか?」


「えー、無理無理! 私、試験結果いまいちだもん!」


「そうですか? 試験結果は関係ないと思いますけど……」


「それはシオンが良かったからだってー」


「そうそう! 私なんて総合Cだよ。」


「Cならまだ良いじゃん! 私D+だからね!!」


「一つしか違わないじゃない。それこそ気にする必要ないでしょ」


「そうですよ、大丈夫です!」


「うわーん、総合Aのシオンに言われても説得力ないよー」


「はいはい、嘘泣きはいいから。シオンは結局誰とチーム組むの?」


「えー、ヒドくない? でも、アタシも気になるー」


「いえ、まだ見つけていないんですよ。だれか、一緒にやってくれる人を探さないと……今誘ったら断られてしまいましたし」


「あははっ! ごめんねー。でも、大丈夫、大丈夫! シオンならすぐに見つかるって!」


「そうそう! あと、気をつけなきゃダメだよー、シオンがチーム探しているって分かったら絶対、男子沢山近づいてくるから」


「あー、それあるねー」


「え? どうしてですか――……」




 たまたま聞こえてきた無知故のおぞましい会話に、いつも冷静なシュンらしからぬ形相で振り返る。


 振り返ったシュンの先にいたのは、聞こえてきた名前から当然と言えば当然なのだが、八幡シオンとその友人と思われる数名の女生徒だった。


 パッと見ただけだが、友人の方はシュンのクラスメイトではないだろう。僅かな紹介ですぐ試験だったが、ある程度全員の顔つきは認識していた。おそらく中等部の頃からの友人だ。

 

 こうして会話している分にはごく普通の生徒にしか見えないが、一体、八幡シオンに何があるのだろうか。


 だが、シュンが今考えなくてはいけないのはシオンたちが話していた《クラン》という言葉の方だ。


《クラン》――正式名称 《学院魔導戦士協会ブレイカークラン》。


 授業とは別に士官学院の生徒に《幻想種》との実戦経験を積ませるため、本職の《魔導戦士》のように様々な依頼を学院生が受ける事が出来る制度のことだ。天羽士官学院だけでなく、《魔導戦士》を育成する学校ならば他でも似たような制度は存在している。


 主な依頼内容は結界の周囲にいる低位種の《幻想種》を退治。


 単独で活動するものもいなくはないらしいが、普通は生徒達同士で何人かのチームを組んで依頼を受ける。退治した《幻想種》の報酬も出るとあってクラン登録する生徒は割と多い。


 ただ、低位種とはいえ相手は本物の《幻想種》だ。死人が出たという話は今のところないが、怪我をした生徒の話はたまにシュンの耳にも入ってきていた。


 また、経験を積んだ生徒の場合は多少危険な依頼や特殊な条件付けの依頼を受ける事もある。


 そんな《クラン》にシュンの護衛対象であるシオンが登録し、さらに依頼を受ける気満々だという。


 シュンからしてみれば、護衛の手間がかかるだけの状況だ。


 ――よりにもよって《クラン》か……、こうなっては自分の設定をミスったか? いや、どのみち俺には下位の《魔導》の最低ランクしか使えないわけで……。まさか《クラン》に登録しようとしているのは予想外だった。


 お嬢様(とまだ確定したわけではないが)が、積極的に動く理由が何かあるのだろうか、とそこまで考えた所でシュンの腹から空腹を訴える音が響く。


 とりあえずシュンは放課後の予定に《クラン》と頭に入れて、まずは学食か購買にでも向かうことにし、この場を後にするのだった。


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