第2話

「なんでしょう? あの人だかりは?」


 全ての試験が終わり教室へと帰る途中、シュンが見つけたのは試験を受けているはずの生徒達の多数が、一カ所に集まっている光景だった。


「んあ? ありゃ、威力試験のとこだな。何か面白いもんでもあんのかねえ?」


 試験疲れからか、眠そうに口を開けていたカイトは無理矢理あくびをかみころすと、そう言いながら人だかりに向かっていく。


 それを見てシュンもカイトの後を追った。


「それで、何がありましたか?」


 先について状況を見ているカイトにシュンが尋ねると、


「姫さんの試験がこれから始まるみたいだな」


 あっさりと答えが返ってきたのだが……シュンにはそれが何をさすのか分からなかった。


 しかし、シュン自身が威力試験の会場を見てみると納得できた。


 今、試験を受けている生徒の後ろに立つのは、長い艶やかな黒髪をたなびかせ、まだ真新しい制服に身を包んだ少女。


 その顔はあどけなさが残っているものの凜とした雰囲気を携えており、さらにそのおしとやかな身のこなしからは大和撫子といった空気を感じさせる。


 カイトや一部の生徒はその容姿や受け答えなどから、どうやら彼女のことを姫と呼んでいるようだった。


 八幡やはたシオン――カイト同様中等部から上がってきた生徒で、ここ天羽士官学院高等部の入学式総代を勤めるほど優秀な生徒。すなわち、中等部卒業時の最優秀生徒というわけだ。


 さらにいうのならば、賢さや能力だけで無く、その美しさからも注目されているのは間違いないだろう。


 皆、自分の試験が終わってしまい、暇なのもあるのだろうが、彼女の試験に対して目が行くのは当然ともいえる。


「次、八幡シオン!」


「はい!」


 試験官に名を呼ばれ返事をするとシオンは前に出て、胸元に手を合わせる。


 ――ネックレス型の《魔導発動機》? オーダーメイドにしても珍しいな。


 シュンが疑問に思うのも無理はない。大多数の《魔導発動機》は行き渡らせるために、作られた低級の大量生産品で、腕につける腕輪 ブレスレット型が一番多い。


 これは、すぐに《魔導》を使用できるようにするためである。


 イメージの問題ではあるが、《魔導》の指向性というのは、《魔導》を放つ本人によるものが多い。そのため腕につけておけば、とっさの状況でも腕を向けるだけで《魔導》が放たれるというわけだ。


 一方で、固有の能力や適性に合わせて作られる《魔導発動機》も存在する。


 これらは検査の後、専門の技師や工場、研究室などで造られ、その性能は大量生産品の《魔導発動機》とは違いその性能の一線を画すものである。


 だが、基本的に《魔導発動機》とは《幻想種》に対抗するために生み出されたものだ。


 シオンがしているのはネックレス型の《魔導発動機》。《魔導》が試行されるまでのタイムラグを考えるといかに性能が高くとも戦闘を目的としたものとしては不十分に思える。


 胸元から淡い青色の魔法陣が幾ばくかの時間をおいて出現する。そして、その魔法陣から放たれたのは巨大な魔力弾。


 魔力弾はシュンが操作技能試験に使ったものより大きい的――威力試験用に防御性能を高く調整されているはずの的――をあっさりと粉々に打ち砕いた。


「八幡シオン 威力試験S!」


 その光景を見て、周りからは驚愕と歓喜が入り交じったような声が上がる。


 魔力弾とは何にも変換していない純粋な魔導力のエネルギー体だ。ゆえに威力が低く、自由に動かすのが難しい。だからこそ、こういった試験で使用されることが多い。


 低位種の《幻想種》であればあの魔力弾だけで十分倒せるだろうし、中位種でもダメージは入る。魔力弾ではさすがに無理だろうが、選択する《魔導》によっては高位種であっても余裕で効くだろう。


 それだけシオンの《魔導》に対する適性は高いといえる。


「やっぱり、姫さんはすげえよなあ!」


 カイトもその光景を見て感嘆の声を上げる。


「そうですね。凄い威力だと思います」


 ――そう、威力はな。


 シュンはカイトの言葉に同意しつつも心の中では否定する。


 シオンの魔力弾は見事なものだったが、発動に集中がいるのか展開してから時間がかかっていた。当たり前だが《幻想種》はあの的のようにただ立ち止まっているわけでは無い。


 もし発動までに必ずあれだけの時間が掛かるのならば、魔力弾ではなく、他の《魔導》でも駄目だろう。いくら試験だと言っても、その辺りを周りで見ていた生徒も本人も気にしている様子が無かった。


 だが、そう思ってもそんなことは顔には出さない。出してしまえば面倒ごとになるのはシュンには分かっているからである。


 ――あれが俺の護衛対象か……。典型的なお嬢様っぽいな。なかなかに面倒そうだ。


 今朝からいきなりの試験だったためよく観察できなかったが、ようやくその姿を見ることができた八幡シオンについてなんとも辛辣な評価を下す。


 全ての試験を終えたからか、落ち着くようにゆっくりと息を吐き、試験場を出て行くシオンの姿を見て、シュンもカイト共に試験場を後にするのだった。






 試験後、シュンは理事長室に何故か呼ばれていた。


 ――一体、何だ? 転入手続きに不備でもあったか? それならば朝の時点で呼ばれてもおかしくないが……。


 そうこうしているうちに理事長室のまえにたどり着く。


「失礼します」


 シュンが生徒らしく丁寧に一声かけて、理事長室のドアを開けると、


「やっほー。来たねシュン君!」


 妙に甲高い声で向かい入れられた。


 シュンが声のした方に視線を向けると、そこにいたのは美少女だった。


 クリッとした目とあどけない顔立ち。その幼い顔にはツインテールに纏まった赤紫の髪がよく似合っていた。


 そして、少女はにこやかな笑みでシュンに向けて手を振っている。


 可愛らしい姿だが、理事長室の椅子との対比が随分とひどい。座っている状態で顔全体がぎりぎり見えているようなものだ、コレでは机の意味があるのかわからない。


 だが、そんな姿にだまされてはいけない。


 見た目こそ可憐な少女だが、その中身はS級 《魔導戦士ブレイカー》――九羅真くらまミオ。人類最強クラスの存在であり、来栖シュンの師匠その人である。


「……………………」


 いきなりのミオの出現に声も出ずに固まるシュン。


「あれあれ? どしたの? シュン君? 久々のミオさんに感激して声も出ない?」


 何も喋らないシュンに対して何をどう勘違いすればそんな結論になるのか。


 的外れともいえるミオの発言に、ようやくシュンは固まった状態から復活し詰め寄った。


「師匠、何でアンタがここにいる。そして、フレンを利用してまで、俺をいきなり入学とはどういうことだ?」


 そのせいか、被っていたものが一瞬にして剥がれている。室内にミオしかいないのを理解しているからではあるが、それだけ驚愕したということだ。


 そして、そんなシュンを見てもミオはただ楽しそうに笑うだけだった。


「わお! 質問が多いね。答えるのはいいんだけど、シュン君ってニュースとか見たり聞いたりしない?」


「? いや、ここ最近は海外での活動がメインだったので、ニュース自体、自分ではあまり見ていない。だから、全くと言っていいほど知らないな」


「あっ、そう。私去年からここの理事長をやっているんだよ。一応日本エリアではニュースになったはずなんだけど。ホントに知らない?」


 ミオの発言にシュンとしては思い当たることがあった。


 自身の仲介者でもあるフレンだ。


《魔導戦士》は個人で活動する《傭兵マーセス》と国のバックアップを受けて活動する《国兵ソルダ》に分けられる。


 シュンは《傭兵》に属しており、依頼や情報などをフレンに任せている。自分で全てできればいいのだが、いくら《魔導戦士》といえども、人間一人でできることなど、たかがしれている。シュンは海外活動中になにか《幻想種》関連で重要なことがあれば、その都度連絡しろとフレンには伝えていた。そう、伝えていたのだ。


 ――あいつめ! 相変わらずロクなことをしない……。減らす、絶対に契約報酬を減らす!


 シュンが何かに耐えるように拳を強く握る。


 そんなシュンの様子にミオはすぐさま状況を把握したようだった。


「あー、なんとなくシュン君の態度で分かっちゃった! あの仲介者君だね! 彼、面白いよね~。私相手の交渉にビビらないで対応するんだもん。分が悪いと感じたらすぐ引き際を探して私に協力するあたりもやり手だね~。さすがシュン君が選んで組んでいるだけのことはあるね! ちょっとお楽しみ重視な所もあるみたいだけど、ああいう子は貴重だから大事にした方がいいよ!」


「師匠としては気に入ったと……」


「うん! 今回みたいな仕事の話じゃなくてプライベートでもっとよく話したら、良いお友達になれそうだよ!!」


 何が楽しいのかケラケラと笑うミオ。


 ――あまり、意気投合して欲しくない二人だな……。


 そんなミオの姿を見て、内心で嘆息する。


 今の状況でそんなことになってしまえば、シュンは自分が二人に振り回されている光景しか浮かばなかった。


「とりあえず、フレンのことは置いておくとして、師匠がここの理事長なのは理解した。俺をあの八幡シオンの護衛として呼んだのは、師匠が理事長になったことに関係あるのか?」


「私がここの理事長になったのは関東エリアとの契約なんだけど。コレ契約書ね」


 ミオはそう言うと、シュンの前に電子モニターを表示させ、見るように促した。


「見ていいのか?」


「いいの、いいの。守秘項目なんてないから」


 ミオの投げやりな態度に多少の違和感を覚えたシュンだったが、今は特に気にしないことにしてモニターを見る。


 そこに書かれてあったのは至ってシンプルだ。


 S級 《魔導戦士》にしては少しばかり安い契約金だが、そこは気にするところではないだろう。


 読み進めていくと条件は色々あるものの簡単にいうと一つだけだった。



 学院で起きた事件の際、学院の生徒を死なせないこと。



 ただこれだけである。要は有事の際の保険だ。少し変わった契約だが、本人達が納得しているのであればなんの問題も無い。


「コレがどうかしたのか?」


「ううん、なんでも。シュン君には私の手伝いをして欲しいだけだよ」


「いや、師匠。アンタなら別途の護衛なんかつけなくてもこの学園の人間全員を守ることぐらいできるだろう? なぜ、わざわざ俺を呼んでまで、護衛をつける?」


 S級というのはそれだけのことが出来る人間化け物だ。


 ただ、A級とS級に対する具体的な区分は存在していない。ちなみにA級の条件は上位種の《幻想種》の単独撃破だ。


 もしかしたら、《幻想種》には上位種の上に特位種などという存在がいて、それを撃破することがS級の条件なのかもしれないが、シュンは現時点でA魔導戦士だ。そんな存在がいれば、いくら何でも噂話程度は耳に挟んだことがあるはずである。


 ミオは「うーん」と悩むそぶりを見せたかと思うと、


「シュン君もお年頃なんだし、お友達をつくらないとね?」


 ウィンクを一つした。


「そういうふざけた理由じゃなくて、俺を呼ぶ必要を教えてくれと……! いや、アンタなんの情報を握っている?」


「なんのことかな?」


 顔色一つ変えずに答えるミオ。


 その姿を見て、この件についてはこれ以上駄目だと判断したのかシュンは、ため息を吐く。


「分かった。引き受けた以上、仕事は果たす。用件はコレだけだな?」


 端末に仕事の追加情報を入れて立ち去ろうとすると、


「ああ、もう一つだけいい?」


 ミオに呼び止められた。


「なんだ?」


 少し不機嫌さを滲ませたまま振り返る。


「たいしたことじゃ無いからそんな怖い顔しないでよー。どうかな? この天羽士官学院の生徒達は?」


「論外だな。《幻想種》との戦闘に出せばすぐに死ぬぞ」


「あはっ、やっぱりシュン君は厳しいね!」


「ぬるい評価が聞きたかったわけじゃないんだろ? アンタが居ながら、何故こんな方法で訓練を? これじゃあ新兵ルーキーどころか訓練生トレイニーすら怪しいぞ」


 士官学院とは今世において、《幻想種》と戦う《魔導戦士》を育てる学校である。


 そこに所属しているということは既に訓練生とは言っていいはずなのだが、シュンからすればそれすらもまだ早いように見えるということであった。


「これは、国としての方針だね。国自体の気質と言い換えても良いかもしれない。それに私は、守るだけのお飾り理事長みたいなものだからね」


 といっても手は抜いていないけど、とミオが付け加えるもシュンはそこには微塵も着目していない。それよりも気になったのはその前の部分だった。


「はっ、みんなで一緒に頑張りましょうってか?」


 吐き捨てるような言い方だが、シュンのその言葉にミオは消極的ながらも同意する。


「少し言い方が厳しいけど間違ってはいないかなー。ずば抜けた質を持つ個よりも、そこそこの質を持つ量ってね」


 言いたいことは簡単である。旧近代史において重要視されたのは、軍として個よりも量を重視していた。決して個をないがしろにしていた、というわけではない。


 だが、それはプロパガンダなどに用いられる虚像の英雄が必要なのであって、本物の……それこそスーパーマンのような英雄をさすものではないということだ。そんなもの実際にいたら扱いにくいことこの上ない。


 では、ある程度の質を持つ量を生み出すにはどうしたら良いのか。


 簡単なことだ。


 均一化、統一化。


 所謂そういったことをしてしまえば良い。ある程度はできなければ駄目だろうが、画一化された武器はそれこそ子供にだって使うことはできる。


 使いこなせるかどうかはまた別問題なのは間違いないが。


 ここ、天羽士官学院でやっているのはそういうことだ。《幻想種》をほどほどの質とその圧倒的な量で駆逐する。


 上限を上げるのではなく下限を引き上げる。


 ある一定までの敵には間違いなくそれで通じる。


 だが、それが通じなくなった時、何が起きるのかは言うに及ばないだろう。


「……それで戦えるのか?」


 ぽつりとシュンがこぼした言葉に沈黙が訪れる。


「結局の所、危機感が足りないんだよ、生徒だけでなく教師もさ」


 僅かな間の後、ミオが話し出す。


「師匠?」


 その妙に真面目な口調にシュンが口を挟むがミオは止まらない。


「《幻想種》だけじゃ無いよ、結界のせいかみんな世界を軽視しちゃっているんだ」


「まあ、確かに。結界が出来て一〇〇年くらいか? 人類側も結界がいきなり無くなったときに備えて対 《幻想種》用の防壁を用意したり、《魔導発動機》自体の性能を上げたりしているが、何処か弛緩しているな。特にこの国は狭い中に八つも結界があるせいかそれが顕著だ」


 精霊指定都市と呼ばれるエリアは世界中に多数存在しているが、国土面積の比率から考えると、極東エリアは一番多い。


「そう、そこなんだよ。すでにA級魔導戦士 《ニル》として活動しているシュン君ならー、分かると思うけど、上位種の《幻想種》の恐ろしさは実際に戦わないと分からない。それに私はね、契約は守るんだ。だってそれって、こんな荒廃した世界において何事にも代えがたい信頼ものでしょ?」


 シュンは大体ミオが何を言いたいのかは分かったのだが、後半についてはよく分からなかった。契約が大事なのは魔導戦士として当然のことだ。それをシュンに教えたのはミオだし、未だに覚えている。


「ちょっとまて! アンタは何が言いたいんだ!」


 ミオの真意を探るべく問いかけようとしたシュンだったが、


「お飾りでも一応理事長だからさ……やることがわりとあるんだよねー」


 ミオはコレで話はおしまいだとばかりに、手を振る。その後は本当に作業するだけで、シュンと目線すらあわせなかった。


 ミオのそんな姿を見て、諦めたようにシュンは理事長室を後にするのだった。


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