第1話

 日本の旧首都である東京――現在の日本関東エリアに存在する天羽士官学院。

 

 その外修練場で、高等部の生徒達は初の試験に臨んでいた。


「次の生徒前へ!」


 試験官の声に促されるように一人の生徒が前に出てきた。中肉中背の特に変わったところがない平凡そうな生徒だが、その目だけは違っていた。眼鏡をかけ誤魔化しているが、周りの生徒と違い妙にぎらついた目をしている。試験に臨む意気込みが違うのか、それとも別の理由があるのか……。


「よろしくお願いします!」


「では、操作技能コントロール試験を開始する――始め!」


 開始のかけ声の後、地中から土でできた的が出現する。


 男子生徒との距離は二〇〇メートルといったところ。


「展開」


 男子生徒がその言葉を言った後、腕に付いた環状(リング)型の《魔導発動機リム・バイス》が輝き出し、男子生徒の声に反応するように正面に魔法陣が出現する。


 魔法陣から放たれた魔力弾は、あっけなく土の的の中心を撃ち抜いていた。


 そのまま、的はあっさりと崩れ落ちるが、次の瞬間には二つになって別の位置に現れる。今度は男子生徒から一五〇メートルと三〇〇メートルほどだろうか。


 男子生徒はそれを見ても気にした様子もなく、再び的に向けて魔力弾を放ち、的を撃ち抜いた。


 その後も地中から出現位置、数、全てランダムで的が現れるものの、特に苦もなく次々と撃ち抜いていく。


 それを見た試験官は一つ頷くと、的の出現を停止させた。


「来栖シュン。操作技能A評価。次!」


 手元の端末に試験結果を入力し声に出すと、試験官が次の生徒を呼び出した。


 ――まさか、転入初日に試験とは。フレンもギリギリのスケジュールを渡してくれる……いや、この場合は師匠のほうか? どちらにせよ、この学院の細かな情報を精査する時間が出来ずに普通の学生に紛れ込む準備をするだけで手一杯になってしまったぞ……!


 シュンは数日前に渡された、士官学院の支給品である《魔導発動機》を不機嫌そうにいじりながら、内心で悪態をつく。


「よう、シュン! どうだったよ、試験は?」


 そんな時話しかけてきたのは教室でシュンの前の席であり、ここ天羽士官学院に入ってからの知り合いである五十里(いかり)カイトだった。


 天羽仕官学院は中高一貫の学校でカイトは中等部からの生徒だ。その人のいい性格から転入生である自分に話しかけてきたのだとシュンは推測していた。


 所謂、ムードーメーカーという奴だろうか。


 護衛はともかくただの学生として馴染むのは苦心していたので、こういうカイトみたいな存在は大変ありがたかった。


「ああ、カイト君。そっちも終わりましたか」


 誰だこれ? となるかもしれないが来栖シュンその人で間違いない。学院に編入するにあたって、〝普通の生徒〟というものをシュンなりに調べ、考えた結果がこれである。ちなみに、フレンに相談などはしていない。


 カイトが苦笑いを浮かべながら言う。


「相変わらず固いなー。同い年なんだし、話し方崩していいんだぞ?」


「いえ、この話し方に慣れているもので……」


 大嘘である。基本的にシュンは敬語など使わない。


 とはいえ、自分で作り出したキャラクターをしっかりと演じられてはいるらしい。申し訳なさそうな表情でカイトを見る姿など、本心から言っているようにしか見えなかった。


「まあ、本人が良いなら無理強いするもんでもないよなー」


 カイトのこの対応は予想通りなのか、シュンが一言「すいません」と謝りつつ、話を元に戻す。


「それで、試験結果ですよね? 操作技能はA評価ですが、威力技能や適正技能などはE評価ですね。あまり良い結果とは言えないようです」


「ああー、ドンマイだな! といっても俺の方も似たようなもんだがな」


 そう言って、カイトは《魔導発動機》から試験データを表示してシュンに見せる。


 そこに表示されているのは、ほとんどがEとDの二文字。現状一番いいのが威力適正のC評価のみ。はっきり言って、お世辞にも良いとは言えないものだった。


「そちらもあまり良くはありませんね。あまり気にしないようにしてくださいね?」


「気にしてはいない。これでも去年よりは伸びてるからな!」


「ああ、そうでしたか」


 ――これで伸びているとは……去年はどれだけひどかったんだ?


 少しばかり気にはなったが、わざわざ質問するほどのものでもないだろう。


 大体、シュンもカイトも未だ試験の途中なのだ。その証拠に試験データの一部に空欄が何個か存在している。


「まだ、他の試験もありますからね……はやく移動しないと」


「中等部からのこととは言え、毎度毎度、面倒くさいんだよなあ。もちっとパパッと計って欲しいもんだぜ……」


「無理じゃないですか? 一人一人適正が異なっているっていうのが魔導の定説ですから。発動状態まで持っていかないと正確な数値が計れないのはカイト君も理解しているのでは?」


「理解していても面倒なもんは面倒なんだよ」


「まあ、それには同意ですね」


 そんなことを話しつつ、シュンとカイトは二人そろって歩き始めたのだった。







幻想種ファンタズマ》と呼ばれる化け物が、地球上に現れたのは第三次世界大戦が起こる直前だった。


 《幻想種》によって蹂躙されている今となっては、何が原因で戦争が起きかけたのか、定かではない。


 民族、宗教、経済、領土そのいずれかであるかもしれないし、それら全てだったのかもしれない。


 ただ一つ分かっていることは、あの大戦では核兵器の使用すらためらわずに使われようとしていたと言うことだけだ。


 最初に《幻想種》が確認されたのは、膠着状態に陥っていた東ヨーロッパ戦線。厳密には大戦は起きてはいないので両軍ともに威嚇のみで戦闘行為はなかったらしい。


 前線基地で警戒待機中の最中、そいつらはいきなり現れた。波が揺らめくようにゆったりと歩く、小型の生物二種類と大型の生物一種類。


 後にゴブリン、コボルト、ギガースと呼ばれる世界で最初に確認された《幻想種》である。


 数は合計で数百から千といったところだろう。いずれも、とても近代的とは言いがたい木の棍棒を持ち、身につけているのは服と呼ぶのもおこがましい布きれ。


 そんな異形の軍団は離れていても聞こえるほどの奇声を上げると、両軍へとお構いなしに突撃した。


 しかしながら、その動きはやや緩慢だった。


 謎の化け物が突撃してくれば混乱の極みに達しそうなものだが、そこは戦争の最前線にいる軍隊。


 一瞬、驚きはするもののすぐさま異形の軍団に警告を促しつつ、すぐに動ける威力偵察の部隊を送り込む。


 けれども、それでも歩みを止めない謎の生命体。


 両軍はあの異形の軍団を敵性体と認識し攻撃を開始する。


 現代科学によって生み出された突撃銃アサルトライフルから放たれる弾丸は、あんなボロ布などたやすく貫通し、薄気味悪い命を刈り取るはずだった。


 しかし、弾丸が当たっても、その軍団は何事もなかったかのように突き進んでいく。


 両軍の指揮官は、この光景を前に恐慌状態に陥らぬよう、すぐさま待機中の戦車隊の投入を決め、威力偵察をした歩兵部隊を撤退させつつ、前線へ向かわせながら砲撃を開始。


 しかしながら、コレも失敗だった。


 いや、完全な失敗ではない。小型の生物二種類――ゴブリンおよびコボルト――を消滅させることには成功したが、大型の生物――ギガース――に対しては無力だった。


 さすがに戦車の攻撃を受けてまで生きていると思わなかったのか、全員時が止まったかのように呆然と立ち尽くしてしまっていた。


 それがいけなかったのだろう。致命的な隙ともいえるその瞬間に一両の戦車がギガースにとりつかれてしまったのだ。


 砲身を掴まれたものの、すぐに引きはがそうとエンジンを全開にしてキャタピラを動かす。


 だが、何かに固定されているかのように全くと言っていいほど動かなかった。機銃も放たれたが主砲の直撃を喰らっても生きているような存在だ……まるで無意味だった。


 そして、ギガースは砲身をつかんだまま、逆の手にある棍棒で戦車を殴りつける。


 本来であれば木の棍棒など戦車に対して通用するわけがない。


 けれども、そんなことは関係ないと言わんばかりに、戦車が棍棒の攻撃によって歪んだ。逃げられないのをいいことに、ギガースは何度も何度も何度も棍棒で戦車を殴る。


 その直後――戦車が轟音を立てて爆発した。歪んだことによって発生したスパークが、燃料部分に引火したのだろう。



 ――あの生物はどうなったのだろうか? 



 その場にいた誰もが疑問に思う中……爆煙をかき分け現れたのはギガースだった。


 戦車を殴りつけた棍棒は健在で、押しつぶされ爆発した戦車だけが、空しくそこには存在していた。乗組員は何もできずに死んでしまったのだろう。


 戦車というのは近代戦において、地上戦力最強と言って良い。生半可な攻撃はその堅牢な装甲によって阻まれ、その機動力と攻撃力を持って敵を制圧する。


 それが、あんな訳の分からないものに一瞬で破壊されたのだ。


 これが、戦闘機の爆撃などであればまだ、常識の範疇だっただろう。みっともなく撤退したとしても、規律を守って行動できたはずである。


 この理不尽で訳も分からない状況の中、誰もが我先へと逃げ出した。指揮官が声をあげるものの全く言うことを聞かない。


 その間にギガースは次々と戦車を破壊していく。その後ろからはどこから現れたのか、減ったいたはずのゴブリンとコボルトも再び姿を現し、進軍し始める。


 まさに地獄絵図ともいえる状況。


 このことは瞬時に世界中へと拡散されると同時に、あちこちで同じような化け物が現れだした。


 その姿は、物語、映画、ゲームといった所謂、創作物に出てくる生物を彷彿とさせ、人類はそれらを《幻想種》と呼称した。


 戦車や銃だけで無く、戦闘機や戦艦による攻撃なども実行されたものの大型種に対しては、効果が無く。少数のみだが陸だけでなく、空と海にも幻想種が確認された。


 一部の国による独断専行で《幻想種》に対して核攻撃が行われ、不毛の大地となるエリアも出始める。


 それでも《幻想種》の進軍は止まらない。次々に蹂躙されその数を減らしていく人類。


 〝世界の終末〟という言葉が誰しも脳裏をよぎったときだった――魔法が使える人間が現れたのは。


 最初に魔法を使用したのは子供だった。《幻想種》に襲われたときに、無我夢中で手をかざしながら何かを叫ぶと、炎が出現して《幻想種》を燃やしたそうだ。


 現代兵器がまるで歯が立たない、不条理な化け物であるはずの《幻想種》が燃えて死んだ。このことは人々の希望として世界中に広がることになる。


 この話に「でたらめだ!」と声高に叫ぶ人もいたが、すでに《幻想種》が出現していること自体がおとぎ話のようなもの。そういった声は速やかに駆逐されていった。


 誰が魔法を使えて誰が魔法を使えないのか、内心疑わしく思っていたとしても調べないわけにはいかない。


 魔法を使える人間。


 そのほとんどは若者だった。


 彼らが口を揃えていったのは〝精霊の声が聞こえた〟という言葉。


 精霊が人類に魔法を与えたのか、そしてその声の主が本当に精霊で存在しているのかは定かでは無い。


 重要なのは、《幻想種》に対抗できる力を人類が得たということだ。


 その後、魔法を使える人々による〝第一次幻想種反攻作戦〟が展開される。


 完全な撃退とは行かなかったものの、幻想種を抑えて、耐えしのぐことは出来たといっていいだろう。


 さらに、〝第一次幻想種反攻作戦〟後、旧日本を始め、世界の各地方に結界のようなドームに覆われる地域が誕生した。


 その謎の結界には《幻想種》は進入できないようで、その地域を中心に数を減らした人類の活動は再開されていく。


 各国ではその結果を受けて、魔法を技術として認め……それと同時に研究を始めることとなった。


 魔法が技術として確立した今日では、魔法は〝魔法導力理論〟――通称〝魔導〟へと名前を変えている。


 旧日本では八つの地域が結界に覆われ、誰が最初に呼んだのか、そのドームに覆われた地域は精霊指定都市と呼ばれている。



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