精霊指定都市

海星めりい

プロローグ

「GUAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 大気を振るわせるような咆哮が、廃墟と化した街一面に響き渡る。


 吼えたのは紫色の鱗をし、空を自由に駆ける巨大な翼を持ち、その口からは強力なブレスを吐く、圧倒的な生物の王者。


 空想ファンタジーの代表格――ドラゴンだ。


「デカ物が……これだけやってもまだ倒れないか」


 怒りに染まった目で、低く唸り声を上げるドラゴンに相対しているのは一人の人間。


 声はくぐもっているものの女ほど高い声ではなく、背の高さなどからも男と判断出来る。


 全身を黒いローブに包んだその姿は、昼間である現在はとても目立つ。他の人間が見れば怪しさ満点だろう。


 しかし、この場には誰もいなかった。


 そう、ドラゴン以外は。


 既にドラゴンは傷だらけだ。何か鋭利なものによって切りつけられたのか、そこかしこに存在する切り傷からは血が流れている。


 一方このローブの男は、多少ローブが薄汚れているだけで目立った外傷は存在していない。


 この時点で両者の差は明確だ。


 だが、ドラゴンは逃げることなど考えていないようで、そのルビーのような真紅の双眸には男の姿しか映っていなかった。


 空想の代表にして頂点とも言える生物。その種として刻まれたプライドが惨めに逃走することなど許さないのだろう。


「GURUAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 ドラゴンは吼えると同時にその身体を跳躍させ、空へと駆ける。


 ぼろぼろの翼をはためかせ飛び立つと、傷など存在しないかのように男の頭上を油断なく旋回し始めた。


「まだ、飛ぶだけの力が残っていたか――っち! ミスったな」


 男としては予想外の行動だったらしく、苛立たしげに舌打ちを一つしてドラゴンが飛ぶ上空を見上げた。


 その隙にドラゴンは翼を軽くたたませると、弾丸のように一直線に男に向けて加速する。ドラゴンの巨体から繰り出される突進は、その質量と重力加速度が相まってすさまじい威力を発揮する。


 けれども、いくら速くとも軌道が絞られれば避けることはたやすい。


 上空からの突進で地上を狙う場合、自身が地面に激突するのを防ぐため、どうしても地表近くでは速度を落とさざるを得ない。ドラゴンを倒すのならばそのタイミングを狙うのがいいだろう。


 突進を回避した男もそこに狙いをつけて攻撃しようとするのだが、ドラゴンの突進による風圧や飛んでくる瓦礫のせいで思うように行動できない。


「面倒な……」


 上手く再び空へと舞い上がったドラゴンを見つめ忌々しげに呟く。


 ドラゴンの飛び方は戦闘機が行う機動マニューバに近いものがある。

 最小の動きでの旋回ロールを始めとして、空中では狙いをつけにくくするために宙返り《ループ》や蛇行などを織り交ぜ、巨体の割に素早く動き、隙を伺う。


 一方で突進攻撃をするときは、降下する角度を調整することにより振り子のような動きで、地表近くまで接近すると同時に、再び空へと飛び立つ。


 角度の都合上やや速度を落とさざるをえないため、地上を攻撃するのに必ずしも適しているとは言えないが、加速度をあまり殺さずに何度でも上空へと飛び立つことが出来ると考えれば、利にかなった攻撃といえるのではないだろか。


 そんなお互いに攻撃が当たらない状況がしばらく続く中、何回目かの上空へと浮かび上がったドラゴンは埒が明かないと判断したようだった。


 上空でとどまるように浮かぶと口を大きく開け、その口内に膨大なエネルギーを凝縮し始める。


 ドラゴンの代名詞ともいえるドラゴンブレス。その威力は絶大で、人一人などたやすく消し飛ばしてしまうだろう。


「真っ向からのぶつかり合いか? いい加減うざいと思っていたところだ。その勝負、のろうじゃないか!」


 ドラゴンの行動に呼応するかのように男は、自身の周りに球形の魔法陣を展開する。男から放たれるエネルギーはドラゴンブレスに勝るとも劣らない。


「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 先に行動したのはドラゴンだった。咆哮と同時に全てを焼き尽くすような無慈悲な熱線が、男めがけて放たれる。



 その直後――



「展開完了。全て打ち消せ――《アニヒレーション》!」


 男を中心に全てを覆い尽くす白い光が、廃墟全体を包み込む。


 昼間にも関わらず何も見えなくなるほどの閃光。ドラゴンも数瞬とはいえ視界を奪われ、訳も分からず吼えることしか出来なかった。


「GRUA? GRAA!」


 視界が戻ったドラゴンの眼に映ったのは、何も変わっていない廃墟だった。


 もっともその場から男だけは消えていたが。


 ドラゴンブレスが命中したのであれば、地形などその余波でいくらでも変わるはずだ。避けたにせよ、防いだにせよ、先ほどと何も変わっていないというのはあり得ないことだった。


 ドラゴンは理解の及ばない思考のまま、男を捜して首を左右へと動かす。

だが、その姿を見つけることは出来ない。


「GUA! GURA!! GRA!!!」


苛立ち混じりに何度も吼えるドラゴンだったが、


「残念だったな」


 唐突に男の声を聞こえるはずの無いところから聞くこととなった。


 そう、いつの間にか男はドラゴンの背の上に立っていた。どこに自身の敵がいるのかすぐさま理解したドラゴンだったが、その位置では自慢のブレスも先ほどまで使用していた突進も役に立たない。


 すぐに男を振り落とそうとドラゴンが身体全体を捻りながら暴れ回ろうとするが、今度は逃さないとばかりに男が先に動く。


「そのまま落ちろ――《ストライクリッパー》!」


 男が手を振るうと、風切り音と同時にドラゴンの翼を始めとして、至る所から血しぶきが舞う。翼を傷つけられ自身の巨体を浮かすだけの揚力と魔力を発生できなくなったのか、ドラゴンは為す術もなく重力に引かれ落ちていく。


 地面にたたきつけられる直前に男はドラゴンの背から跳んで魔法陣を展開。そのまま落下の衝撃を感じさせることなく、ゆったりと地面に降り立った。


「GUGYAa……Ooo……」


 ドラゴンは再び立ち上がろうと首を僅かに浮かせる。


 しかしながら、もう体力が残っていなかったのだろう。力なく吼えただけのドラゴンは、なすすべ無く倒れ込み、その生命活動を停止した。


 地に倒れ伏したドラゴンはそのままグズグズに溶けていく。


 男はそれをじっと見つめるだけで、一言も発しなかった。


 最終的に灰になったドラゴンは、風に吹かれ空中に同化するように消えていく。


 廃墟の一角にはローブの男が立つだけだ。まるでドラゴンがいたことなど嘘のように静かだった。


 あたかもそこには初めから何も存在しなかったかのように――。


「ふう、とりあえず終わったな、任務完了っと。それにしてもなんでこんなところにドラゴンが? しかも紫の鱗……低位種じゃない――」


 そこで言葉を止めた男は思案するように視線を空へと向けた。


 ドラゴンはその鱗の色によって低位種、中位種、高位種に分けられる。厳密にはその他にも判断材料はあるが概ね鱗の色だけで問題ない。紫の鱗を持つドラゴンは中位種~高位種といったところ。そうそう現れる存在ではなかった。


 だからこそ、男は気になったのだが……すぐに視線を戻した。


「やめだな。考えるのは俺の仕事じゃない」


 強めの風がローブをはためかせた所で男は首を軽く横に振り、思考を中断する。いくらでもありそうな答えを探すのは無駄だからだ。


 その時、男は自分の腕につけている通信用の端末が、点滅しているのに気付く。何かしらの連絡が来た証拠であった。


 表示された名前に心当たりがあるようで、男はフードから僅かに見える口元を歪めると端末を操作する。


 そのまま腕を引き上げ、展開した電子モニターを顔の前に持ってきた。


「何のようだ、仲介者エージェント。今、仕事が終わったばかりなんだが?」


 不機嫌な声で通信を贈ってきた相手に対しぶっきらぼうに返答する。


『いきなりそんな怒らないでよ~。こっちだって緊急の用件じゃなければ帰ってきたとき以外に連絡しないよ~。それにいい加減僕の名前、てちゃんと呼んでよね』


 電子モニターに映ったのは中性的な外見をした灰髪の少年。


 多数の大型のモニターとキーボードを操作しながら、ヘッドセットをつけ話す


 その姿は、まるでオペレーターのようであった。


「どうだかな? お前のことは信用してはしているが、信頼してはいないんだよ。仲介者」


『相変わらず悪辣だね、何年も一緒にいるというのに~』


 仲介者と呼ばれた少年――フレンは不満をブーブーと口に出し、いじけているようであった。見た目と相まって大変可愛らしいが、あからさまにつくられた行動に男は疲れたようにため息を吐く。


「そのわざとらしい態度をやめろといつも言っているんだがな」


『だって、これが僕だし~。それに君だって僕との関係を切る気はないんでしょう?』


 ――このこちらを挑発するようなことがなければ、少しは信頼出来るのだが……。


 どうせ直す気は無いのだろうな、と内心で悪態をついた男が口を開く。


「わかった、わかった。それで、用件を早く言ってくれ」


『君相手の指名依頼が入ってきたよ。拘束される期間に幅があるね。一年はかからないだろうけど……それがちょっと微妙かな? けれど前金も出るし、衣・食・住は向こう持ち。そこまで悪い条件でもないと思うよ?』


 ――その条件が本当ならば悪くない。ここ最近は短期の依頼ばかりで疲労や装備のチェックを考えると都合が良い。


 依頼内容はまだいっていないが今までの経験からその期間の長さで護衛か、潜入の依頼だろうと見当をつけて男は受ける、と返答する。


『はいはーい! 依頼主には伝えておくよ。今月中には依頼場所に向かってね~』


 ――今月中?


 フレンの言葉に引っかかりを覚えた男が端末の日付を確認すると、今日の日付は二七日。今月中という条件には三日しか残されていなかった。


「期限ぎりぎりじゃないか」


『でも間に合うよ~っと』


「まあいい、それで何処に向かえばいい?」


『えっとね~。あった、あった! 天羽あまば士官学院だね』


 士官学院……依頼場所としてはとても珍しい場所だった。


 そのことに違和感を覚えた男は、依頼内容についてフレンに対して問いかける。


「士官学院? 登下校の護衛でもしろと?」


『違うねえ~。そこに入学しろってさ』


「は?」


 思わず出たような声だった。


「お前! 俺に学生をやれというのか!」


『あり? 言ってなかった?』


 ――聞いてない。聞いてないぞ、そんなこと!


「冗談じゃない、誰がそんな依頼受けるか! 送るのを中止しろ!!」


『え~! でももう送っちゃったよ。達成率百パーセントを売りにしている~、『ニル』としてはよろしくないんじゃない~?』


「お前……! わざとだな!!」


 そのフレンの挑発するようなわざとらしい声色に、男――ニルはしてやられた事に気付く。


 だが、既に依頼者に送られてしまった以上どうしようも無い。キャンセルすることなどニルの中には最初から存在していなかった。


 この状況で出来ることといえば内心で、だからコイツは信頼出来ないんだ! と憤ることだけだろうか。


 そんなニルの心中を予想していたのか、フレンが一言つげる。


『君のお師匠様からのご依頼でね……『気づかれないように受けさせろ』っていうから大変だったよ――普段じゃ油断なんかしないからわざわざ討伐依頼後、すぐを狙って……さらに、君に悟らせないように依頼の条件は伝えても細かくは言わない』


 そこで、一回呼吸を整えるとフレンが続けて話す。


『君と契約している仲介者としては失格かもしれないけど……君のお師匠様に睨まれるわけにはいかないからね。それに君だって本当は通っている歳でしょ? 行っておいても損はないんじゃないかな? ね~、来栖くるす シュン君?』


「……………………」


『じゃあ、返答もないみたいだからこれで。資料は後で送っておくよ~』


 ニル――シュンが何も応えないのをいいことに返事など聞かず、フレンは一方的に通信切る。


 この場にいるのは消え去ったモニターを状況が追いつかない表情で見つめるシュンだけだ。


 その後数秒ほどで、全てを理解したシュンだったが何かを言うべき相手はすでにいない。



「仕事の時はコードネームでしか、呼ぶなと言っているんだがな!」



 やり場のない怒りをぶつけるかのように、シュンはその場で思いっきり地面を蹴る。


 巻き上がる砂煙はシュンの怒りを表すように大量に舞うが、すぐに風に運ばれて消えていった。


「っち! 全く、俺らしくも無い」


 その光景を見てシュンは舌打ちをしつつも冷静さを取り戻す。


 つい感情にまかせて短絡的な行動をとってしまったが、本来ここまで感情を露わにすることはそうそうない。


 そもそもフレンのあまりな行動は今に始まったことではないのだ。今回シュンがこんな行動を取った原因は若干とはいえ、討伐直後の昂ぶっているときだったことと、師匠という単語を聞いたからだろう。


 師匠がなにを思ってフレンを使ってまで依頼したのかシュンとしても気にはなるが、フレンの言うことが本当ならば、どうせもうすぐ会うことになるのだ。焦って確認する必要はない。


 それに今からフレンに連絡すれば、どうせまたからかってくるに決まっている。


 そう結論づけたシュンは、手元の端末につい先ほど転送されてきたデータを確認する。


 送られてきたのは行き先や契約書、必要な物の受け取り場所まで事細かに書かれた資料だった。纏め方といい、情報の鮮度、精度といい完璧と呼んで差し支えない。


「……相変わらず仕事は早い」


 仕事は非常に優秀な――小憎たらしい笑みを浮かべるフレンの姿が脳裏をよぎるが、イラッときたので、すぐに頭を振ってそのイメージを追い出す。



「行き先は…………関東エリアか」



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