社畜はおうちにかえりたい。ep1

arm1475

24時間はたらけますか。

 近年類を見ない、高い感染力と死亡率を持つ病原体の出現により、人類社会が密接な環境での仕事が出来なくなって幾年。

 各企業はは感染予防重視から始まった働き方改革によって出勤という概念が無くなり、在宅勤務が当たり前となっていた。いわゆるテレワークである。

 しかし在宅勤務は各社員の自主性に左右される面もあり、また、一人で作業するという行為に不満や不安を抱く者も決して少ないわけでは無い。管理者側も旧態依然する概念に縛られて遠距離では社員の業務進行を把握出来ずに苦労しており、皆が新たな環境に対応出来ているわけでは無かった。

 しかしある日、大手ネットゲーム会社のシステムエンジニアが革新的な発明を発表した。


「VRで通勤するんです。家に居ながら会社へネット接続で仮想出社する為のVRマシンがこれです、名付けてワークギア」

 

 ヘルメット型のVRマシンを被り、ネットを通じて会社のサーバーに用意された仮想オフィスへ出社する。その発明を当初はゲーム感覚と笑う者も少なくなかったが、そのゲーム性に抵抗のない若い層の支持と、体力面で通勤を不快と感じていた高年齢管理職たちにその有益性と生産性の高さが認められた事により採用する企業が急速に増え、今や国内の7割の企業がネットの仮想空間にオフィスを構えるようになっていた。通称VROである。

 

 ある日。

 全てのVROを管理するアドミニストレータから各企業が管理するVROで働く社人たちに一斉に通達が届いた。


「先日の調査により国内の生産性が落ちている事が分かりました。このままではこの国が滅んでしまいます。

 そこで遺憾ながらこれから皆さんに24時間VROで働いて貰います。

 家に帰る事は赦しません。勝手に帰る――自発的ログアウトは管理者権限で不可能にしました」

「24時間働いたら過労死で死んでしまうぞ!?」

「どうせ自宅のベッドに寝たままVROへ出社されてるのでしょう? 今や食事も排泄も使用中はワークギアの管理でサポートマシンが自動的に摂取、排泄出来るシステムになって身体を動かさずに1日フルで出来るようになったではないですか? 使うのは脳だけですよ? 過労で死ぬはずが無いじゃ無いですか。唯一死ぬとしたら、ワークギアを権限無しに第三者が外した場合です。外れると過電流で脳を焼き切るようにしております。VROから観ると過労死に見えますね、ははは」

「アドミニ……まさかお前最初から」


 姿が見えないアドミニがクククと笑いをこらえている姿を、仮想オフィスに閉じ込められた社畜たち全員が想像していた。


「さあ国内生産性の数値を目標値まで上げるのです! それがこのVROから解放される唯一の方法です! さあ皆さん働くのです!」



「……たった96時間で目標達成ですか(震え」

「社畜舐めんなよ」


 というちょっとしたトラブルもあったが、皮肉にもそのトラブルによってVROが更に評価され、安全性と居住性の向上化で高い生産性が得られる事が証明された。

 果たして社畜たちは、通勤による苦痛の解放と、滞在の利便性さによって現実世界よりVROでの滞在が長くなった。

 つまり


 自分もVROにログインしたままもう3ヶ月……だったっけ、よく覚えていない。

 適度に休憩取れるものの、疲労しない身体でお金を稼げるのだからいくらでも働けるのは凄いと思う。現実世界じゃマジで過労死していたろうに。

 特に趣味も無く、疲れた身体で帰宅してもそのまま布団で寝てしまう毎日に比べたら今の生活の方が遙かにマシだわ。

 彼女や彼氏持ちの独身者や家族が居る人間には生身の身体での交流が必要で退社時間に帰宅ログアウトして現実世界に戻る者も居たが、今ではこちらが快適すぎてあちらのほうからVROに出社ログインしてくるようになった。

 中には特殊ソリッドを利用してオフィスラブやらかすカップルもおるらしく、もうみんなどっちが現実なのか分からなくなってきているのかもしれない。おセッセなんて現実に触れあった方がもっと気持ちいいだろうに、感染症の件もあって現実は諦めたのだろうなあ。彼女の居ないオレには関係ないが。

 今月のノルマはさっき達成しているので無理に働く事は無いのだが、どうしても頑張る理由はある。

 現実に残している肉体だ。ワークギアが適度にケアしているので安心はしているが、管理維持費に現実世界では簡単には稼げないくらい結構な金が掛かるので、その為にも頑張らないといけない。まあVROでガンガン稼いでいるので蓄えもあるからそんな心配しなくても良いのだが。

 疲れないとはいえ、たまには現実の自分に戻ってリフレッシュするべきかな。うちでのんびり過ごすおうち時間も必要だよなあ。

 オレは上申して許可を貰い、タイムレコーダーにIDカードを宛てて帰宅ログアウトした。痛勤なんて言葉とは無縁の即自宅、ドアツードアって言葉も真っ青である。

 ……あれ。

 俺んちこんなだったっけ?

 帰宅ログアウトした自宅には違和感しか無かった。

 というか、女性の部屋っぽい? 花柄のカーテンや壁紙なんて無かったハズ。

 次の瞬間、世界がフェードアウトし、しかし戸惑う暇も無く視界にはいつものオレの部屋が戻っていた。幻覚……? まさか疲れてるのかな、ははは。



「HFH88234126障害復旧」

「あのアーキテクトがVRに戻るルーチンではなかったから焦ったな」

「まあ心理パラメータも多少変動しましたが概ね良好です、。プログラムと違って生きているから予測不能」

「まあ気づくハズも無かろう。仮想現実のオフィスからログアウトした先も仮想現実とは誰が思うかね」


 そう言って男たちは無数のワークギアで埋め尽くされた巨大な壁を見上げた。


「疫病の大流行下でなお出勤し被害を拡大させた社畜を止める方法とは言え、人道的にどうかとは思うよなあ」

「仕方無いですよ管理長。疫病で死にかけていた彼らを救うにはもう病魔に冒された肉体を捨てて意識の量子化しかなかったんですし。ワークギアの中で意識体だけとなっても仮想現実で生きられるし望みの仕事も出来るしwin-winですよこれ」

「胡蝶の夢も大概だな」

「管理長、お疲れじゃ無いですか? たまにはうちに帰られたらどうです?」

「責任者だからそうは言ってられないのだよ。君こそ連続勤務が200時間超えてるじゃ無いか」

「そうでしたっけ? 

「今日は交代要員もいるし帰宅して休みたまえ」

「はい、そうします、お先に失礼します」


 そう言うと管理者の部下は帰宅ログアウトした。

 量子化して消えた部下の姿を見届けた管理長は、小さくため息をついてもう一度先ほど自分が呟いた言葉を口にした。


                  おわり

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