第21話 決着

 タイガージの身体から大量の鬼力が溢れてくる。

 俺はその姿を見て身動きひとつとれずに立ち尽くしていた。

「まだ戦う気なのかよ……」

 なにがそこまでタイガージを突き動かすのだろうか。 

 鬼力がどんどん膨張していく。

 膨張が止まると鬼力が光を放った。その輝きでタイガージの身体が見えなくなる。

 ゆっくりと光は消えていく、徐々に輪郭が現れる。

 人間のような姿をしているが。頭には二本のツノがある。

 鬼のときと比べて身長は縮んだようにみえる。それでも身長は2メートルほどもある。

 二本のツノはそのままに金髪の髪を後ろに撫でつけたオールバック。

 そして変わらない鋭い目つきをした男がそこに立っていた。


「俺様が人間体を晒すことになるとはな……」

 タイガージがそう言って近付いてくる。

「師匠、あいつ人間みたいになりましたよ」

 隣に立つ師匠に声をかける。

「今の変身、それに回復で大量の鬼力を消費しておる」

 俺は砕けたはずのアゴを思い出す。

「一番燃費の良い人間体になるほどに追い込まれておる。今がチャンスかもしれん」

 師匠が強く拳を握っている。

「そういうこった。正直もう限界だ。それに俺様はこの姿が気に入らねぇんだよ」

 そう言ってタイガージは自分の頬を触っている。

「認めてやる。孫太郎、てめぇは強いよ」

 その口調は渋々だった。

「え、どうもありがと……」

「だ・か・ら!!!」

 タイガージが急に大声を出した。

「全身全霊で殺してやる!」

 その発言に俺は飛び退いた。

「なんでそうなるんだよ!」

 俺も声を張り上げる。

「てめぇの価値観なんてしらねぇよ!」

 そう言って桃鬼丸を放ってきた。いつの間にか拾っていたようだ。

「折れた刀なんてどうしろって言うんだよ!」

 受け取りはするが意図がわからない。

 タイガージの舌打ちが聞こえた。

「全力でやり合いたいからな……教えてやる。てめぇのジジイが使っていたときはもっと長い刃だったって言ったよな?」

「たしかに言ってたけどそれがなんだよ!」 

「……あとはてめぇで考えろ。おしゃべりは終わりだ」

 そう言ってタイガージはうしろに大きく飛んだ。

「ぶっ殺す!!!」

 タイガージの一言で戦いの火蓋が切って落とされた。


 俺は折れた刀を握り鞘を抜く。折れた刃先はちょっとしたナイフのようで頼りがない。

 すぐに刀から視線をあげて前を向く。

 タイガージが右腕を突き出している。人差し指を立てて俺に向けている。

 その仕草は銃を構えているようにも見える。

 指先に集まった鬼力が徐々に球を描いている。

「出し惜しみはしねぇ! こいつで消し飛ばす!!!」

 タイガージがそう言うと指先にどんどん鬼力が集まっていく。ピンポン球くらいのサイズだったはずがいつの間にかバスケットボール大になっている。 

 俺は右手に握る刀をみる。

 今の俺の武器はこの桃鬼丸だけだ。

 タイガージが指先に鬼力を集めるならば、俺はこの刀に鬼力を集める。

 鬼力が俺の両手から刀の柄へ、柄から鍔へ、鍔から刃へ、そして存在しない切っ先に流れる。

 タイガージの球は本人の姿が隠れて見えないほどに膨張していた。

「喰らえッ!!!」

 タイガージの怒号を合図に球が放たれる。

 地面をえぐりながら向かってくる。

 俺はまっすぐに上段で刀を構える。

 桃鬼丸は密度の高い鬼力によって刀身を取り戻していた。その姿は大太刀のように長い。

 これが本来の姿だと確信する。

 迫る球にむかって腕を振り下ろす。

 球が真っ二つに割れる。

 左右に割れた球はすぐに形を失って崩れ去った。

 刀を鞘に収めてタイガージに近付く。

 膝をついてうなだれている姿がやけに小さくみえる。

「てめぇの勝ちだ……」

 タイガージの一言が戦いのおわりを告げた。


 目の前に立ってから気付いたが、明らかにタイガージは小さくなっていた。

 師匠が小さくなったときと同じだ。身長がほとんど師匠と変わらない。

「孫太郎ぉ~!」  

 師匠が叫びながら駆け寄ってくる。

「うぐっ」

 飛びついてくる師匠を受け止める。

 頭を撫でられるというか掻き回される。

「やめてください痛い痛い!」

 俺から飛び降りて師匠が言う。

「最高の弟子じゃ!!!」

 師匠の言葉に笑顔で答える。

「褒美じゃ褒美! ほっぺにだったらチューしてやってもよいのだぞ?」

 顔が熱くなる。

「いけませんって! 俺たち師弟関係ですよ!」

 なんとか言うことができた。俺にはまだそういうのは早い。

「純情ボーイじゃ」

 そう言って俺から離れると師匠はタイガージに歩み寄っていった。

「んで、おまえはどうするんじゃ」

 タイガージは黙っている。

「プライドの高いおまえのことじゃあ~負けました~って言って鬼獄界に帰れるのかのぉ~?」

 師匠はものすごく意地悪な顔をしている。

 どう見てもこどものケンカだ。

 タイガージの足下が濡れている。

「師匠まさか……! 泣いてるじゃないですか!!!」

 敵ながらかわいそうになってきた。

 俺はタイガージの肩をやさしく掴む。

「ほら、師匠! タイガージに謝ってくださいよ!」

「嫌じゃぁ~」

「殺す……」

 タイガージが口を開いた。涙声だ。

「人間界で……修行して……いつか孫太郎をぶっ殺す……」

 その言葉を聞いて師匠は満足そうにしている。

 俺は納得できないが。

「ん~? 修行って誰に教えてもらうんじゃろなぁ~? ん~?」

 下を向いているタイガージの顔をこれでもかとのぞき込んでいる。

「もうやめましょうよ師匠! ああもう、またタイちゃんが泣いてるじゃないですか!」

「タイちゃん! タイちゃん!」

 師匠が爆笑している。

「タイちゃんって呼ぶな!!!」

 タイちゃんが吠えた。


「さてと、おふざけは終わりじゃ」

 どの口が言うんだ。倒木を椅子にして座り、真面目な顔をしている。

「そうだな」

 タイガージも腰をおろす。いつの間にか泣き止んでいた。

 俺はふたりの真剣な顔を交互にみながら座った。

「え、なに深刻そうな感じになってるんですか。俺が勝ったんだしめでたしめでたしでしょ? お祝いにラーメンでも食べに行きましょうよ!」

「おわってねぇよ」

 タイガージは小さくなっても凄味があった。

「大江山四天王か」

 師匠が言った。

「そうだ。五道転輪王に命じられた。子孫を消せと」

 タイガージと目が合う。

「あやつはまだ桃太郎に執着しておるのか……」

 師匠が顔を歪めて言った。

 ふたりの話についていけていない。

「えーっと、つまり?」

「四天王全員でてめぇを殺しにくるってことだ。まぁ俺様はフライングしたけどな」

 タイガージの言葉に俺は固まった。

「ひとりずつの間違いでは……?」 

「いや、全員だ。タイマンに拘るのは俺様くらいだ」

 俺ひとりでタイガージを三人相手に戦う姿を想像する。

 タイガージが急に立ち上がる。

「なに青くなってんだよ。てめぇは俺様がぶっ殺すんだよ。それまで死ぬことはゆるさねぇからな!」

「なんだよそれ、手伝ってくれるの?」

 タイガージは顔を背けて返事がない。

「よぉ~し! 弟子その1! 弟子その2!」

 師匠も立ち上がっていた。

 大きく脚を広げて仁王立ち。両腕を組んで尊大にふんぞり返って言う。

「修行じゃあ!!!」


 俺の名前は吉備孫太郎。鬼の血を引いた桃太郎の子孫。

 鬼獄界最強の鬼、閻魔大王様の弟子だ。

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