第20話 閃け孫太郎!
視界がめまぐるしい速度で過ぎていく。何がなんだかわからない。上下左右はメチャクチャだ。
身体が地面に擦れて止まった。
「孫太郎!!!」
師匠の声で俺はようやく自分が殴られたことを理解した。
なんとか立ち上がって右手で身体を探る。
感覚はないが左腕はあった。
「お~、いまの攻撃で壊れないのか」
遠くからタイガージが声をかけてくる。
俺はかなり遠くまで吹っ飛んだらしい。
「なんて名前だったか……弱太郎? いや、パコ太郎か!」
「孫太郎だ!」
自分で出した大声が身体にしみた。
「ああ、そうそう。孫太郎か。元々鬼力が使えたのか」
タイガージが近付いてくる。
力を入れると身体が軋む。
少しでも会話で時間を稼ぎたい。
「いつからだと思う?」
無理にでも余裕な表情を作った。
ドンッと大きな音を立ててタイガージが地面を踏んだ。
「いつからだ」
「6日前です……」
しまった。つい口が。
「そうか……一ヶ月後のおまえと戦いたかったぜ」
どの口が言うんだ。おまえがこんな早くにこなければ実現しただろ。
「じゃあ今日はお開きということで! うん、また三週間後に会おう!」
イチかバチか。ものは試しに言ってみた。
「それができれば苦労しねぇんだがな……安心しろ。全身残さずに喰ってやるよ」
なにか事情があるのだろうけど、そんなこと言われても安心できない。
「ただ喰われるだけなんてご免だ」
タイガージはニッと笑った。
「戦いっていうのはそうでなくちゃ……なッ!」
そう言いながら殴りかかってきた。
なんとか身体に力を入れてかわす。
よし、まだ避けることはできる。
ガードはもう使えない。鬼力の消費が大きすぎるし、そもそも攻撃を防ぎ切れない。
「さっきまでの威勢はどこいったんだぁ!?」
タイガージの攻撃は止まない。
避けるのに精一杯で答える余裕なんてない。
あんな攻撃を二度も受けるわけにはいかない。
思い出すだけで恐ろしい。それほどの威力だった。
だが俺にも考えがあった。
ただただ攻撃を避けていただけではない。
とっておきの秘策、そして唯一の武器。
カウンターだ。
ヤツの圧倒的な攻撃力がそのまま自身に跳ね返ってくる。
今はタイミングを計っているだけだ。
タイガージが腰をひねり回し蹴りが飛んでくる。
身体を深く前に倒して避ける。
吹き飛ばされそうになって両足を踏ん張った。
合わせるのはパンチのタイミングだ。
カウンターは大きくわけて三つの種類がある。
相手と同時に打つ。対の先。
相手の打ち終わりに打つ。後の先。
相手が打とうとした瞬間に先に打つ。先の先。
俺が狙うカウンターは先の先。
ハイリスク、ハイリターン。それ故に究極のカウンター。
チャンスは一度切りだ。
タイガージの右腕が出てから俺の右腕を出す。その上で俺が先に当てる。圧倒的なリーチ差がある。スピードで勝つのは普通に考えれば絶対に不可能。まさに神業だ。
だが俺にはできる。
必ず先に当てる自信がある。
「ぜ~んぜん当たらないパンチ乙ぅ~!」
俺はみえみえの挑発を仕掛ける。
頭の上にピースサインを乗っけてアホ面を作ってみた。
たぶん師匠ならこうするだろう。
「おお!」
師匠の嬉しそうな声が聞こえた。
「もう少し遊んでやろうかと思っていたが」
意外にもタイガージは落ち着いた声をしていた。
「ここでお別れだな……」
口調とは裏腹に身体は怒りに震えている。鬼力が沸き立っているのが見える。
今までで一番のパンチがみられるだろう。
ゆらりと残像を残し、タイガージの巨躯が一直線に俺に向かってくる。
その大きな左足が地面を深く踏みしめた。
走ってきた勢いがそのままに足から腰に伝わってくる。
勢いの乗った右手を大きく振りかぶる。まるで野球の投手のように。
俺の中で鬼力が唸る。
まだ俺は動かない。
ギリギリまで引きつける。
タイガージの拳が徐々に大きくなる。
このタイミング。
鬼力は電気となり俺の筋肉に訴えかける。
脳への命令を省いてショートカット、最速最短で筋肉が収縮する。
俺の肉体が躍動する。
超反射。
俺の拳がタイガージのアゴをド真ん中に捉える。タイガージの長い腕は俺の肩に乗っていた。
先の先のカウンターが決まった。
アゴが砕けてタイガージの巨躯が吹っ飛ぶ。
「おまえを倒すのはおまえ自身の力。それとほんの少しの俺の鬼力だ」
誰よりも一番に勝利を報告したい。
俺はタイガージに背を向けて師匠のもとへと走った。
「勝ちましたよ師匠!」
師匠が静かにうなずく。
「本当にやりおるとはな……」
笑顔をみせて俺へと手を伸ばしてくる。
その手が急に止まった。
「さすがは四天王と言ったところじゃろうか……」
師匠がよくわからないことを言っている。
それは俺に向けられた言葉ではなかった。
後ろを振り向く。
タイガージが立ち上がっていた。
砕けたアゴから血をゴポゴポ吹き出しながら言った。
「ラウンド2だ……」
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