第19話 ぶち折れ孫太郎!

「ふぅ。冷静になったぜ」

 倒れた樹木を眺めながらタイガージが言った。

「今まで俺様に強い言葉を吐いた連中はどこへ行ったと思う?」

 不敵な笑みで俺をみている。

「じ、地獄……?」

 わからないけど仕方なく答えてやる。

「俺の胃袋の中だ。おまえも俺の強さに消化してやるよ」

 そう言って笑うタイガージの鋭く尖った牙が嫌でも目についた。

 最悪の展開が頭をよぎり、頬に冷や汗が伝っているのがわかる。

 ちらりと師匠を横目で見る。

「できると信じるんじゃ。ワシと出会ってからおまえができなかったことなど無かったじゃろ?」

 俺の視線を察して師匠が声をかけてくれる。

 師匠の言うとおりだ。

 俺はできる。


 一歩前に足を踏み出す。足が地面を感じる。

 身体を覆う鬼力の流れを感じながら握った刀の切っ先をタイガージに向けた。

「見たことあるような刀だと思えば……」

「桃太郎の刀だ」

 タイガージの言葉を遮って答える。

 今までずっと右手に握っていた刀にいまさら気付いたようだ。俺など眼中にないと言われているような気がした。 

「それにしちゃあ短く見えるがな!」

 偽物だとでも言いたいのだろうか。

 俺が無言でいるとタイガージは倒れた大木を掴んで持ち上げた。手がほとんどめり込んでいる。

「じゃあこれが俺様の刀だ!」

 そう言って10メートルはあろうかという大木を振り回す。

「材木屋じゃ!!!」

 嘘だろ。そんな材木屋がいてたまるか。

 俺は慌てて後ろに下がり距離をとる。あんなもん当たった日には交通事故どころじゃないぞ。


 右手に握る桃鬼丸を見る。圧倒的なリーチ差だ。

 そう考えている間にも大木の轟音が近付いてくる。

「もらったァ!」

 大木が目前に迫る。

 俺は地面を蹴って真上に一気に飛び上がった。 

 足下を大木が過ぎていく。

 近くで見るとそこまでのスピードは出ていないようだ。 

「クソが! うまく避けたようだがまだまだ続くぜ!」

 タイガージが叫ぶと再びもう一周した大木が迫ってくる。

 俺は幹に当たらないようギリギリで身体を反らせる。枝葉の中に左手を伸ばして枝を掴んだ。

 そのまま大木に張り付いた。

「どこに行きやがった!」

 枝葉で隠れた俺を見失ったようだ。

 大木の動きが一瞬とまる。

 距離を詰めるなら今しかない。

 桃鬼丸で枝葉を払いながら敵に目がけて一直線に大木の上を走った。

「剪定屋じゃ!」

 師匠が叫ぶ。たしかに今の俺は剪定屋かもしれない。

 枝葉が吹っ飛び視界が開ける。

 タイガージには俺がいきなり現れたように見えただろう。

「なに!? てめぇは猿か!」

 一瞬タイガージの動きが止まったのを俺は見逃さなかった。

 ここだ。

 眼前のタイガージの頭に向けて思い切り刀を振り抜いた。

 

「てめぇ……俺のツノに……」

 タイガージが静かに言う。

 折れた破片が地面に勢いよく突き刺さる。

「傷をつけやがったな……」

 手に握る桃鬼丸が軽く感じる。

 刃が折れていた。 

 桃太郎の刀、桃鬼丸が打ち負けた。

 鬼力が足りなかったのだろうか。俺ができると信じ切れてなかったのだろうか。

 あれこれ考えていると足下の大木が揺れに気付く。

 まずい。

「降りろ」

 そう言うとタイガージはゆっくりと大木を動かした。

 急いで大木から飛び降りる。

 すぐに顔を上げて次の攻撃にそなえる。

 タイガージが大木を宙に放った。

 大木は俺のいる方向とは真逆に飛んでいく。

「てめぇが刀ならば、俺様も刀。てめぇが丸腰ならば、俺様も丸腰だ」

 大きな音を立てて大木が落ちた。

「変なところにフェアなんだな……」

 俺も折れた桃鬼丸を鞘に収めて地面に置いた。

 正直ありがたい申し出だとは思ったが、それを素直に口には出したくはなかった。


「俺様の強さを骨身に染みさせてやりたいだけだ!」

 タイガージが飛び上がった。

 全身をバネのようにして飛びかかってくる。

「俺様は肉弾戦が好きなんだよ!!!」

 先ほどまで俺がいた地面が吹っ飛ぶ。

 土埃が舞い上がる。砕けた石が飛んできて俺の頬をかすめた。

 鬼力で覆われた俺の頬は無傷だ。 

「ボケッとしてんじゃねぇぞ!」

 土煙から大きな拳が飛び出してくる。

「うお!?」

 飛び退いて回避する。

 その拳圧で煙が一気に吹き飛んだ。

 はたして俺の鬼力で防げるのだろうか。

 いや、そんな考えじゃダメだ。

 ガードすることより今は攻撃しなければ。

 間髪入れずに次の攻撃が飛んでくる。

 タイガージの大きく振られた拳を避けながら前進する。

 体格差を活かしてヤツの内側に入り込む。

 瞬時に両手に鬼力を集め、左右の拳で交互に脇腹を刺す。

 抜けるような打撃音。

 たたみかけるように連打する。

 視界の左に大きな拳が迫ってくる。

 俺の連打はタイガージの動きを止めるには至らなかったようだ。

 避けるにはもう間に合わない。


 俺はありったけの鬼力を左腕に込めて拳を受け入れた。

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