第14話 電光石火

 修行のリミットが迫っている。俺は焦っていた。


 俺たちは昨日と同様にバッティングセンター・デバントにいる。

 無料券を担いだ俺たちをみても店主はいつも通りに迎えてくれた。ついでにデスマロンにも話しかけたが今日もワンワン言うのみだった。まるで犬だ。


 さっそく修行をはじめてみるとすこぶる調子がよかった。

 1ゲーム目から一歩前に近付いた状態でスタートしたが、いきなりクリアしてしまった。それほど昨日は疲れが溜まっていたのだろう。

 それともうひとつ。外が明るいほうがボールが見やすいとわかった。夜にもライトで照らされはするが自然光の明るさには当然だが敵わない。

 それはつまり、外が明るいうちに修行の最終段階までいかなければ厳しいということだ。そして俺がそのことに気付いたのは夕方になってからだった。

 殺人マシーンことバッティングマシーンとの距離はスタート地点から半分ほど近付いている。

 ここからなかなか進めないでいた。


 ベンチに座った師匠のほうを見る。

 師匠は俺の視線に気付くと手を合わせて目をつむった。

 殺される。このままじゃ殺されてしまう。

「ちょっと、やめてくださいよ……」

 無駄とはわかっていても命乞いはするものだと思う。

「口を動かすよりもすることがあるはずじゃ~」

 俺はおっしゃるとおりですっとボディランゲージで答えて修行を再開する。

 ボールが顔に当たってキャッチャーマスクが飛ばされる。すぐに拾ってかぶり直す。ボールに当たるのも慣れてきたのでいちいち痛がらない。

 避ける修行なのに当たることに慣れてもしょうがないよなあ。

 そう考えているとまたボールが顔に当たった。顔がうわずってマスクが遠くに飛んだ。

「取りに行くのも面倒だな……」

 つい口を出た言葉だった。そこからバカなことを思いついてしまった。


 俺はそのままマスクを拾わずに殺人マシーンの前に立つ。

 そして飛んでくるボールを避けた。

「わ! バカもん! 死んじゃうぞ!」

 師匠が慌ててフェンスを揺らしている。

「どっちみちこのまま死ぬんですから! 今死ぬのもそんなに変わらないですよ!」

 思ったことをそのまま口に出した。まるで自分に言い聞かせているようだ。

 一歩前に近付く。

 ボールが飛んでくる。

 避ける。

 不思議とよく見える。

 師匠のフェンスを揺らしていた音が聞こえなくなっている。

 もう一歩前に近付く。

 避ける。

 もう一歩前へ。

 避ける。

 もう一歩。

 避ける。


 気が付くとすぐ目の前にバッティングマシーンがある。

 マシーンのアームに乗ったボールと目が合う。

 そのままボールが大きくなる。

 ボールは視界をかすめて消えた。

「ジジッ」 

 マシーンは回転を止めた。1ゲーム20球を投げ終わった。

「で、できた……」

 足の力が抜けていく。膝をついて前に倒れようとする。駆け寄ってきた師匠が俺を抱きかかえた。

「本当にやりおった……」

 身体が揺れている。

「なんかマシーンが少し止まって見えたんですよね……」

 そう言って俺は目を閉じた。

「機械に……電流を…………」

 師匠の声が聞こえた気がした。けれどなにを言ったのかまでは聞き取れなかった。


 鈍い金属音が聞こえて俺は目覚めた。

「殺される!」

 ガバッと起き上がる。どうやら俺はベンチの上で寝ていたらしい。なぜこうなったのかはすぐに思い出した。修行をクリアしたんだ。俺は殺されない。

 それにしても師匠と出会ってからよく気絶してるな俺。

 あたりを見渡したが師匠の姿がみえない。バッティングの音が聞こえる。遊んでいるのだろうか。

 俺は立ち上がってバッティングケージを覗いてみる。師匠以外にもお客さんがいたようだ。

 

「お! 目が覚めたか」

 ゲームを終えたのか師匠は俺に気付いてケージから出てきた。

「ええ、おかげさまで」

 俺が師匠に駆け寄ると隣のケージのフェンスが開いた。

 中から出てきたのは派手なスーツを着たコワモテの男だった。髪型は角刈り。これはどう見てもアレしかない。

「ヤクザ!」

 師匠が男に指をさして言った。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 俺は慌てて師匠の口を押さえて急いで謝罪した。男は驚いた顔をしている。

「痛っ」

 左手に痛みが走った。師匠が手を噛んだのだ。俺の手を振りほどいて師匠が言う。

「バカ! 謝るのはヤクザのほうじゃ!」

「そうやで。わしが謝らなあかん」

 ヤクザと呼ばれた角刈りが言った。


 俺が気絶していたので師匠は暇を持て余していた。そこにたまたまヤクザが来店したので意気投合して一緒に遊んでいたそうだ。ヤクザが師匠をしつこく草野球チームに勧誘してきたので賭けバッティングで勝負をしていた。それがまさにいま、師匠の勝利で終わったというところだった。

「なるほど、俺の勘違いでした。すいません」

 師匠とヤクザは笑っている。

「いやぁ、こちらこそすんまへんなぁ。どうしてもわしのチームに欲しかったんや」

 ヤクザが頭を掻いている。本当はまだ諦めてない感じが隠しきれていない。

「おいヤクザ! それよりワシが勝ったんじゃから刀の在処を教えんか!」

 師匠がヤクザに詰めよる。ヤクザは渋い顔になっている。

「ん? 刀ってなんですか。もしかして桃太郎の刀?」

 

「そうじゃ! こやつも刀を探していてな! ほれ、早く教えんか!」

 そう師匠に急かされて、渋々とヤクザが話しはじめた。 

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