第13話 命を賭けろ!
先ほどまでの景色とは違って見える。
マシ-ンはストライクゾーンを狙ってボールを投げてくる。そのボールを俺がバットで狙い打ちする。それがバッティングマシーンだ。
しかし俺がいま対峙しているものはバッティングマシーンではない。殺人マシーンだ。
なぜなら俺の顔面に目がけてボールを投げてくるからだ。
「うあああ! 怖っ!!!」
耳元を轟音が通り過ぎる。
キャッチャーマスクを着けているとはいえ怖いものは怖い。
「ほれ! 次じゃ! すぐに戻れ!」
師匠の声でハッとしてすぐにストライクゾーンへと戻る。
俺に向かってボールが飛んでくる。それをギリギリでかわす。何度かキャッチャーマスクを擦ることもあった。
1ゲーム20球をなんとか無事に終えた。
「うむ、はじめてにしては上出来じゃな!」
この修行の発案者。師匠が満足そうに出迎えてくれた。
「はぁ、寿命が縮まりましたよ」
バッティングエリアから出てフェンスを閉める。フェンスには『70km』と書いてある。
「いやぁこんなにも修行に都合のいいものがあるとはのう!」
師匠は機嫌が良さそうだ。
「この修行、鬼獄界だとどうやってたんですか?」
少し考えてから師匠が答える。ニヤリと口元が笑っている。
「ワシが石を投げるんじゃ。もちろん元の姿でな」
背の高い美人鬼が石を全力投球してくる姿を想像する。はたしてその石を避けきれなかった者たちは無事だったのだろうか。
「い、いやぁバッティングセンターがあって命拾いしましたよ」
俺はバッティングマシーンを作った人たちに感謝した。
「命拾いのぅ……」
なんだか不穏な言葉を残して師匠は考え込んでいる。
俺は自販機でスポーツドリンクを買って師匠の横に座った。
ドリンクを飲み終えるころに師匠が聞いてきた。
「あそこに書いてある数字はなんじゃ」
師匠の指が向いているほうをみる。先ほどまで俺が入っていた70kmのケージのとなりだった。
「あれは90kmのケージですね」
「じゃあそのとなりはなんじゃ」
「110km、次が130km、最後が150kmですね」
「ふむ」
そう言うと師匠はまた考え込んでしまった。
「3日……いや2日かのぅ……」
小声だがたしかにそう聞こえた。なんだか周りの音が静かになった気がした。
「うん、2日じゃな!」
師匠が急に大きな声で言うので俺は驚いてベンチから落ちた。そのまま師匠の顔を見上げる。
「150kmのマシーンがあるじゃろ? あれにギリギリまで近付いてボールを避けれるようになるのじゃ。期限は2日じゃ」
師匠の言葉に俺は飛び起きる。
「そんな無茶な!」
「できなければ殺す」
師匠の目は真剣そのものだった。鬼の目をしている。タイガージと同じ、鬼の目だ。
「またまた、冗談ですよね……?」
師匠の表情は変わらない。
「マジじゃ。このままちんたらしておれば、どのみちタイガージに殺されるのがオチじゃ」
「そんな……勝てるって言ってたじゃないですか……」
急に師匠が変な顔をして言った。
「そりゃ、勝つじゃろ」
「え?」
「孫太郎はこの修行もクリアするじゃろ? ほかの修行も同様じゃ。そんで、勝ちじゃ」
すこし考えて気付いた。師匠は俺の勝利を信じて疑っていないのだ。なるほど。「殺す」と言ったのも俺に発破をかけるためかもしれない。
「よし、俺この修行も絶対クリアしてみせますよ!」
俺は立ち上がる。
「うむ! 命を賭けよ!」
師匠も立ち上がる。手を水平にして素振りをしている。
「なにやってるんですか……」
空気を裂く音が聞こえるようだ。
「苦しまんように首を切る練習じゃ」
どうやら本気だったらしい。
「ワシはエンマじゃ。嘘はつかん」
俺の命を賭けた修行がはじまった。
俺は迷わずに150kmのマシーンへと向かった。時間があれば徐々にスピードを上げてもいいが、今はもたもたしている暇はない。
マシーンの操作パネルに無料券が吸い込まれる。
俺は打席の真ん中に立つ。
正面の殺人マシーンを見つめる。
「バシュン」
発射されたボールはぐんぐん俺の顔に目がけて飛んでくる。
今だと思った瞬間、キャッチャーマスクが外れた。
「痛っ!」
避けるのが間に合わない。右頬に痛みを感じる。
すぐにマスクを拾い直して顔につける。
ボールの来る場所はだいたい決まっているので鬼力でガードすることもできる。しかし、これは避けることが目的の修行だ。そもそもボールが当たる前提で考えてはダメだ。
集中しろ。鬼力が尽きたら今日の修行は終わってしまう。
「バシュン」
1ゲームラストの20球目。
ボールは俺の背中でバンと音を立てている。マスクは外れていない。
「まずは1球じゃな」
フェンス越しに師匠が言う。
「次は2球は避けてみせますよ」
俺はフェンスを掴んで師匠を見る。
「3球じゃ」
「わかりましたよ……」
このゲームは4回避けることができた。
この調子でゲーム数を重ねるごとに避ける回数も増えていった。
ときどき休憩を挟みつつ、20球すべて避け切れるようになる頃には日も暮れていた。
その間も師匠はずっとベンチに座って真剣な顔をしていた。
次の1ゲームから一歩前へ近付いてみる。疲れからか今度は1球も避けることができなかった。
「頃合いじゃ」
師匠がベンチから立ち上がる。
俺も素直にケージから出る。まわりを見渡すが他に客は見当たらない。
無料券の束を肩にかつぐ。この店の経営が心配になった。
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