第12話 バッセン・デバント

「バッティングセンターってなんじゃ?」

 昨日の犬の話を師匠に話すと、さっそくバッティングセンターヘ行こうということになった。

 例によって徒歩で行ける場所だ。

 師匠は見覚えのある野球帽をかぶっている。

「あれ、それ俺の帽子じゃないですか」

「いや、ワシのじゃけど?」

 こんなに堂々とした盗人なんていないだろう。疑って悪かったなと思った。

「すいません。勘違いしちゃって」

「いいんじゃいいんじゃ」

 そう言って師匠は帽子のツバを指ではじいた。


 大きな看板には『バッティングセンター・デバント』と書かれている。だいぶ年季が入った看板でサビやハゲがあちこちにみられる。午前中ということもあってか静かなものだった。

「こんにちは」

 入り口のすぐそばで店主がいたので声をかける。

「お、孫太郎じゃないか。いらっしゃい」

 この店主もらめーんの常連さんだ。

「こんな時間からどうしたの? 学校サボってバッティング?」

「いや、サボりじゃないんですけどね……それより桃太郎の刀って聞いたことないですか?」

 わざわざ説明するのもあれなので、いきなり本題から聞いてみた。

「桃太郎の刀? うーん、聞いたことないねぇ」

 そう言って店主はアゴをなでている。

「そうですか」 

 犬の話を信じた俺がバカだった。

 そう思って下を向くと店主の足下に犬がすり寄ってきた。

「あ! 昨日の犬!」

 犬が俺をみつめている。

「デスマロンのこと知ってるの?」

「ええ、昨日ちょっと」

 店主がしゃがんでデスマロンと呼ばれた犬を撫でている。

「そっか、仲良くしてやってね。私はちょっと店のまわりの掃除があるから、適当にあそんでいきな」

 そう言って店主はほうきを持って外へと出ていった。

 店主の背中を見送ってすぐに俺はしゃがみ込んでデスマロンに話しかけた。

「桃太郎の刀の話を聞いたら知らないって言われちゃったよ。デスマロンはだれから聞いたんだ?」

 デスマロンはなにも言わずに舌を出して俺を見つめている。

「なぁってば」

「ワン!」

 デスマロンが元気に吠える。

 それから何度も話しかけたが、デスマロンが人間の言葉を話すことはなかった。昨日の出来事が現実だったのか疑わしくなった。


「なんじゃさっきから犬と遊んで」

 いつの間にか師匠が俺の横に立っていた。この狭い施設では探索もすぐに済んでしまったのだろう。

「刀のことを聞いてたんですけど収穫なしです。もしかしたらここのお客さんが話していたのかもしれないですね」

「うむ、そうかもしれんな。それよりバッティングっていうのはどこにあるんじゃ?」

「それよりって……まあ他のお客さんがくるまで少し遊んで待ちますか」


 キンっと打球音が鳴る。

 俺の打ったボールは遠くのネットを揺らした。久しぶりのバッティングはなかなかに楽しい。

「おー、やるもんじゃな。その金棒で玉を打つんじゃな」

「金棒じゃなくてバットって言うんですよ」

 師匠が納得したようでうなずいている。

 たまに空振りすると背後から爆笑する声が聞こえてきてイラッとした。

 最後のボールを打ち返した。俺は満足してバッターボックスを出る。

「こんな感じですね」

「なぁにがこんな感じじゃ! 空振りしてた癖に~!」

「そ、そんなこと言うなら師匠がやってみてくださいよ!」

 くやしいので師匠にヘルメットをかぶせてバッターボックスに送り込んだ。数分後に後悔するとも知らずに。

 

「ホームラン! おめでとうございます!」

 20回目のホームランBGMが流れる。

「とまあ、こんな感じじゃ」

 師匠がドヤ顔でバッターボックスからこちらをみている。

「さ、さすが俺の師匠ですね……」

 全打席ホームランだった。バットのことも知らなかったくせに。

 師匠がもっとほめろとうるさかったので、ホームラン賞をもらいに店主へ報告しにいくと無料券をくれた。通常1回のホームランで無料券1枚、連続で2本だと2枚、さらに3連続だと、なんと4枚と倍々にもらえる仕組みだったので524288枚もの無料券をゲットしてしまった。店主は泣いていた。

 無料券の束を肩でかついでバッティングコーナーへ戻る。

「なんじゃそれは?」

 師匠は休憩用のベンチに腰掛けていた。

「えーと、景品でもらってきました。ようするにバッティングし放題ってことです」

「ワシはもう飽きたからそれは孫が使うといいのじゃ」

 それはよかった。師匠がこれ以上ホームランを出し続けたら大変なことになってしまう。

「ありがたく使わせてもらいますね。あ、師匠はジュースでも飲んで見ててくださいよ」

 俺はそう言って自販機に小銭を入れた。

「ジュース! その右上のいちばんおおきいヤツじゃ!」

 師匠が指を指した徳用の青い炭酸飲料のボタンを押した。

 ジュースを渡すと師匠はすぐさま缶をあけて飲み始める。ごくりごくりと喉が鳴らしているかと思うとあっという間に飲み終えてしまった。満足げな顔をしている。

「ノーリーズンじゃ!」 

「それたぶん違うメーカーですよ」 

「そんなことどうでもいいのじゃ!」

 そう言うと師匠はゴミ箱めがけて空き缶を投げる。

「バッティングで修行じゃ!」


 空き缶がゴミ箱を揺らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る