第11話 伝説の刀
「桃太郎の刀!!!」
頭のなかで桃太郎の姿を思い浮かべてみる。たしかに刀を腰に携えているではないか。そうかそうか。この刀で鬼を一網打尽にしたにちがいない。
刀のことを考えるとふと、漫画のキャラクターたちを思い出した。そうだ、あのキャラもこのキャラも刀を持っている。ここぞという場面、かならず主人公たちは刀をかまえて敵に立ち向かっていたではないか。勇敢に斬りかかっていったではないか。
刀をかまえた自分の姿を想像する。『DX孫太郎ブレード』とか発売されちゃったりするかもしれない。
「じゃあさっそく手に入れましょう! どこにあるんですか!」
興奮して前のめりになる。師匠がなぜか少しヒキ気味だ。
「う、うむ。この町にあることはたしかなんじゃが」
「この町って言っても……もうちょっと具体的にわからないんですか」
師匠に詰めよるが、押し返されてしまった。
「なにからなにまで聞きおって! 少しは自分で調べようと思わんか! これも修行じゃぞ!」
それらしいことを言われて俺は言い返せない。でも師匠は絶対にこれ以上は知らないのだと思う。
「あーもう、わかりましたよ。じゃあ聞き込みでもしますか。今日らめーんでバイトですし……」
やっつけ気味に言ったがしまったと思った。修行のために学校を休むのにバイトは休まないのかとツッコまれたらどうしよう。お金を稼がなければ生活できないし、なにより俺は一日三食はラーメンを食べないと気が済まないのだ。
横目でゆっくり師匠のほうを見る。
なんか嬉しそうにスキップしていた。
「あ、あの師匠」
にっこりしたまま師匠がこちらを見る。
「バイトは休まなくてもいいんですか……? ほら、修行の邪魔かなぁって……」
「バカ者! ワシは『一生らめーん無料券』を持っておるんじゃぞ! 行かなきゃ損じゃろうが!」
師匠がポケットから出したその券には店長のサインらしきものが書いてあった。
「え、うらやましい」
いつの間にそんな券を手に入れたんだ。俺が手を伸ばすと師匠はスッとポケットに隠してしまった。
「ワシのじゃ~!」
両手を頭の横に広げて舌を出している。大きく広げた指がゆらゆら動いて挑発しているみたいだ。
いや、別にムカつかないし、うらやましくないし。俺だってバイトのシフトがある日はまかないとして無料でラーメン食べてるし、たしかに休みの日は食べれないけどそれはそれで別の店で食べたり自分で作って食べてるし、そっちのほうが豊かなラーメンライフを送ってるわけだし、逆に師匠がかわいそうになってきたし、だって毎日同じラーメンを食べるわけだし、常に最高の味を食べてるわけでそれはもうそれが当たり前になってるわけだし、とにかくまったくうらやましいなんて俺は思っていなかったし。
黙って歩く俺の視界にひょこっと師匠が顔を覗かせる。
「大丈夫か? 肩でも貸すかの?」
「無料券貸してください!!!」
逃げる師匠を全速力で追いかけた。
「お、おはようございます……」
肩で息をしながら汗だくになって店のドアを開ける。
「おう! おはよう孫太郎!」
店長が師匠にラーメンを運んでいるところだった。
「おそいの~!」
そう言いながら箸でピースサインを作っている師匠を無視して俺は厨房の奥に入った。
学校で寝たとはいえ体力はそれほど回復していないようだった。全速力で走ったことを後悔しながら着替えた。
「桃太郎の刀ぁ? そんなもん聞いたことねぇなぁ」
店長は腕を組みながら頭をかしげる。
「うーん、ですよねぇ」
想像通りの反応だった。まあそもそも刀が有名だったら博物館だとか資料館とかに置かれるものだしな。
どうしたものかと師匠のほうをちらりと見る。
「もう一杯おかわりじゃ」
空いたどんぶりをカウンターに返していた。
やっぱり地道に聞き込みするしかないか。
「いらっしゃいませ。お冷やです。桃太郎の刀って知ってますか?」
俺は客のまえに水を差し出す。
お客さんが俺をきょとんとした顔で見つめている。
「い、いや知らないけど……」
お客さんが入店してくるたびに聞いている。ほとんどが同じような反応を返してくる。
たまに知っているという人もいたが、話を聞いてみると架空の話ばかりで漫画だとかゲームの話だった。現実で探してると説明すると気の毒そうな表情をしていた。
「はぁ」
俺は肩を落としてため息をつく。
そんなようすを察したのか店長が肩を叩く。
「ちょっと裏のゴミ出し行ってきてくれるか。ついでに外の空気でも吸ってこい。刀だっけか? あれは俺が聞いといてやるからよ!」
「ありがとうございます。じゃあちょっと行ってきます」
ちょっと頭を冷やしてくるか。店長の好意に感謝して俺は裏口から外にでた。
ほてった顔に夜風がなんとも心地よかった。ゴミをゴミ箱にぶち込んで夜空を眺める。
ガサリと音が聞こえる。音のほうをみると草が揺れていた。
身体がこわばる。
音が段々とちかづいてくる。草を分けて現れたのは犬だった。
「な、なんだ……犬か」
「どうしたん? そんな暗い顔して」
犬が心配そうに声をかけてきた。
「いやさ、この町にあるらしい桃太郎の刀っていうのを探してるんだよ。でもぜんぜん情報が集まらないんだ。それで途方に暮れてるってわけ」
初対面の犬にも関わらずにもべらべらと話してしまった。自分で思う以上にまいっていたみたいだった。
「はぁ、そりゃまた難儀やなぁ」
そう言いながら犬はゴミ箱をあけようとしている。
「ちょっと、ダメダメ。なにやってんの」
俺は慌てて犬を払いのける。
「どうせ捨てるんやからちょっとくらいええやないの。豚の骨がほしいんやけど」
犬の言い分もわかる。どうせ捨てるんだし骨の1本くらいまあいいか。犬にゴミ箱を荒らされるよりは俺が取ってあげたほうがマシだと思う。
ゴミ箱から骨を1本とってあげた。
「あんさん、おおきに!」
そう言うと犬は骨に飛びついて咥える。くるりと草むらのほうを向いて歩きだした。
そのようすを眺めていると犬は急に立ち止まってこちらを向いた。
「あ、せや。桃太郎の刀やったっけ。なんかしらんけどバッティングセンターの人間が話してるの聞いたことあるで。しらんけど」
そう言い残して足早に去っていった。
バイトが終わって部屋に帰った。
「あー疲れたー」
風呂からあがってベットに寝転ぶ。天井をボケっと眺めていたらいつの間にか師匠も隣に寝転んでいた。きちんとパジャマを着ている。
「師匠……」
「なんじゃ」
絶対バカにされるだろうな。そう確信していたが話さずにはいられなかった。
「なんか外で犬に話しかけられたんですよ」
「ん? それがなんじゃ?」
意外にまじめに聞いてくれるんだな。頭を師匠のほうへ向ける。
「犬がしゃべるわけないじゃないですか? 俺、疲れてるんですかね……」
「なぁに言っとるんじゃ。桃太郎もよく犬と話しておったぞ」
「そういうもんなんすかね」
「そういうもんじゃ」
良かった。俺の頭がおかしくなったわけじゃなかったんだ。
安心したら眠くなってきた。
その日の夢は犬とラップバトルする夢だった。
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