第15話 ビル爆破
その建物はまるで人々から忘れ去られたかのようなたたずまいをしていた。ぽつりと一軒だけ建っている寂しそうなビル。周りには他の建物は一切みられない。
酷く老朽化がすすんでいる。それはもう間もなくこの世から消える運命にあった。
「本当にこんなところに桃太郎の刀があるんですかね」
ビルを見上げながら師匠に聞いてみる。
師匠はも首をひねっていた。
「本当にあるんじゃろうな? 嘘だったら舌を引っこ抜くぞ」
師匠がヤクザをギロリとにらんだ。
「あるやで。ほんまほんま! せやからわしらも必死に探しとるんや!」
慌ててヤクザが答える。
このビルは以前にヤクザが差し押さえた物件だそうだ。前の持ち主いわくこのビルのどこかに桃太郎の刀が隠されていることを聞いたらしい。刀剣マニアのヤクザは是非ともコレクションに欲しいと必死にビル内を探索したが、刀はついぞ見つからなかったそうだ。
そこでヤクザは刀はビルの地中に埋められているのではないかと思い、今回の計画を練ったらしい。
「組長、爆破の準備できました」
ヤクザの子分がヤクザに声をかける。子分も角刈りだ。
ていうかこのヤクザが組長だったんだ。それにも驚いたが、他にも気になることがあるので子分のひとに聞いてみた。
「あの……組の名前はなんていうんですか?」
鋭い視線が俺に向けられる。角刈りが揺れた。
「角刈組だが」
「そ、そうですか……」
ヤクザの人も大変なんだなと思った。
「エンマちゃん」
角刈りの角刈組の組長が角刈りではない師匠に話しかけている。
「わかってると思うけど、刀は先に見つけたほうのモンやで?」
その言い草から俺の知らないところで取り決めでもあったのだろうか。
「もちろんじゃ。まあこの勝負もワシが勝つけどのぉ~」
師匠は不敵な笑みで答えた。そのまま笑みを崩さぬまま俺の視線をおくってくる。
どうやら俺たちは刀探し勝負をするみたいだ。
「よぉし、宝探しじゃ!」
元気に声をあげて師匠がビルの入り口へとむかう。
俺も師匠を追いかける。
「1時間経つまでに出てくるんやで~」
背後から組長の声がする。
「1時間!?」
驚いて声をあげた。組長をほうをみる。
「せやで~タイマー式やから止まらへんよ~」
ビルの爆破解体まで時間は1時間。
俺は急いで師匠の背中を追いかけた。
ビルの内部は外から見た印象と同じでボロい雑居ビルといった感じだった。内部には物がほとんどないせいか以前の姿は想像もつかない。そのせいもあって内部は広くみえた。
「これ、見てまわるのに1時間で足りますかね……」
一応だが師匠の背中に聞いてみる。
「ん~足りんのぉ」
「ですよねぇ」
予想通りの回答だった。
「これも修行じゃ! ですかねぇ……」
俺の言葉を聞いて師匠がくるっとこちらを向いた。
「ワシの台詞を盗るな!」
師匠が距離をつめてきた。師匠の拳が俺のみぞおちを突く。
「鬼力ガード」
鬼力でみぞおちを守っていたお陰で俺にダメージは無い。
「おお、よくわかったのぉ」
師匠が感心している。
「ヤマ勘ですけどね」
「そっちじゃないわ!」
「痛っ」
師匠の蹴りが俺のスネに当たる。
今度は鬼力が間に合わずにもろに受けてしまった。
「今回の作戦じゃ」
俺はスネをさすりながら師匠を見る。
「ヤクザたちは人間じゃからのぉ~。でもワシらにはアレがあるじゃろ~?」
鬼力だ。師匠の言葉にうなずいた。
「きっと、刀は壁の中に埋まっているはずじゃ。壁を破壊して探すんじゃ!」
師匠の作戦を聞いて俺は肩を落とした。
「ん? なんじゃ孫。鬼パンチじゃぞ?」
師匠はシャドーボクシングのような動きをしている。
「あのですね……」
師匠の作戦には問題があった。
このビルは爆破解体される。つまりは壁はもちろんのこと柱にもダイナマイトが埋めこまれているということだ。
そこを鬼力を込めたパンチで殴った時点でダイナマイト起爆して俺たちもビルの下敷きになってしまう。
そもそもの問題だがこの作戦では時間が足りないので現実的ではなかった。
「……というわけです」
師匠は俺の説明を静かに聞いていた。
「うむ……」
そう言って腕を組んだまま黙りこくってしまった。
師匠を見ながら俺も考える。鬼力になにかヒントがあるような気がすのだが。
「あの、ほかに鬼力を使ってなにかできませんかね」
「そうじゃなぁ……あるにはあるんじゃが。鬼力を自分の身体から球体のようにして広げることで周囲のモノの姿かたちが判別できるという技なんじゃが……」
師匠の言葉を最後まで聞かずに食いついた。
「まさにぴったりじゃないですか!」
「大量の鬼力をコントロールする技じゃ……一朝一夕でできるもんじゃあないんじゃよなぁ……」
いつもの師匠らしくない歯切れの悪い言い方だった。
たしかに今の状態の師匠では使えないかもしれない。でもそれなら俺ができれば問題ないじゃないか。
「これも修行ですよ! やってみます!」
「う、うむ……」
俺は汗だくでビルの床に寝転がっている。
師匠の歯切れが悪かった理由がわかった。俺にはこの技は無理だ。鬼力を身体の一部に集めることはできる。しかし全身を覆って球体を作ることはレベルが違った。
「これの技は向き不向きが特にキツくてのぉ。実はワシもあんまり得意じゃないんじゃよなぁ……」
少し離れたところに立っている師匠を見る。部屋が暗いせいか表情はわからない。
「電気がないからなぁ」
「ん?」
師匠が聞き返してくる。
「いや、このビルに電気が通ってないから暗いなぁと思って」
師匠は返事をせずに近付いてくる。
「孫太郎、鬼力で電気びりっとできるか?」
師匠は俺の顔をのぞき込んでいる。
「いや、師匠みたいな雷はできませんよ」
「そんなことわかっておる。すこーしの電気じゃ。ピリッと」
俺の指がジジっと音をたてた。
師匠に言われた通りにやってみる。
俺の鬼力を微弱な電流に変えて壁に流す。その電流の反応でなにがあるかおおまかな位置がわかる。それはまるで金属探知機のようだった。
お陰で探索はすいすい進んでいった。
俺は屋上のドアを開ける。
ビルの爆破までは残りあと5分、階段で降りることも考えるとそろそろ探索を切り上げないといけない。
屋上に出る。すかさずしゃがんで床に電流を流した。規則正しく鉄骨があるだけだ。
あたりを見渡しても四方に柵があるだけだ。
「やっぱり屋上はほとんど調べるところがなさそうですね」
屋上をうろうろしていた師匠がなにかを見上げていた。
「あの丸い玉はなんじゃ?」
視線の先には丸い給水塔があった。
「あれは水を溜めたりするやつでね」
「よし! あれも調べるんじゃ!」
師匠がはしごに手をかけた。
「いや、あの中は水が入ってたんですから刀は無いですよ! それよりそろそろ降りないと間に合いませんよ!」
残り3分。階段を降りてビルから出るにはここがタイムリミットだろう。
「いいから早く来るんじゃ!!!」
師匠が給水塔の真上から叫んでいる。
ああ、もうしかたない。師匠を置いていくわけにはいかないし。
思い切りジャンプしてはしごを掴んだ。
「いきますよ!」
給水塔に向かって電流を流す。
「箱……?」
なにか長方形のモノがある。1メートルくらいの箱。
「どうじゃ!」
「これかもしれないです! でももう降りる時間無いですよ!!!」
刀が見つかっても俺たちが死んでしまったら意味がない。
「師匠! みじかい間でしたけどありがとうございました!」
残された時間でできることは師匠にお礼を言うことくらいだ。
「うむ! ワシも楽しかった……って違うわ!!! いいからこの玉の中に入るんじゃ!」
師匠が叫びながら給水塔の蓋を開けた。
「え?」
「はよせい!!!」
中から声が聞こえる。慌てて俺も給水塔の中に飛び込んだ。中は思いのほか狭かった。
「鬼力じゃ! 鬼力で丸を覆うんじゃ!」
俺に押しつぶされた状態の師匠が言う。反響した声に耳が揺れる。
丸い内壁に手をあてる。鬼力を送り込む。
「これ、できてますかね……?」
「わからん!」
師匠の声と同時に爆発音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます