第8話 10分間生き残れ!

「どうするんだよ吉備ちゃん」

 ぽぴぽぴしなくなった犬井が泣きそうな顔を近づけてくる。

 岩田先生は校長に許可をとると言ってスキップで去っていった。少し時間ができたので俺たちは教室で作戦会議をひらくことにした。許可と言っても便宜上で、校長も逆らえないだろうからおそらくは岩田先生の言っていたルールのままですぐに通るだろう。

 ルールはこうだ。決戦場所は体育教師のナワバリ、体育館。

 互いに全力でぶつかり合い、10分が経過した時点で俺が倒れていなければ勝利。

 勝利すれば一ヶ月の休みは休みとしてカウントされず、さらに一ヶ月分の単位ももらえる。

 だが、10分後に俺が倒れていた場合は敗北。敗北とはつまり。

「留年決定」

 横からクラスメイトの猿江が入ってくる。

「なんだよ猿江、吉備ちゃんが留年してもいいんかよ」

 犬井は人当たりが良いはずなのだが猿江とはあまり仲が良くない。

「いいわけねぇよ。吉備は俺と来年の修学旅行に行って、映画村で桃太郎コスして一緒に写真撮ろうぜって約束してるんだぜ」

 たしかに約束した。猿江はそれを本当に楽しみにしているようだ。俺も楽しみだ。

「それは俺も一緒に約束しただろ!」

 すかさず犬井がかみついた。

「おっと、俺も忘れちゃ困るぜ」

 教室の壁に背をもたれた男が言った。

「雉尾!」

 猿江の声にこくりとうなずくだけでそれ以上は雉尾は何も言わなかった。

「相変わらずクールなやつだぜ」

 犬井があきれたように言ったがそこに嫌味はない。雉尾のクールさはそれが当たり前かのようで、まるで生まれたときからクールだったかのようだ。クールな赤ちゃんを想像した。

「なんじゃおまえらイヌサルキジじゃな」

 師匠が当然のように教室にるがすでに馴染んでいる。まるでいつもの五人といった感じだ。

「のじゃ!」

 猿江が師匠の頭の上に手を置いて言う。

「吉備が留年したら俺も留年する」

「俺も!」「俺もだ……」犬井と雉尾も猿江につづく。

「おいおい、俺のタメにそんな……」

「おまえのタメじゃねぇよ。自分のタメだ」

 猿江の言葉を聞いてかみんな真剣な目をして俺を見つめる。

 俺はうなずいた。ますます負けられない勝負になった。

「孫よ。このサルの手はいつまでワシの頭に乗っておるんじゃ」

 猿江はあわてて手を離してあやまると師匠に飴をあげてごきげんをとった。


「まあ、ちょうど良いわい。これも良い修行になるじゃろ」

 師匠は飴を口のなかでモゴモゴさせながら言う。俺も三人も師匠をみる。

「本来であれば地獄熊と戦う修行をしたかったんじゃが。鬼獄界にしかおらん熊じゃからのぉ。どうしようかと思ったがちょうどいい岩ゴリラがおったわ」

 おそらく俺はラッキーだ。いきなり熊と戦うよりはマシなはずだ。

「それに少しは鬼力も安定してきておる。あの岩ゴリラと話しておるときでもきちんと鬼力が身体にまとった状態じゃった」

 言われてハッとする。師匠は一見ふざけているようだが、しっかり見ていたようだ。たしかに変に疲れは感じていない。無意識でもできていたのかもしれない。

「じゃが調子に乗るなよ。戦闘中でも安定して鬼力をまとうということは普段よりも格段にむずかしくなるんじゃ。あっという間に消費して10分も保たんかもしれんぞ」

「そんな……なんとかならないんですか」

 師匠が俺たちの顔をながめながら言う。

「10分も待たなければいい、岩ゴリラを倒してしまえばいいんじゃ!」

 それを聞いて俺たちは肩を落とした。

「エンマちゃん、それができたら苦労しないよ。そもそも岩田がやられるわけが無いからこんなルールなのにさぁ」

 あきれた様子で犬井が言う。

「バカもん。話は最後まで聞くもんじゃ。そりゃあ、そのまま殴ってもダメじゃ」

「策があるのか……?」

 雉尾が口を開いた。

「アリアリじゃ!」

 俺の目の前に師匠が拳を突き出す。その拳をつつむ鬼力が大きくなっていく。

「鬼力を拳に集めてブン殴るんじゃ!」

 鬼力は俺と師匠にしか見えていないようで、三人は不思議そうにその様子をながめている。

「よくわかんないけど鬼パンチってこと……?」

 たまらず猿江が俺に聞いてきた。

「そうじゃ!!!」

 師匠が答える。

「もしかしたら勝ち目があるかもしれない……」

 俺は自分の拳を見つめて言った。

 少しずつ、少しずつ全身にまとった鬼力が拳に集まってくる。

「なんかよくわかんないけど強そうだよ吉備ちゃん!」

 犬井が俺の肩を叩く。

「ああ、よくわかんないけど頼もしく見えるぜ」

 猿江も俺の肩を叩く。

「……頼んだ」

 そう言って雉尾も俺の肩を叩く。

「よ~し、ゴリ退治じゃっ!!!」

 師匠も勢いよく俺の肩を叩く。

「がんばります!」

 声を張り上げる。気合い十分だ。  

 そこへ校内放送が流れてきた。事務的な淡々とした口調だった。

 

『一年一組、吉備孫太郎。至急体育館まできなさい』

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