第7話 生活指導岩田

 犬井の考える作戦はこうだ。

 毎朝行われる出席確認。そこで犬井が出席を確認されたらすぐに「お腹が痛いトイレ行ってきます!」を使って教室を出る。トイレには向かわずに吉備孫太郎に変装して、何食わぬ顔で教室へ戻り吉備孫太郎の出席を確認させる。そして、再び「お腹が痛いトイレ行ってきます!」を使って犬井として教室に戻る。この行程を各授業のたびに行うというものだった。

「うん、ダメだな」

「ええ、なんでだよ吉備ちゃん!」

 犬井が驚いているが俺のほうだって驚いている。

「イヌーはバカじゃな。そんなに人間はうんこ出ないんじゃぞ」

 師匠もつっこんできた。けどそういうことじゃないと思います。そもそもこの作戦は前提条件として出席確認に遅れてくるということが現実的に不可能なことが問題だ。

「出席確認に遅れてくるってことは遅刻してるってことになるよな?」

 俺が問いかけると犬井はすぐにしまったという顔になる。肩を落として犬井は言った。

「そうか。遅刻、すなわち生活指導の岩田に絶対に捕まるってことじゃん……」

「そういうこと」

 岩田先生に捕まったら出席確認にはとうてい間に合わない。

「なんじゃ、その岩田っていうのは。強いのか?」

 師匠が聞いてくると途端に犬井ははりきって説明をはじめた。

「岩田は生粋の体育教師にして最強の生活指導。過去にいくつもの暴走族を壊滅させただとか、その実績を買われて対ヤンキー教師として雇われて全国の名のある不良高を壊滅させたとかいろんな伝説があって。なにより身長がデカいは角刈りだわムキムキだわで見た目も怖いんだよ」

 犬井は自分で言った話にもかかわらずに身震いしている。

「ほーん、鬼みたいなヤツじゃのぉ」

 流石に師匠は怖がるようすもなく手を頭のうしろで組んでいる。

 犬井の気持ちはうれしいが、そもそも俺は先生たちを騙す気にはなれなかった。やっぱり正直に話して許してもらいたい。

「決めた。俺、岩田先生に話してみるよ」

「よりによって岩田に言うのかよ! バカ言うなよ吉備ちゃん!」

 担任に言ってもいいがその話が岩田先生のところで止められたら結局おしまいだ。職員室で岩田先生に逆らえる者はいない。そして俺には時間が無いんだ。最短距離でいかなきゃ。

 犬井はあきれ顔になっていたが師匠は腕を組んでうなずいている。

 そうこうするうちに学校の校門へと到着していた。


「おい!!! だれがバカだって!!! お!?」

 急に岩田先生が校門から飛び出してきて犬井の肩に腕をまわした。なんて地獄耳だ。

「はひ、ぽぴ。ぽくはバカだって言ってましたぽぴぽぴ……おはようござますぽぴ」

 犬井はビビりまくってぽぴぽぴ言っている。

「わ、ゴリラじゃ~」

 師匠が小声で言う。岩田には聞こえないくらいの小声だったはずだが岩田は師匠をちらと見た。

「おはようございます!」

 校門に続々と入ってくる生徒たちは岩田へのあいさつを欠かさない。

「おう!!! おはよう!!!」

 岩田の返事にみな背筋がピンと伸びた。

 俺は一歩前に強く踏み出した。

「おはようございます岩田先生! ご相談があります!」

「い、いきなりぽぴ!?」

 犬井が心配してくれている。たしかに岩田先生は鬼みたいな先生だ。しかし俺の敵は本物の鬼。こんなところでビビってられない。

「一年一組吉備孫太郎だなァ!!! なんだ言ってみろ!!!」 


 俺は岩田先生に今までの事情をすべて話した。意外にも怒られることなく淡々と俺の話を聞いてくれた。

 突然、岩田先生の頬に涙が流れる。

「十年間だ……長かった……」

 なんの話だろうか。なぜ岩田先生は泣いているんだ。

「先生の夢はなぁ。熱い熱血教師になってヤンキー生徒とぶつかり合って更生させることだった……」

 そんな命知らずのヤンキーなんているのだろうか。そもそも今どきはヤンキーが絶滅危惧種と言ってもいいだろう。

「体育教師として赴任してくるまではよかった。念願の熱血教師ライフのスタートだ。新任挨拶で壇上から見渡すとヤンキーがたくさんいたんだ。ああ、やっと……ぶつかり合える……わかりあえる……それなのに!!!」

 校門の鉄柵に岩田が激突した。鉄柵が人型にぐにゃりと曲がった。人間はダンプカーじゃないんだぞ。

「次の日になるとヤンキーはひとりも見つからなかった。リーゼントも! パンチパーマも! 毎回そうだ! 先生にビビってみんなぶつかり合う前に更生しちまうんだよ!!!」

 そう言って岩田は曲がった鉄柵を無理矢理にひっぱって元の状態に戻した。

「ありえ……ない……」

 つい声に出してしまう。なんで鉄柵が元に戻るんだ。どんな腕力してやがる。師匠がひゅーと口を鳴らしている。

「そうだろ! 吉備! ありえないだろ!!!」

 あ、そっちじゃないですとは言えなかった。

「先生は嬉しいぞ。一ヶ月休ませてくれ!? おまけにそれをチャラにして夜露死苦!? 十年間待ったかいがあった! おまえがそんな気合いの入ったヤンキーだったとは!!!」

「え!?」

 言ってない言ってない。俺は一ヶ月休みたいが留年しないようにどうすればいいのか聞いたはずだが。

「そうじゃそうじゃ! 孫はブッ込むぞ!」

 師匠が拳を振り上げながら煽る。

「え、ちょ、ちが……!」

「その髪ィ! ブリーチし過ぎて真っ白じゃねぇか! やっぱりヤンキーなんだな!!!」

「よくわからんがそうじゃ! ブォンブォンブォン!」

 師匠は俺の真ん前でノリノリでバイクの真似っこしている。どこでそんな真似を覚えたんだ。

「ほら!!! バイクの二人乗りだこれ絶対!!! チーム・ヤンキーだろ!!!」

 岩田先生はテンションが上がりすぎてこめかみの血管から血が吹いている。

 その分厚い胸板を拳でたたくいてこう言った。


「吉備ィ!!! 熱くぶつかり合おうぜ!!!」

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