そうだ、スポーツをしよう

仲群俊輔

Let's playing……

 本当は乗り気じゃなかった。

 だって別に、部屋の中でじっとしてても何の問題もなかったし。明日提出の算数の宿題だって残ってるし、静かに本も読みたい。そういう気分だったのに。

 でもお父さんが、「ものは試しだ」って言うもんだから。

 そんで、まずはお父さんが学生時代にやってた野球をしてみた。


「わっ!?」

「うまいぞ、こうた! ちゃんとキャッチできてるじゃないか」


 初めてキャッチボールをして、初めてバットを振った。ボールに当たって、コツンって軽い音としょうげきがして、コロコロ転がるだけだったけど、楽しかった。


 ――――


 次にサッカーをしてみた。学校のみんなも来てくれた。


「こうた、こっちこっち!!」

「パスパス!!」


 みんなぼくが初めてだからって、最初にどうすればボールを蹴れるか教えてくれて、少しずつ蹴れるようになった。そしたらいきなり試合しようなんて言ってきたんだ。できない、って言ったんだけど、こういちくんが、「うまくなるにはじっせんが一番、ってパパが言ってたし!」なんて言うから。

 でも、本当だった。だんだん蹴りながら走れるようになって、そしてシュートする。何度も外したり、何度も取られたりしたけど、最後の一発だけは、しっかりゴールに入れられた。嬉しかった!


 ――――


 次にサイクリングに行こうって、お父さんとお母さんが言った。

 自転車なんて乗ったことないのに……。でもそしたらせんせーが現れて、「じゃあ、今だけ特別な魔法を使ってみよう」って言って、ぼくでも乗れる少し小さいロードバイクを用意してくれた。しかもほじょりんなし!

 こわいなぁ、って思いながら乗って、一生懸命を動かして漕いでみるけど、途中で横に倒れそうになった。

 あぶない!! って思ったけど、地面にぶつかることはなかった。倒れそうになったら自転車が勝手に逆方向に倒れて揺れて、ひとりでに立っちゃったんだ。


「補助輪なしても倒れないよう、特殊なタイヤを装着してるんだ。これで失速しても倒れる心配はない。でも漕がないと前に進まないよ。さぁ、やってごらん」


 せんせーがそう言うから、ぼくは一生懸命漕いだ。

 ペダルが重くて、ほんのちょっぴりしか動かなくて、でも少しずつ前に進んでった。そして、どんどんスピードが出て、気づいた時にはほじょりんなしで自転車に乗れてたんだ。


「やったね、こうたくん! やればできるじゃないか!」


 いつの間にかせんせーも、お父さんもお母さんも一緒に自転車に乗って走ってきてた。車が一台も走ってない道路をぼくたちだけで走って、大きなトンネルの中を走りぬけると、とってもきれいな海が見えてきた。


「お父さんお母さん、ここ!!」

「ああ、昔みんなで泳ぎに来たな」

「懐かしいわね」


 覚えてる。泳いだり、砂浜でお城を作ったり、海の家でかき氷と焼きそば食べたりした、おじいちゃんとおばあちゃんの家の近くにある、すっごくきれいな海。

 そう……こんな景色だったっけ。


「お父さん、お母さん」

「ん? なんだ、こうた?」








「いつかまた、


 そう言ったら、お父さんもお母さんも泣きながら笑ってた。器用だなぁって僕が言ったら、今度は泣くのをやめて一緒に大笑いした。


 ――――


「さて、こうたくん。身体に何か異常はないかい? 痛みは?」

「ううん、全然ないよ」


 を取りながら、男の子は屈託のない笑顔でそう答える。全身に取りつけられたジェル状の筋収縮誘導機器及びセンサー類を身体から外していき、男の子の主治医は告げる。


?」

「うん! ともだちと一緒に遊んだりしたし、海にも行ったよ!」

「それはよかった」


 その直後、別室で男の子と同じ機械で電子の世界へとアクセスしていた彼の両親が部屋へと入ってきた。


「こうた!」

「あ、お父さん、お母さん」

「こうた、すごかったわよ! 全部初めてなのにあんなに上手にスポーツできてて!」


 駆け寄る両親が、ベッドでを優しく抱き締める。周囲には先程のゴーグルとワイヤレスで接続されている真四角の機械が鎮座しており、側面の画面上には男の子が楽しそうに様々なスポーツを楽しんでいる映像が映し出されていた。


「滝沢さん、テストプレイ、お疲れさまでした」

「はい、先生。本当に、ありがとうございました!」

「いえいえ。とはいえ、テスター期間はまだ2ヶ月もあります。細かな調整の為に、デバッグじみた作業もさせるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

「勿論です! 、こんなすごい機械を用意してくださるなんて! しかも、無償どころか、息子の手術費を負担していただけるなんて……!!」

「脳波だけではなく、筋組織も用いて、バーチャルの世界のアバターを操作する技術には、まだまだ改良の余地があります。そしてゆくゆくはこうたくんのように、あるいはの治療用としての確立を目指しています。あなた方はそのテスターなのですから、むしろこちらから報酬を支払うのが普通なのですよ」


 まだ正式な名称すら決定していない機械の群生。脳へ直接映像や音声を電子情報によって認識させ、バーチャル世界の景色を見せる技術は、既に一般家庭のゲーム機から企業向け在宅ワーク用通信インフラにまで浸透している。

 この機械は、装着者の筋肉の収縮を感知し、更にそこから脳波の思考パターンの計測結果と合わせる事で、、本当にその通りに身体を動かしていると錯覚させる事ができる。

 例えば、リハビリに抵抗を感じる患者に、脚の動かし方を実体験とほぼ同じように体感させる事ができる。

 現在どの病院も病床数が、自宅療養を余儀なくされた男の子に対して、先生と呼ばれる研究者が治験と称してこの機械のテスターの依頼をしてきたのが始まりだった。


「これで足の動かし方を脳そのものが認識していくことで、筋組織が痩せてったり、あるいは硬直したりとあらゆる弊害を防止できます。それにこうすれば、おうちにいながらお外で遊んだ気分になれるでしょう?」


 外装やハードウェアは全て完成している。後はソフトウェアとセンサー類の改良。一人でも多く、彼のような人達の一助になる物を生み出す為に、この研究者の奮闘は続く。


 おうち時間――それは決して不毛で退屈で、悲しみが染みついた時間ではない事を、この小さな男の子に知ってもらう為に。


「お父さん、お母さん、せんせー。明日は山でキャンプしたい!!」

「キャンプか、いいなぁ。よし、明日はみんなでキャンプにしよう! よろしいですか、先生?」

「ええ、ぜひご一緒させてください!」

「それじゃあ明日は、こうたの大好きなカレーを作りましょう!」

「うん、作ろ作ろ! ていうか、今日もカレーが食べたい!」

「おいおい今日もって、食いしん坊だなぁこうたは!」


 もうすぐ夜がやって来る。明日の訪れまでは時間がある。

 明日も大いに楽しむぞと、未来に思いを馳せる少年は、いつまでも家族と共に笑っていたのだった。



 おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そうだ、スポーツをしよう 仲群俊輔 @deicide547

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ